臼杵山 真言宗 天光寺

〒190-0204 東京都西多摩郡檜原村小沢4040-1
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    私の勤める会社は、毎年天光寺で2泊3日の社員研修を行っています。今年も例年通りに天光寺での研修があり、私も参加させていただきました。私にとっては2度目の研修です。バス停から歩いて寺に向かうまでの間、これからまた厳しい研修が始まると、気持ちを引き締めました。今回初めて修行に参加した社員の中には、厳しい研修に驚いている者もいました。私は以前の研修で少しは体が慣れて楽に感じるかと思いましたが、あいかわらず修行は厳しかったです。

    お経はなんとなく覚えており、初参加のときを思い出して、懐かしい気持ちになりました。食事も相変わらず美味しく、お代わりまでいただきました。滝行は心の準備ができていたためか、今回はそこまで大変だと感じませんでした。声をかけていただくまで滝に入っていることができ、満足しています。滝から出た後には、日頃の思考の垢が取れたかのように、さっぱりとした気分になったのが印象的でした。

    今回はとくに、朝の掃除の心地よさが印象に残りました。掃除は寺の中だけでなく、バス停から寺までの道も掃除します。研修で疲労した体に朝の光が大変清々しく、自然の恵みを感じるとともに、今ここにいられる感謝の念が浮かんできました。また徹底して身の回りの掃除をすることにより、自分の心の中も一緒に掃除されていくような、そんな感覚を覚えました。普段、朝掃除をすることはおろか、掃除自体妻に任せきりですが、たまには一緒に掃除をするのも良いなと自然と思えました。天光寺の皆様には、大変お世話になりました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

    この度は弊社の新人研修をお引き受けくださり、深謝申し上げます。幹部候補ということもあり、社命で新人研修に同行いたしました。同行といっても新人と同じ修行メニューなのですが、自分では体力・精神力ともに自信があるほうでしたので、とくに不安は感じておりませんでした。

     

    しかし思いのほか厳しい修行内容で、まさに研修というより本格的な修行だと改めて気を引き締めました。自分では忍耐強いほうだと自負しており、少々無理をしてでも仕事をこなしていましたが、この度の修行で、今まで自分で自分の限界値を定めていたと思うようになりました。修行では挨拶の仕方から練習をしたのですが、今まで自分は本当に心をこめてお客様に挨拶をしていたのだろうかと、自問自答させられる内容でした。

     

    また私は体の不調時や仕事の繁忙期には、周囲の人間に対して不機嫌な態度を取ったり、内面のストレスが顔に出てしまったりすることがありました。しかしこれは自分の心の弱さの現れだと、住職の話を拝聴し思うようになりました。他にも色々と思い当たることがあり、今までの自分を顧みる良い機会となったと感じています。

     

    2泊3日の研修でありましたが、私にとっては大変意義のあるものとなりました。修行体験を通して、少しは変われたのではないかと思います。どんなときでも広い心をもって他人と接することのできる、器の広い人間になれるよう、今後も精進して参ります。

     

    また最後となりましたが、住職の手料理は季節の野菜がふんだんに使われており、大変美味しいものでした。スタッフの方たちにも世話になり、心よりお礼申し上げます。今後とも弊社の企業研修をよろしくお願いいたします

     

    住職ならびに天光寺の皆様、この度は貴重な体験をさせていただき、誠にありがとうございました。普段仕事が忙しく、自分の内面を振り返ることはおろか、他人を思いやることも忘れがちになっていました。この修行体験を通して、他人への感謝や思いやりの心の大切さを、改めて感じることができました。

     

    この2泊3日の研修は、恐らく私一人では乗り越えられなかっただろうと思います。他者の存在が自分の心を強くしてくれたからこそ、乗り越えられたのだと実感しています。

     

    2日目ともなると疲労もたまり、ただ座っているだけでも足腰が痛く苦痛に感じました。もし一人で来ていたなら、甘えから姿勢を崩したり、休憩したりしていたと思います。しかし同じ研修の参加者の存在があるので、行を適当にこなしたり辞めたりすることは、考えもしませんでした。自分が脱落すると皆に迷惑がかかるというよりも、ここにいる皆で研修を乗り越えたいという思いが自然と浮かんできました。

     

    この度の修行体験から、やはり人というものは一人では生きられず、支え合って生きているのだと理解しました。それと同時に、私が普段周りの人間に配慮が足りなかったことにも気付かされました。いつも家事を完璧にこなしてくれている妻にも、いつしか感謝の言葉をかけることが少なくなり、いつの間にか当たり前にすら感じていました。それに気がつけただけでも、参加できて有難いと思えます。

     

    私にとっては、他者の存在に感謝できるようになれたのが、この研修での一番の収穫でした。家族や友人との関わり、職場の人間関係、様々な関わりの中で修行体験で得た感謝の心を忘れないよう生きていきたいと思っております。

    今回の天光寺での企業研修を通じて、社会人として身についていなかったことを多く学びました。忍耐力の必要性や同僚の大切さ、そして組織の一員としての自覚も体験した。

    今回の研修はとても辛かった。三禮という行、冷たい滝に打たれることも、途中で逃げたくなるようなことが多くありました。特に三禮は声を出しながら、立ち座りを繰り返すというもので、身体への負担も大きく声を出そうにも、呼吸できない程だった。終わった後は汗をかなり掻き、立ち上がることもままならない疲労感があった。またお経を千回と唱える朗読、その苦痛から逃げ出したいと思った。それとは逆に、やり遂げたことに対する達成感と、何回か遅れをとり出来なかったことに対する悔しいと言う気持ちがありました。住職が私達におっしゃった、「辛くとも、どうすることも出来ないのであれば、それを受け入れなさい。」で、確かにそうだと思った。三禮の時はどこかに辛いという感情を持ち、自分に甘えていたのだと今は思います。これから数多くの苦難を自分で成し遂げなくてはならないと感じています。それだけに、今回の研修を通じて、どのような時でも頑張れることの出来る忍耐力の強さと精神力が、感じ取れた思いです。今回二泊三日の研修で、共に生活し共に試練を乗り越えることが出来、団結することが出来たと感じました。

    毎朝皆で清掃した際のときも、与えられた作業のみでなく他の人の手伝いを積極的に行ったときにも、助け合うことの重要性を改めて学ぶことが出来ました。同僚と過ごした研修では、深く感謝の念を持ち、お世話になった天光寺の皆様にも感謝します。

    企業研修とは新入社員が受ける研修とばかり思っていた、入社十数年目の私に受講することに成ろうとは思いませんでした。

    社内での企業研修は体験もしたことはありましたが、社外でしかもお寺での研修とあって、どの様な研修になるのかと内心不安でした。

    上司からは、選ばれた人材であることと、部門からの推薦を受けた者として、頑張って来いと言う指示で参加しました。はっきり言って自ら進んでの参加ではありませんでしたが、後になって気が付いたことは素晴らしい人材構築の基本が学べ、体得できたと言う感想です。

    研修の内容は、素晴らしく多岐に及んでおり、頭と声と身体を使うものであったり、心の感受性を感じるものであったり、多岐に及んでいました。

    研修を顧みて流れからの自己紹介ですが、きちんとした自己紹介が出来なければ、何度も繰り返し行い、その際の声の出し方も小声でなくハッキリしたもので無ければ繰り返しでした。本当のあいさつをするという事は、とても重要であるものの大変でもありました。

    初めて聞く、挨拶での腹式呼吸法や発声法には厳格な所作があり、驚きに始まりでした。

    つづく、お経の練習(般若心経・光明真言・御宝号・三禮)でも、常に集中して行い、遊びが無いものでした。食事においては精進料理であり、配膳・片付け・整理整頓を全員で協力して行い、積極的な心を育てるものでした。

    回数的なお経のものとしては、般若心経の連続50回,三禮の連続300回、御宝号の連続500回、光明真言の連続1000回と、すさまじい研修になり思い出だけでなく夢にも出てきそうな、研修で無く、修行として位置付けられたものでした。

    そのような天光寺での企業研修でしたが、中身が濃く充実していましたので、嫌になることはありませんでした。そして、次から次に行われる修行の研修ですが、一番気に入ったものとしては、瞑想や写経でした。

    初めて知った般若心経ですが、以前から知っていた訳でもないのに、吸い込まれるようにお経通読も、お経書き込みもスムーズに行えました。感動的なものでした。

    最終日には、住職からの講和があり、意味深で迫力あるもので感動ものでした。

    企業研修を振り返り、天光寺様には感謝致します。

    有難う御座います。

    勤め先の会社は、8割が女性の会社です。それだけに甘いところがあり、企業意識や従業員意識を充実するために、中堅幹部の企業研修を天光寺で行うことになりました。

    企業研修とききますと、どこかの観光地のホテルで行楽を含めたように思われがちですが、今回の天光寺での企業研修では、二泊三日ですが私たち6名が未だかって経験したことの無い、本物の研修ということを知らされました。

    同じことをするにしても、数回とかではなく精神と肉体とを兼ね備えた修行になり、一生の思い出にもなりました。

    初めの自己紹介でも、できない場合は何回もやり直したり、挨拶にしても、声出しの挨拶であり腹式呼吸や発声法まで網羅したものなので、大変でした。

    続いて、お経の練習なのですが、般若心経・光明真言・御宝号・三禮とあり、それはそれは凄いもので、500回や連続1000回の唱えなければならないことがあり、足腰や声がフラフラになりました。

    食事は全て精進料理で、配膳・片付け・整理整頓を、研修者(複数の方がいました。)全員で協力し行いました。

    話を戻して、お経の般若心経は、わずか連続50回を唱えるので、初日は驚きましたがすぐになれました。挨拶にしても普段では発しない大きな声で正確に行わなければ、何度も繰返すと言った凄い研修でした。

    般若心経は、声に出しお経を唱えるだけでなく、写経と言われる書道で書き進め研修するもので、新鮮な経験でした。女性が8人揃ってお経を唱え、一人づつでしたが滝行に一緒におもむき滝を受けたことで、団結心が出来たりもしたことに今回の研修は、思わぬ効能がありました。

    ただ、三禮では足腰に大きな疲労と脱力感が後になって出て、困りましたが良い思い出になりました。

    忘れられない研修のもう一つとして、滝行もありましたが、その前のお百度参りでは「南無大師遍照金剛」を大きな声で唱えながら、往復108回走ってお参りをしました。

    今までのことを忘れず、身体に沁み込んだ体験を忘れれずに、これからの会社でも自分の生活でも頑張ろうと思いました。

    最後に、住職から受けた法話では、感じ入る法話で全員が感動しておりました。

    ありがとうございました。

    私はとある中小企業に勤める者ですが、社命で同僚5名と共に天光寺で企業研修の修行を体験してきました。

    初めは、お寺での修行とあって、どの様な企業研修の修行体験をするのか不安がありました。日数期間は、二泊三日間でした。天光寺の場所は東京の西部にあり、人里はなれた山村に位置していました。

    建物は近代的なお寺であり、外見は瓦屋根のお寺でない事に初めは驚きました。集合時間に集まり、早速の企業研修が始まり、挨拶の練習から始まりました。ただの挨拶でなく、声を大きく正確に出して、礼儀正しく挨拶をしたことがなかったので、何度も挨拶の声や所作を繰返して、挨拶だけで一時間ほど練習しました。

    その後に、お経の練習が始まりましたが、今までお経を話したり声に出したことがなかったので、難解な言葉や言い回しに苦労しました。何度も何度も同じお経を言い、少しづつお経に慣れるしかないので、同僚と共に声が揃いませんでしたが、頑張りました。

    修行内容では、挨拶から始まりお経の朗読や三禮と言われる仏様に対する礼儀などを行い、更にはお百度参りや滝行や写経を行い、身体と精神を統一する修行を行い充実した、企業研修を行いました。

    天光寺で出された食事の料理では精進料理ですが、お粥ばかりと思っていましたが、住職自ら作る大変美味しい料理に驚きました。中には、ご飯やスープをお代わりする者も居て、体験した中では以外でした。

    今回の研修内容にあった滝行ですが、初めはお百度参りから始まり心拍数を上げてからか、滝行になり一人一人お経を言いながら滝に入り、精神統一しました。初めは簡単と思いましたが、滝に入ると世界が変り、何も聞こえず冷たく恐くなりましたが、頑張りました。滝行が終わってからは、身体が温かくなり気分爽快になりました。

    さらに、写経での精神統一の書道や天光寺住職の法話を拝聴して、積極的な自分になることの大切さを教えられました。ありがとうございました。

    「あなたは自分の人生において主人公になれていますか?」という住職の言葉が非常に印象に残った。
    自分の人生なのだから、自分が主役なのは当然のことではないだろうか、山あり谷ありの人生ではあるが、それなりに自分らしく生きてきたのではないか、と思っていた。だがそこに常に「積極的な心」があったかというと、自信を持ってそうだと言い切れないことに気が付いた。
    一度きりの人生だから自分の好きなように生きたい。しかし、多くの人と関わる中でいつも自分の思い通りにはならない。時には他人からの指示でやりたくもないことをやらなければならないこともある。それが社会の中で生きるということであり、仕方のないことだと考えていた。
    今回の合宿もまさに学校からの指示で参加したのであり、そこに自分の意思は欠けていた。そんな中で聞いた住職の法話には思わずハッとするものがあった。「積極的な心」で自分の人生の主人公となる。当たり前のようで、日頃からできていないことがある。そのことに合宿一日目に気が付くことができてよかった。
    ここで臨んだ各修行で、積極的に向かい、強く達成感が得られたのがお百度参りと滝行である。
    お百度参りではお参りをしている他の人に対する応援の掛け声が始めはなかなか上手く出せずにいたが、懸命に行を行う姿を見て、徐々に大きく声が出せるようになったと感じた。
    また、お参りを終えてこちらへ戻ってくる人の表情は大変清々しく、寒さや疲れなどが見受けられなかった。それを見て、より一層、行への期待が膨らんだのを覚えている。実際、行を終えると気持ちもスッキリとし、気乗りしなかった滝行にも臨めそうな気がしてきた。
    続く滝行では険しい山道を登る中で、緊張しつつも妙に興奮していた。順に滝に打たれる人を見て少しひるんだが無事にやり切ることができた。
    これらの行で気付いたのが、積極的に行動したときに得られる達成感はとても大きく「そうか、これが人生の主人公になるということか」と身を持って実感することができた。
    今後、日々の生活でも学業においても、なりたい自分を思い描き、それに向かい積極的に取り組むように心がけたい。

    今回のお寺での修行をすると聞いていて、正直つらいのだろうなとマイナス的な思考から入っていました。日が近付くにつれて、内容はやったこともないことばかりだと思ったので、体験することで何か気付いたりすることもあるのかなと、興味や好奇心も沸いてきました。
    学生時代の部活以来、体を酷使したり精神を鍛えるようなことは何もしてこなかったので、いい機会であると思えました。
    修行当日、実際に寺に向かうにつれ、どんどん山奥に入っていく道中に不安の方が大きくなりました。自分の日程として初日に滝行があったのですがあんなにつらいものであるとは思いませんでした。

    見た目から厳しそうではありましたが、やってみたらたいしたことはないのではとタカをくくっていました。自分の番で入った瞬間に、全く間違っていたと気付きました。入ったと同時にやめたかったのですが何とか少しは体験し、忍耐をためそうと数分間ですがやることができました。やっている間はまさに自問自答のくり返し、自分との闘いであったように思います。数分ではありましたが、思い出深い行の一つです。
    他に「三禮」は、聞いてはいましたが、想像を絶する肉体酷使で、数日間に渡り筋肉痛になやまされる内容でした。
    この時もやっている間、常に自問自答、やめて止まるべきか、ひたすら続けるべきかの連続。正直まともにはついて行けなかったものの、やり終えることができました。久々に達成感のような気分を味わった気がします。ただできれば二度味わいたくないつらさがありました。汗だくになり、床に水たまりを作りながらやったこの三禮も思い出深いものの一つです。

    また修行の間、基本的に自分のことは自分でやるという根本的なものがあり、ご飯を自分で用意し、自分で片付け、自分で布団を敷き、自分でしまい、自分で用具を出し、しまいということを繰り返してきて、忘れてしまっていた色々な事に気付かされた感じがします。
    自分で気付くことで、この先自分の糧や職場での人の接し方も少し変わるのかなという気もします。特に自分の子供への教育という部分でたくさんの知恵やヒントを与えてもらったように思います。

    最後の住職からのお話もそうでした。自身のこれからの人生やこれからの人と接し方、また自分の子供たち未来へつないでいくということの役割、重要さを再認識させられました。

    仏教というのは日本に深く根ざしていますが、宗教心を持った日本人は少ないように思います。自分もその一人です。
    あまり宗教的な事は嫌だなという気持ちが最初はあったのですが、堅苦しさや、押し付け的なことはあまり感じられず、恐らく無意識な部分も相まって、すんなりと自分の中に受け入れられた気がします。様々な場面での読経など、さもあたり前であるかのように終盤では特に感じられました。
    短い間ではありましたが、この修行では日頃しないことが多くあり、肉体的にも精神的にも辛いところがありましたが、得るものが多々あったように思います。「ひと回り成長しました」とまでは言えないものの、今後の日常での何気ない一言、言葉のちょっとした語尾などを気をつけることで、大きな変化に繋げられればと思います。

    住職、天光寺の皆様には大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

    この度、天光寺で人生初の寺修行を体験しました。二泊三日の日程で甘くみていた分、精神的、肉体的に厳しい結果になりました。
    只とてもつらい三日間でしたが、私の人生はまだ長くこれから色々なカベにぶち当たると思います。
    又、この度の体験で色々な事を考え、見つめ直せたと思います。
    私はグループの一法人の代表取締役を任されております。
    その中での私の役割、司令責任を考えました。住職のお言葉でもありましたが主役と舞台の差を再度、見つめ直したいと思います。
    更に外でも内でも人と人とのコミュニケーションを大事にしたいと思いました。仕事とスキル、自分に負けない気持ちなども強めていきたいと思います。
    この度は3日間の辛い時間でしたが、これからの長い人生を悔いなく有意義な人生を送るよう頑張りたいと思います。
    ご指導ありがとうございました。

    私は、この研修に来る前までは人との接し方を表面的にとらえて考えていました。住職のお話を聞き、あいさつの大切さや、人との触れ合いの重要さを改めて学びました。
    自分自身の今まで行っていたあいさつの作法では、人との表面的なコミニュケーションはとれていても、より親密な関係までは発展していなかったと思います。
    住職より教わったあいさつの方法は人の目を見て自分が考えていたよりもかなりゆっくりとお辞儀をし、そのお辞儀を倒した時と同じスピードでゆっくりと戻す方法です。
    その際、親しい関係の人の場合は肩に手をそえる等、軽いスキンシップを入れるとより良い習い、自分の場合はどの様にしていたかを思い出してみるとスキンシップが足りなかったと思います。
    また「いらっしゃいませ」や、「ありがとうございました」なども同じ言葉の意味であっても言いまわし方法を変えるだけで相手に伝わる気持ちが大きく変わることを学びました。「いらっしゃいませ」も「ようこそお越し下さいました」「ありがとうございました」も「また、お越し下さいませ」に変えると確かに「多くのお客様」というイメージから「一人のお客様」に変わり、心が伝わりやすくなったかと思います。
    また、連帯感が生まれたと思います。今までは個人的な考えが多くみうけられ「自分が出来れば良い」と思っていましたが、会社という関係上、自分だけが出来ていても仲間ができなくてはいけないと考えを改められたと思います。あいさつの作法では全員がキチッとしたあいさつが出来ない限り、他の人達は全員正座で待っている為一人ひとりが気を抜かず、集中して本気で取り組んでいるのが伝わりました。
    自分の番の際は緊張してしまい、言うべき内容の出身地を言い忘れてしまい「他の皆に迷惑がかかってしまう」と思い「次で絶対に終わらせるぞ」と知らず知らずの内に自分の中にも連帯感が生まれたのを実感出来ました。
    その他の修行でも「自分だけがギブアップするわけにはいかない」と思い日常ではギブアップするだろう場面でも更に頑張れたと思います。
    正直な所「今回の修行は二度とやりたくは無い」と思いましたが、自分で考えていた限界は実は甘えであって本当の限界では無かった事がわかったので少なからず成果があったと思います。
    最後に行った誓いの言葉も共感出来る内容も多々あったので、自分になりに見直し自身に役立てるところは使っていこうと思いました。
    二泊三日と長い期間ではなかったのですが、この研修で学んだことを無駄にはしたくないので「あいさつ」と「連帯感」を忘れずに今後に生かしていきたいと思います。

    修行の目標、目的は普段より落ち着きのない自身の心にゆとりを持つ事、持てる事になる様になる事でした。厳しい修行を通じて自分なりの言葉の大事さ、物のありがたさ、人とのふれあいの大切さを、身をもって実感した次第でした。
    常に気持ちを前向きに保つ為、発する言葉から前向きにし、自分自身を後退させない様に後ろ向きの類の言葉を発しない、一度発した言葉は言霊として力を持ち作用するというお話や、修行を共にする仲間達とする食事のありがたさ、三度の食事を用意して頂いていた方々への感謝とふれあい等、自分一人では決して乗り越えられなかったであろう事を再認識し、改めて人とのふれあいの大切さを感じました。
    数々の修行を経て、少なからず乗り越えた事による生まれた自信が、これからの自身の生活に仕事に家族とそれに関わる全ての人達に、ゆとりの気持ちを持ち感謝の気持ちを持って接する事が出来る様な気がします。

    今後どの様な形で自分の変化が現れるのか、見ることが出来るのか、自分自身でも楽しみな面でもあります。
    修行を通じての再発見として、どの様な悩みや問題も自分自身を見直し、再認識することより始まり、人々との協力を借り解決していくという事です。
    少しばかりではありますが、私自身に生まれたゆとりを持って、これから出会う人達に少しでも手を差し伸べる事が出来たらと思います。

    またそうする事によって自身の成長を助け、人との縁を作り自分自身の土台、舞台を大きくしっかりとしたものにしていきたいと思います。改めてこの機会を与えてもらった会社と、この修行の場で出会った人たちと共に乗り越えた仲間たちに感謝すると共に、感じ得た気持ちを持ち帰り、明日より生活に生かしていきたいと思います。
    3日間という短い時間ではありましたが、大変にお世話になりました。有難うございました。

    2日間、様々な行を通して普段の生活では感じられない事や、新たな経験をさせて頂きました。自分が普段何気なく行っている行動も、少し気持ちを入れたり、意識を強く持つ事により、自分自身にも、また相手にも与える印象も大きく変わるのだと強く認識しました。挨拶ひとつもしっかり意識してこなかった自分を反省し、これからは気持ちをしっかり入れた挨拶を行うように心懸けます。

    行は全体的に想像を大きく上回るキツさでした。ある程度キツいのは覚悟していましたが、残念ながら部分的に身体がついていけませんでした。特に三禮では途中で自分が何をやっているのかも解らなくなり、足も言う事をきかず、いっそ座って声だけにしようかと、何十回考えたか分かりません。しかし一度休んでしまったら、起き上がれなくなってしまう気がしたので、一緒に取り組んでいる仲間の姿が目に入ると、休むことは出来ませんでした。一人で来ていたら、途中で休んでいたと思います。

    滝行も想像以上の水の冷たさにパニック状態となり、目を開けたり口で息をしたり、最初の数十秒は逃げ出したかったです。しかし、この様な状態になる可能性があることを、事前に教えて下さっていたので、だんだんと冷静さを取り戻し、最後までやり遂げられました。滝に打たれている最中は、何も考えられませんでした。不思議な空間を漂っている様でした。先生が滝から引っ張り上げて下さったときに、何故か分からないのですが、笑ってしまいました。無性に気分が良かったです。

    二日目の光明真言千回も、日常では決して出来ないであろう経験でした。同じ言葉を2時間かけてひたすらに千回も唱える。途中で先生の数珠を何度も気にしながら『本当に終わるのか』と苦悩していました。足・首・背中・腕・身体のいたるところが痛くて、ただひたすらに苦しかったです。でも時間は流れ、どんな事も必ず終わりが来る。良い事も悪い事も、楽しい事も苦しい事も、必ず終わりはあるのだなと感じました。

    様々な行から学んだ事を今後の人生に活かしていけるのか、それはまだ分かりませんが、諦めずに頑張る気力は高められたと思うので、人生にとって貴重な時間を過ごさせて頂きました。

    スタッフの皆様、同じ時間を過ごした皆様に感謝です。ありがとうございました。