臼杵山 真言宗 天光寺

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企業研修の感想文・体験談

  • 企業研修に来る前までお寺でやることを高橋さんに聞いた時、何するかは具体的には聞いてなかったけど滝行することをきいて、とても楽しみにしていました。私は御朱印巡りでよく神社には普段から行ってたので、初めて滝行することにワクワクしてましたが、1日目の時点で、まさかぶっ倒れるとも思わず、本当に修行なんだなと感じました。1つ1つを何百回、何千回と唱えて仏様に伝わるように声を出して合掌することはとても大変で、でもこういった修行をしているからお寺の人々は守られているし、人になにか学びを与えよう、その与えられた何かで幸せになろうとするんだなと思いました。

     

    一番最初の、「私は株式会社ルクールプラスから参りました〇○○です。出身は○○です。よろしくお願いします」っていたって普通の挨拶なのに、礼から始まって、礼で終わるその1回1回も、ササっと雑にやるのではなく、ちゃんと相手の事を思って、1回の礼に何十秒もかけて頭を下げて、相手の気持ちと相手に対して思いやることを忘れずに、当たり前のことを当たり前以上、さらに、求められている以上のことをすることが大切だととても勉強になりました。

    お寺での企業研修で、こういった「仕事に対して」とか「誰かを思いやって」ということを勉強というか、先生のお話で聞くと思っていなかったので、すごく意外でしたが、今朝先生がおっしゃっていましたが、「今までと同じことをしていてもダメ」確かにそうだなーと思いました。同期12人の中で、誰かと同じことばかりやっていても、自分が1人の社会人として成長はしないし、それをよしとしている環境では12人全員がダメになってしまう。とても心に響きました。仲間とこの企業研修を受けているんだ!という意識が、自分は1人で

    参加しているわけでも、1人で生きてるわけでもないんだなと改めて確認することができました。

    三礼をやっているときも、「私1人が休んでしまったら、他の誰かも休みたくなって、休んでしまうと。ここで辞めたらバラバラになってしまう。」そう思ったからこそ、何度も立ち上がったけど、本当にダメな時はダメ、諦める勇気も大切だなと反省しました。

    2日目のお百度参りと、滝行は、正直前日の筋肉痛で、思っていたパフォーマンスが自分の中で出来ず悔しい思い出いっぱいです。次にまた滝行に行く機会があったら、もっと滝の中で御宝を唱えられるように気合を入れてやります!

    お百度参りも、ほかのチームが早くて、きっと108回出来ないと思うので、それもやり切れたらなーという思いです。

    午後からの先生のお話も、久しぶりに掃除で心の鏡という話を聞いたので、また会社や学校に戻った時に、意識して掃除していきます。常に、人との縁は大切だなと感じることが多く、誓いの言葉を読んだ時も、私は「決して孤独ではありません」これを読んだ時に、本当に一人じゃない!みんなでやっている!1日目も2日目も同じことを思いました。それほど大切なことなんだなと実感したので、今後誰かが、一人で不安そうにしていたら、誰よりも早く気付いて、ちゃんと手を差し伸べてあげられる存在になります。

    3日目の今日は、昨日と同じで、朝、声出しする時、本当に気持ちよく朝を迎えられたなー!と二日連続で思えたので、明日から帰ったら朝、今よりももう少し早めに起きて散歩に行こうかなと思います。ヨガは初めてやりましたが、身体がボロボロすぎてきつかったので、何でもないときにまたやってみたいなと思います。

    午後から真言は1つ1つの文に仏様に対しての意味があるんだろうというのは分かるけど、どういった思いが込められていうのかなーと疑問でした。

    三日目、「幸せ」って何?「生きる」って?と色々な事を考えてきて、仲間の大切さや、誰かを思いやる気持ちの大切さをとても学びました。仏様も神様も、幽霊もいると信じているし、「気を感じる」という話を今朝したりしていて、信じるも信じないもその人次第だからとおっしゃっていましたが、誰もが信じてくれることってあるのかなー、大学の先生に「科学的には証明されてないからいない」と一方的に言われて悔しかったことを思い出しましたが、忘れることにします。

    今後も今回学んだ心のもち方だったり、3日間で得たことを忘れずに、仕事やプライベートに取り組んでいきます。唯一懺悔したいことは、ご飯を間食できなくてごめんなさい。今晩からは、しっかり感謝をして残さず食べます。当たり前のことを求められている事以上に取り組んで、小さなことも大きなチャンスも、しっかりつかみとって、精一杯生きていきます。

    3日間お世話になりました。お寺の方々皆さん健康にはお気を付けて。

    ありがとうございました。

     

    今回は企業研修で参加いたしました。社会人になってから肉体を酷使することはほとんどなかったので、3日間の修行はかなり辛いものでした。出来ればもう2度と参加したくないので、今後は日常生活でも、適度に体を動かし、自分自身で体力や健康に気を付けて行きたいと思います。

    ただ、参加したことはとても有意義なことでした。スマホやテレビが禁止されている環境、肉や魚を摂取しない精進料理のみの生活というのは、なかなか経験できるものではありません。

    3日間厳しく、そして優しくご指導いただいた住職をはじめとする皆様に感謝致します。

     

    特に辛かったことは、初日の三礼でした。来た時のままの服装で行ったということもあり、汗をかき、膝には水ぶくれができ、本当に苦しかったです。あの苦しみはここ数年の中で3本指に入るほどの辛さでした。

    次に辛かったことは、2時間、般若心経を唱えたことです。座って唱えるだけの作業に思えて、腰は痛くなり、のども痛くなり、かなりの苦痛でした。

    どれだけ辛い修行だったか、あげていくとキリがありません。

    辛い修行の中、1つだけ自分で「これはやり遂げる」と思って達成したことがあります。光明真言を千回唱えるという修行で、一度も足を崩さず、正座し続けたことです。

    何か一つでも忍耐強く成し遂げたいと思い、目標を定め頑張りました。

    この研修に参加している、他の11人のうち、8人は初対面だったため、最初は不安に感じていましたが、最終日には打ち解けることが出来てよかったです。

    4月から彼らたちと働くことが楽しみになりました。

    一つ、みんなと比べて得したことがあります。早起きした際に、仏様のお水を交換する作業を手伝えたことです。今回の研修ではあまり自由時間もなく、館内をいろいろ見たりする時間はありませんでしたが、朝の静かな時間に、一体一体の仏様に向き合い、手を合わせることが出来たのは、貴重な時間だったように思えます。

    今日は、「もう2度と来たくない」と思っていますが、もしかしたら、今後何かに迷い、壁にぶつかり、自分を見つめ直したくなる日が来るかもしれません。

    その時には、この3日間のことを思い出し、このお寺にもう一度お世話になろうと思います。

    この度は貴重な体験、そして皆様のお時間を頂きありがとうございました。

    教えていただいた「心のもち方」を常に心に、これから出会うたくさんの方々に感謝しながら、今後の人生をより深く濃いものにしてまいります。

     

     

     

     

    天光寺の研修で、今まで体験したことの無い経験ができました。般若心経を百回繰り返す「行」で、担当の方が「こう言った、辛いように思うかもしれない行うことで、普段の生活に戻った時、新たな発想が生まれる」と、おっしゃっていました。直接自分の人生に活かせるかは分かりませんが、こう言ったことを一つ一つ一生懸命取り組むことが、大切だと思いました。

    さらに、法話では「何事においても、積極的に生きるか消極的に生きるかで、運や人生が変る」とも、おっしゃつていました。

    普通の生活や仕事でも、積極的に一生懸命に取り組み、今までの人生は学校や家庭といった周りの環境からチャンスを与えられることが多かったと思いますが、これからは自分で感じて掴めるようにならなければ、ならないと思いました。

    その上で、ものごとの優先順位を見極め、これから自分が関わっていく組織で、自分のやりたいことや遣るべきことだけでなく、周囲の人が困っていることや遣りたがらないことを行い、属している組織にプラスの存在となれるように、行動していきたいと思いました。

    もう一つ、法話の中で消極的な言葉は、使わないようにすると有りました。消極的な言葉は、人を傷つけたり失望させたりと、良くない影響を与えます。逆に、人に喜びや勇気を与えられるような言葉を選び、これから先の社会に出て生きていく上で、そういった朗らかに感じられるような言葉を、使っていきたいと思いました。

    この二日間の研修で得られたものを、これから活かせるように忘れずに、生活していきたいです。

     

    勤め先の会社は、8割が女性の会社です。それだけに甘いところがあり、企業意識や従業員意識を充実するために、中堅幹部の企業研修を天光寺で行うことになりました。

    企業研修と聞きますと、どこかの観光地のホテルで行楽を含めたように思われがちですが、今回の天光寺での企業研修では、二泊三日ですが私たち6名が未だかって経験したことの無い、本物の研修ということを知らされました。

    同じことをするにしても、数回とかではなく精神と肉体とを兼ね備えた修行になり、一生の思い出にもなりました。

    初めの自己紹介でも、できない場合は何回もやり直したり、挨拶にしても、声出しの挨拶であり腹式呼吸や発声法まで網羅したものなので、大変でした。

    続いて、お経の練習なのですが、般若心経・光明真言・御宝号・三禮とあり、それはそれは凄いもので、500回や連続1000回の唱えなければならないことがあり、足腰や声がフラフラになりました。

    食事は全て精進料理で、配膳・片付け・整理整頓を、研修者(複数の方がいました。)全員で協力し行いました。

    話を戻して、お経の般若心経は、わずか連続50回を唱えるので、初日は驚きましたがすぐになれました。挨拶にしても普段では発しない大きな声で正確に行わなければ、何度も繰返すと言った凄い研修でした。

    般若心経は、声に出しお経を唱えるだけでなく、写経と言われる書道で書き進め研修するもので、新鮮な経験でした。女性が8人揃ってお経を唱え、一人づつでしたが滝行に一緒におもむき滝を受けたことで、団結心が出来たりもしたことに今回の研修は、思わぬ効能がありました。ただ、三禮では足腰に大きな疲労と脱力感が後になって出て、困りましたが良い思い出になりました。

    忘れられない研修のもう一つとして、滝行もありましたが、その前のお百度参りでは「南無大師遍照金剛」を大きな声で唱えながら、往復108回走ってお参りをしました。

    今までのことを忘れず、身体に沁み込んだ体験を忘れれずに、これからの会社でも自分の生活でも頑張ろうと思いました。

    最後に、住職から受けた法話では、感じ入る法話で全員が感動しておりました。

    ありがとうございました。

     

     

    天光寺の研修は今年で3回目と聞きました。

    なぜ、このような遠くまで時間をかけて研修に来るのか、とても不思議に思っていました。

    天光寺に到着、申込書に全員で記入し、荷物を更衣室置き、行衣に着替え本堂に戻り全員正座で待機していました。暫くすると住職が現れ、あなたは自分の人生において「主人公になれていますか?」それとも「負け犬になっていますか」どちらですか?と尋ねられて一瞬返事に戸惑いました。この住職の言葉が非常に印象に残った。自分の人生だから、それなりに自分らしく生きてきたのではないか、と思っていた。住職から常に積極的な心を持っていますかと尋ねられた。常に「積極的な心」があったかというと、自信を持ってそうだと言い切れないことに気が付いた。
    自分の人生好きなように生きたい。しかし、自分の思い通りにはならないことに気が付いた。今回の研修も会社からの指示で参加したのであり、自分の意思は欠けていた。そんな中で聞いた住職の法話には思わずハッとするものがあった。自分の人生の主人公となる為には「積極的な心持たなければならない」合宿一日目に気が付くことができてよかった。
    ここで臨んだ各修行で、積極的に向かい、強く達成感が得られたのがお百度参りと滝行である。
    お百度参りではお参りをしている他の人に対する応援の掛け声をかけたが、声が出ず、仲間が一生懸命に行を行う姿を見て、徐々に大きく声が出せるようになったと感じました。
    また、お百度参りを終了し部屋の中に戻ってくる人の表情は大変清々しく、寒さや疲れなどが見受けられなかった。それを見て、より一層、行への期待が膨らんだのを覚えている。行を終えると気持ちもスッキリとし、気乗りしなかった滝行にも臨めそうな気がしてきた。
    滝行では険しい山道を登る中で、妙に興奮していた。滝に打たれる人を見て少しひるんだが無事にやり切ることができた。
    これらの行で気付いたのが、積極的に行動したときに得られる達成感はとても大きかった。

    これからの人生において積極的に生きて主人公になるように努力します。貴重な体験有難うございます。

     

    私は休日にもなると神社やお寺で御朱印帳を頂いたり、近郊の低い山へトレッキングしたりとしておりますので、自然の中のお寺に行けることもあり楽しみにしておりました。会社から30名ほど参加する人のほとんどは同期や同僚でしたので、ちょっとした修学旅行のような気持ちで参加しました。

    結論から言いますと2泊3日の研修はとてもつらかったです。が、私はつらいとは思いませんでした。つらかったのですが、気持ちの持ち方を変えると楽しく過ごせたという言い方のほうがしっくりくるかもしれません。

    例えば、修行の中には真言を連続1000回唱えるといったものがありました。どうしてそれをしなくてはならないのかと考えながら修行をすると苦痛だったのですが、途中から今は目の前の修行に一生懸命打ち込もうと決めて行うようにすると、意外と楽しく取り組むことができました。

    結構辛そうにしていた同僚に、「集中するといいよ」と教えてあげたところ、帰りにお礼を言われました。集中している間は時間があっという間に過ぎるるのと、集中することによって試行錯誤しながら、前向きに取り組めるようになるのだと感じました。

    ただ、このような長時間何かを行う修行は集中すればいいのですが、滝行は集中してもつらかったです(笑) 水が想像以上に冷たいのと、水量が想像以上に多いです。それもつらいのは最初だけで何回かやるうちに慣れました。

    普段やらないことをやるのは苦痛です。でも、しなくてはいけないなら、いやいややるのではなくて楽しみながらやる工夫をすることが大切だと思いました。私の場合は集中する事でしたが、そこはみなそれぞれ違うんだと思います。

    楽しく、辛く、目新しい経験をさせていただいた皆様に心よりお礼を申し上げます。

    ありがとうございました!

     

    天光寺の研修は今年で3年目と聞きました。

    なぜ、このような遠くまで時間をかけて研修に来るのか、とても不思議に思っていました。

    天光寺に到着、申込書に全員で記入し、荷物を更衣室置き、行衣に着替え本堂に戻り全員正座で待機していました。暫くすると住職が現れ、あなたは自分の人生において「主人公になれていますか?」それとも「負け犬になっていますか」どちらですか?と尋ねられて一瞬返事に戸惑いました。この住職の言葉が非常に印象に残った。自分の人生だから、それなりに自分らしく生きてきたのではないか、と思っていた。住職から常に積極的な心を持っていますかと尋ねられた。常に「積極的な心」があったかというと、自信を持ってそうだと言い切れないことに気が付いた。
    自分の人生好きなように生きたい。しかし、自分の思い通りにはならないことに気が付いた。今回の研修も学校からの指示で参加したのであり、自分の意思は欠けていた。そんな中で聞いた住職の法話には思わずハッとするものがあった。自分の人生の主人公となる為には「積極的な心持たなければならない」合宿一日目に気が付くことができてよかった。
    ここで臨んだ各修行で、積極的に向かい、強く達成感が得られたのがお百度参りと滝行である。
    お百度参りではお参りをしている他の人に対する応援の掛け声をかけたが、声が出ず、仲間が一生懸命に行を行う姿を見て、徐々に大きく声が出せるようになったと感じました。
    また、お百度参りを終了し部屋の中に戻ってくる人の表情は大変清々しく、寒さや疲れなどが見受けられなかった。それを見て、より一層、行への期待が膨らんだのを覚えている。行を終えると気持ちもスッキリとし、気乗りしなかった滝行にも臨めそうな気がしてきた。
    滝行では険しい山道を登る中で、妙に興奮していた。滝に打たれる人を見て少しひるんだが無事にやり切ることができた。
    これらの行で気付いたのが、積極的に行動したときに得られる達成感はとても大きかった。

    これからの人生において積極的に生きて主人公になるように努力します。貴重な体験有難うございます。

    この度は弊社の新入社員研修を、お受け頂き誠にありがとう御座いました。この研修を通じて多くの事を学びました。今回新入社員と共に研修に参加させて頂き、心を新たにすることが出来るような気がします。社会人になってちょうど三年年目になり、多くの仕事を任されるようになりました。私は様々な理由で両親からも恩師や友人からも甘やかされて、育ってきました。同じことを何ども失敗してきました。それが社会人になり、一つ一つの仕事に責任を持つことを学び、どんな仕事にも全力で取り組んできましたが、この研修に参加するまでの数ヶ月間は、やっても、やっても仕事が終わらず、時には会社を辞めたいなぁと思うこともありました。

    そんな中、参加した今回の研修ですが、特に私の心に残ったのは「マイナス」の言葉を吐き続ければ、その言葉が体内にインプットされ、魂を支配すると言う住職の言葉でした。仕事がいかに大変でも、マイナスの言葉を吐かないように努力します。仕事に追われていると、友人や可愛い後輩に厳しい態度で、接してしまったりすることもある未熟な私ですが、今回の研修のことを契機に心機一転で、頑張って行こうと思うことが出来ました。

    新入社員と一緒に参加させて頂いた、お百度参り滝行ですが、最初は身体が辛かったが、続けるうちにだんだんとその辛さが麻痺していき、邪念が無くなっていくのを感じました。

    この研修の中で滝に打たれたりお百度参りを行うことはつらかったですが、心が乱れたとき時や迷ったり怒りたくなったりした時にはすぐに言葉に出さず、一度心を無にして雑念や邪念を浄化できるように努めて行きたいと思います。

    今回の研修で各職場の仕事を初める新入社員にとって、社会人として人間としての心構えを身につけさせる大変良い機会となりました、引率として来たはずの私自身も自分の未熟さや甘さを再確認させられ、今後の仕事への向き合い方を考えさせられる良い経験となりました。

    この度は貴重な経験をさせて頂き、ありがとうございました。

    勤め先の会社は、8割が女性の会社です。それだけに甘いところがあり、企業意識や従業員意識を充実するために、中堅幹部の企業研修を天光寺で行うことになりました。

    企業研修とききますと、どこかの観光地のホテルで行楽を含めたように思われがちですが、今回の天光寺での企業研修では、二泊三日ですが私たち6名が未だかって経験したことの無い、本物の研修ということを知らされました。

    同じことをするにしても、数回とかではなく精神と肉体とを兼ね備えた修行になり、一生の思い出にもなりました。

    初めの自己紹介でも、できない場合は何回もやり直したり、挨拶にしても、声出しの挨拶であり腹式呼吸や発声法まで網羅したものなので、大変でした。

    続いて、お経の練習なのですが、般若心経・光明真言・御宝号・三禮とあり、それはそれは凄いもので、500回や連続1000回の唱えなければならないことがあり、足腰や声がフラフラになりました。

    食事は全て精進料理で、配膳・片付け・整理整頓を、研修者(複数の方がいました。)全員で協力し行いました。

    話を戻して、お経の般若心経は、わずか連続50回を唱えるので、初日は驚きましたがすぐになれました。挨拶にしても普段では発しない大きな声で正確に行わなければ、何度も繰返すと言った凄い研修でした。

    般若心経は、声に出しお経を唱えるだけでなく、写経と言われる書道で書き進め研修するもので、新鮮な経験でした。女性が8人揃ってお経を唱え、一人づつでしたが滝行に一緒におもむき滝を受けたことで、団結心が出来たりもしたことに今回の研修は、思わぬ効能がありました。

    ただ、三禮では足腰に大きな疲労と脱力感が後になって出て、困りましたが良い思い出になりました。

    忘れられない研修のもう一つとして、滝行もありましたが、その前のお百度参りでは「南無大師遍照金剛」を大きな声で唱えながら、往復108回走ってお参りをしました。

    今までのことを忘れず、身体に沁み込んだ体験を忘れれずに、これからの会社でも自分の生活でも頑張ろうと思いました。

    最後に、住職から受けた法話では、感じ入る法話で全員が感動しておりました。

    ありがとうございました。

    会社に勤めて三年が経ちますが、私の会社では三年目前後の者が数名で企業研修をして、充実した社員になるための教えがあります。その中で、私は天光寺におもむきリーダーとして、同僚や部下と共に8名で企業研修を二泊三日のスケジュールで行うことになりました。

    上司からは、企業研修では厳しいことも有るかも知れないが、忍耐を身につけ成長する為にも頑張って来て欲しいと言われました。

    初め研修と言うので、どこかの施設での研修しか考えていませんでしたが、お寺と聞いてどの様な研修になるのか一切わからず想像もつかず、同行する社員達との会話でも不安がありました。

    今回訪れた天光寺での研修では、基本を学ぶことが有り挨拶や声の出し方から始まり、お寺での研修だけにお経の朗読やお百度参りや滝行や、心静か写経や写仏や三禮や瞑想から法話と盛り沢山あり、朝から夕刻まで修業的研修でした。

    朝は6時に起きてから、洗顔後清掃から始まり身体を動かし、それから食事をしてすぐさま修業的な研修が始まりました。その後、スケジュールにある研修を消化してから、寝入るのが夜の10時まで密度の高い研修をしました。

    一日目、二日目と、研修を消化していて、社員同士の連帯感とか助け合いとかが、直接的に感じられたことは良かったです。特に身体的に厳しかった三禮では、全員で頑張り落伍者の居ないように努力しました。滝行でも、一人づつ滝に入るのですが、みんなで応援したして頑張りました。

    二泊三日間、社会から離れ・・・テレビも新聞もスマホもラジオも無い生活の研修体験をして、口に入れるのは天光寺の精進料理で空腹を満たしたので、お菓子やチョコレートや飴やケーキの無い現実に、不安も感じましたが気持ちを切り替えるには、とても良かった研修でした。

    有難うございました。

    「あなたは自分の人生において主人公になれていますか?」という住職の言葉が非常に印象に残った。
    自分の人生なのだから、自分が主役なのは当然のことではないだろうか、山あり谷ありの人生ではあるが、それなりに自分らしく生きてきたのではないか、と思っていた。だがそこに常に「積極的な心」があったかというと、自信を持ってそうだと言い切れないことに気が付いた。
    一度きりの人生だから自分の好きなように生きたい。しかし、多くの人と関わる中でいつも自分の思い通りにはならない。時には他人からの指示でやりたくもないことをやらなければならないこともある。それが社会の中で生きるということであり、仕方のないことだと考えていた。
    今回の合宿もまさに学校からの指示で参加したのであり、そこに自分の意思は欠けていた。そんな中で聞いた住職の法話には思わずハッとするものがあった。「積極的な心」で自分の人生の主人公となる。当たり前のようで、日頃からできていないことがある。そのことに合宿一日目に気が付くことができてよかった。
    ここで臨んだ各修行で、積極的に向かい、強く達成感が得られたのがお百度参りと滝行である。
    お百度参りではお参りをしている他の人に対する応援の掛け声が始めはなかなか上手く出せずにいたが、懸命に行を行う姿を見て、徐々に大きく声が出せるようになったと感じた。
    また、お参りを終えてこちらへ戻ってくる人の表情は大変清々しく、寒さや疲れなどが見受けられなかった。それを見て、より一層、行への期待が膨らんだのを覚えている。実際、行を終えると気持ちもスッキリとし、気乗りしなかった滝行にも臨めそうな気がしてきた。
    続く滝行では険しい山道を登る中で、緊張しつつも妙に興奮していた。順に滝に打たれる人を見て少しひるんだが無事にやり切ることができた。
    これらの行で気付いたのが、積極的に行動したときに得られる達成感はとても大きく「そうか、これが人生の主人公になるということか」と身を持って実感することができた。
    今後、日々の生活でも学業においても、なりたい自分を思い描き、それに向かい積極的に取り組むように心がけたい。

    楽しみにしていた修行でした。先輩方から話を聞いていて、何か気付ける事があるかもしれないと思ったからです。また、宗教やお寺などが昔から好きだったというのもあるかもしれません。

    一つだけ決めて来た事がありました。「何も考えず、無になってみる」というものです。私は普段、自分でも時々疲れてしまうくらい常に考え事をしています。中でも昔から持っている悩みについては、考えていない日はない、というぐらいずっとあり、それから開放されたいとよく願っていました。そこで、今回の修行はとてもいい機会だと考えたのです。

    実際に全ての修行を通して行ってみて、久しぶりに、部活をやっていた頃のような達成感と充実感と、身体だけの疲労を感じられています。またお話して頂いた内容も今の自分にとって、とてもとても有難いお話ばかりでした。「昔の自分はしっかり出来ていたな。」と振り返る事が出来たのと同時に、今の自分に何が足りないか、足りない事ばかりだとは思いましたが、本当に心から反省する事が出来ました。最近ずっと悩み続けて、壁にぶつかっていたのは、今日こうして自分に必要な事をしっかりと吸収するためだったのかなと思います。

    反省した点、改めて気付いた点、新しく教えて頂いたことを今この瞬間から一歩ずつ治し、前に進んで行きます。

    短い時間ではありましたが、私の人生において大切にしたいと思っていた事を再認識させて頂きました。本当にありがとうございました。

    社員研修が終わった今、私が思うのは天光寺に来て良かったと言うことです。来る前から厳しく、きついんだろうなと考えて居ましたが、予想以上でした。

    一番初めの挨拶の作法からやられました。元々正座が苦手だった私は足が痺れないコツなどをネットで調べて研修に挑んだのですが、両足とも見事に痺れました。しかしこれは本当に始まりに過ぎませんでした。

    光明真言千回、二時間半以上にも及ぶ読経は気が遠くなるものでした。初めのうちは一生懸命唱えて居たのですが、眠気が襲って来て、何を言っているのか分からなくなりました。途中から目が覚めて来たので光明真言を覚えようと思い、経本を見ずに言う様にしました。そこから心が無というか、唱えることが気持ち良くなってきました。最後は喉がからからで声を出すのが苦しかったけれど、気が向いたらまた家で唱えてみるのも良いかもしれないなと感じました。

    次がメインイベント、三禮でした。光明真言からの三禮は本当に辛かったです。もう最初の方からしんどくなり、100回も出来るのか不安を感じました。太ももが悲鳴をあげ、床に手を突かないと立てませんでした。伏せる度に膝と手首が床に勢いよく当たり、痛くてたまりませんでした。ギブアップしたいと思いながらも横を見ると頑張っている仲間がいる。皆の頑張りが私の弱い、負けそうな心を支えてくれました。やり終えた時の達成感はたまらなかったです。赤くなった膝、手首、額は頑張った証だと思うと、ちょっと愛おしく感じました。

    一日目の最後と、二日目の最初のプログラムは写経と写仏でしたが、これは個人的にとても楽しかったです。昔習字を習っていたので、久しぶりに筆を使えることが嬉しかったです。ただ、今までのプログラムでヘトヘトになった身体でずっと正座をして書くのはきつかったです。出来上がった物をみて、本当に自分の心が筆を通して現れているように感じました。

    研修の最後は、お百度参りだったのですが、これも少し楽しかったです。それはきっと天気が曇りで、熱くも無く寒くも無く、涼しくて気持ちが良かったからだと思います。心が無になり、やり終えた後はさわやかな気持ちになりました。

    研修を通して、自分の甘えた心に渇を入れて貰えました。今、私の心はとても穏やかです。精神的にも肉体的にも鍛え上げられ、自分自身が少し成長出来た様な気がします。また一人では無く五人だからこそ最後までやり通せたのだと思います。仲間の大切さを改めて感じる事が出来ました。貴重な体験をありがとうございました。

    入社して寺修行があると聞きましたが、修行と言っても、どの様なことをするのか、あまりイメージのつかないまま天光寺に参りました。天光寺に来て最初のお坊さんの方の挨拶に驚きました。研修でさんざん挨拶が一番大事、挨拶が第一印象を決めると聞いていましたが、その時改めてそう感じました。お坊さん方の挨拶は本当にご丁寧で心がこもっていました。これからは私も修行でやったあいさつを忘れず継続していきたいと思います。

    修行で一番心に残っているのは法話です。本当に心が洗われた気がしました。今までの自分がとても醜く感じました。「何事にも積極的に」その精神で生きて行こうと決めました。法話の中で一つ嬉しかった事がありました。私は大学の四年間部活をしていました。その中でいつもみんなで言っていた言葉は「思考は現実化する」という言葉でした。この言葉は間違っていなかったのだと思いました。

    修行をやってみて、改めて仲間が居れば頑張ることが出来ると実感しました。逆に自分が頑張る事で周りの人に力を与えることが出来るという事も分かりました。社会人として生きていく中で、自分の頑張る姿で周りの人に元気や勇気を与えられる人になろうと決めました。

    この修行をしたことで自身がついたと同時に、まだまだ自分に出来る事は沢山あると思いました。社会人として本当に未熟物ですが、自分に限界を作らず、この修行のことを忘れず頑張りたいです。本当にありがとうございました。

    私の今までの人生は、すぐに弱音を吐いてしまい、諦めてしまう事が多かったです。なので今回の修行で「負けることのない強い精神を持つ」と目標を立てました。

    正直本音を言ってしまえば、今回の修行を甘く見ていました。遠足気分に近いと言っても過言ではないです。この甘ったれた気持ちを吹き飛ばしてくれたのは「挨拶」です。社会人になって一週間も経つのに、社会人として一番に出来なくてはならない挨拶が、なっていませんでした。挨拶の重要性は、研修などで教わりましたが、知っているだけで、実行に移せていなかったのだと、改めてこの修行で実感できました。何事も丁寧な挨拶を、これからもやめることなく実行していきたいです。

    この修行で一番自分自身の弱さに気付いたのは「三禮」です。三禮は全員がやらなければならないという団結力と、自分自身が止まることなくやり遂げられるかの、自分自身との戦いだと感じました。

    この三禮で、一番にダウンしてしまったのは私でした。体調があまり良くないから、と自分のハードルを下げ、徐々にスローペースになっていき、最後には皆に負担をかけてしまいました。私はこの三禮をしている途中で、自分の不甲斐なさに、情けなさと悔しさが入り混じり、涙を流していました。三禮では、自分の弱さを改めて実感でき、本当にやって良かったと思うことができました。また、8人全員のチームワークがより強くなった事を感じました。この8人は、出会ってまだ一週間も経っておらず、チームワークは無いくらいでした。しかし三禮を通して、互いに声をかけて励まし合い、時間が多少かかりましたが、達成することができました。私は、出会ってまだ一週間ない8人がここまで絆を深めることが出来た事が、とても嬉しかったです。さらにチームワークが強くなったと感じたのは「光明真言1,000回」です。誰一人やめることなく集中し、最後には部屋の空気まで変えてしまったと言う事に、とても達成感を感じることができたし、この8人だから出来たんだなと改めて思いました。

    修行一つ一つでは、とても厳しく体力的にも辛い事ばかりでしたが、それぞれの修行で得る事が多く、修行を行う事が出来たことにとても感謝したいです。まず自分の弱さを知ることが出来、更に少しばかりかも知れないが、克服できたと自分で感じることができただけでも、自分が成長したんだと思います。これから多くの苦難が起きたとしても、立ち向かうことが出来る自身を持つことができました。更に最高の仲間を持つ事ができました。この8人となら、何事も一緒に頑張っていけるという確信が持てました。

    社会人として、この修行で得たこと身に付けたを忘れず実行していきたいです。まず挨拶をきちんとする。これは絶対に忘れることなくやり続けていきます。何事も目標を持って取り組みたいです。この修行で出来ない事はないと分かったからです。前向きに上を目指して頑張っていきたいです。

    最後に修行を行う事ができて、本当に良かったです。ありがとうございました。

    この度は企業研修として一泊二日お世話になりました。昨日こちらに到着した時の私と、研修が終わって感想文を書いている今の私は別人のように違います。

    到着した時の私は、まだどこか遠足気分でした。挨拶も「こんにちは~、○○○の8人です。」と行って、ニコニコしていたのを覚えています。今思うと社会人としてありえない挨拶と態度でした。その時に、天光寺のみなさんは深々と頭を下げて「ようこそお越し下さいました」と丁寧に言って下さいました。丁寧さと暖かさと厳しさを感じました。とても印象の良い挨拶を見せて頂きました。

    しかし、今思うと、その時から修行は始まっていたのだと分かります。最初の修行は挨拶の作法からでした。その時、つい数分前に天光寺の皆さんがして下さった挨拶を、完璧に身に付けなさいと言われました。大きい声を何回も出して酸欠になりました。ずっと正座だったので、足全体が痛くなりました。でも私だけではなく他のみんなも全員、大きな声を出して、声を揃えようとしているのが分かった時、一体感を感じる事が出来て、全員で一歩ずつ成長しているのを実感しました。今まで生きてきた二十二年間、挨拶の練習は何度かありましたが、過去最大に声を出している自分に気付きました。その時に「この修行が終わったときに、真の社会人になれる。」と頭で考えていたのを覚えています。これまでの二十二年間、甘えて生きてきたことが身に浸みて分かりました。「挨拶するだけでもこんなに心を込めなくてはならないんだ」と当たり前の事を意識していませんでした。

    挨拶の練習の後は、三禮百回や、お百度参り、光明真言千回…と厳しい修行が続き、体全体がボロボロになりましたが、ずっと「この修行に耐えられない人は真社会人になれないぞ!」と自分の体に鞭打って限界を超えました。きっと「真社会人(真の社会人)になる」という強い思いが私の体に届いていたんだと思います。それまでは、「自分に甘い」が私の特徴で、いつも辛すぎる事は後回しにしたり、逃げたりしていました。面接の時に「今まで自分を甘やかして生きてきたので、これからはADとして修行して強くなりたいです!」と言いました。正直その時はまさかお寺に修行しに行くなんて思っていませんでした。でもADとして現場に出て修行する前に、こうしてお寺で修行することが出来て自信が付きました。現場では教えて貰えないことを沢山学びました。皆さんに感謝しております。自分に甘い私のまま、現場に出ていたらと思うと…恐ろしいです。 今までなった事のないくらいの高レベルな筋肉痛になって、酸欠になって、頭痛がして、涙が出たくらい辛かったけれど、厳しい修行をして、朝早く起きて、野菜や山菜メインのお食事を頂いて、写経をしたり清掃をしたりしていると、心が落ち着いて、体の中がスッキリしたのを感じる事が出来ました。仲間とももっと仲良くなれた気がします。

    最後の法話で素敵なお話を沢山頂戴しました。「自分の人生の主人公を自分にする。」「良い舞台に立たせて頂いているのだから、良い役者になる。」「自分に出来ない事はないと自分で信じる。」特にこの三つが心に響きました。前向きな気持ちと言葉で自分を高めて、立たせて頂いている舞台に釣り合う役者に必ずなってみせます。

    二日間、誠にありがとうございました。お陰様でやっと真の社会人になれた気がします。これから更に沢山のことを経験して、立派な社会人になります。ありがとうございました。

    三日間の寺修行を終えて、社会人として、自分はまだまだ未熟なのだと、痛感しました。
    私の祖父は寺に通っていて、私も一緒にお参りしたりしていて、正座する事にもなれていました。
    なので正直ここに来るまでは、大したこともないんだろうと思っていましたが、実際に始まると、そんな余裕もなくなりました。

    一日目から正座しっぱなしで、あんなに正座したのも生まれて初めての経験で、こんなのがあと二日も続くのかと辛い思いでいっぱいでした。

    二日目はお寺に移動して、まずお百度参りをして、この時みんなでお互い声を出し合って、自分がやっている時もみんなの応援で頑張る事が出来たと思います。こにお時に、仲間が居る事の大切さを改めて感じることができました。

    この後は、人生で初めて滝に打たれましたが、息がろくに出来なくて辛かった記憶しかありません。滝には二度と打たれたくありませんが、その後の温泉は最高でした。

    この二日間を通して、自分はまだ学生気分で、社会人になってまだまだ未熟なのだと感じました。この先、自分が社会人として生きて行く為には、自分を成長させ、自分を変えなければいけないと感じる事が出来ました。

    では、自分を成長させ、自分を変えるためには、どうすればいいのかと考えていて、今振り返って分かりました。私がこの三日間逃げ出さず頑張る事が出来たのは、やはり仲間が居たからだと思います。

    私は小学校三年生から高校三年生までバスケットボール部に所属していて、辛い事もたくさんありましたが、今思うとチームメイトがいたから頑張ることができたのだと思います。 なのでこれから自分は、同じ職場の人達と、お互い助け合って仕事を楽しくする事ができればいいと思います。

    そして、それが自分を成長させる事にも繋がって立派な社会人になることが出来るのではないかと思います。なのでこのことに気付けた、この三日間は自分にとって貴重な体験であり、今後の自信になりました。

    私は、この研修合宿に参加するまで、正直甘く見ていました。しかし本当に参加してみると一時間あぐらでお経を唱えたり、お百度参りをしたり、男性は滝行をしたりと、私が考えていたよりも、遙かに過酷でした。最初は「研修なのに、なぜ修行をしているのだろう。」と考えていましたが、住職さんの話を聞いたりしているうちに、ここでは入社してから必要なことを学んでいるのではなくて、生きていく上で大事なことを学んでいるんだと気付きました。

    特に私が心に残った事は住職の法話です。最初はつまらなくて眠ってしまうのではないかと心配でしたが、そんなことは無用でした。「努力と知恵を使って生きる」という言葉に、私もそうやって生きれたら良いなと思いました。今まで死ぬほど努力をしたこともないし、知恵を使おうとも思ったことはありませんでした。何も考えないで生きるよりも、努力と知恵を使って生きる方がたいへんだし、エネルギーも必要になると思います。しかし、努力や知恵を使ったからこそ出せる結果もあるし、その時初めて人間として成長できるのかなと思いました。宗教のお話も、学校の授業より楽しかったので、素敵な知識が身に付きました。

    二日間を終えて今感じることは、辛いこともたくさんあったし、我慢もたくさんしましたが、それを乗り越えた自分がいることに驚いています。途中で何度も帰りたいと思いましたが、それを乗り越えたからこそ今の達成感を味わうことができました。これから社会人になったら。辛いこともたくさんあると思います。そんな時はこの二日間を思い出して、励みにしたいです。

    更に今回は研修合宿ということで、みんなと仲良くなる事も目的の一つでした。みんなで辛い事を乗り越えたからか、来たときよりも仲が深まった気がします。特に男性が滝行の時、女性は水に入らなくても、男性が滝行をしているとき、泣いて応援していました。男性もその声援に応えるように頑張っていたし、私はそのとき、このメンバーで入社できることをとても誇りに思いました。
    私は今、社会に出たばかりで、右も左も分かりません。これから少しずつ本物の社会人になれるものだと思っています。しかし、社会人になったからと言って、全てが自分の力でどうにかなる訳ではありません。常に感謝の気持ちを持って生活していきたいと思いました。

    二日間の企業研修がお寺での体験修行と言う事を聞き、私は自分に耐える事ができるのか不安でした。私の通っていた大学は仏教大学なので、友達に修行経験のある子もいて、話を聞いていましたし、私自身座禅の授業を受けた事があった為です。座禅の授業での私はというと、苦しくなるとすぐに姿勢を緩め、どんどん楽な体制にしてしまっていました。昔から、自分の好きな事のためなら、どんなに辛い事も耐える事ができましたが、苦手な事、少しでも嫌な事になると、すぐに手を抜く所があります。なので、今回の研修ではその自分の甘い部分を少しでも改善すること、そのために集中力を高める事を目標としていました。

    研修の初めは、声を大きく出す、など、あまり苦しいと感じる事もありませんでした。しかし、一日目の午後になると、足もだんだん痛くなり、同じ事を言い続けるという慣れない事もあり、少しずつ集中力が切れ始めました。私の中で、話している方の目を必ず見ようと決めていたはずなのに、できていない自分もいました。しかし、それに気付いても、今までは辛いという理由で直そうとしませんでしたが、今回はしっかり、自分に厳しく直そうと努力をする事が、少しはできたと思っています。

    ずっと座っていた中で、立ったり座ったりの動きの繰り返し、三禮は、久しぶりに泣きそうになる程辛くて、何度もやめたいと思いました。しかし、企業研修で、そんなことをしたら、この先の仕事に耐えていけないという思いもあり、形は崩れてしまい、正しくはなかったかもしれないですが、最後まで続ける事ができました。
    まだまだ未熟で、これから努力を続けないと、この自分への甘さが直ることはない事はよくわかっています。しかし今回の研修で、学生だった自分からは、少し成長できたのではないかと思います。これから社会人になり、組織の中で生きていく人として、もっと素早く行動していく事は課題だと思いました。時間に余裕を持つことも、場をわきまえて行動する事も、今回反省すべき点だと思うので、明日から意識して行動し、自分へ厳しく、社会人として自覚を持っていきたいと思います。

    私が、この五日間の行を通じて感じた事は、自分がいかに恵まれた環境で育ってきたかという事と、自分自身が社会人として生きるということをどれだけ甘く見ていたかという事です。
    私は北海道出身で、小中高大の学校をずっと実家から通える場所に進学してきました。なので一人暮らしをした事は一度もなく、今まで両親の元で育ってきました。

    入社して東京へ出てはきましたが、研修で宿泊する旅館では、掃除もご飯も全て旅館の方々がやってくれるし、何一つ不自由な事はありませんでした。それなのに私や同期の人達は、ご飯が冷めているとか、風呂が狭いとか文句ばかり言っており、なんだ全然親がいなくても頑張れるじゃないかと自身を過大評価していました。

    それが、天光寺の研修に来てみると、その考えは見事に打ち砕かれました。
    天光寺では朝早起きすると、すぐに隅々まで丁寧に掃除しなければいけないし、ご飯の時間にはみんなで協力しててきぱきと動かなければ、いつまでも食べられないという、生活していく上で当たり前のことがとても辛いものでした。
    滝や写経が辛いのはもちろんでしたが、修行以前の事で憑かれている自分にとても嫌気がさしました。その時に今まで自分がどれだけ周囲に支えられて生きてきたかを痛感しました。

    また、天光寺では色々なありがたいお話を聞かせて頂きました、その色々なお話を聞いているうちに、自分が社会人になるという事をどれだけ甘く見ていたかという事に気づかされました。

    私は元から競争心が強い性格で、社会人になったからには出世したいという意欲が人一倍ありました。しかし、ただそれだけで、どのような将来が望みであるかなどの具体的な夢は何も持っておらず、仕事を人より上手にこなせば出世出来ると思っていました。そこで、こうなりたいという夢を持ち続ければ叶うと言う話