臼杵山 真言宗 天光寺

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体験修行の感想文・体験談

  • この二日間を一言で表すと「内省」であったように思う。余計なこと情報や雑音が一切ない中で苦しい修行を通して自らを見つめ、願うというこれまでにない貴重な経験は、私にたくさんの新たな気づきをもたらしてくれました。

    そもそもの修行の目的は大きく2点あった。一点目は、前職で受けたパワーハラスメントのトラウマから逃れ、負の感情から解放されること。二点目は、周囲の人々へのいら立ちや疑心を抑え、受け入れる心を手に入れる事。

    数々の修行を通して、目的は概ね達成されたように思う。魂は転生を繰り返し、ようやく人間になってまだ日が浅いかもしれない。私にハラスメントを行っていた人も例外ではない。だとすると、その存在にとらわれ、憎しみに縛られて自分らしい生き方が出来ないのは何と勿体ないことだろうか。それならば私は徳を積み、より価値のある人生を送ってやろうじゃないか。負けてたまるか。

    自分のこだわりをもちすぎていないか。それを他人に押し付けていないだろうか。何も聞こえない、意固地になっていないだろうか。私にはどうにも耳の痛い話であった。社会人として、人として年を重ねるにつれ明らかにこだわりが強くなり、「こうすれば効率がいいのになぜしないんだろう」「なんて無駄なことが多いんだろう」と感じる事が非常に多くなった。しかしそれも自らのやり方、考え方に固執した結果であり、万人が同じ思考回路ではない。そして何より、すべて大したことではない。いらだち、疑心を感じたときに一歩立ち止まり、自らの感情を分析する習慣を身に着けよう。これらは全て修行を通した「内省」の結果得られた解である。とはいえ、すぐに足がしびれてしまったり、瞑想に集中しきれなかったりと甘く反省すべき点は多い。次は、ぜひより厳しい冬の修業を経験してまた新たな自分に出会いたいと思う。二日間本当に有難うございました。

    こちらで一泊の体験をさせていただいて、正直、他の方達とうまくやっていけるのか不安でした。でも色々話していくうちに修行の目的など話して頂いたり、様々な事を教えて頂きました。本当に色々な背景があって修行来られているのだと感じました。

    そして、東京とは思えないほどの森の中で、天気が良く、とても気持ちの良い空気でした。

    まず大きく分けて一つ目のスケジュールにて、滝行を行いました。冷たすぎて入れなかったらどうしようと思ったり、最後までやりきれるか不安でした。でも、他にも滝行に来ていた方もいて、気持ちの面などで助け合い、なんとか最後までできました。

    滝に打たれている途中、精神的に強くなった気がして何か良い「気」をもらった感覚がありました。あと、滝行の前に御百度参りをさせて頂きました。決められた距離を往復して空海様にお願い事をさせて頂きました。

    良い空気の中、お腹からしっかり声を出すのはとても気持ち良かったです。

    その後に、瞑想をさせて頂きました。思ったより上手くできず、足が痛かったり眠ってしまいそうになり、何度も訓練が必要だと、感じました。今後は日常生活で取り入れて習慣にしたいと思います。

    物事に対して色々な作法があり、全てに意味があるのだと身を持って体験させて頂きました。「見えない物」の力の強さは計り知れないと思いました。先生や修行に来られている方々には本当にお世話になりました。

    今後は、この経験を活かし、メンタル強化のきっかけになればと思います。また機会があれば連泊もしたいと思います。

     

    今回は、会社の社内報に滝行の体験談を掲載する目的で伺った。

    滝行を経験するだけとの想像とは異なり数珠の持ち方や、空海上人のお話、合掌方法からお百度参りなど、多くの事を学び体験できたのは非常に有意義だった。特にお百度参りは日々の足腰の鍛錬なくしては絶対に出来ないものと感じ、毎日の積み重ねの重要性を改めて痛感した。

    滝行は最初あまり水量も多くなく、水温も左程低くは感じられなかったので「楽勝かな?」と思いきや、打たれ始めた直後は非常に水温が低く、水勢もあり耐えられるか不安を覚えた。ただ「南無遍照金剛」と唱える自身の声で徐々に余裕が出てきてあぐらをかいた辺りからは滝の“気”が体内に浸透してきて心地よさすら感じ始めた。周囲の音が聴こえると同時に気持ちはどんどん落ち着いた。一方、丹田の周囲は暖かさすら覚えてきたのは不思議な感覚であった。終わる時にはもっと滝行を続けていたいと切に想った。着替えの際には清々しい気持ちと肌がピカピカになった感覚が非常に印象的であった。

    機会があればまた天光寺に来て、もう少し長い時間お百度参りと滝行をしたい。有難うございました。

    振り返ってみると、あっという間の一泊二日だった気がする。修行とは何か、どのような事をするのか、よくわからないまま始まった。

    合掌や挨拶などから教わり、一つ一つにちゃんと意味があることを学ぶことが出来たと思う。単語だけ知っていた言葉や聞いたことあった言葉についてちゃんと知ることが出来たものあった。だがまだまだよく分からない部分も多く、もっと知ってみたい、学んでみたい、という気持ちが大きくなった。

    昨日言った滝行は、自分の中で悔しさが残る。滝の水、勢いに思わずやられ、滝から少し離れた位置での修行になってしまった。次回、リベンジを果たしたい。そして、これはあくまで五感が感じているだけである。という認識、考えをしることが出来た。これは私にとっては大きな発見だ。肉体が感じているだけであり、魂とは別のものだ。肉体からの情報はもちろん大切だが、それに左右されないようにすること、あくまで肉体が感じてるだけだ、という認識を持つことで忍耐力や強さ、精神力を高め、大きく発揮できる可能性があることを学ぶことができた。自分の気持ち、感情について再確認し、その感情をもたらすこだわりは何か原因はなにか、という思考の過程を踏むことは、現在の自分が行う思考の方法と似ている部分もあると思った。自分の中でこういう考え、価値観があるから、このような感情になっているんだといったものだ。

    今回、色々な事を体験させていただき、非常に良い経験ができた。この学び、経験をこれからの生活、思考に反映してみるなど活かして行きたい。ありがとうございます。

    三泊四日させて頂きました。

    仕事で疲れており、今までの日常生活は甘ったれた人生を送ってきた為、精神鍛錬が必要だと思い修行体験が出来るお寺を探しました。

    天光寺さんでは滝行も行う事が出来るということで、HPを見てすぐに体験を申し込みました。

    都心を離れ自然の多い山の中にある天光寺さんでの修行体験は自分が求めていた以上のものでした。

    天光寺さんに到着してすぐに発声練習が始まり、担当してくださった方のエネルギーのこもった声の大きさに圧倒され、三泊四日に修行に耐えることが出来るか心配になりました。

    しかし発声の仕方を習いお腹から声を出すようにすると、人見知りの自分とは思えないような大きな力のこもった声が出るようになり、お腹から全身にかけて熱くなり運動をした時のような汗が出てきました。それと同時にそれまで個々の中で考え込んでいた様々な事が薄れていくのを感じ、多くのストレスから解放された気がしました。

    発声練習は四日間とも行い、回数を重ねるごとに力強い声が出せるようになり、また活きた声はこのようにして出すのかという事を学びました。その声の出し方を基に読経に取り組み四日間で昼夜共に多くの時間を作って頂きました。お経を読んだ事の無い私は、お経のテンポやどのように読めば上手く読めるのか中々掴む事が出来ませんでしたが、姿勢と読み方のコツを習い、光明真言を覚える事が出来ました。読経を続けていると段々と余計な事を考える事が出来なくなっていき、読経後は頭がクリアになる為自宅でも時間を作り読経を続けていこうと思います。

    天光寺で何より驚いたのは先生の存在です。初めてお会いした際にお話を伺っていると、室内のロウソクが強くなったり大きくなったりしているのを感じました。その後ヒーリングの見学をさせて頂いた際にはどんどん部屋の温度というより空気が熱くなっていくのを感じ、終了した後からは段々と涼しい空気が流れていくのを体感しました。

    普段霊感などは全く感じませんが、その空気変化ははっきりと感じる事が出来ました。

    先生が何度かお話しくださった手当の話にとても感銘を受け、看護師という職業柄手当という言葉をもっと考えなければならないと思いました。自分が治りたいという意志を持つ事と、相手を本当に治してあげたいと思う心を持って気を送る事が手当てをする上で最も重要である事を改めて学びました。その手当についても実際に私に向けて行ってくださり、腓腹の一部に気を込めながら一押しされると左足から脳、そして右足へと急に温かくなり、そこから半日ほど背中全体から熱を放出している感じがしました。その日は右腰に痛みを感じていましたが、一押しされてから少し経つと腰痛が無くなっていました。

    また夜もいつもより寝つきがよく、深い眠りについている事を感じ、朝は起床時間よりも一時間以上前に鳥のさえずりで目を覚ます事ができ、天光寺の外の川辺に座り、新鮮な空気を朝から堪能する事が出来ました。

    楽しみと不安が入り混じった滝行も滝行も水に初めて浸かった時は全身の血液が冷たくなっていくのを感じ、最後まで行う事は無理かもしれないと思いましたが、「自分は今修行しているのだ」と言い聞かせ、少し経つとお腹から身体全体にかけて暖かくなっていくのを感ました。滝行の仲間が外から応援してくれていた事もあり、最後までやり抜く事が出来ました。

    水から出るといつもより空が広く感じ、自分の視界が広くなったような感覚になりました。きっと心の疲れも滝行で流されたのだと思います。

    三泊四日の業を続ける事が出来た一番の要因は、とにかくご飯が美味しかった事でした。精進料理というと味が薄く、決して美味しい物ではないという思いでした。しかし、天光寺では先生自ら調理場に立ち料理を作ってくださり、その味は本当に全部買って帰りたいと思えるばかりのものでした。それもそのはず、先生自ら厳選した材料を使い、出汁やドレッシングに至るまで全て手作りだからです。本当に出汁だけでうどんを食べたいと思えるものでした。これからも先生の言う病気には美味しいご飯が一番といった事を体験していると思います。都会に住み普段はジャンクフード等で過ごしている人達にも是非食べてもらいたいと思いました。

    四日間を通じて心身共に回復する事が出来ました。定期的に心と身体のメンテナンスの為に天光寺さんを訪ねたいと思います。

    最後に先生をはじめ、職員の皆様方、四日間のご指導本当に有難うございました。

    この貴重な経験を今後の人生に活かしていきたいと思います。

    一泊二日、体験修行をさせていただいた中で、印象に残った修行は三つありました。

    一つ目は、滝行です。気温が高く、前日雨が降ったわけでもなく水量が多いわけではなかったため、それ程過酷ではないのかもしれないと思っていました。しかし、実際に滝行をしてみると、水温は低く、頭に降りかかる水の力強さが予想を遥かに超えており、その中で大きな声で念仏を唱えようとすると意識が飛びそうになりました。

    このような厳しい滝行を通して感じたことは、滝行は邪念を取り払うことのできる修行なのだということです。私は滝行をするまでの間、常に過去の辛い記憶に囚われ悩み、苦しい時間を過ごしていました。しかし滝行を終えた直後から、気持ちが軽くなり、嫌なことを考える時間が少なくなりました。一つのことに集中し、やり遂げようとする精神を持つことで、前に進む上で障害物となる邪念を取り払うことができるのだなと学びました。

    二つ目は、発声練習です。私は普段集中力が足りず、中々物事に持続して取りかかることが苦手でした。発声練習は四十分という長い時間の間、声を出し続けなければならないため、最後までやりきれるのか不安でした。しかし、声を出し続けていると、全身のエネルギーを使ってお腹から声を発するという感覚を徐々に覚え始め、集中して取り組むことができました。気づいたときには全身汗をかいていたため、これだけ全身のエネルギーを使うことができていたのだと、自分でも大変驚きました。

    三つ目は、瞑想です。この体験は、自分の弱点を改めて知らされる印象的な体験でした。初めは集中しようと、自分の呼吸の音に耳を傾け、吸う息吐く息が同じ長さになるよう、意識をしていました。しかし、時間が経つにつれ、足の痺れや肩の凝りに意識が傾くようになり、次第に集中力が切れてきました。また、気がつくと歯をくいしばったり背中に力が入っており、力を抜いて取り組むことが出来ていませんでした。このように「無」の境地に中々たどり着くことが出来ず、徐々に邪念が入るようになり、考え事をし始めてしまっておりました。

    この体験を通して、心を「無」にすることは大変難しく、思う通りに取り組めなかったのが一番心残りでした。講師の方は、邪念があると霊に憑りつかれやすいとおっしゃっていたので、私は危険な状態であることに気づかされました。一泊二日という短い期間ではありましたが、私は様々な体験を通して多くのことを学ぶことができました。日常生活の中では中々体験することのできない貴重な時間を過ごせました。今回学んだことを活かして、前に進み続けるエネルギーを蓄えていきたいと思います。ありがとうございました。

     

    僕が沖縄から体験修行に来て、約1週間が経過しました。6月に天光寺にやって来たのですが、まず初めに感じたことは環境の違いに大きなカルチャーショックを受けました。お寺ではなくても都心の街並みなど人の多さに圧倒されました。東京には来たことはありますが約15年ぶりでしたので、戸惑いと新鮮な気持ちでした。

    初日は午後3時頃に天光寺に到着し、すぐに修行が始まりましたが、スタッフの方が親切に施設を案内してくれて助かりました。しかし、やはり、施設の中の仏様の仏像や絵画など展示されているのを見ると、普段の生活とは全く違う光景で正直、この先2ヶ月間やっていけるんだろうかという気持ちになりました。

    そんな中、1番最初の修行が写経でした。写経自体は、経験ありましたが、お寺の中で習字で書く本格的な写経は初めてでした。予想以上に、かなりの集中力と神経が必要だと分かりました。

    そして、2日目、ついに初めての滝行をすることになりました。沖縄を出発する前、天光寺のホームページなどで滝行の情報や体験談を見て来たのですが、「冷たい」や「痛い」、「息苦しい」などが書かれており、正直、僕には無理だろうと不安だらけでした。しかし、ここで逃げては修行の意味がないと思い、僕を合わせて約7人で滝行に行きました。それでも、やはり、現場で滝の流れを見ると「本当に大丈夫なのだろうか」と思いましたが、順番的に僕は最後で前メンバー6人が3分を成功したので、僕も失敗するわけにはいかないと思い、何とか3分を成功することができました。僕の場合、「冷たい」というより「痛い」という思いが先行するのですが、終わった後は、とてもすっきりした気分になりました。初めての滝行が成功できたのも修行僧の方の親切な指導とメンバーの応援があったおかげだと思っています。ありがとうございます。滝行については、5日目に2回目も挑戦しました。1回目に成功しているとはいえ、天候や水量、勢いなどで変わってくることがあるので、やはり、実際に入ってみないと分からないという不安がありました。2回目は、3人での挑戦で、僕がトップバッターでした。滝行に限らず色んな場面でトップバッターというのは慣れていないのですが、ここは気合いで入りました。結果は約5分で前回より更新できたので良かったです。これも、やはり、修行僧の方の指導とメンバーの応援のおかげだと思っています。ありがとうございました。

    しかし、滝行というのは苦行と言われていると聞きます。何回やっても入る前の不安や入っている時の痛みなどは取り除くことができそうにない本当に大変な修行だと実感しています。

    話は変わり、他の修行として「発声練習」や「瞑想」、「読経」

    滝行の前にやる「お百度参り」などがあります。

    発声練習では、腹式呼吸の練習ですが、声が長く続かないことを痛感しています。僕自身、発音などあまり良くないと思っているので少しでも上達させていきたいです。

    瞑想や読経では、座っている時間が長く、きついですがこれも修行のうちだと思っています。

     

    二日間の短い時間でしたが、ありがとうございました。ここにいると、不思議と他人に感謝したり、喜んだり、仲良くしたりと、天光寺様からいただいた心の持ち方で示してくれたとおりの感情が自然と湧いて素直であった小さな頃を取り戻した感じがしました。

    普段慣れ親んだ家族、友人、恋人、会社の同僚など気の許せる近しい人に対してこそ腹を立てたり、不平を言ったりすべきではないのに、慣れすぎていつもの対応があたり前すぎてその逆の結果になっていたような気がします。

    この度、初めて経験した滝行でしたが、勢いのよい滝に打たれることで何も聞こえないばかりか何も考えずただひたすら無になって打ち込むことができ、「南無大師遍照金剛」を唱え、周囲の方々と一体となって自分をふるいたたせることができたのです。

    体を清めた後は、心安かに写経をしました。

    せわしない世の中、明日からはまた仕事に通う日常が始まりますが、写経のひときは静かに落ち着いた時間を大切にし自分の願いを生活の中に生かすのに役立たせるものと感じました。

    私たちは、自分自身で作り上げてしまった良くない習慣に気づかないばかりか、気づいてもこれを変えることはなかなかできないものです。それに気づかせ変えていくためのヒントをここでの修行が与えてくれたものと感謝しております。

    行を通じて自分の潜在意識に働きかけ、自分の人生のために積極的な言葉を使い、消極的な言葉を使わないようにしたいと考えるようになりました。

    自分が変わるため、この経験をもとに頑張って自分の魂を向上させ、幸福を作りたいと思います。

     

    二日間という短い間でしたが、日常生活では経験できないことばかりで、大変濃く、貴重な時間を過ごさせていただきました。

    今まで自分にとことん甘く、自己中心的であり、忍耐力や自制心、他人を思いやる心など様々なものが欠けており、それらがツケとして今回一気に大きな大きな困難な問題となってしまいました。その上、その問題に立ち向かおうとせずに逃げていました。

    そのような自分を変えたいと思い、体験修行に参加しようと決めました。直近の申込みにもかかわらず、快く受け入れてくださり、この二日間で自分を見つめなおし、一つでも多く学びとろうとしました。

    二日間で般若心経や十三仏真言を読んだり、腹式呼吸、発声、瞑想、写経、滝行、を体験したりしました。その中でも一番印象に強く残っているのは、やはり滝行です。人生初の滝行で緊張もありましたが、夏にもかかわらず水温がとても冷たく感じ、その寒さでふるえてしまい、声が大きく出せませんでした。それでも何とかやりきり、水の神様、山の神様に感謝した後は、とてもスッキリとした気持ちになりました。気持ちを強く持ち、やりきることの大切さを学びました。

    また、一泊したことで掃除や食器の片付け等、自分の身の周りのことをも見つめ直せたり、職員さんから様々なお話を聞かせていただいたりと、本当に貴重な時間となりました。

    今回の修行を通じて、教えを受けても、自分自身が変わろうとしなければ、当たり前のことですが、何も変わらないため、教えや学んだことを忘れずに、目の前のことから逃げずに立ち向かっていき、自立できるよう日々努力していきます。

     

    二日間の短い間でしたが、本当に有難うございました。

    正直に申しますと、滝行が終わった直後は、一泊二日コースを選んだことを心から後悔しておりました。

    「滝行」一泊二日コースでしたので、滝行を終えたら、部屋や河原でのんびりとすごすのかと思いきや、写経からの先生の法話という中々ハードな体験をさせていただきました。

    ただ、夕食を頂いているときに、なんとなく自分の感覚がとぎすまされているような気がしました。この体験を境に、自分の中で一泊二日で良かったのかもしれないという思いが強まっていき、より積極的に修行に励めたと思います。

    二日目の朝に、般若心経を読ませて頂いたのですが、想像を絶する苦しさで、ヒザは痛く、足首は痛く、ノドも痛くという三重痛で、人生の中でも五本の指に入る厳しい三十分間でありました。

    そのことを、朝食の際に子供たちに話したら、「前に五時間般若心経を唱えました。」とケロッとした顔で言っており、自分の弱さと子供達の強さを痛感しました。

    滝行をしたいだけの軽い気持ちで来てしまったわけでしたが、苦しい思いもしましたが、皆様と生活を供にし、自分と向きあうことでしか得られないものも確かにあったと思います。

    今はまだ、自分が何を吸収できたのかは、未熟さ故に分かりませんが、今後の人生を生きていく上で、間違いなく糧になると思っています。

    いつかまた、自分が少しでも成長できましたら、また一泊二日で滝行をしたいと思いますので、その時もよろしくお願いします。

    1泊2日で修行をさせて頂きました。目的は積極的に行動することで、より自分自身を高めたいと思い参加させていただきました。

    正座は普段は慣れていないのですぐにしびれてしまう上に背中や腰も痛くなりました。

    また腹式呼吸での発声は汗をかくほど熱くなります。光明真言や般若心経は発声すればするほど心地よく感じました。

    滝行は以前は私は違う場所で1度経験しておりましたが天光寺の滝はとても重たく強く感じました。打たれた後のたとえようのない解放感は最高でした。写経や写仏も集中力が養われました。これもやればやるほどより、自分を高められると思いました。

    何と言っても、1番印象に残っているのは先生が自ら作っている食事はとても美味しかったです。

    また機会があったら天光寺に来たいと思います。その時はより大きくなった自分になって功を積みたいと思います。次回はお百度参りを108回挑戦したいと思います。

    1泊2日と短い期間でしたがとても勉強になりました。本当に有難うございました。

    今回体験修行に応募したきっかけは、三十代になる前に今しかできない事、やりたい事をやっておきたいということが一番の理由でした。結果的に、一泊二日の中で、自分の悩み、不安、目標についてじっくりと考えられる、貴重な時間を過ごすことができました。念願の滝行は勿論ですが、発声、挨拶、写経、先生の法話、お経の唱和、瞑想、写仏と、すべての行から気付きを得ることができました。

    今年に入り、占いでは「十二年に一度の絶好調期」と言われ、とても期待していたのですが、終わりの見えない仕事がどんどん降ってくる、恋人には「結婚できない」と言われる、妹の離婚、先輩からの八つ当たりと、あまりよくない事ばかりが続き、毎日後悔と不安で頭がいっぱいでした。とにかく一人になると悪い方にばかり考えてしまい、なんとなく自分の口から出てくる言葉も負のオーラをまとったものが多く感じていました。行を体験させて頂いたこの二日間、大自然の中で生活し、仏様と一緒に過ごしたことで、後悔と不安をいつまでも考える事は無駄であり、それならばそれらと向き合って、今を大事に生きていこうと思えるようになりました。過去と未来ではなく、現代のことを一番に考えていきたいです。

    いつもの生活に戻ったら、また負のオーラに負けてしまいそうになるかもしれません。その時はまた、修行に来たいです。一つの事に集中して過ごした後のご飯、とても美味しかったです。いつもよりヘルシーメニューなのに、食べ終わると満腹でした。あれなら毎日でも食べられます。食事中の何気ない会話も面白かったです。また色々お聴きしたいです。

    貴重な機会をいただきまして有難うございました。人間力を磨いて、絶対幸福になります。

    今回、私は未だ経験したことのないGW十連休を利用して、二泊三日でこの体験修行に申し込みました。

    それというのも、私はアルコール依存症であり、お酒を飲めなくなる薬(抗酒薬)を服用しているものの、やはり一人になると薬を調整して、この連休に大酒を飲んでしまうといった恐怖から、どこかでお酒を飲めない空間に身を置きたいといった気持ちでこのような運びとなりました。

    正直私は宿坊といった存在を知りませんでした。知るきっかけとなったのは、今年の二月末地元の友人達(私がアルコール依存症であることを知っている友人)にGWをどうやって過ごすか不安である旨を伝えたところ、だったら宿坊に行けばいいといったアドバイスから知る事になりました。そこで、その場で早速みんなで調べ天光寺のHPに辿り着きました。

    私は無神論者で初詣や旅行先でお寺や神社に行くものの、そこまで「神」や「霊」といったものを強く信じてはいませんでした。しかし、都合のいいもので溺れる者は藁をも掴むや困った時の神頼み的な考えで、その場からすぐに天光寺にお電話をしました。

    お酒を避けるだけなら、実家に帰ったり、短期間だけアルコール依存症専門の病院に入院するといった手段もあったかもしれません。しかし、それではお酒から逃げるだけといった、今までの自分と何も変わりなく、体験でこそあるものの修業をする事で少しでも自分を変えられる“気づき”になれればと思い決断しました。今、振り返ればこれも何かのご縁ではあったのではないかと思います。いえ、自分にそう信じきかせたいです。

    実際天光寺に来てからは驚きの連続でした。まずは、挨拶や所作といった基本姿勢から教えて頂き、最近流行りになっている宿坊とは全く違うといった印象を受けました。何より一緒に体験修業する仲間の真剣さが伝わってきました。中には興味本位といった方もいたのかもしれませんが、仕事や心に何か悩みを抱えている方が多く、一緒に頑張ろうといった気持ちが強くなりました。

    前述のように、今まで私は「神」や「霊」といったものをあまり信じておりませんでしたが、少しずつそういった存在、科学では説明できないものがこの世には存在するのではと思うようになっていきました。

    かといって、私も突然何かに覚醒した訳ではありません。正直、瞑想を通じて俯瞰的に自分を見られたりだの、滝行を通じて邪気が抜けていったといった実感が残念ながらありません。しかし、全てが初めてであるこの修行を通じて、アルコール依存症から脱却する「何か」を見るつけるきっかけになったのは間違いないと信じています。

    今までは狭い視野で、自分の視点でしか見ていなかったものが「神」や大自然に触れて、こういった物の見方があるんだ。自分は小さい世界に囚われていたんだと感じました。

    私は六年前に離婚し、そこから飲み方がおかしくなり、考え方も将来を考える事もなく、その日その日を過ごせればいいといった考え方になっていき、この病気へとなっていきました。恐らく色々な事から逃げたい、現実を見つめたくない、といった気持ちから生きるための積極性を欠いていったのだと思います。しかし、まだ四十一歳、この先に希望の光は必ずあると思いますし、この体験を通じて再度認識しました。

    病気や将来の恐怖を少しでも振り払う機会となった修行や、お言葉を頂戴し本当に感謝しております。

    この先積極性を持ち、自分を愛し、自分を変えていきたいと思います。

    今回一泊二日の修行体験を終了して思う事は、今このような経験ができてとても良かったという事です。

    滝行は、テレビで見た事しかなく、また番組内では罰ゲームとして演者が滝に打たれていました。実際に滝行を体験して感じた事はとても神聖な行であることです。滝行を受けるまでに様々な事を学ばせて頂きました。空海様の話、お百度参り、滝までの移動、とても良い経験となりました。

    私は今回滝行をメインとして参加させて頂きました。

    私は病院に勤めて6年経ちますが、自分の言動、感情の表現の仕方、行動を思い返すともっと改善できる点がたくさんあることに気付かされました。意識的に行ってきたことも、また無意識に行ってきた行動も正直怖いです。「今目の前にいる人はいつか仏となる存在。」と考えるだけで、考え方が大きく変わりますし、結果自分自身が大きく変われる気がします。

    職場では積極的に仕事をしてきたと思っていましたが、住職の話を聞いてまだまだ足りないと感じ、今から仕事に対する熱い気持ちが溢れてきそうです。今まで考えたことが無い感覚があり、明日への活力、今を大切に生きる事の大切さが分かった気がします。

    食事の挨拶をとっても、ここまで深い言葉であることは知りませんでした。食べる事の喜び、感謝の気持ちを改めて考えられました。

    霊障の話はとても驚きました。病院では「鬱病」と診断されている方の中には霊障の方がいる事を知りませんでした。また、世界にそのような症状で苦しんでいる方がどれほどいるのかとても気になります。それだけとてもとても重要な職種であると感じました。

    また、スマートフォン等の電子機器の無い生活を経験して、自分が依存していたことも分かりました。話を聞いて、分からない言葉をすぐ検索していたと思いますし、無いからこそ仲間と「どういう感じなんだろうね?」という会話をし、頭の刺激になりました。時間も気にせずスマートフォンを向き合っていた時間を考えるととても悲しく勿体ない事をしてきたと強く思います。

    これからは、スマートフォンやPCではなく。人ともっとコミュニケーションをとって大きな人間になりたいと思います。

    今回この体験の機会をくれた先輩、天光寺の皆さんに本当に感謝しています。もっともっとこれからの人生前向きに明るく積極的に生きていきたいと思います。本当にありがとうございました。

    平成から令和へと時は流れ、10連休をどう過ごすか…

    仕事が休みなだけで、いつもとたいして変わらぬ日々を過ごし無駄に時間だけが過ぎてゆくというのが今までの私。

    なので、今年は何か一つでもこれをやったという充実感のある休日にしようと思い一泊二日体験修業を行うことにしました。

    予報に反し初日の天候は小雨の降る中、お百度参り、滝行など行いましたが、暖かい日よりも少し寒い日に行う事で更に修行となるのではという気持ちでした。とは思いつつ、息も白くなるし、どのくらいの間滝に入っていられるのか、30秒くらいしかもたないのではないかという不安もありました。

    でも、誰に言われた訳でなく自分の意志でここまでやって来たのだから出来る限り、やれるだけやるしかない。

    普段あまり大きな声を出すこともないのですが、必死の思いで「南無大師遍照金剛」を唱え5分程は滝に入っていられました。一緒に参加した方々の応援がとても有難かったです。本当に一人では5分もいられなかったかもしれません。

    かなりの勢いで滝が頭に当たり、血管がぎゅーっと縮むような感覚、あと一回お経を唱えたら手を挙げて辞めよう…と何度も思いました。が、あと一回あと一回と続けるうちに「ラスト」の声がかかり、なんとか一つやりきったと満足しています。

    滝から出ても手のしびれ、震えがしばらく止まりませんでした。

    私の中の悪いものが少しでも洗い流されたと同時に、何か一つ、どんな小さな事でも成し遂げられたという喜びが自信にも繋がるのだと思いました。

    朝や食事、1日の終わりの挨拶も大きな声ではっきりと。当たり前のようでいて、出来ていないことが多いので、これからは「積極的」に取り組んでいきたいと思います。

    人として人間力を高める努力が必要だと思いました。普段の生活の中でちょっとした事に気づきさっと行動する気配りだとか、自分の目の前しか見えていなかったり、人に迷惑をかけてしまうことも多々ありますが、意識して今までの習慣や考え方を変えていかなければと思いました。

    非日常体験をして色々考えさせられました。楽しいお話、お経のお話も沢山聞けて良かったです。本当にいい経験になりました。

    色々お世話して下さった聖覚さん、天光寺の皆様、一緒に体験した皆様、有難うございました。

    今回は、一泊修行を体験させて頂き、ありがとうございました。

    最初は半日滝修行だけを予定していたのですが、ホームページや動画等を見ているうちに、一泊修行を体験してみたいと思い申し込みました。

     

    申し込んだ理由として、現在うつ病を患い、休職中なのですが、うつ病になる前は好奇心の塊のように何にでも興味があり楽しく過ごせていたのにうつ病を患ってからは仕事も趣味も、とにかくあらゆる事に興味が持てなくなり、一日でも早く以前の自分を取り戻したいという思いからです。

     

    とは言え、修行はとにかく初めてで何も分からないので、この日が来るのがとても不安だったのですが、終わってみたらやはり来て良かったと思いました。

     

    まず、一番心に残ったのはやはり滝行で、梅雨のこの時期は水量が多いのだろうなとは思ってはいたのですが、私が滝行を行った日が最も水量が多いと聞かされ、先生からも「あの水量じゃ死ぬよ」と脅され、ビクビクしながら行きましたが、本当に半端ない水量でした。

    しかし、ここまできて滝行をやらずに帰っては来た意味がないと思い、思い切って滝に飛び込みました。

    入ってすぐはあまりの水圧で声も出ず、本当に死ぬなと思いましたが、何回か唱えてるうちに声も出るようになり、座ってからは更にたたきつける様な滝に襲われましたが、時間がたつほどに心地よくなってきて、出てからは、もう少し打たれていたかったと、物足りなささえ感じました。

    山から降りる時はとても清々しく、機会があれば又滝に打たれたいと思いました。

     

    声出しも、普段大きな声を出すという事がないので、最初は少し恥ずかしかったのですが、腹の底から声を出すという事がとても気持ち良くて、自分の中にある悪い物も吐き出せた気がします。

     

    写経と写仏は、まず墨をする事が本当に久し振りで、何も考えずひたすら墨をすっている時間や、夢中になって経や仏様を書き写している時間が、とても贅沢に感じました。

     

    あとは何と言っても食事は美味しかった事。

    野菜だけなのに物足りなさを全然感じず、どれもこれもがとても美味しくて、特にドレッシングが毎回味付けを変えてあって作り方を教えて頂きたい位です。

    私は調理の仕事をしているのですが、調理場があまりに本格的なので、それもびっくりしました。話を聞けば、先生が料理の仕事をされていたとの事。やっぱりなー、と妙に納得してしまいました。

     

    今回の修行で学んだ事、人としてどんな生き方をすれば良いのかや、プリントや法話をきいて、色々教えて頂いた事を、早速実践しようと思います。

     

    又、機会がありましたら是非修行したいと思います。その時は又よろしくお願い致します。

     

    色々とお世話になりました。どうもありがとうございました。

    もともとあまり滝行には興味なかったが、テレビ番組で参加者がとても良かったと発言しているのを見て「なんだかつらいだけの苦行かと思っていたけど、そうじゃないのかな」とイメージが変わり、一度体験してみたいと思うようになった。番組を見たのは冬だったが冬にやるのは心臓に良くなさそうだと思い、先ずは夏にチャレンジすることを決めた。ネットで検索したところ何か所も施設が出てきた。何となく天光寺に惹かれるものがありどうせなら宿泊して都会から離れた自然やお寺の気分を味わおうとここに決めた。日帰りよりもさらに色々と体験できると思ったのも一因である。

    いざ滝行を体験してみるとこんなに山を登らないといけないのかというか滝場に行くまでの道の傾斜が急なことに驚いた。道も岩を乗り越えなくてはいけない箇所も幾つかありこういう舗装されていない場所を通ることも日常生活ではそうないだろう。正直滝行よりも私にとってはこの山道を登り降りする方が修行になった気がする。滝行は最初は軽く考えていた。皆が入滝している様を見るにつれだんだん不安になってきたがいざ入滝してみると思ったより辛くない事に驚いた。普段から水風呂に入る習慣が合った為か水の冷たさには慣れていたようだ。滝に入っている最中に急に視界がはっきりしてくるときがあった。応援の声もこんなに近くなのに滝の爆音の中ではほとんど聞こえなくなってしまう事も知った。

    さらにいままで不動明王だとか薬師如来だとかそういう名前は聞いたことがあったがどういう違いがあるのかよくわからなかった。それぞれつかさどる分野が違い、13体ごとに真言があることも驚きだった。

    今回の宿泊で仏像に関する知識と人生初の滝行経験を得られた。次回は冬にチャレンジしてみたい。

    平成から令和へと時は流れ、10連休をどう過ごすか…

    仕事が休みなだけで、いつもとたいして変わらぬ日々を過ごし無駄に時間だけが過ぎてゆくというのが今までの私。

    なので、今年は何か一つでもこれをやったという充実感のある休日にしようと思い一泊二日体験修業を行うことにしました。

    予報に反し初日の天候は小雨の降る中、お百度参り、滝行など行いましたが、暖かい日よりも少し寒い日に行う事で更に修行となるのではという気持ちでした。とは思いつつ、息も白くなるし、どのくらいの間滝に入っていられるのか、30秒くらいしかもたないのではないかという不安もありました。

    でも、誰に言われた訳でなく自分の意志でここまでやって来たのだから出来る限り、やれるだけやるしかない。

    普段あまり大きな声を出すこともないのですが、必死の思いで「南無大師遍照金剛」を唱え5分程は滝に入っていられました。一緒に参加した方々の応援がとても有難かったです。本当に一人では5分もいられなかったかもしれません。

    かなりの勢いで滝が頭に当たり、血管がぎゅーっと縮むような感覚、あと一回お経を唱えたら手を挙げて辞めよう…と何度も思いました。が、あと一回あと一回と続けるうちに「ラスト」の声がかかり、なんとか一つやりきったと満足しています。

    滝から出ても手のしびれ、震えがしばらく止まりませんでした。

    私の中の悪いものが少しでも洗い流されたと同時に、何か一つ、どんな小さな事でも成し遂げられたという喜びが自信にも繋がるのだと思いました。

    朝や食事、1日の終わりの挨拶も大きな声ではっきりと。当たり前のようでいて、出来ていないことが多いので、これからは「積極的」に取り組んでいきたいと思います。

    人として人間力を高める努力が必要だと思いました。普段の生活の中でちょっとした事に気づきさっと行動する気配りだとか、自分の目の前しか見えていなかったり、人に迷惑をかけてしまうことも多々ありますが、意識して今までの習慣や考え方を変えていかなければと思いました。

    非日常体験をして色々考えさせられました。楽しいお話、お経のお話も沢山聞けて良かったです。本当にいい経験になりました。

    色々お世話して下さった聖覚さん、天光寺の皆様、一緒に体験した皆様、有難うございました。

    今回一泊二日の修行体験に参加しました。

    参加内容はお百度参り流行、写経、読経を行いました。

    今回のお寺での宿泊は人生で初めての体験でした。

    去年あたりなら仕事で人間関係がうまくいかず一カ月前に決断しました。

    北海道からの参加ということで前日、東京で宿泊し、電車とバスで天光寺まで来ました。

    朝起きた時から緊張していてバスの中では不安でいっぱいでした。

    お寺についてまず本道に案内され、私の前に約2ヶ月の修行を行っている人がいる事を知り少し気持ちが落ち着きました。その後もう一人加わり3人での体験という事になりました。

    まずはお百度参りと滝行。インターネットしか知識のない私は、最初何をやっていいのか分かりませんでしたが、お寺の方が親切に教えてくれたおかげで何とか行うことが出来ました。

    お百度参りを終えて、いざ滝行へ。

    今回の私の主な目的は滝行であった為期待と不安で山へ向かいました。

    車で山へ向かい、滝までは徒歩で向かいました。向かう途中気温は暑いのですが川の水は非常に冷たく感じたのを覚えています。3人の中の2番目に滝の中へ向かいました。一人目の行い方を見ていたので大丈夫と思っていたのですが、いざ滝の中へ入ってみるとかなり辛いものを感じました。やはり50歳という年齢的なものもあるのでしょうかもう少し若い時にやっておけばよかったと後悔してしまいました。

    夜になり写経を行いました。やはり、仏像の前で物事をした経験のない私は正直どうしていいのか分からない事ばかりで恥ずかしい気持ちになりました。

    二日目朝から清掃を行い、ちょうどいい感じでから体を動かしたあと、朝食に入りました。

    今日はどんな料理が出てくるんだろうと少し期待していたのですが、おかゆと野菜が出てきてお粥の量の多さに驚き、何とか食べないといけないという気持ちに押されたせいでしょうか、正直この朝食が自分にとってこの二日間で一番きつい物になってしまいました。

    やはり今考えると修行をしているのにおいしいものは出てきませんよね。大いに反省です。

    発声練習に瞑想、読経を行い午後から写仏を行って終了しました。

    今回の体験修行を終えて、滝行以外での礼儀作法をたくさん学んだような気がします。

    一泊二日でも大変な事がわかった修行ですが若い人にはもっと積極的に参加してほしいと思います。

    短い間でしたが本当に有難うございました。

    年齢的にも距離的にもまた来ることは難しいと思いますがまた会える機会あればよろしくお願いいたします。

    今回は本当にありがとうございました。

    一泊二日という限られた短い期間ではありましたが、優しさをもって接して頂き、また多くのことを教えて頂き本当にありがとうございました。また普段おろそかにしてしまいがちな礼儀、作法の重要さを再確認できました。

    今回、修行に参加させて頂いた理由は、自分自身が家庭、職場などの人間関係に悩みを持っていたからです。自分は怒りによって自分の感情をコントロールできなくなってしまったり、そうならなかったとしても、怒りによって他人のことを悪く思ってしまいます。そんな自分に対して自己嫌悪してしまい負のスパイラルに入りこんでしまっていると感じました。なんとか嫌なこと、自分にとって理不尽だと思うことも素直に受け入れられるようになりたい、怒りの感情が先に出てくるような人になりたいと思っていた所に、友人から今回の修行の誘いを受け、自分の悩みの答え、ヒントでも見つければいいなと思い参加させて頂きました。今回参加させて頂き、正直これが答え、これでもう大丈夫というものは見つかりませんでしたが、たくさんのヒントを得ることができました。まだ自分の中で消化、飲みこみきれていないものも多く、今の段階で心に残っているものをいくつか書かせて頂きます。

    まず、今回の経験で自分に一番必要なものは「積極性」だと思いました。自分の中で問題点はわかっているが、解決法がわからず、解決法がわからないのであれば自分にはどうしようもないと悪い開き直りをしてしまっていたと思います。今回の修行体験も友人の誘いですが、今後は受動的にいるのではなく、能動的に動くよう変わらないといけないと思っています。

    問題点がわかっているが解決できないなら、その問題から逃げずに、乗り越えられるまで努力を続けることが大事だと思い、今後行動に移す勇気をもらえました。長時間の読経や滝行も辛いと感じる瞬間はありました。しかしそこで諦めずに自分なりではあるけれども歯をくいしばって耐え続けることで達成感がありました。今後も辛くて嫌だと思う事があると思いますが、やり切ることで得られるものが絶対にあるとわかったことで勇気をもらえました。

    どうしてもここに書いておきたいことがもう一点あります。

    それはお坊さんがして下さった「成仏」の話です。仏を敬うことは誰しもがすることだけれども、人間もどんな人でも敬うべきなんだというお話です。

    死を迎えると人間は成仏する、つまり仏に成る、だから現世の生きている人間は必ず仏になる存在なのだから敬うべきだと言われ、感動しました。正直、自分の中でどうしても敬うことができない人や嫌いな人がいます。今まではその人たちと接していると負の感情を抱いてしまいそんな自分に自己嫌悪してしまっていましたが、今後過ごしていく上で素晴らしいヒントになりました。

    教えて頂いたことに対して感想文の内容がともなっていなければ申し訳ありませんでした。それでも今回のことは自分にとってとても重要なことでした。

    短い間ではありましたが、本当にありがとうございました。

    今回、一泊二日の修行体験を経験して、当初の目的は日ごろの代わり映えしない毎日に刺激を、今一度心を見つめ直し一つの区切りをつける為に参加させて頂きました。

    まず、滝行を経験して気持ちの面で余裕が持てる様、積極的対応・行動をとる事が出来ずにいましたが、滝行を終えた後には一皮剥けた自分になっている様な心持ちになりました。

    例えば写経を行った時も墨のにじみ具合が気になり失敗してしまうかもしれないと、今までの自分は考えたと思います。でも今回は自分を信じきれた(?)のかはわかりませんが、

    自信を持って写経を最後までやりきりました。最近、こんなにも長い時間集中して何かに取り込むこともありませんでした。写経に限らず、写仏、お百度参り、般若心経と無心になって自信を持って行動、体験出来た事は、今後の人生にとっても宝になると思います。

    また、私にとって法話の時間も心に響いた一つです。私が新入職員として就職した際に似た様な話を私の教育係から指導された事を思い出しました。当時は若かった事もあり、指導者からの言葉は私にあまり届いていなかった事を思い出しました。指導者と私の間にはかなりの温度差がありました。その方とは七年間共に仕事を行いましたが、表面上の関係で終わってしまいました。数年後、飲み会の席でその指導者と再会して思った事があります。相手の気持ち、考えなどなど、自分は若かったな、足りなかったなと、思い当時をふり返って話をしました。最近、仕事をしている内で当時の自分と同じ様な事をしてしまう時があり、気を付けないと、と思うも心のコントロールがつかずに、相手を不快にさせてしまっている事があります。法話の中で心のもち方、再度、自分に落とし込む事ができたと思います。自然に身体をまかせ、力まず、人を愛し、感謝の気持ちを忘れずに、今後も今の仕事を行っていこうと思います。

    今後の人生においても「心のもち方」を心底に置き、人生に迷いそうになった時には初心に戻り、今回の体験修行を思い出したいと思います。

    本日は皆様ありがとうございました。

    私は今回天光寺さんで体験修行をしました。

    私が体験修行を受けようと思った理由は、元号も変わり新しい元号がスタートするのでそれに伴い自分自身の気を引き締め直したいと思ったからです。

    今勤めている会社では、学校を卒業してからずっと働いているので少し気の緩みがあるのか最近ミスが目立ち始めました。また、私生活では去年に結婚しこれからなにかとお金がかかってくるのも理由の一つです。

    まず最初は、挨拶の作法から始まりました。

    いかに自分が普段だらけた挨拶をしているのかが身に染みて伝わってきました。

    次に行ったのは、お百度参りです。こちらでは、久しぶりに運動をしたからか全然走れませんでした。昔は、このくらいの距離で疲れる事はなかったのにと思いました。

    次は、滝行です。私が、今回の体験修行で一番楽しみにしていた修行です。

    入水してみるとビックリしました。見た目からは、想像できない迫力から一瞬で出てきてしまいました。そして、心を落ち着けてもう一度入りました。その時は、今までにないぐらいに集中しておりまさに自分自身と対話できたような感覚でした。

    その後、写経をしました。筆を持つのは久しぶりでした。私が、あまり手先が器用ではないのと短気な性格なので写経はとても苦労しました。今回の中で一番修行感が強かったです。

    今回の修行で得られた事は、本来の自分自身を取り戻せたような気がします。

    本当の自分自身の成長や精神力強化にもつながったと思っています。

    本当にありがとうございました。

    息子は中学校にいけなくなりました。

    朝も起きられなくなりました。

    息子は学校に行っても何にも面白くなく、勉強もわからないし、友達もいないのです。

    特にいじめとか、そういうことではないのですが、特に仲の良い友達はいません。

     

    このままでは、社会に出れなくなる不安でいっぱいでした。

    ご近所の目も気にする日々で、なんとか息子に当たり前の生活ができるようになるように、

    そして何でもいい小さな事でいいので、自分なりの目標に向かって努力できるようになって欲しい、、、、と願うばかりでした。

     

    天光寺様に修行を申込み、私達も、息子自身も最後のチャンスとばかりにお邪魔させて頂きました。

     

    息子は、はじめはなれなかったようですが、だんだんに挨拶も大きな声で出来るようになってきた様子で、ときどき天光寺様から送ってきてくださる息子の感想文を読むとそのような事が書かれており、私達はとても嬉しく涙が出る思いでした。

     

    ひと月ぶりに会った息子は、寝てばかりいた時とちがって、心なしかたくましくなり、きちんとした正坐でおりました。

     

    私達も、息子に甘く、親として毅然とした態度、失敗をおそれてチャレンジすることを諦めていたところがありました。

     

    このたびは、高尾住職様、天光寺のお世話になりました皆様、本当に本当にありがとうございました。

     

     

    本来の目的であった精神力の鍛錬はお百度参りや滝行を通じて達成できたと思います。特に滝行は非常に興味深かったです。感覚が研ぎ澄まされていくのが如実に分かりました。 修行は今回が初めてでしたが、職員さんをはじめ、貴重なお話や美味しい料理を作って下さった先生、一緒に宿泊した方々には、非情に感謝しています。他者を思いやる一方で、厳しい修行に打ち込む姿は勉強になりました。今後の人生を歩んで行く上で、くじけそうな時は今回の経験を思い出し、強く正しく生きて生きたいと思います。

    三日という短い期間でしたがお世話になりました。

    約二年ぶりの今回の滝行はいままでで一番つらかったです。特に気温が低かったとかそういうこともなかったのですが 今回が一番つらかったです。

    足を入れた瞬間足の感覚がなくなって これはダメだと思いました。

    でもやらなくてはいけないので水を頭からかぶるときに叫び体からむりやりアドレナリンを出して もう自分でも何を考えているか何を言っているのか分からない状態でやりました。

    しかし滝行が終わって着替えてるときなんともいえないスッキリとした気分がありました。

    二年後の受験前に気分を変えるのにいいかもと思いました。

    とてもスッキリとした気分になれたのでよかったです。

    本来の目的であった精神力の鍛錬はお百度参りや滝行を通じて達成できたと思います。特に滝行は非常に興味深かったです。感覚が研ぎ澄まされていくのが如実に分かり、おかげさまで自身が霊媒体質であることに気づけました。今後は霊とうまくやっていける方法を模索していきたいと思いますのでまたお世話になることもあるかと思います。そのときはどうぞよろしくお願いします。 修行は今回が初めてでしたが、職員さんをはじめ、貴重なお話や美味しい料理を作って下さった先生、一緒に宿泊した方々には、非情に感謝しています。他者を思いやる一方で、厳しい修行に打ち込む姿は勉強になりました。今後の人生を歩んで行く上で、くじけそうな時はこ今回の経験を思い出し、強く正しく生きて生きたいと思います。

    三日という短い期間でしたがお世話になりました。

    久しぶりに大切なものを思い出させて頂いた2日間となりました。私が感じた大切なものは、以下6点です。

    • 人に感謝を伝える
    • 礼に始まり礼に終わる
    • 鍛錬する事、あきらめないことの大切さ
    • 手をかけて作られたお料理はとてもおいしい
    • 一つ一つの動作に手間をかける
    • 鉛筆は文字を消すことが出来る。パソコンなどの電子文字で伝えられないことが伝わる

    私には息子がおります。2歳9ヶ月です。子を妊娠してから今日まで、4年1ヶ月自分自身を顧みる余裕もなく、バタバタと毎日を過ごしていました。ちょうど1年前の1月に2回目の起業をし、お店をオープンさせてから4月14日で1年になりますが本当毎日バタバタしていたと思います。日々の雑踏の中で家族や友人、仕事仲間いらしてくださるお客様に向き合う自分自身の立ち振る舞いを考えるきっかけそして時間となり本当に良かったです。

    • 人に感謝を伝える。これは滝行の時に強く感じました。正直想像以上に冷たく自分は一人では何もできない、ちっぽけな存在で、皆様の応援があったから越えられたと感じました。滝から出た後は心の底から皆様への感謝の声がでたのですが、次の日たくさんの人に支えて頂きお世話になっているこのことを滝から出たあの時間のようにもっと伝えるべきだし、伝えきれていないひとがたくさんいるなと感じました。
    • 礼に始まり礼に終わる。中学生の頃から武道の精神が好きで剣道をしていました。人に挨拶する、あいさつだけでなく気持ちで届ける意味が言霊にはこもっていると感じています。一挙動一挙動自分の立ち振る舞い所作を心のこもったものである自分でありたいです。
    • 鍛錬すること、諦めない事の大切さ。全ての行を通じて感じました。一つのことをやり遂げる事集中して取り組むことが最近まったくできていなかったので、人の手をお借りせずとも、集中してものごとに取り組む時間と意識ができると単発の集中力も上がると思いました。
    • 手を掛けられて作られたお料理はとてもおいしい。文字通りですが、とてもご飯が美味しく幸せな時間でした。ついつい時間がない事を理由に出来合いのものばかり取り入れてしまう。食事に対する感謝も栄養素もかけていたと思うので、お家に帰り季節のお野菜や彩、味付け鮮やかな食卓にしたいです。
    • 一つ一つの動作に手間をかける。当たり前の事かもしれませんが、靴を脱いだら整える。扉を閉める。当たり前のようで辺り目に出来ていなかったように感じます。「礼に始まり礼に終わる」に通ずるものだと思いますが、一つ一つ丁寧に手間をかけることの大切さを学びました。
    • えんぴつは文字を消すことが出来る、パソコンなどの電子文字では伝えられないことが伝わる。ボールペンばかり使ってました。日々に鉛筆を手にしましたが、消しゴムで文字が消えることに感動しました。何度でも書き直すことの出来る素晴らしいお道具ですね。また写経している時に一つ一つの文字の意味が頭に思い浮かびました。パソコン文字も便利ですがゆっくり写経する時間を1文字1文字大切にする大切さを学びました。

    初めは、滝行半日体験のみを申込差し上げましたが色々なお話を負うかが出来、先生、天光寺の皆様たまたま一緒になりました、男性お二人にたくさんのお気づかいや気づきを頂き、良き2日間となりました。本当にありがとうございました。また今度は仲間も連れてお伺いします。

    私は今回の研修でまず人とのつながりの大切さを学びました。今までは同期の中でも特定の人との会話が多かったり、あまり話したことのない人とはあいさつ程度しかできていなかったりしたのですが、今回二泊三日の間同じ屋根の下で朝から夜まで生活を共にし、何かの作業の時にはお互いに声をかけあって協力したり、起床してから廊下などで会った時あいさつ以外に少し世間話をしたりと同性異性関係なくかなり交流を深められたように思います。顔と名前もしっかり覚えることができ、それが声をかけるきっかけになったりもしました。今まで会話をしたことがある人とも、一緒に過ごす時間が長い分いろいろな話をして、今まで知らなかった一面を新たに知ることができたりしました。研修が終わり、会社に戻ってからも同期のみんなとたくさん話ができたらいいなと思います。

    次に私が学んだことは、協調性と積極性の大切さです。短い間とはいえ家族ではない人達と生活を共にするにあたり、普段以上に気を遣ったり、考えなければいけないこともたくさんありました。例えばお風呂の順番だったり、寝る場所だったり、ご飯を食べる時の役割や座る場所だったり、普段家では深く考えなくていいようなことがほとんどです。どうしたら効率良く、みんなが納得した上で気持ち良く事が進められるか、正直考えてもわからない事やはっきりしない事もたくさんありました。そこで、周囲の人と話し合ってみたり、自分からとりあえず動いてみたり、できるだけ臨機応変を心がけながら行動したり発言したりしました。その結果スムーズに作業を進行できたり、良い感じに事が済んだりした時はとても嬉しかったです。これから仕事をしていくにあたり、今回学んだ協調性や周囲の人と協力すること、自分から積極的に行動を起こすことはとても重要になってくると思うので、今後もこれらを忘れずに仕事に励みたいと思います。

    大人数での共同生活に加え、お寺という慣れない環境、普段常に持ち歩いているスマートフォンが長時間手元にないという不安感、今まで経験したことがないくらい長い時間の正座、写経、写仏、読経、お百度参り、滝行の際の山登り、各時間のあいさつ、三禮、ヨガといった初めての体験など、二泊三日とは思えないくらい濃い時間を過ごし、筋肉痛や関節痛もひどくて正直かなり疲労感も溜まっていますが、それ以上に自分の中で得たものも多いように思っています。先述した人同士の関わりに関しても得たもののひとつですが、それ以外にも仏教に関する説明や法話を聴いて、自分自身の内面や考え方などを見直すきっかけになったように思います。私は元々あまりポジティブではなく、自分自身に与える影響の大きさについてだったり、積極的に生きることの大切さだったり、自分自身を認めること、信じることの重要さについて学び、一度今までの自分を振り返って、考え方や行動を改めたいと思いました。

    私は、今回のこの研修に参加して、自分はいろいろな面で少なからず成長できたのではないかと感じています。ですが、まだまだわからない事だらけで未熟な面も多くあるので、そういった面は今後、今回の研修で学んだことや得たものを最大限活かして、学び、補い、成長させていけたらいいと思っています。これから先、仕事に関しても私生活に関しても、立ち止まったりつまずいたりする事はきっと多くあると思いますが、そういった時はこの二泊三日の事を思い出して乗り越えていきたいと思います。

    今回の体験修業では、滝行やお百度参り、写経などの行、掃除や食事の準備など寺での生活の体験、先生や職員の方のお話を聞くことなどができそれぞれ多くのことを学び今後の生活に活かせる気づきを得ることができました。

    行を行って得た物は自信と達成感です。体験修行中に行ったものは、どれも簡単にできる物ではありませんでしたが、特に辛いと感じたのは滝行です。体験修業中2回滝行に挑戦し、結果として2回とも制限時間以上行えましたが、何回やっても順番を待っている間の不安や行の最中の辛さはなくなりませんでした。その様な精神的に追い込まれた状況での挑戦で、しっかりと結果を残せたことはプレッシャーに弱い私にとって大きな意味があったと感じました。

    寺での生活の体験で得た物は効率性と連携の大切さの再理解です。建物の構造が複雑だったり、スケジュールが過密だったりする寺の生活においては時間をいかに有効に使うかが大切でした。物一つ取りに行くだけでも動線が長くなってしまうのでどの様に動けば最も効率的なのか考えながら動くことが必然的に求められたため、自然と何か行動を起こす前に一度考えるという行動を取ることができました。掃除や食器の片づけの場面では、行う内容や人数によってどの様に役割分担をすれば効率的に無駄なく動けるようになるか様子を見たり、声かけをしたりすることが重要でした。大切ですが忘れがちな基本的なことを改めて学ぶことができました。

    先生のお話で学べたことは色々ありましたが、特に強かったのは、「積極性を持つ」というキーワードです。色々な話を聞く中で私はこの言葉の意味を「自分の力を信じて問題に恐れず立ち向かっていくこと」と捉えました。自信がなく問題が起こる度に不安が強くなり行動が起こせなくなったり、非効率的な動きをしてしまうことが多い私にとってこの言葉は大きな力になってくれるキーワードになりました。

    二泊三日の体験修行で今後の生活に活かせる色々な学びや気付きを得ることができ意識も変えることができたと思います。3日間お世話になりました。本当にありがとうございました。

    今回は知人の誘いで、一泊二日の修行体験に参加させていただきました。滝行は聞くよりも見るよりもつらく、滝に入ったとたんに、「出たい!」と強く思うほどでした。一日目の夜も深まるにつれ何かしらの気配を感じ始めました。これほど近くに感じることは初めてで戸惑いましたが、担当の方が常に近くで気にかけて下さり心強かったです。二日目の瞑想では空間がゆがみその後、「地獄」、「畜生獄」、「曼荼羅金剛界」、「青白い世界」を見ました。

    その後は姿勢を保てなくなり、辛かったです。今まで見て来なかった世界に触れることが出来た気がします。ご飯は毎食とても美味しかったです。教えていただいたレシピを元に家でも作ってみたいと思います。

    前回、三日間の修行を終えた時に書いた感想文では、自分が今まで直せなかった問題の重さに気づきそれを受け入れることが出来た、ということを書きました。

    私はその後の三日間でその問題を改善するきっかけを掴むことを目標に修行に臨みました。その中で私は「恩返しをする」ということを意識して生活してきました。私はこの六日間の天光寺での生活でたくさんの方々にお世話になりました。修行の指導やその他の様々な話をしてくださった聖賢先生、職員さん、又、生活の中で寝食をともにし、修行や掃除、その他の行動を一緒に協力してやってくださった他の宿泊者の方々です。

    この人達へ恩返しする気持ちで修行や掃除に励みました。そうすることで私は人が幸せな気持ちになる為に自分に出来ることはないか、考えながら生活できるようになりました。私は「誠実で素直な人間」になる為にここで修行してきましたが先に述べたように、人の気持ちを考えて行動することで「誠実さ」の部分を体現できるという答えに辿り着くことができました。

    またその上で、自分の言動だけでなく他人の言動に対しても良いものは良いもの、悪いものは悪いものとしてしっかり区別をすることで自分の信念や目標に基づいた素直な言動をすることができる人間になれると感じました。私はまだ具体的な信念や目標を打ち立てられたわけではありませんが、「誠実で素直な人間になる」という今回の修行で得られた覚悟が揺らぐことだけは決してないように、家に帰ったら学業や生活面におけるそれを考えていきたいと思います。

    今まで私は嘘をつくなどの他に大学一年生の春休みに素行の悪いグループと交友関係を持ち、その中で家族や学校、友人に多大な迷惑をかけてしまいました。これは私の心の弱さが原因で目の前の享楽だけを考えた結果でした。天光寺を出たら生活の中でまたそのような人達からの誘いがあるかもしれません。しかし、ここで体得することの出来た「良いものは良い、悪いものは悪い」といえる素直さを決して忘れずに自分で決めた信念や目標を達成できるようにします。

    2泊3日の間、大変お世話になりました。

    本当に有難う御座います。こちらにいる間、修行を重ねる中で、自分が生かされていることのありがたさを身をもって感じました。自分が不足しているところは、陰でいつも誰かが補ってくださっている。目に見える世界においても、そうではない世界においても。いつも誰かに支えられて私のような一人では何も出来ない人間が幸せに生きることが出来ていることに、瞑想をして仏様の声を沢山きく中でありがたくて涙が止まりませんでした。こちらでさせていただいた修行は本当に苦しかったです。しかし心の中にたまっていた自分の犯した罪に対する罪悪感はもっと苦しかったです。こちらでの修行は、私の中の苦しさを未来への希望に変えてくださいました。二度と同じ過ちを繰り返さないようにすることを誓います。

    最後になりましたが、先生、職員の皆さん、一緒に修行して下さった方々、本当に有難う御座います。この感謝の気持ちを恩返しできるよう自分の心を常に正しく持って生きます。

    今回私は自らの過ちと妻を深く深く傷つけてしまったことを反省しに生まれて初めてお寺にみそぎにやってきました。まず初めに寺に入った時の不動明王様の力(心中をつかまれている)感じ目を合わすことが出来なかった事を鮮明に覚えています。初日は寺の作法や挨拶を教えて頂き、お百度参りと滝行を行いました。お百度参りは「南無大師遍照金剛」ととなえ強く自分の願いを想いながら裸足で道を往復するというものでした。大きな声と思いの強さが届くとのことで「夫婦和合」を強く願って走りとなえました。妻への謝罪の想いと自分が犯した過去の過ちが苦しくさせました。そして次に山を登り滝行を行いました。岩場の間から現れた滝は山王大神様と竜王大神様がお守りする滝で力強くとても冷たい滝でした。一人三分頭から浴びるということでしたが初めの30秒で頭と体が急激に冷え「お経を唱えながら入ることは不可能」と思いギブアップしそうになりましたがそこで強く妻の顔を想い出し、夫婦もう一度やり直したいという想いと子供との幸せな暮らしをつくるぞという強い想いで入っているとなんだか体と魂がふーっと分かれたような感覚で体は痛いのに心がすーっと水の冷たさが気持ちよくなってきました。3分経って出た時耳がぼーっと聞こえなかったですがとてもすがすがしく今まで出会ったことの無い感覚でした。生まれ変わったというか体の中の汚れを全て持って行ってくれたというか・・・。山王大神様と竜王大神様には深く深く感謝いたします。また夕方には初めて写経を行いました。ひたすら写すというものですが一文字一文字思いを込めて書こうとしても途中で手を抜いてしまう自分が居ることに気づかされました。初日の最後髪をすべて切る決断をし感覚を研ぎすまさせたい想いとかっこつける自分にわかれをするために、人生初の坊主になりました。また夜の寝る前まで仏や人間の欲の事など教えて頂きました。自分の欲との向き合い方など教わりました。2日目は朝のお勤めの後住職の先生より「特別なヒーリングをしていただきました。本来自分の気と宇宙の気をつないでいただき鳥となり風となり空を飛び最後は宇宙まで行くことが出来ました。背骨に一本大きな気を入れて頂きました。ありがとうございました。そして先生は「君は遊ぶ活動もいいけど苦しんでいる子、精神病の子などをヒーリングする事をした方が良い。」と言っていただき自分でも漠然としていたことをズバリ言われました今後の人生の大きなヒントをもらいました。午後は得度といわれるお弟子さんの儀に参加させていただきました。貴重な体験が出来感謝します。その日の夜もブッタのお話も教えて頂きました。自分の心との向き合い方、自分のカルマを改めて考えさせていただきました。ありがとうございます。3日目は朝のお勤め、声出し、瞑想を行い、自分の内観する時間を沢山いただき、最後は不動明王様の絵を見させていただきました。初日に怖くて見るのもできなかった不動明王様でしたが今は逆に一番近くにいて頂きたく想うようになりました。強い心と勇気をくれて自分に負けない人になれる気がします。このような人生の体験をさせていただいた天光寺様には本当に感謝しております。ありがとうございました。

    今回、二泊三日という短い期間でしたが、お寺での修行を体験させていただきました。

    修行中には仏様の教えだけではなく、瞑想やお百度参り、滝行を行い精神だけではなく、肉体も鍛錬することができました。今回の目的は精神的な成長をして、これからの社会人に向けて力を付けていくことでした。お百度参りと滝行を経て、改めて自分の精神の弱さを見つめ直すこともでき、これからどのように向き合うか考えていくキッカケになりました。また、今回は規則正しい生活と野菜中心の美味しい食事のおかげで健康的な生活を送ることができ、体の内側から浄化されている実感もありました。この三日間での私の一番の変化は「あたり前のことに感謝する」という考えができるようになったことです。修行の中では毎日食事後の片付けや掃除、洗濯などを行います。現在、私は実家で暮らしているのでそれらを自分で行うことは少ないです。そのため、自分が当たり前にやってもらっていることの大変さや苦労を知ることができました。いつも気持ちよく生活できている裏側にはたくさんの人の労があることを感じ、それら感謝して生きていこうと思いました。修行の中では宇宙を感じることはできませんでしたが、日常に戻っても隣の人を仏と考え接して徳を積んでいき、日々の修業で宇宙を感じられるようになりたいと思います。今回はこのような貴重な経験をさせていただきありがとうございました。

    二日間お世話になりました。ありがとうございました。今回私が天光寺さんでの修行体験に参加しようと思ったのは、滝に打たれてみたいという軽い気持ちからでした。就職の前に珍しい思い出を作れればいいと思っていました。実際に二日間を終えてみると、良い意味で期待を裏切られたと感じます。滝行だけでなく、声出しや読経お百度参りなど、様々な体験を通して、学ぶ事が多くありました。社会人になるにあたっての心持ちにも変化があったと感じます。

    やはり、最も印象に残ったのは滝行です。もともと、滝行目当てで来たこともあり、非常に楽しみでした。しかし、実際に滝に到着して、水の冷たさを確認して、正直やりたくないという気持ちになりました。滝行はもっと楽で楽しいイメージを勝手に持っていましたが、本当は修行の一つとして行うような、辛く厳しいものであるとそこで気付きました。3分程度入っていられれば上出来という話を伺ったので、3分経ったらすぐ出ちゃえばいいやと言う心持ちで滝行に臨もうと思っていました。しかし、私の順番の一つ前の中学生の男の子が、非常に頑張って、10分という記録を出していました。この姿を見て、私の気持ちは大きく変わりました。自分よりも年下の男の子がとても頑張っている姿に勇気づけられ、年も上の自分が負けていられないと思いました。すぐでてしまえばいいやと言う甘い気持ちを持っていた自分がとても恥ずかしく思えました。気持ちを切り替えて、新記録を出してやろうという気持ちで滝行に臨みました。滝に入ると、今までに感じたことのないくらいの冷たさに襲われました。銭湯の水風呂とは比べ物になりませんでした。早くも心が折れそうになりましたが、先ほどの気持ちを思い出し、我慢しました。滝に打たれている間も諦めようと思ったことが何度かありましたが見ている人達の応援に元気付けられ、またこれで辞めてしまったら社会人になっても頑張らないと自分を奮い立たせて耐えました。10分を過ぎた頃からは、自分に打ち勝ったかのような気持ちになり、滝行が楽に感じるようになりました。

    いくらでも続けられていけそうな余裕が生まれ、自信が出てきました。他人に励まされ、自分に打ち勝つことができ、自分にとって、自信を付けられるような貴重な体験になりました。また、今回の修行で、心に残った言葉があります。DVDを見た時に言っていた言葉で「舞台と役者を演じろ」です。この言葉は来月から社会人になる私にとってもとても為になる言葉でした。大きな企業に入れば人生も上手くいくだろうと思っていました。いわゆる舞台としては整っている状況で、普通に働けば充実した生活を送れると考えていました。しかしあの言葉を聞いたとき、自分の考えは甘かったと気付きました。舞台があっても、自分が舞台に見合う存在にならなければ意味がないのです。「大企業で活躍できる価値のある社員」を目指さなければいけないのです。企業を辞めたとしても、社会で活躍できる人材になれなければ多くの人が活躍できる舞台を演じるための力も付くと思います。この言葉を胸に刻み、新たな気持ちで社会人人生を過ごしていきたいと思います。他にも、ここには書ききれない学びが数多くありました。お寺で過ごすという、日常では体験できないような環境を通し、自分自身が成長できたと感じる点が多くあります。本当に素晴らしい経験が出来ました。最後になりますが、二日間という短い時間でしたが優しく指導していただき有難う御座いました。機会があればまたこれたらいいなと思います。

    一泊二日の体験修行を終えて、今まで素通りで立ちどまって深く考える事のなかった事を改めて考える、興味を持ってみる事の大切さを再認識できた事が今回の一番の学びだった様に思います。

    予想外の天候から始まった修行ですが、お百度参り、滝行はむしろ過酷な天候下だったからこそ修行の辛さ、また、自分の心の弱さを感じる事が出来ました。感謝です。

    修行以外の部分においてはお話しの中にもあった寺の敷居が高くなっていて普段近付きづらいというのは大方当たっていて当方もどこまでフランクに修行が出来るのか案じていた部分が多少ありましたが先生、従業員さんを始めとした皆様に非常に近い距離感で接していただいた事もあり、寺院の存在が今後身近に感じられる様になりました。

    初心忘るべからずとは良く言いますが今回の学び、感じた事を今後の私生活に活かしながら精進したいと思います。

    とは言え人間ですので忘れそうになってしまった際にはまた改めて門を叩かせていただく所存ですのでその折にはよろしくお願いいたします。

    昨日、本日とありがとうございました。

    一泊二日の短い時間でしたが多くのことを教えて頂き誠に有難うございました。

    また四月に希有の降雪という機会を活かし厳しい修行ができたことも大変有意義でした。

    より多くの関わりのある人たちとこのような時間を過ごすことができれば絆が強まるはずなので、次回はチームと共にお世話になります。チーム皆が学び各々が変革の必要性を感じとり、修行後には昨日の自分とは異なる、という意気込みをもって組織全体で前に進むことができるよう私が推進役になります。

    まずは私自身が学んだことを実行に移します。

    また次回お会いする際には前回と異なる姿を見せることができるよう努力致しますので、今後ともご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。

    一泊二日の滝行修行を申し込んだ。目的はいくつかある。誕生日前に滝に打たれることで、新たな気持ちで年を迎える。だらけた生活に気合を入れる事。辛い経験をすること。

    最後の目標は、中学時代の野球部の夏連の様な、あの経験の辛さに勝るものはない、そんな経験を得たかった。終わってみて思う事は、主体的に、積極的に滝行を選んで行動を起こした心が立派だったと思う。天光寺に仲間と向かう車中では、笑い混じりながらも「無理だ」「本当に入るのかな」「嫌だ」など後ろ向きなことばかり話していた。実はお百度参りが終わって、滝に向かう時にも同じような言葉を口にしていた。滝行は無事に終わったが、後ろ向きな言葉をやめて「やるぞ」「負けない」などの前向きな言葉を発しながら望めばもっとたやすく滝行を達成できたように思う。これは今後の生活でも同じ。実際に滝に打たれてみて感じた。体験前の想像では、寒い冷たい、そして痛い。この三つの感覚があるとばかり思っていたが意外だったのは息苦しさだった。水に足を浸し神に挨拶をして顔と胸に水をかけ、頭から水をかぶる。サウナの後の水風呂でさえ全身を付けられないほど冷たいのが苦手な自分にとっては、水をかぶった段階で自分を褒めたかった。滝に進める足も意気揚々となる。いける。そう思えたのはものの2~3秒だった。苦しい。冷たい。だが冷たさは想像の範囲内である。苦しい。頭に容赦なく浴びせられる水しぶきのせいか滝の流れのまわりだけ酸素が薄いのか先ほど生まれたばかりの「いける」という期待は滝に蹴落とされていった。息苦しさの為に、唱える御宝号もはっきりと一音一音の発声が叶わない。そんな自分の声を聴いて情けなさを感じる。こんな時でもともに参加している人からどう見られるのかを気にする浅ましさがなおさら情けない。

    いけるのか?いや、もうだめだ。いける。いや、無理だ何度も何度も自分の中で弱い気持ちと強い気持ちがぶつかる。辛すぎる。いや、待てよ。辛い体験を求めてここにやってきたのではないか。予想をはるかに越える辛さではあるが、望み通りのものを得ている。やるしかない。水の中でやっと覚悟を決めた。できることは叫ぶだけ。叫んだら終わった。

    滝行の後、友人は気分を悪くしていた。あの滝に打たれたついでに弱い気持ちを置いてきたような気はする。あれだけの辛いことは、この先出てくることはなかなかないだろう。

    しかし、人は忘れやすい。あの辛さを覚えていられるのはもって1ヶ月だろう。人は無意識をコントロールできない。呼吸、脈動、胃腸の動き。これは勝手に無意識がやってくれることだ。だが、共に無意識は気持ちを損ねる。体調不良になり、生活のうるおいが減る。無意識が上手く働いてくれるような生活をすればいい。運動や整理整頓気持ちをまっさらにすること。自分自身を愛しなさいという教えの中にはきっとこのようなことも意味として含まれているのではないだろうか。1日目の夜は疲れ切っていてすぐに眠りに落ちた。

    2日目の朝は気持ちよく目が覚めた。久しぶりに二度寝をしなかった。爽快で誕生日だということも忘れていた。参加者におめでとうと言ってもらえて思い出したそのくらいだ。

    修行の3つの目的は達成しそうだ。これからの生活をもって達成とする。そうそう、発声は持ち良かったので、どこかのだだっ広い場所でやってみる。

     

    今回、初めての滝行をしたく、1人で来させていただきました。

    滝行やお寺での体験修業を考えたのは、日頃の仕事での人に対する自分の対応のやり方や、大切な家族の妻や2人の子供達に対する、接し方や、しゃべり方、動き方、全てに対して考え直したく、何か考えていた所、天光寺さんを見つけて、1泊2日という短い期間でしたがお願いしました。

    今回は、1人の予定でしたがテレビ局の撮影があり2人で初日を体験させていただきましたが、一緒にやってくれた方がすごく頑張っており、自分よりも年上の方が出来ているのに自分が出来ない事はないとふるい立たせる事が出来ました。それだけでなく、2人でやる事で遅れないようにと頑張って行う事が出来、もし、1人だったらお百度参りが最後まで出来ていたかわからず、相手がいる事の大切さを学びました。

    それ以外にも1つ1つの行動や物事に対して感謝する事の意味や、水や土、草、花、食べ物全て自然の大きさをまのあたりにしました。

    滝行で水に反しないように入るように言われたのに上手に出来ずすぐ頭痛がしてしまい、情けなく思いました。しかし、体験して、すごくスッキリしました。

    何が?と聞かれても正直「コレ!」という答えは言えず、体験してみて初めて理解出来る事かもしれません。

    修行中だけでなく、食事中のお話しや、あい間あい間のお話しもとても参考になり、今後の自分に対して、見つめ直す事が出来たかなと思います。

    マイナスに考えず、プラスに考え、相手が本来伝えたい事を理解する事や、相手に伝える時の言い方や想いやる気持ちをもってやっていこうと思います。

    短い期間でしたがありがとうございました。

    二泊三日の修行体験をしてみて、感じたこと、考えたことが主に二つある。

    一つは、自分自身と己との付き合い方について、もう一つが仏教の道徳的指南のすごさだ。

    まず、自分自身との付きあい方について。これは、自分を客観視して弱さを見つけた際にどうするか、ということだ。長年、私は度を過ぎた我慢をし、頑張り過ぎてしまう傾向にあった。例えば、自分が感じているストレスに気がつかないまま何かをやり続けてしまったり、様々な場面で本当の自分を出さずに場を取り繕ってしまったりだ。

    最近になって自分を客観視したり、セルフコンパッションについて考えたりできるようになり、そこで、自分のストレスや負の感情とどう向き合うかが大きな課題になっていた。

    今回、修行を通じて、まずは自分自身の弱さ、感情をしっかりと認識することと、気長に精神を続けようという心持ちが大切だと痛感した。自らの負の感情も自己の一部であるため、無視をしてはいけない。しかし、それによって悲観したり、それを一瞬で直そうとりきんでも本末転倒である。変化は長期的に訪れるものだ。

    今回経験した行も想像以上に長く、辛いと思うことが幾度もあった。しかし、それはそういうもの、と捉え、あくまでも前向きに生きる心と向上心を持ち続けること、それが大切だと実感した。

    しかし、どんなに前向きに生きようと思っても何が「良い」のか分からなければ元も子もない。向かう先が分からなければ進みようがないからだ。

    私はここに来る前、自分の道徳的根幹をどこに見出すかで悩んできた。今回の修行で、仏教から私が学べることはたくさんあるようだ、と認識できた。

    滞在期間中、仏教について様々な話を聞かせて頂いた。中でも心に残っているのが、六道と精神の話だ。どこまで何を信じるかはさておき、仏教は人と人の関り方を円満にし、互いを思いやる心を育てるのだ、ということを再確認した。

    私は、自分の人生の中で、建設的な存在でありたいし、建設的な関係を他人と築きたいと思っている。仏教はその礎になり有るものだと学んだので、これから先もより深く、仏教の語る生き方について学びたい。

    他にも、考えたこと、学んだことは色々ある。

    瞑想では度々訪れる空の瞬間とそこに入り込む雑念を経験できたし、滝行でも普段は見えない自分の恐れや弱さを見ることができた。

    何より、一般的に「質素」といわれる寺院での生活でも自身が満足していたことが自分でも印象に残っている。これが「知足」なのか、と少しだけ世界を理解できた気がした。

    最後に、そんな小さいことに気がつくために寺院まで足を運ばなければならない自分の未熟さに反省の念を込め、今回の滞在と日々の生活に感謝をここに表したい。

     

    私が、こちらのお寺に修行しに来た理由は2つあります。

    一つ目は、最近生活リズムが崩れ体調が優れないのでそれを改善できたらというのが一つ目の理由です。

    二つ目は、これから仕事で大きな取引があるので気を引き締めるためにも参加させて頂きました。

    修行の内容としては、お百度参りと滝行そして、写経です。

    まず、お百度参りですが想像以上に辛かったです。お経を唱えながら走ると通常よりも疲れました。

    ですが、終わった時の爽快感は他では味わえない物でした。普段あまり運動をしないので運動をしてかいた汗は久しぶりで心が洗われました。

    次は、滝行です。滝行をする為にくる方もいるみたいなので少し楽しみにしていました。

    私は生まれて初めて滝を間近で見ました。改めて自然というものについて思い知らされました。

    滝の中に入るとすごい勢いの水で呼吸もままなりませんでした。

    入っていたのは短い時間でしたがとても長い時間いたように感じました。それだけ、自分自身と向き合えたのだと思います。滝行を終えて身が引き締まる思いでした。

    最後は、写経です。筆を持つのは学生の時以来です。墨の匂いが懐かしく感じられました。そんな事を思っていたのもつかの間集中力はある方だと思っていたのですがお百度参りや滝行の疲れからか眠くなってきてしまいました。

    今回修行にきて、目的だった生活リズムの崩れはお百度参りで走って以来走ることが楽しくなってきて毎朝少しずつ走るようにしたため、改善されました。

    ありがとうございました。

    中学3年生になろうとしている息子が小学校から勉強嫌いでしないので結果、後から本人から聞いた話ですが音読の授業の時にバカにされそれがきっかけ?となったかで、学校もたまに休んだりして、中学生になり、勉強も難しくなり嫌な授業や気分が悪くなり保健室に行ったりしていたので友達もそれがおもしろくないらしく、いやみや悪口になり、中学1年生後半から不登校になりました。

    親としては、学校に行くように無理に言うと逆に無気力になり、俺はどうでもいいんだというような状態でした。

    家は古い為、子供部屋というのがなく、仕切もなく、部屋の角が居場所でしたが、家にいるから勉強しろと言っても自分自身ではやる気がないようでした。

    元気を出してもらおうとおばあちゃんがゲームを買ってやったのはいいんですが、勉強するからとの約束でしたが、それもまた悪いほうにゲームに夢中で今度は昼と夜逆の生活になってしまいました。

    学校の先生方も心配して家に来てくれたりしてました。学校の方でも不登校の子達が集まる学校の話で2年生の中頃から少しづつ行くようになりましたが、相変わらずぐだぐだの生活でしたが、本人も気持ちの面で良くなりはじめ3年生には学校に戻る気持ちがでてきたのですが、親として行く前に生活面や態度を見直してほしいので、インターネットで滝行のサイトで天光寺さんのことをしり、申し込みました。

    子供には言えば絶対行かないのが分かっていたので、当日までは言わす、ヒヤヒヤでした。

    寺に着き、息子は何?と言い、初めて体験修行とつたえました。

    2人だけと思っていたんですが、後から8名の人達と一緒になったので息子もあまり団体行動は苦手だったんですが、声を出す練習など、滝行でも他の方達にかけ声をかけたり、本人も頑張りました。

    息子より楽勝と思っていた滝行は思いのほか全然だめでした。自分自身の修行にもなりました。

    お寺の方を息子がとても気にいっていたので、少しホームシックになったりした時は大変助かりました。息子が元気になり朝を迎えたのですが、先生の話はとてもまとついた言葉でありがたかったのですが、また本人はへこみ、やばいと思ったときにお寺の方に助けの息子へのアドバイスをしてもらいまたまた助かり、息子も先生に自分の気持ちを言ったらしく最初と違い先生もやさしく接していただきありがたかったです。

    自分も今後は滝行にかみさんも連れて家族でまた来たいと思います。

    ありがとうございました。

    一番体験修行の中で大きかったことは、三禮を108セットやり切れたことです。途中から頭がクリアになっていき、三回ずつの回数が意識して数えられるようになってきました。自分ではあと何回と数えることはできませんでしたが、気付いたら終わっていたのでもしかしたら意外と根性があるのではないかと自信になりました。三禮が終わった時にロウソクのロウが見たこともない形になっていたり大きい炎になっていたり驚きが多く不思議な事や目に見えないものはちゃんとあるのだなと思いました。

    また朝に掃除をして仏様のお水を交換するお仕事も、毎日の日課として生活を規則正しくしているとわかり、自分も生活のリズムやルーティンを大切にしたら良い暮らしができるのではないかなと思いました。

    自分の性格で、人と比べてしまって物事の実行が遅いことに自分自身がいら立ってしまう・・・と相談した時には、まずは人と比べないと成長はないから比べることも大切と教えて頂きました。また人は執着しすぎるから怒るというプロセスを知り、自分が何にとらわれているかをわかることが大切と教えてもらったことがとても心に残りました。

    社会に出る前に自分とちゃんと向き合おう、と思って修行に来てみて正解だったなと思いました。自律した人間になりたいという気持ちで来たので、その気持ちを四月からも自分を律することが出来るように今後も精進したいです。

    二日間ありがとうございました。

    今回の参加は二回目になりますが、前回と同じくとても良い経験になりました。

    今回は私の姉とその彼氏の三人で参加させていただきましたが、二人とも喜んで満足してくれたみたいで、私も嬉しく思います。

    今、感想文を書いている時の私の精神はとても元気になりました。というのも、参加するのは一月から決まっていたのですが、ここ最近は精神が不安定だったからです。

    特に過食、寝不足、仕事が出来ないことを会社の人に病気ではないか?と言われてから、

    一週間いろんな事をネットで調べて、自分はADHDという発達障害なのではないかと疑うようになりました。

    それからというもの仕事でミスをしたり、家が片付けられない、過食をしてしまうのもADHDのせいだ、と無意識に思うようになってしまいました。

    その結果、自分の行動を全てADHDの責任にしてしまい、改善しようとする意欲がなくなり、気持ちが落ち込んでいきました。

    自分では何が正しいのか分からなくなり、精神科の病院に行くと、うつの症状が少しあると判断されました。私生活に支障をきたすような時は病院に来るように言われました。

    その次の日から天光寺さんで修行を行いました。

    夜の先生の講話を聞ていてハッと思ったのです。

    私は自分でADHDだと潜在意識で思ってしまったのだと。それで調べていくうちに無意識に思うようになってしまったのかもしれません。

    それを聞いてからは、絶対自分は病気だと思うことは辞めよう・忘れようと思いました。

    そして先生がおっしゃっていた「腐っても負けるな」という何にでも負けない、成し遂げようと心の中で決意している自分がいました。

    今回、強い意志を持ちたいと思い参加しましたが、今は、自分は意志が強いと思うようになりました。

    まさに、滝行では強い意志を貫き通すことが出来た素晴らしい経験だったと思います。

    前回は去年のクリスマスに参加させていただきましたが、三十秒という短い時間でした。

    その時の目標は、そもそも滝行を経験する事だったので、それはそれで気付けることがありました。ですが、今回はもっと多くの時間、限界まで入りたいと強く思いました。

    自分はやれば出来る強い意志を持つには長い時間耐える忍耐力が必要だと思ったからです。

    実際に入ると、まさに自分の意志との戦いでした。

    前回同様、声を出すのもやっとな状況で三十秒頃で体はギブアップでした。

    ですが、ここを乗り越えれば、これからの人生何だって出来る、今困難の壁も乗り越えられる、と思ったんです。

    今までの人生でこんなに耐える経験は初めてでした。

    途中から頭痛がしたのですがここまで来ると止められませんでした。

    その後周りの方達には迷惑をかけてしまい、無理をした為に申し訳ないことをしたなと思いました。

    ですが、今までの頭痛とは違い、スッキリとした感覚でした。

    一緒に参加した方にもすごいと言われて本当に嬉しかったです。

    また何かあったら参加したいと思いました。

    腹式呼吸や発声練習も心が落ち着きます。私は普段声が小さいと言われるので、腹式呼吸を意識して声を出すようにしようと思いました。

    瞑想の時間は、自分でもすんなりと無になる事が出来ました。

    前回は色んな事を考えてしまって無になるのは難しいと思っていました。

    今回は呼吸することにとにかく集中しました。途中、足が痛くなりましたが、それでも呼吸に集中しようと、そこに思い出したのは「負けるな、成し遂げろ」と先生がいおっしゃっていた言葉です。

    ここで負けたら終わりだ、とにかく一時間、時間は忘れてとにかく呼吸することだけに集中しようと思ったら出来るぞ、というプラスな気持ちになれたのです。

    そこでまた元気になれたのは、滝行で自分は成し遂げることが出来ると強く思ったから

    気持ちも元気になったのだと思います。

    瞑想の後の十三仏真言も、全く同じで、途中から眠気と、集中力がなくなってしまい、

    本来だったらだらけてしまいますが、「私は成し遂げられる」と

    負けないぞ、と 強く思ったら元気になったのです。

    すごく自分にとっては不思議な体験で、やる体験全て意味があるし、やる時の精神的な気持ちでこんなにも違って見える。やり終えた後の感覚に達成感があるのが実感できました。

    来るたびに感じることがあって、

    都会から離れた環境でこうゆう体験をできるのは貴重だし幸せなことだと思いました。

    また、ぜひ機会があったら参加したいと思います。

    どうもありがとうございました。

    今回の一泊二日の修行体験で学んだ事はたくさんありました。

    まず、あいさつの作法から教わって一般的な企業的なあいさつでは無くその中でも丁寧な言葉使いで仏教的な世界での言葉使いというものを学べて良かったです。

    また、修行の中での基本の合掌や礼の形をしっかり学べたのでとても良かったです。

    お寺の独特な礼儀や宗派など色々な知識を学ぶことが出来ました。

    次に食事に関して、先生の手作りのご飯はとてもおいしかったです。肉と魚を使用しない料理であれほどまでにご飯が進むことは今まで無かったと思います。

    最終日のお昼のパスタは最高でした。ありがとうございました。ごちそうさまでした。

    修行についても沢山学びました。

    三禮は今回の体験修業ではサクッとしかやりませんでしたが、機会があれば是非もっとハードな修行をしたいなと思いました。

    お百度参りについても後半は少しばてましたが、将来の自分をイメージしながら取り組みました。

    正直こちらも次回タイミングがあえば、企業研修のようにフルのヴァージョンで体験してみたいと思います。

    滝行については先生から、「今日は天気がいいから水もあたたかいよ」と聞いていましたが、現地について水を触った所、心の中で「終わった」と思っていました。

    自分は後半の順番だった為、他の人達をみていて「南無大師遍照金剛」のかけ声がみんな変になっているなと思ってみていましたが、よくよく自分で考えてみたら、あまりの寒さで声がおかしくなっているんだと思い、自分の番が周ってくるのが怖かったです。

    実際やってみて、滝に入る前の頭に水をかけた時点で、アッ無理かも、と思いましたが、実際やってみて本当に冷たい!心が折れそうになりましたが、しっかりかけ声をだし、やがてなにも感じない不思議なゾーンに入った気がします。

    今回一人三分という幅が設けられていたため、こちらも次回良きタイミングで行けたら、同じくらいの時期にまた来て、更なる記録更新ができたらな、と思います。

    その後に行った写経について久々に書道の道具を使用するのに戸惑いました。

    すずりを使用して、墨汁を作るというのも初めてでしたが、無心になって溶かしてました。

    筆の使い方と、元々字が汚い方なので、時間がかかってしまってクオリティーもあまり良くない出来映えでしたが、後半につれて、コツをつかむことが出来て、字一つでも一つ一つこなしていくことで、スピードや精度というものが養われていくものなんだと、改めて気付かされました。

    また夜の先生のお話も色々聞けて良かったです。

    仏教の始まりについてのお話など大変おもしろかったです。

    朝早く起きて、一泊の体験の方達と、まずはお寺の中のお掃除でした。こんなに広い中を掃除機をかけるので大変でしたが、効率よく動く為には、どのコンセントにさすかなど、色々考えながら立ち回れた気がします。

    朝食が終わり、腹式呼吸や声出し、そして瞑想の時間に入りました。

    瞑想の時間は、無心になることが目的ですが、座っている間の足や腰の痛さに耐えられずいつまで経っても無心になる事は出来ませんでした。

    しかしこれは自分でも出来ることなのでやってみたいと思っています。

    その後の写仏についても昨日同様墨から作成して業務に取り掛かりましたが、やはり一番仕上がりが汚いし遅かったのでそれが残念です。

    写仏は細々としたところはムズかしかったですが、おもしろかったです。

    最後にヒーリングを見させて頂きましたが、先生の気の力で楽になっていく人を見て、ものすごく神秘的だなと思いました。

    私は今回体験修業を通して自分についてわかった事はまだ精神的肉体的にも自分に弱さがあると思いました。基本の姿勢もまともにでるし修行の後半眠くなったり飽きてしまう場合が自分の中で少しあったのかなと思いました。

    しかし、いやだと思う事もいやがらずに取りかかって達成あることを今後意識して行っていき、今までの自分の考え方を変えて良い習慣を作り、今後のビジネスに活かしていければと思います。

    私が今回お世話になりましたのは、滝行を体験してみたかったことと、仕事柄自分の意志をあまり発言できなかったことの弱い意志を克服したいからでした。

    まず仕事の話からですが、金融機関人としてお客様第一の接客を心掛けています。

    しかし、上司からすると、「回転を上げるために時間を短縮して仕事しろ」と毎回のようにいわれます。そこで私も何か一言意見を言えばいい事なのにそれを溜め込んでしまう意志の弱さがあるのだと思います。それを、今回一緒に来た人達に相談したところ天光寺さんに行ってみようとなったのです。

    実際に天光寺さんを訪れてみて驚いたことは、「これまで当たり前に行ってることに感謝を表す」ということでした。

    私は普段ご飯を食べる際に「いただきます」という言葉を使っていますが、一人でご飯を食べる時には何も言わず食べている自分に恥ずかしさを覚えました。

    私は自分一人だけでは生きていけないのを分かっているにもかかわらず、他人が一生懸命作ってくれていることに「食前の言葉」で気付かされました。

    また、お百度参りや滝行、朝と夜の一日の始まりと終わりのあいさつにも初心に戻ることの大切さを学んだと思います。

    これは、滝行を行っている際に山の神様や水の神様にごあいさつすること、また大切さ、

    「南無大師遍照金剛」を唱えることで、無事に何事もなく帰って来ることができました。

    本当に大切なことでした。

    これは自宅で家から会社へ出掛ける時や、遊びに行く時にも両親に報告する意味で「行ってきます」「ただいま」の大切さに気が付きました。

    自分が今こうして健康でいられるのも両親のおかげであります。

    今までは親子同士なんだから言わなくてもいいと思っていましたが、今回ありがたい教えの中で、気付いたことをこれからは実践していきます。

    私が仕事で変わるために大切なことは「自分自身の今までの考え方」に依存するのではなく、「自分を知る」ことの大切さも学びました。

    そのためにはまず、自分自身を愛してみることから始めたいと思います。

    自分自身を考えが通らないから意見を出しても意味がないというこれまでの考え方は辞めて、新しい自分になるために、自分をもう一度しっかりと見つめ直し、今度の仕事に活かしていきたいと本当に思いました。

    滝行についてですが、以前から動画や友人の体験などを聞いていたこともあり、正直なことを言うと、「かなりなめてかかって」きました。

    実際に滝行の姿に着替えて滝に入ってみると、始まる前に「30分位余裕ですよ」と言っていた自分が恥ずかしいです。

    今回は一分と数秒でしたので、またの機会があれば、今度は3分を目指したいと思います。

    先生がおっしゃられていた「水と対立してはダメ」という言葉が分かりました。わたしの場合は、なめてかかってしまったということもあり、その時点で自分の考えが甘かったことに気が付きました。

    今度はこういった自分も直していきたいです。

    またこれら以外にも「仏前勤行集」や「瞑想」、「写経」などを行うことで気持ちを落ち着かせることも出来ました。

    瞑想は自分の家でも行うことができるので、継続していきたいとおもいました。

    料理にもすごく驚きました。自分の想像で料理はそれほど良い物はないだろうと思っていましたが、先生が全部作ってくれているという事にもびっくりしましたし、何より味がすごく美味しかったです。

    色々な事をしてきた先生だからこそ、出来る事であり先生が正直うらやましくなりました。

    またの機会がありましたら、もっと色々なお料理を食べてみたいです。

    今回天光寺さんで一泊二日の修行をすることができ、自分の人生においてかなり良い結果となりました。

    繰り返しになってしまいますが、一つ一つのあいさつの大切さが印象的でした。

    これからの長い人生の中でもっともっと自分を好きになりたいと思いましたし、そうした人生にしたいとも思いました。

    今から急には出来ないかもしれませんが、少しづつ今回の体験を活かしていきたいでし。

    今度は少しでも変わった自分の姿を見てもらいたいので、また天光寺さんにお世話になりたいと思います。

     

    私は、今回の体験修行を通じて、一歩踏み出す事により、成長を得る事が出来ると感じました。礼をするにしても、周りと同じ礼をするより、形が整った礼をすれば相手の視線を釘づけにすることができるし、滝行をするという人生の中で非日常なものに挑戦したことで、新しい出会いであったり、精神を鍛えられたり、どこか自分に自信を持つことが出来るようになりました。私の今回の目的は人を好きになることと社会人になって充実した毎日を過ごせるようになるという祈願でしたが、滝行や短い期間で多くの方と接することにより、まず自分を好きにならなければ自分の祈願は達成できないという事にも今回の体験修行で気がつくことが出来ました。これから先の人生で、自分を好きになるために自分に対して明るい言葉をかけたり、前向きに考えて行動すること、今の現状から一歩踏み出して新しい景色を見ることが大事だと思いました。

    食事では、肉が大好きで、毎日少しでも肉を食べなければいけないと思っていたけれど、今回の体験修行で素材の味を生かした肉を使わない料理も食べることで、毎日必ず肉を食べなくても問題はないということがわかったこと。素材の味を生かした料理は限りなく美味しいということもわかりました。

    腹式呼吸から発生する練習をずっとやっていると、反響なのか分からないが、自分じゃない声が聞こえているような感覚になったり、自分の声ではないような声が出ていて驚いた。

    滝行をする為に一歩踏み出した事で、一泊二日という短い時間でしたが、学ぶことがたくさんありました。ありがとうございました。

    自分を好きに、他人からも好きになってもらえるような人間になって充実した人生を過ごします。

    先ずは、今回体験修行を受けさせて頂いた天光寺さんに感謝したいと思います。有難うございました。

    ほとんどの人が同じだと思うのですが、人生壁にぶつかり、心の問題を改善し、何事にも屈しない精神力を鍛えようとして参加する方だと思います。

    私も同様で、弱い自分を変え、どんな困難に直面しても負けない強い精神力を手に入れる為でした。

    社会という厳しい環境の中では、人を傷つけたり、不平不満を口にしたり、時には犯してはいけない過ちをするなどしてしまっていた自分を変える為でした。

    恨んだり、嫉妬したり、思い通りにならなかったからといって、相手を誹謗中傷してしまっているのは、自分自身であるのに、今までの思考を改めて、積極的な行動がとれるようになりたかった為です。

    修行のメインであった滝行では、厳しい寒さの中でも、忍耐力、我慢強さ、そしてどんな試練にも負けない精神力を養われた気がします。

    水の冷たさは、身体がこごえるほどで、滝の勢いも相当なものでした。

    初めは慣れるまでに時間がかかりましたが、しばらくすると、体が水と一体化してきてずっと滝に入っていられるような感覚になってきました。

    結果は、初めてでしたが、12分ということで、平均より長かったそうです。

    雨も降っていて、冬の時期の滝行ということもあって、かなり過酷な状況でしたが、厳しい面、精神は鍛えられたのかなと思います。

    その他、挨拶の作法、腹式呼吸、瞑想、写経といった、主に声を出したり、精神を統一する修行では、今までの人生を振り返り、人との接し方、当たり前と感じていた考え方、生き方を強く考えさせられる体験でした。

    初めは普段慣れていないせいか、正座や・座禅をするだけで足が痛くなったり、疲れてしまっていたのですが、次第にその意識もなくなり、集中できるようになっていました。

    日常生活ではあまり意識した事がないですが、挨拶、掃除、礼儀など無意識の中で行っている良い習慣が、人生を良い方向へ導いてくれるのだと実感することができました。

    自分の人生は、自分で切り開らいていくものだし、自分を知るのも自分、自分を愛するのも自分。

    人は、一人では歩んでいけませんが、最終的には、自分が決断し、解決し、道を進んでいくものです。

    人によって価値観は様々ですが、社会の荒波に負けないよう精進して参りたいと思います。

    貴重な体験修行ありがとうございました。

     

    天光寺さんで一泊二日の修行体験をしようと思ったきっかけは、妹が去年体験修業をしてきたという話をきいて、私もやってみたいと思ったからです。

    昔からマイナス思考で失敗したり、些細なことで不安になってしまったりと、気持ちが落ち込んでしまうことが多々ありました。

    嫌なことから、すぐ逃げてしまうなど、精神的にも、あまり強くなく、どうにかしたいと思って生きてきました。

    お経や挨拶など、言葉ひとつひとつに、大切な意味があることを知りました。

    いつも普通に生活している中では気が付かなかったけど、朝起きた時、ご飯を食べる前と、後、行を行う前、行った後、夜寝る前、など一つ一つ敬意を持って挨拶し、すべてのことに感謝すること。これを改めてやってみて、いつも普通だと思っていた事を幸せに感じました。

    いつも朝食は時間がない中で、慌ただしく食べていますが、朝おかゆをみんなで食べて、とても幸せを感じました。

    今までこんなに朝食が待ち遠しく、感謝しながら食べたことはありませんでした。お昼も夜ご飯も、二日目のパスタもとても美味しかったです。レストランや、お店で食べるご飯よりも、何倍もおいしく、お腹だけではなく、心も満たされた感じがしました。

    いつもストレスで甘いものや、体に悪いと分かっていても、ジャンクフードや、スナック菓子をたくさん食べてしまうのですが、ここにいると、そのようなものが欲しくないことに、私もびっくりしています。

    他にも携帯電話やテレビなど、いつも夜遅くまで見ていたり、携帯がなくても、全然平気で、むしろそのようなものがない方が気持ちはとても前向きであり、一日が充実していて幸せを感じました。

    朝の掃除も、いつもは自分の家の掃除が面倒で、いやいやながらやっていて、少し汚れていても見ないふりをしていました。今回掃除をしてみて、とても気持ちがよく、朝の日課として家でもやってみようかなという気持ちになりました。

    滝行の時も、私は寒がりで、気持ちも強くないので、私にできるだろうかと、不安な気持ちがあったのですが、バスから降りて、先生や職員さんに迎えられ、不安な気持ちがやわらいだ気がしました。

    滝行に行く前に、仏様にあいさつし、お百度参りをしたことで、仏様に見守られていることを強く感じ、安心感と勇気がわいてきた感覚を強く感じました。

    今までお経は眠くなるし、何のためにやるんだろうと思っていましたが、今回、お経の意味や、写経、仏様のことを知ることで、瞑想をしたり、お経を読んだり、聞いたりすることで、気持ちが落ち着き、前向きになり、守られているような、不思議な感覚を感じることができました。

    家でも仏壇には、毎回お線香をあげ、自分の願いと共に、仏様や周りの人、またいつも生活していくうえで、当たり前だと思っていたこと一つ一つ感謝をしていきたいと思います。

    心の持ち方、姿勢もとても元気をもらいました。

    これから気持ちが落ち込んだ時や、不安な時、人生が上手くいかないとき、この言葉を胸に刻み、生きていきたいと思います。

    これから先、何があっても前向きで生きていける、そんな前向きな気持ちと、大きな希望で満ちあふれています。この体験は、私の人生での宝物になりました。天光寺さん、仏様、先生、職員さん、一緒に体験に来てくれた方にとても感謝です。

    ありがとうございました。

    この度は、このような貴重な修行体験を味わせてくださり、ありがとうございました。

    今回応募させていただいたのは、友達に誘われたことがきっかけではありましたが、自分の中で悩んだり迷ったりするようなできごとが1月、2月に多かったり、競技かるたへもより一層磨きをかけたいと心に思ったりと、自分の精神・内面に意識が強く向いており、一度自分自身に静かに向き合う時間が欲しいと思ったことが大きかったです。

    また以前から私は「精神」「無意識」「魂」といったものに深く興味を持っており、修行内容や先生のお話、資料から、今まで自分が考えたり、見聞きしたりしてきたことが、改めて思い出されました。

    今回、滝行をする、ということを主な目的として参りましたが、実際一泊二日の修行を体験して学んだことは、むしろ生活の細部に宿るものでした。

    何をするにも始めと終わりにはしっかりとあいさつをし、読経をする。

    このことは、いかに私が日頃、物事の始めと終わりというものをおろそかにしていたかということを気付かせてくれました。

    食事の前に皆で読む食前の言葉は、栄養のあるバランスの良い食事を満足に食べられることがいかに有難いことか、改めて思い出させてくれました。

    今後、このようなあいさつや読経や言葉を続けるとまではいかないにしても、今回感じた気持ちは忘れません。

    また、朝ごはんの前に掃除をするという習慣は是非見習いたいと思いました。

    自分自身の内面を見つめる、という意味でも、今回の修行は大きな収穫がありました。

    滝行やお百度参りといった肉体的修行は、むしろ我を忘れていましたが、

    写経、瞑想、写仏では、一度心を無にした後に浮かんでくるものから、今自分が本当に必要としていることが見えてきたように思います。

    瞑想や腹式呼吸は、集中しなければならないときの直前などによく行うのですが、今回はまた違った経験ができました。

    最後に、天光寺と日テレとの間に起きたことを高尾先生がお話しくださいました。

    このことについてもっと詳しく知っておきたいと思ったので、家に帰ったら情報を探してみるつもりですが、やはり感じたことは、ただひたすらに悲しいということでした。

    壊れた仏像を見たとき、心が泣きました。

    社会に出たら、こんなに汚いことが待っているのかと思うと心から悲しいです。

    でも、その壊れた仏像を見て涙を流した80歳の女性の方のお話を聞いたとき、何か救われたような気持ちになりました。

    私は、この80歳の女性でありたいし、高尾先生のように、不正義に立ち向かう人でありたいと思います。

    私は、競技かるたに行き詰まったときに、精神面を鍛えたいと考えていて、滝行を思いついた。

    何故精神を鍛えようと思ってすぐ滝行が浮かんだのかは分からないが、寒いであろう水の中で耐え抜くこと、心を無にすることは精神を強くすることにつながるのではないかと考えた。

    一月下旬の競技かるたの大会で負けた後、一緒に行こうと言ってくれ、すぐに予約を取ってくれた同行の二人には、感謝してもしきれない。

    滝行以外の修行もしてみたいということで一泊二日の予定としたが、その中で競技かるたにつながる一番の発見は、集中することの難しさと意義、である。

    競技かるたにはどこに集中をおくか、どれだけ集中できるかが非常に重要な競技だ。

    今回の修行の中で、最初に行なったお百度参りでは、声を出し願を請うことに集中しようとしたが、足が痛くなったり喉が枯れてきたりする方に意識が向きがちだった。

    滝行でも足が冷たいことに意識が向いて、結局一分も保たずに出てきてしまった。

    お風呂に入りながら、これでは何も得られないと思い気合を入れなおして臨んだのが写経である。

    墨をすり、最後の文字を書き終えるまでひたすらその文字を丁寧に書くことに注意した。すると、少しだけ、文字を書く意識すら消えて、脳内が真っ白になる瞬間があった。

    法話のビデオの中で聞いた言葉を用いれば、無意識になった瞬間だったのだろうと思う。

    また、二日目の瞑想では、数字を数えながら呼吸をすることで、空気や床と、自分の境界線が曖昧になる時間があった。

    雑念であふれている中で集中することは難しいが、集中していることすら気付かない集中は、頭の中を空にし、人間としての自分と向きあえる意味のある時間だった。

    特に数字を数えて、呼吸を調える方法は性に合っていたので、続けたい。

    競技かるたからはずれて、自分が生きていく上でとてもためになる話だったと感じたのは、法話のビデオの中の積極的に生きること、自分を愛すること、という言葉である。

    私は、自分のことがあまり好きではない。自分の良いところはなかなか思いつかないが、悪いところはたくさん思いつく。

    今まで、自分で自分の悪いところだと思っている部分に対して、どうにかしなければと焦ったり、なぜ変われないのかと自分に怒ったりすることばかりだった。

    しかし、ビデオを見て、悪い部分も自分であるのだとまず認めてあげることも大切なのではないかと思うようになった。

    ひたすら否定して、否定しまくっていたらそもそも何が悪いのかすら分かっていないことと同義ではないだろうか。

    まず認めてあげて、受け入れて、今まで積み上げてこなかった自分以外の価値観や考え方も受け入れて、すぐに愛することは難しくても少しずつ自分を好きになっていきたい。

    また、私は競技や勉強など人と競うことには負けず嫌いを発揮し、積極的になるが、

    どうしても一人のときや、特に誰かと競わないとき、楽な方へ流れてしまうことが多い。

    しかし、今自分が意識している生の中で、自分らしさを見つけられず、なあなあになってしまうのはとても勿体ないことだと思った。

    たくさん様々なことを見聞きし、経験して、本当に自分のやりたいことを見つけられるように、そしてそれを達成できるように、日々過ごしていきたい。

     

    二月二十三日から二十四日にかけて、天光寺で修行をさせて頂き、ありがとうございました。

    私は、大学に入ってからサークル活動で競技かるたを行っています。

    今まで、集中力を持って無心に札を取り続けていたことで、練習・大会で良い結果を出せていたのですが、ここ最近人間関係で悩むことがあり、かるたを集中して取れない時期が続いていました。

    どうにかこの気持ちを整理し、今一度かるたに真摯に向き合い強くなりたい、と思ったことがきっかけで、今回体験修行に参加させて頂く次第となりました。

    この体験修行を通して考えたことは多くありましたが、主に二つのことについて、感想を述べようと思います。

    一つ目は、「自分自身の気持ちに正直でいることの重要性」です。

    写経、写仏をしながら今の自分の思いを心にめぐらせていましたが、自分に嘘をつくことは自分を一番傷つけることになるのではないか、と感じました。

    どんな時も自分の気持ちに正直でいて、その気持ちを大切にしていきたいと思いましたし、その考えが芽生えたことで今悩んでいる問題が少し楽に捉えられるようになったので、この経験に心から感謝しています。

    二つ目は、「努力することの大切さ」です。

    努力することは、とても難しいことだと私は思っています。

    なぜなら、壁にぶつかる可能性が高いからです。

    時につまずき、めげそうになる中でも、その試練を乗り越え、常に高きを目指すことは容易ではありません。

    法話のビデオで、りんごの木の真ん中に実っているりんごが腐っていた場合、高いところのりんごを手にする必要があるといったお話があったと記憶しています。

    常に高いところを目指して努力することの大切さが分かった一方で、私は、たとえ真ん中あたりに実っているりんごが腐っていなかったとしても、てっぺんのりんごを取りにいく姿勢を大切に、貫いていきたいと思いました。

    私はどの物事に立ち向かっても、ゴールはないものだと思っています。

    だからこそ、途中で妥協することなく、平均を目指すわけでもなく、常に高いところを目指して努力して自分なりに物事に向き合っていきたいです。

    ここまでに記した二つのことが、私がこの体験修行にきて数多く学んだことの中でも、特に印象が深く、自分に影響を与えられた事柄です。

    また、私は実家暮らしなので、あまり家事をしませんが、洗濯や掃除といった日頃母親が行ってくれていることを自分でしてみて、改めて母に対する感謝が芽生えました。

    家で当たり前のように洗われた衣服があったり、綺麗な部屋で生活したりできることは本当に恵まれていることだと思うので、これからも感謝の気持ちを忘れず、そして時には手伝って生活していきたいです。

    お寺での修行は、自分で申し込まない限り体験できないもののように思います。

    今回の経験は貴重であり、今後の人生を豊かにしてくれるように感じています。

    この体験修行を忘れることなく、日々研鑽を積んで参ります。

    二日間、本当にありがとうございました。

    二泊三日で体験させていただきました。貴重な体験で自分自身にとって一生物になったと思います。
    修行の動機は、うつ病や引きこもりではなく、純粋な興味と何故か行ってみたいという気持ちが高まったからです。
    二十一歳という若さで来たので、先生は若いのに珍しいなと笑いながら気さくに話しかけてくださいました。
    私はお寺というのは少し堅いイメージがあって、初日は緊張していました。
    ですが先生を始め職員の方は普段見せてもらえないようなことや、仏教についてなど丁寧に教えてくださり自然と興味を持っている自分を感じました。
    滝行メインで来たはずがいつしかもっとたくさん学びたいと思うようになりました。
    日帰りで行うのと、止まるのとでは雲泥の差で学ぶことが多いと感じました。
    暮らしていく中で自然と考え方が変わっていくのです。
    仏教に携わり瞑想写経滝行等の修行を重ねていく中で、ご飯のある有り難さ、人との接し方、家族や友人、普段では当たり前すぎで感じないことに気づき感謝が生まれました。
    私はあまりこういった考えが変わるだとか、スピリチュアルのような物は信じない方でした。
    多くの方もそういう考えの人がいるかも知れません。実際に味わっていないからこそ理解できないことも無理はありません。
    ですが実際、体験すると本当に変わるんです。私が体験したことでいうと、朝太陽がのぼり日差しを浴びるとすごく暖かく嬉しい気持ちになり、有り難い気持ちになりました。
    一日の始まりをありがたく思ったことなど今までにありませんでした。私はこのように感じましたが、人によって感じることは多様だと思います。
    何よりも先生・職員の方は親身になってくれるのですごく話したい気持ちになります。宿泊したからこそ得られたことだったのかなと思います。
    朝昼晩の料理も先生がすべて手作りで作ってくださりどれも美味しかったです。
    先生が教えてくれたことで一番思い出に残っているのが「氣」でいろいろなことが理解できるということでした。
    私も体験しましたが本当にすごいという言葉しかありませんでした。
    言葉では表現できず是非体験してもらえば何かしらわかると思います。
    今回の修行は本当に自分にとって貴重な経験になりました。
    「自分を認めてあげる」一番心に刺さった言葉です。
    先生をはじめ天光寺の皆さん本当におせわになりました。
    ありがとうございました。

    今回私が滝行体験に参加したのは、春から新社会人になるのでここで気を引き締めて新生活を頑張っていくためです。

    無我夢中で就職活動をして、勝ち取った第一志望の企業で働けるというのに、大学の授業も終わり春休みに入ってからモチベーションを上手く保てなくなり、なんだか自分に甘えた生活を送るようになってしまいました。

    このままずるずるとした気持ちで社会人になったら、これから始まる40年以上?の社会人生活が気持ちよくスタートすることができないと思い、怖くなりました。

    そこで友人にこの話をしたら、友人も同じような気持ちを抱えていて、友人と話をしていくうちに、今までに体験したことのない事に挑戦してみたい!という話になりました。きっと働き始めたら毎日が挑戦になるから、今ここで大きな挑戦をして、新たな気持ちで4月を迎えたいと思いました。

    滝行体験はとある雑誌で取材されているのを見て以前から知っていました。まだまだ寒い時期で水もとても冷たいだろうし少し躊躇してしまいましたが、挑戦をするために行くんだから!と改めて決心して挑みました。

    いざ滝行がはじまるとなると、とても緊張しました。足だけ水に入った時に、背筋がゾワッとするぐらい冷たくて、思わず水から出そうになってしまいましたが、お寺の方が声をかけてくださったのでまた心を入れて、滝に近付きました。

    滝に打たれている時間は短かったようですが、私は長い時間滝の中にいたような気がしています。無我夢中というか、必死というか・・・煩悩がなくなりただただ滝と向き合っていれた時間でした。

    思っていた以上に爽快感もあって、寒さももちろんありましたが、とても良い時間を過ごせたと思いました。

    友人も来て良かった!!と笑顔で爽やかに話していました。

    新社会人として、これから一生懸命がんばって行きたいと思います!またリフレッシュしたいときには滝に打たれに来ようと思います!

    ありがとうございました。

    今回の寺修行の計画を聞いたときは、観光気分で修行するのかなと思っていたのですが、寺に着いて驚きました。まずは、もの凄く山奥にあり、バスも1時間に1本ほどの場所にある事。そして何より修行の内容です。山奥にあるので、電波は通じるのかと思いましたが、その不安はお寺に着いてから解消されました。最初にお寺の人に携帯や財布などを預けるため、修行に行ったみんなが携帯を使えない状態になりました。財布は、まず買い物をする場所がないので、必要ありませんでした。ここからお寺の修行となりました。着いてすぐに、寺の服に着替えをし、寒い部屋で2時間ほど正座をし、その上、三禮というハードなことをして足がしびれ、膝の皮をすりむいてしまいました。その後に、写経という筆を使いお経を写すという修行をしました。この日の中で、これが一番きつかったかもしれないです。三禮は、肉体的疲労があり、もう立てないほどでしたが、それをやった後に筆を使い文字を書く、かれこれ2時間ほど正座をしたので、ひざがやられてしまいました。1日目の修学の内容は、言葉だけ聞くとそんな大したことじゃなさそうですが、実際にやってみると、階段の1段も踏めないほど足がやられます。今回、僕を含め4人で、このお寺で修行することとなり、それぞれ目標がありました。一人はモテたいから。二人目は他の三人に連れられ、三人目は早口な所と親に内緒にしていることを直す、そして僕は根性を叩き直すでした。理由として、適当に人と接してしまい、そこを直したいと思ったからです。それなのに、最初お寺の方が人生の話をされ、「あなたは人生の主人公ですか?」ときいて、僕は「主人公です」と言い、「何の主人公なのですか」と続けて質問だった為何か答えなきゃと思い、「ハリーポッターです」と、まともではない答えをしてしまいました。それから、昼食の時に、みながお寺の方へ質問をしていたので、僕も質問しようと思い、印象に残る事を言おうとして「ハンバーガーなどは食べれますか」と質問をしました。それに対して、お寺の方は「修行中は食べれませんが修行の時以外は食べます」と答えてくれたので「お寺でハンバーガーは食べれますか」などと訳のわからない質問をしてしまい怒られました。こういった間が抜けることを日常的に言ってしまったりやってしまうので、一度心を改めなきゃいけない。そして、修行をするという機会を与えて頂いたので、この機会に人と接することを真剣にしようと思いました。もしかしたら、

    一緒の仲間の中で一番怒られた回数が多いかもしれません。それだけに、みんなも一緒に怒られ皆にも迷惑をかけてしまい、修行をしたことで身も心も引き締まりました。今までは何かを発言する時は、後先考えないですることが多く、それにより怒らせてしまうことが多かったので、これからは物事を一度考えた上で、発言することを心がけようと思いました。二日目の修行は、主に滝行とお百度参りでした。お百度参りの内容は、20メートルを走りながら行き来し、振り返るタイミングでお経を唱えるというものでした。お経こそちゃんと言えないときもありましたが、他の3人に遅れを取られないように今までやってこなかった「一生懸命に頑張る」というのをやってみたような気がしました。続いての滝行では、3番目に行ったのですが、前の二人より長い時間滝に打たれていようとしました。そういったことも含め、最後のあいさつで、お寺の方から、来たころに比べると変わった、と言われました。一泊二日の修行で本当に僕は変わったんだなと実感しました。今まで行ってきたこともこれからは新しい心を入れ替えたように生きていこうと芸人としても一歩踏み出せたような気がしました。

    僕は、お寺というところへ一度も行ったことがなかったので、一度行ってみたかったと思っておりましたので夢が叶いました。

    今までの人生中途半端だったのでどこかで自分のだらけきった心を清めてくれる場所はないかと探していたところ、天光寺さんという素敵な場所を見つけることができました。

    僕の人生の中で寺で修行を受ける機会がなかったので、その機会を与えてくださった小籔さん、村田さんそしてスタッフの皆さんに感謝しても感謝しきれません。

    天光寺さんの外観はとても立派で素敵なオーラを感じとれるぐらいでした。

    いざ中に入ってみるとお師匠さんとその修行僧の方々が出迎えてくれました。

    お師匠さんはとても気さくで素敵な笑顔を振りまいてくれました。

    そしてそのお師匠さんの元で修行をされていらっしゃる方々もやはり素敵な笑顔でした。

    1日目は修行着を着させていただき、身も心も「さ~、やるぞ!」という気持ちになりました。そして着替え終わっていよいよスタートです。

    まずは基本であるあいさつ作法からです。正座を組み、腹から声を出す作法を習いました。

    とにかく人に感謝される人間になりなさいとのことで、人に感謝される人間になるには礼儀作法が重要とのことでした。

    あいさつのひとつをやるにしても熱心に教えてくださる天光寺の人たち。

    そして昼食へ。配膳の準備からひとつひとつ丁寧に教えてくれ、なかなか覚えが悪い人もちらほら出てきました。

    昼食後は三禮という修行を行いました。三禮というのはお経を唱えながら正座の状態から屈伸のような動作をする修行で、とにかくこれがキツくて何度くじけそうになったか...。汗だくになりながらも、何とか練習についてくのは危機迫る感じでした。

    その後、夕食が始まり、昼食の様子とうって変わったような雰囲気に圧倒されました。修行僧の見る目が変わった気がしました。

    翌日の朝はそうじから始まり、修行僧の方の目がキラリと光りはじめました。

    その期待に応えるようにテキパキ行動する仲間の成長に目を疑いました。

    その後、一大イベントの滝行がついに始まりました。他の3人がすぐギブアップする中、僕は15分間、滝の中で己を磨きました。

    一大イベントが終わり、お師匠さんのお経が始まり、お線香を仏様に差し上げ体験修行は終了しました。いい体験させてもらいました。ありがとう。天光寺さん。

    私は先日より参加させていただいている企画でお世話になっている小藪さん、とろサーモンの村田さんより、お寺で一泊二日の修行をしてくるようにと言われ、天光寺に一泊二日の修行をしに訪れました。

    当初の目的はエピソードトークを話すときに早口になってしまうので、それを克服することと、芸人という仕事をしていることを両親に内緒にしているため、そのことについて見つめ直すことでした。

    天光寺を訪れ、お師匠様にお会いしたときにこの人はタダ者ではないなと感じ、お寺の雰囲気も神秘的なものを感じました。

    そして修行が始まり、真言宗のお経の唱え方を修行僧の方から教えていただき、三禮という礼拝の仕方を三百回繰り返しやることになりました。

    三禮はとても厳しい修行で体に物凄い負担がかかり、後半は自分でも何をしているかわからない状態になりましたがなんとかやり切ることができました。精神的、肉体的にも成長できたと思います。

    その後 夕食をいただき、お昼に食べたときと同様にお師匠様の料理への造詣の深さに驚き、ありがたいものを食べさせていただいているなと身も心も元気になりました。

    そして片付けも自分達ですることで感謝とスッキリとした気持ちになることができました。

    その後 写経を体験させていただき、三禮でヘトヘトになった足で正座をするのはこたえましたが写経をしていくうちに日頃余りある煩悩が少しずつ消えていく気がしました。

    その後お風呂を使わせていただいて一日の汗を洗い流してくうちに身も心もきれいになってく気がしました。

    そして一日を終えて自身の成長を見つめ直すうちに、早口のことの他に自信が如何に怠情な生活をしてきていたか、欲望を優先しておろそかになってしまったことを改めて考え、二日目はそういったことに打ち勝てるように修行をしていきたいと思いました。

    そして二日目 朝起床し、お寺の大掃除が始まり、普段自宅で清掃を怠っていることもあり、何度もご指導をいただいて細かいゴミや見落としがちな部分の清掃についてのご指摘を受け、身の回りを見渡して配慮することの大切さを学びました。

    次に発声の修行と瞑想について教えていただき、日頃芸人として大切な声を出すということについて改めて学び直すことができたのと同時に瞑想によって心の静けさを取り戻すころができ、普段持つことが出来ない貴重なひとときを得ることができました。

    その後、お百度参りと滝行の修行をやらせていただくことになり、お百度参りを通じて何かを願うということは気軽に出来るものではなく、しっかり真心をこめて仏様にお願いしなければならないということを学ぶことが出来ました。

    そして遂に滝行に行くことになり山の奥へ奥へと仲間達と共に修行僧の方に導かれて、山から流れ落ちるきれいな滝を目の当たりにすることができました。

    仲間が必死に滝に耐えている姿を見て自分にものすごい恐怖心が湧いてきましたが何とか勇気を出し滝行に挑むことができました。

    そこで全く滝に耐えることが出来ず自分の未熟さを感じました。

    また緊張が取れてしまい仲間の米村くんが必死に滝に耐えているのに笑みを浮かべてしまい後にお叱りを受けて自分は何て恥ずかしいことをしたんだろうと情けなくなりました。

    最後に護摩を見せていただき火の強さ、荘厳さに圧倒されました。

    最後に天光寺のお師匠様、修行僧の方にお別れの挨拶をする際の礼をあろうことか間違ってしまったのは本当に情けなく修行が足りなかったと感じました。

    一泊二日という短い期間でしたが、己の反省点を多く見つけ、今後芸人として成長していくにはどうしたらよいか本当に貴重な機会になりました。

    ご指導いただいた天光寺の皆様、本当にあるがとうございました。

    私は、今回人生で初めて寺修行というものに参加させていただきました。

    普段の生活でお寺に行く機会などは少なく、初詣で一年に一回行くか行かないかくらいのものです。あまり馴染みのない場所で一泊するというのは初めは少し緊張や、何をするかが分からない不安などもありましたが思えばあっという間に終わってしまいました。

    到着して早々、電子機器は使えないということでお寺にスマホを預け、

    「ああ二日も触れないのか、大丈夫かな」と心配していたのが懐かしいです。

    いつも肌身離さず持っていて、結構時間を食うスマホも、なくても全然生活には困らないということを学ばせていただきました。

    それだけでなく、一日の時間の長さというのに気付き、いかに自分がスマホに時間を割いてしまっているかも痛感しました。

    また、この2日で行った修行を通して、自分は少ししっかりしようとすれば出来るかもしれないということにも気付きました。

    普段の生活では自分はそこまでしっかりしている訳でもなく、どちらかといえば怠けただらしないほうの人間なのですが、一緒に修行をした僕以外の三人が、少し変わった怠けた人達だった為、僕だけでもしっかりてきぱきとこなそうと心がけていた結果、

    意外と自分はしっかり出来るのかもしれないと感じ始め、この修行を終えてからも心がけをしっかり持とうとすることを決めました。この修行で得た思わぬ副産物でした。

    今回得た大きなものは、全ての物事や人に感謝を忘れないこと。

    人への配慮、気遣い、精神的な人としての成長です。

    「思考が人生を作る」

    全ての自分の行動や言動は自分に返ってくる。その為、挨拶や感謝、気遣いは絶対に忘れちゃいけない。積極的に、今自分が出来ることを考え実行する。これはバイトなど、様々な所で実生活に役立つ考え方だと感じました。

    これは芸人である自分にも絶対必要な考え方であり、人からの信頼を得て、

    あ、この人なら仕事を依頼できるなと思ってもらえる様になる為には必要不可欠なものであるということが分かりました。

    また最後には、黙々と自分の仕事や割り振られた事を実行するのではなくもっと周りを見ることが出来、積極的にそれをやるべきというお言葉を頂きました。

    確かに自分は学生時代、部活の部長や応援団長をやっていたこともありましたが、これを今やっているバイトや芸人活動にも応用出来るかもしれないという自信が少しだけついたので、もっと自信をもって周りをよく見れる人間になりたいと思います。

    興味深い話を一つ聞いたのですが、「仏像が息をして肩が動いているのが見える」というものでした。これを聞いたとき、中学の修学旅行で行った京都のお寺での「仏像というのは自分が見た時の年齢や心情によって見える顔の表情が違う」という話を思い出しました。

    この一泊二日の修行を終えた今、あの頃行った京都のお寺にもう一度行ってみるという楽しみが一つ増えました。

    今回は修行のいろはを教えて下さってありがとうございました。

    これから頑張ります。

    今回私がここに滝行に来た理由は、会社で課長という人をまとめるという立場になったということで気を引き締めるためにやってきました。

    お寺に着いてまず受付、説明指導、着替えを行いました。

    次に、お百度参りを行いました。

    普段から運動をしない私にとって100回も往復するのはとてもきつくなんども途中で諦めようか迷いましたが最後までやり遂げました。きっと今までの私ならば諦めていたと思いますが今回はそんな自分を鍛え直すという意味で来たのでここで諦めてはいけないと思って最後までやり遂げました。やり遂げた後はとても気持ち良かったです。

    こんな気持ちになったのは久しぶりでした。最近は毎日同じことの繰り返しで心身共に疲れ切っていました。

    そして、ついに念願の滝行です。滝をあんなに近くで見たのは初めてでした。とても力強く水が落ちている音とは思えない音がなっていました。

    入るのにとても躊躇いました。ですが、ここで諦めてしまってはわざわざここまで来た意味がないと思い勇気をだして滝の中に入っていきました。中に入ってみると外で見るよりも迫力がすごかったです。呼吸するもの困難で実際に入っていたのは短い時間だったのですけどとても長い時間入っていたかのような感覚でした。

    今回、滝行やお百度参りを体験してまた一回り人として成長できたのではないかと思いました。ありがとうございました。

    先日スピリチュアルカウンセラーの先生が書いた本を読んで感銘をうけ、そういったスピリチュアルな体験がしたいと思って参加今回こちらの寺院の体験修行に参加させていただきました。

    本に書かれていたことは、『龍を下ろす』など、一見まるでファンタジーの世界のようで、友人に話したら笑われてしまいそうなのですが、本を読み進めていくと、私たち人間は、もともとは野生生物だったのだから、祖先が経験だけでなく、カンを頼りに生きていたこと、その“カン”こそ“魂”そのもの、スピリットってことなんだということが書かれていました。

    これには深く納得が行きました。現代人がストレス社会を生き、ウツなどで苦しんでいるのは、“スピリット”で生きていないからなのだと気付きました。

    滝行をやっていて、まず感じたのは、『龍を下す』と書いた本に影響されたこともあるかもしれませんが、本当に山の神様の声が聞こえた気がして、とても寒い日だったのですが『あ、私いま、守られている。あ、私は大丈夫なんだ』と不思議と思えたのです。

    そして滝に打たれている間、まるで宇宙空間にでもいるような感覚でいました。時間はあっという間におわり、本当に不思議な体験をさせていただきました。

    桧原村の自然いっぱいの中で貴重な体験をさせていただき、心がスッキリと整理されました。また、参加したいと思います。ありがとうございました。

    進学で地方から出てきた私は、今思えば浮かれていました。大学生になって一人暮らしを始め、色々な事が自由になり、羽を伸ばしていました。友達と夜遅くまで一緒に過ごすこともありました。学校にサークル、バイトと忙しい日々を送り、五月病にもなったりしました。
    体験修行に参加したきっかけは、私の所属するサークルの歓迎会の一部だったからです。
    堕落した生活をしていた私にはちょっときつかったですし、なんでこんなことするんだろうと思いました。実際に体験修行をしてみると、お経を読んだり、瞑想をしたり、滝行をしたり、写経をしたり、初めてのことばかりでした。滝行は本当に水が冷たくて、早く終われと思っていました。生きた心地がしなかったし、寒くて震えました。でも終わった後、なぜかスッキリした気持ちになれて友達と驚きました。修行の中でサークルの同期の子たちとも、いろんな話をしたりして、仲良くなれたり、お互いのことを知ることが出来ました。また、修行にはほかの参加者さんもいて、意見交換をしたり、色々な事を話すことで、知らないことや世界を知ることが出来たと思います。社会人が多い中、学生の私たちが参加することもいい経験になっていいなと思いました。人生の節目節目で、ここに来れば気持ちがリセットされていい切り替えになると思うので、また何かの節目で凝れたらいいなと思います。
    最初は嫌だったけど、思い切って参加してみると心が洗われて綺麗な気持ちになれました。

    何も不自由なく生きてきて、社会人になるという節目に、何か自分に試練を与えたいと思い体験修行に参加してきました。天光寺さんは知り合いから話をきいていたので、知っていて、そういえば体験修行ができると思い出し、参加を決めました。
    日々の生活のありがたさや、当たり前のことに感謝すること、自分を見つめ直すことなど、たくさんのことを学ぶことが出来ました。写経やお百度参りなど初めてのことも多く、このような修行があるのだと人生の学びになりました。やりたくないことをやる、辛いとわかっていることをやる、など普段では踏み出せないこともこの機会に経験できたので、参加した甲斐があったなと思いました。
    滝行は一番興味があったのですが、いざ滝を目の前にすると怖くて、やり遂げられるか不安になりました。自分で参加して、リタイアするのは悔しかったので、思い切って入ってみたら、スッキリとした気持ちになれました。
    これから、どうしても嫌なことがあったり、できないことがあったり、辛い思いをしたり、どうにもならないことがたくさん出てくると思います。そのようなことも全て経験ととらえ、乗り越えていくことが大事なんだということを肌で感じました。
    普通に生活しているだけでは、この気持ちを得られなかったと思うので、参加して良かったと思うし、この気持ちを忘れないように社会人生活を過ごしていきたいと思いました。
    頂いた精進料理がとてもおいしくて、また食べに修行に来たいと思うほどでした。立ち止まってしまって初心に戻りたくなった時はまたお世話になりたいと思います。ありがとうございました。

    今回一泊二日でこちら天光寺で素晴らしい経験ができました。先生方ありがとうございました。私の人生は波乱に満ちております。これまでも色々な経験をして参りました。その度に人として成長でき、こうして今も手を併せる事ができ生かされて頂いている様に思っております。天光寺での経験、出会えた先生方に感謝をし、教えて頂いた事を少しでも残りの人生の糧にして悔いのないものにしたいと思います。
    先生方、親切・丁寧にお言葉を頂き本当にありがとうございました。

    午前中に到着し、作法・真言などを始めに教わりました。随分前にも滝行は経験していたので、正直似た様なものかと思っていましたが、全然違い、初めて教わる事ばかりでした。
    私は今回の体験修行を通じて、精神力を鍛えたいと思って申し込みをしました。そして実際に経験をして感じた事は、自分の甘さを痛感したという事です。
    まず、お百度参りでは寒さに負けそうになりました。それでも続けていくうちに寒さを忘れ、無になるはいかないまでも、いつも心の中にある雑念は少し消えていた気がしました。その後はついに私が経験したかった滝行です。正直、滝を見たときは案外大丈夫かもと思いました。ですが、実際に入ってみたら想像以上の冷たさに、すでに声を出す事が出来なくなっていました。出せても声は震え、まともに発生・発語する事が出来ない状態。滝に打たれた途端に、耐える事が出来なかったです。なのであっという間に滝から出てしまい、自分としては不本意な結果になりました。
    本当は自分の意識を手放すような感覚を得たいと思っていたので、自分の甘さに負けたせいでその感覚を得る事が出来なかったのはとても残念でなりませんでした。
    また滝行をする際には、もっと長く滝に打たれる様に頑張りたいと思います。

    天光寺の皆さま、この度は一泊二日ではございましたがお世話になりました。ありがとうございました。今回、転職を機に新たな気持ちで臨もうということで、独りではやらないことに何らかチャレンジしようということで、滝行にトライしようと思い立ち、会社の同期と共にこちらに伺いました。最初は滝行をということでの話ではございましたが、護摩行にも参加をさせて頂き、精進料理などもいただき大変貴重な経験をさせて頂きました。
    とはいえ今日の訪問の重たる目的としての滝行は、お百度参り始まり、足裏の感覚を忘れるように往復し「無」をそこはかとなく感じたうえで滝に入りました。想像をはるかに越えて冷たく、痛く、そして辛いものではございましたが、最終的には何か自然と一体になったような感覚を得ました。この凛々しい感覚をもって新たな職にトライをしていこうと思います。重ねてにはなりますが、この度はありがとうございました。

    変化の多い2019年の始めに心身共に一新したいという思いで参加しましたが、滝行やお百度参りを通じて心を一旦「無」にすることができ、スッキリした思いです。この体験をきっかけに気持ちを新たにまた歩んでいきたいと思います。
    また、様々な教えの中で、多少のことには動じずにポジティブにかつ積極的に生きるというのが身に沁みました。新しい職場で特につらいこともあるとは思いますが、この教えを忘れずにチャレンジをしていきたいと思います。
    2日間ではありましたが、ありがとうございました。

    今回初めてお世話になり、ありがとうございました。
    滝行は御岳山の滝で10年程前よりお世話になっておりましたが、今回の滝は初めてですので、貴重な機会をいただけましたことに、感謝しております。
    滝の水量もほど良く、寒くはありましたが、大変気持ちが良く素晴らしい体験でした。
    お百度参りの始めはコンクリートが冷たく、走るのも大変だろうと思ったのですが、途中からはコンクリートの冷たさも気にならなくなり、全力で走ることがと「南無大師遍照金剛」と大きな声でお唱えすることが、大変すがすがしく体験できたことに感謝いたします。

    日々いろいろな出来事があり、良いと思えることだけではなく、辛い事や大変と思えることもありますが、あらがえず全ての出来事のプラスの面を見出し、恐れることなく全ての体験に感謝し、今後も精進していこうと改めて決意出来た素晴らしい行でした。
    写経、写仏はなかなか上手に書けず、時間もかかり、苦労いたしまた。
    筆使いが難しく、細く書けたと思ったら、その後太くなってしまったり、かすれてしまったりと大変でした。
    六波羅蜜の中で、個人的に一番「忍辱」が難しいと感じている私にとって、大変感じるものがあった行でした。
    人生思うようにいかないことも多くあり、ままならないものですが、そういう時に、どうでも良いとすぐあきらめてしまうような思いが出て、短気になってしまいがちなところがありますが、写経、写仏の行をさせていただくことで、改めてこそ自身の弱いところを反省出来ました。短気を起こさず、思うようにならないことや困難にぶつかったとしても冷静に自分の出来ることの最善を尽くし、しっかり自分を信じ人生を歩んでいきたいと思います。
    ままならないことにこそ一番多く学べる機会であると感謝してまいります。
    夜、拝聴させていただいたDVDのご講話は大変興味深く、勉強になりました。
    中村天風さんはヨガを日本に持ってこられた思想家と認識しておりましたが、お医者様であり、がんを治される為にインドに行かれたなど、詳しいお話は知らず勉強になりました。
    真言密教は言葉、言魂を大切にされており、とにかく発する言葉に気を付けなくてはいけないと、中村天風さんのお話を通し伝えてくださり、とても印象に残りました。
    日頃より気をつけてはおりましたが、言うは易し行うは難しで、知識としてはあっても常に行えるようになるには、まだまだ未熟者ですので、日々今後も精進していこうと改めて強く決意出来、心より感謝いたします。今後は自分にたくさん使い、マイナスの言葉を発言しないよう、より気を付けてまいります。
    ご講話の最後の誓いの言葉たくさん発し、自分はもとより、周りの人達も今世での使命を全うし、光り輝く存在とし生きていけるよう尽くしていく所存です。
    「燈照隅万燈照国」の言葉を胸にとにかく継続してまいります。
    瞑想はどれも素晴らしかったです。
    声出しは初めてで、とても気に入りました。家でもやってみたいと思います。
    今回は断食もさせていただき、一番の目的である体重を落すこともできました。
    2kgほどですが、家に帰っても少し様子を見ながら継続したいと思います。
    成田山の断食修行は何度もお世話になっており断食は人気が出てきておりますので、今後取り入れていただくこともご検討いただけたらと存じます。
    行があるので、野菜ジュース断食等で体力を落とさず出来るものも良いかと存じます。
    最後になりましたが、2泊3日いろいろお世話とご指導いただきました荒井さんに心より感謝申し上げます。
    挨拶のご指導等大変ためになりました。
    この素晴らしいスケジュールを作られ、一般の方々に修業出来る場を用意してくださった天光寺の皆様に心より感謝申し上げます。
    これからますます寒くなりますがどうぞご自愛下さいませ。良いお年を。

    今回の仕事の部署の異動などの関係もあって連休が取りやすい環境になった事もあり、2泊3日の体験修行に申し込みました。
    瞑想など自分で出来ることは以前から自宅や仕事中などでも行っていたのですが、滝行などはなかなか日常生活の中では機会に恵まれなかったのでとても貴重な体験となりました。十月という時期はまだそれほど気温も低くないのですが、滝つぼの水はとても冷たく感じ、頭から滝を浴びると一瞬で出たくなるほどとても冷たかったです。
    しかし十秒ほど耐えると冷たさもマヒしてむしろ気持ちよく数分間入っていることが出来ました。とても貴重な体験をありがとうございました。
    滝行の他にも、読経や写経、写仏などなかなか普段は持続できない長い時間集中力を要するもので、正直疲れもしましたが、心地いい疲れで達成感も得られました。
    私がこういった精神世界などに興味を持ったきっかけは若いころに体験した幽体離脱です。あまり人に言っても信じてもらえる内容ではなかったので今までも語ってはこなかったのですが、とても神秘的な体験で何度か再現させて楽しんでいました。
    私のやり方では、寝ているときに瞑想してトランス状態に持って行くのですが、年を重ねる中で仕事や家庭など忙しくもなりなかなか成功しなくなってきていました。
    瞑想のコツなどを取り戻すいいきっかけになればと思って今回参加させて頂き、今後に生かせる良い体験が出来たと思ってます。
    今回途中で体調を崩して二日で帰ることになってしまいましたが、また機会があったら今度は妻でも連れてもう一度参加させて頂きたいと思います。ありがとうございました。

    私が今回参加したきっかけは、会社の上司が自分の子どもと滝行に行って良かったと聞いたからです。頭がスッキリして見方が変わるといわれて興味を持ちました。今までの私は、周りの人に何かをすすめられても、関心が持てなかったのですが、天光寺さんの修行の体験は興味を持ちました。というのも、サイトを見た時に、まさに私が行くべきところだと思ったからです。私は、とても意志が弱く、人に流されやすいがために、だまされた経験があります。また、自信もなく、努力が嫌い、すぐに諦めてしまうなど、基本的な人間力が身についてないと思っていました。もちろん、今までの人生、こんな感じかなと損していると周りに言われながらも生きてきました。そんな自分でも、変わりたいと常に思っています。良い人生にしていきたいと思うだけで行動、実践は出来ないでいたのです。ただ、何事も経験だと思って思い切って参加を決意しました。
    結果、言葉では言い表せられないぐらい良い経験が出来たと思っています。全ての経験で特に感じたのはやればできるということです。一番楽しみでもあり不安でもあった滝行は、とても寒がりな私には出来るか心配でした。前日のお家のお風呂に入るときですら凍えていたので、無理かなと思っていたのでした。それが、少しの時間でしたが、実際に出来た時すごく感動したのは今でも忘れられません。終わった後は、視界がクリアで頭がスッキリしました。感覚的には、これからの人生何でも出来るとポジティブな思考になりました。それとお百度参りはとにかく足が冷たくて痛かったのが辛かったです。ですが、途中から慣れてきたのか、痛みを感じなくなりました。その感じが慣れると良いんだなと思い、、諦めない気持ちを持つことが出来ました。写経、写仏は集中力が続かない私には、最後まで最後まで書くのが大変でした。いかに集中力を付けた方が良いか、集中力が途切れてしまうと字も雑になったと思いました。また、、なにか違う考え事をしていても字が上手く書けないなと思いました。これも一つの経験ですが、これを通して普段字を書く気持ちがなかったと思いました。これからは丁寧に一字一字書けるようにしていきたいと思いました。修行中は当たり前のことを教えていただいたのですが、私にとっては学びだなと思うところがいくつもありました。部屋を出るときは電気を消す、食事をするときに感謝の言葉を言う、片付けた食器はあった場所に戻す、清掃は上から行う、といったことが当たり前のように修行の時には行うのですが、ここ最近の私は忘れていたなと思いました。当たり前のことだけど、仕事の忙しさで出来なかったり、後回しにしてしまったり、結果だらけてしまうなど悪循環な感じになってしまいます。それがこの基本的な事をやるだけでも、なぜか頭が整理されたり、出来るとポジティブになれたりそのような感覚がありました。清掃はやっている途中から心もきれいになっていくなという感じがしました。目に見えて綺麗になっているのが分かるので気持ちも晴れるし何よりトイレに行く時もルンルン気分な楽しい気分で行っていると気付きました。全ての体験に無駄なものはないんだと思う二日間でした。
    今回一泊二日の体験をして、同じ日に体験された方とも仲よくなれたのは、良い出会いだなと思いました。目的は違えどいろんな考え方を共有できたし、新たな受け取れるものもありました。どんな場所であれ、ご縁は大切にしたいなと思う二日間でした。これから人生が楽しみだなと思うし、また何か不安なことがあった時や落ち込んだ時には修行をしに来たいと思います。本当に貴重な体験をどうもありがとうございました。

    二十五歳になり、生まれて初めて修行と宿坊体験をしました。短い期間でしたが、なんだか生まれ変わったようなすがすがしいさがあり、心が軽く清められた気分になりました。
    最初はどきどきしていました。五日市に訪れるのは初めてで、そこから長くバスに揺られて辿り着いたのが天光寺でした。イメージ通りの静かな佇まいで、身が引き締まる感じでした。中に入り、所作や挨拶、色々と学び、食事を共にしていくうちに同じ体験の方と交流でき、仲良くなれたことで、ご住職とも会話が弾み、リラックスして楽しくできるようになりました。
    色々お話も聞けて嬉しかったです。

    私は今回天光寺さんにて体験修行を受けさせて頂きました。

    体験修行で一番心に残っているのはやっぱり滝行です。そもそも滝行が目当てで受けに行ったので一番心に残るのは当たり前の様な気がしますがそれ以上にとても印象に残りました。

    まず、見た目。滝って本当に水が落ちているのですね。大量の水が、落ちてきているのが見ただけで分かりました。少し、恐怖も覚えるほどでした。

    次に、音。これは、とても大きい音でとても水の音だとは思えません。

    これから、この中に入ってあれを受け止めるのかと思うと恐怖を隠せませんでした。

    意を決して入ってみると思っていたよりも優しかったです。そして、入っているうちは気付かなかったのですがとてもリラックスできていました。自然の中で日常では触れる機会のない滝にあたり心身共に癒されました。

    また、ここに来てみたいと思える修行でした。ありがとうございました。

    今回、私は体験修行を受けてきました。

    体験修行を受けようと思った理由は、興味本位でした。

    現在は、学生ですが来年にはもう就活も始まり社会人の仲間入りする予定です。そこで、自分を叩き直すという意味も込めてこちらに来ようと思いました。

    内容としては、挨拶等の礼儀作法を学びその後、お百度参りをして滝を浴びる流れです。

    まず、驚いたのが大自然です。ここまでの自然をこんなに身近に感じたのは久しぶりでした。

    なんだか、自然に触れていると不思議と心が癒されてきました。自然には不思議な力があるなと思っていました。

    次に、お百度参りでは全力で走りました。全力で走るのは普段なかなかしないことなのでとても疲れました。元々、身体を動かすのは得意な方ではないのでなんか嫌だなと思っていたのですが大自然に囲まれ全力で身体を動かすのはとても気持ちが良いものでした。

    最後は、滝行です。滝行では、お百度参りで出した汗を流すようで気持ちよく見えたのですがいざ入ってみると勢いが強く予想していたよりも大変でした。

    今回修行を受けてみて、普段生活しているだけでは見えてこない部分が見えてきて自分の新しい一面を発見することが出来嬉しかったです。また、なにか新しいことに挑戦したいです。

    今まで学生生活を送ってきて、自分なりに頑張ってきたつもりだったけど、周りの人に比べれば何も残っていないなあと思っていました。4年間いろんな経験、遊び、勉強をしましたが、まだまだ未熟な自分に喝を入れて、社会人をスタートさせたいと思い、参加を決めました。一人での参加だったので、不安でしたが、そんな不安を思い出す暇もないくらい密度の濃い時間でした。集中する場面が多く、受験勉強をしていた高校生の頃を思い出しました。あの頃より集中力がすぐ切れるなと感じ、4年間で衰えてしまって落ち込みました。生活の中で集中する時間を設けることは大事だなと思いました。一番楽しみでもあり、緊張していた滝行は充実感のあるものでした。すごい水圧と水しぶきの中、滝に耐えるというあの時間は一生忘れられません。自分に打ち勝ちたいという一心で耐えました。滝に入っているときはそればかりであまり覚えていないのですが、終わった後はとてもスッキリした気持ちと達成感で気持ち良かったです。さまざまな経験を短い時間の中でさせて頂きました。自分に自信がなくなった時は、この経験を思い出したいです。また、思い立ったら修行に来て気持ちをリセットさせたいなと思いました。初心を忘れないよう、社会人になっても頑張りたいと思います。お世話になりました。ありがとうございました。

    一日体験修行に参加しました。滝行を体験してみたいという気持ちから申し込んだ体験修行でしたが、想像以上で、参加してよかったと思いました。実際の滝行体験は、前日に雨が降ったので水量がすこし多いと伺って、始まる前に恐怖を感じてしまいました。やっぱり好奇心だけではなくて、覚悟も必要でした。それでもお寺の方や一緒に体験修行に参加していた他の方にもお声がけを頂いて、きちんと気持ちを作ってから滝行に挑戦できました。何秒ぐらい滝に打たれていたのか自分では定かではないですが、声掛けがあるまで滝の中にいることができたので満足です。滝行以外にも、お百度参りや写経を体験しました。お百度参りは日頃からランニングをしているのでそんなに苦ではありませんでしたが、普段いかに雑念を持ちながら走っていたのか分かったような気がします。心がスッキリする感覚でした。写経は集中して文字を書く事を久しぶりにしたので疲れはありましたが、貴重な経験でした。興味心からの参加でしたが、日常では体験できない様々なことをすることができて大変貴重な良い経験となりました。今後、モヤモヤすることなどがあったときにはまた体験修行に参加したいと思います。ありがとうございました。

    私が体験修行を受けた理由は、自分を見つめ直そうと思ったからです。

    自分を見つめ直そうと思ったきかっけは、今まで勤めていた会社を辞めたことです。

    毎日仕事に明け暮れていて心の休まる暇のなかったせいか少しずつ自分自身を見失っていきました。日に日に自分が自分じゃなくなっていく感覚とても怖かったです。ある日、会社を辞めることを決意しました。そこから1週間ほど自分の好きなことをやっていましたがそれでも心が休まることはありませんでした。そこで、学生の頃からよくしていただいている先輩に相談したところ天光寺さんを紹介していただきました。

    その話を聞いてからすぐに申込ました。そして、当日私はお寺について周りの景色をみてこんなにも自然豊かな場所にあるんだと思うと同時にこういうところにきたのは社会人になってから初めてだったので感動しました。受付をして、早速修行開始です。

    私が、申し込んだ内容は滝行を受けられるものでした。まず初めに、挨拶等の礼儀作法を習いました。次に、行ったのは写経です。筆をもつのは久しぶりでした。墨の匂いが心を落ち着けてくれました。その次は、お百度参りです。お百度参りでは、とても疲れたけれどもこんなに気持ちの良い汗をかけた喜びをかみしめていました。

    いよいよ滝行です。滝を目の前で見てもそれほど勢いがあるように見えなかったので温泉やプールなどにあるものと同じ感じなのかと思っていましたが、いざ滝を受けてみるとビックリしました。修行に来る前に天光寺さんのホームページにある感想文を読んだ時にこんな風に感じるなんて大げさだなと思っていたのですが見るのと感じるのではこんなに違うのかと感じ改めて自然の偉大さを思い知らされました。滝行で、心だけでなく体の疲れそして、先入観というものを失くしてくれました。

    今回体験修行を受けてみて、心が癒されるのを感じました。こうして、パソコンやビルなどの人間が作り出したものに囲まれていると自然というものを目の当たりにしたときにいかに自分がちっぽけな存在か思い知らされます。自然に囲まれているだけでなんだかパワーをもらったかのようにいつも以上に体が動かせるような気になりました。

    これから、新しい就職先を見つけるなど色々やることがあるのですが、頑張れそうです。

    ありがとうございました。

    前回一度滝行を受けさせて頂くために天光寺さんに訪れたことがあるのですが今回は、写経写仏を受けさせて頂くために訪れました。

    前回の修行後は、メリハリがつきすべてのことが順調に進んでいました。

    ですが、最近多忙からか体調を崩すことが多くなってきていて心を休めるためにもまた受けたいなと思っていたのですが季節的にも滝行をやるのは辛いし、体力がないのでお百度参りをやるのもなんかなと思っていたところ写経写仏をやる修行があることを知りすぐに申し込みました。

    改めて天光寺さんを訪れてみて思ったのは自然のパワーを感じるところだなと思いました。

    前回同様受付を済ませ、まずは礼儀作法です。前回受けているので大まかな流れは分かっていたのでスムーズに出来ました。

    次はいよいよ本題の写仏写経です。前回の修行の時にも体験したのですがその時に一番楽しかったのは写仏写経でした。元々、幼い時に習字を習っていたので筆を使うのは得意だったのでうまくできてうれしかったのも今回受けようと思った理由の一つです。前回の修行の時から筆を使って書く機会はなかったので久しぶりに筆を持ったので上手く出来るか不安だったのですが自分的には満足のいく出来で良かったです。筆で字を書いていると心がとても落ち着きます。日々の疲れを忘れて目の前の文字だけに集中できるからかも知れません。後半のほうになってくると、頭で考えずとも手が勝手に動くようになり集中力が極限まで高まっているような気がしました。自分でも集中力は高いとは思っていましたがここまで集中できるとは思っていませんでした。多分環境も大きく関係していると思います。自分が思っているよりも早く終了の時間が来てしまいました。あっという間でした。

    終わった後は、疲れ切った心はいつもどころかいつも以上に元気になっていました。

    また、来ようと思えるいい時間でした。

    一泊二日の体験修行を初めて体験させていただきました。台風接近中という生憎の悪天候でしたがお百度参りも滝行も無事執り行われました。

    滝行前に、般若心境を唱えていた時は、あんなに声が出なかったのに、滝に打たれたら自分でも驚くほどよく声が出ていました。滝の迫力に負けじと感じたのでしょうか。次は写経と写仏ですが写経は何度かしたことがありますが小学生以来の毛筆には苦労しました。終盤になってやっと力加減や筆遣いがわかってきた始末です。

    写仏は初めてでしたが元々絵が好きなので正直写経より集中していたようです。最近何かと雑にすることが多くなってきたので自宅で続けてみようと思います。二日間という短い期間でしたので今抱えているすべての悩みやストレスがきれいさっぱり解消するとはいかないまでも、解消に向けて一歩踏み出したように思います。なんだか力が沸いてきました。どうもありがとうございました。それから御食事もとても美味しかったです。ごちそうさまでした。

    マンネリ化した日々をどうにか脱却したいと思い、最近話題の滝行に挑戦してみることにしました。いざ滝を目の前にすると大きな音や水しぶきで怖くなってしまい、足が震えました。大迫力の滝に向かっていくのは正直怖かったけど、自分を変えるという意味でもやってやろうと決意できました。水圧がすごくて、飛ばされそうになりながらでしたが、なんとかやりきることができました。終わった後は、スッキリしてとても気持ちが晴れやかでした。身体についていた余計なものが流れていったような軽さに驚きました。たまにやって、身体をリセットしたいと思います。

     

    最近は瞑想も人気だと知って、天光寺でもやっているとのことだったので体験してみることにしました。滝行とはまた雰囲気の違った修行で、静かに、指導されるがまま…といった印象です。エネルギーが体の中をめぐっていくような感覚と、内から何かが出てくるような感覚がありました。慣れるともっといろんなものを感じられるようなので、また修行に来たり、普段からも瞑想の時間を設けようと思いました。

    最初は、週末を利用して母と二人で高尾山に登る予定でした。

    そのついでにまわれるところや、美味しいものをネットで探していたところ、天光寺さんの体験修行を見つけて、少しためらい気味の母を説得して急遽予定変更で天光寺さんの体験修行にお邪魔しました。

    私は昔からパワースポットが大好きで、色々なお寺巡りをしてきましたが、檜原村にこんな素敵なお寺があったなんて驚きでした。

    そして体験修行の内容というのがこれまたすごく女性向きと言いますか、ヨガもあり、お寺の精進料理を頂けて、お百度参り、滝行ととても大満足な内容でした。

    今までもヨガはやったことがありましたが、お寺で、しかも禅ヨガという身を清めてから行うヨガは初めてで、とても神聖な気持ちになりました。

    精進料理は前にも別のところで食べたことがあったのですが、基本的にいつも肉や魚を食べている私にとってはあっさりし過ぎていて物足りなかったので、今回もあまり期待していませんでしたが、ここの精進料理はとても精進料理と思えないような内容で味付けにもこだわっているのかとても美味しくいただきました。季節によっての地元野菜などを使っているとのことで、また違う季節の精進料理を食べてみたいと思いました。

    そして、母がためらっていた滝行ですが・・・これが思っていた以上の大迫力でやる気満々だった私でさえ躊躇ってしまいました。しかし、ここまで来たからにはと意を決して滝に挑みましたが、水圧で飛ばされそうになる勢いでビックリしました。しかし本当に身が清められたというか、身体の中すべてが洗い流されたというか、ただただスッキリの一言につきます。

    母も「やってよかったー!すごく気持ちいい!」と私以上に大満足でした。

    そして、天光寺さんのお風呂に入らせてもらい、護摩祈願もしていただけましたし、最高に充実した週末を親子で過ごすことができました。

    このほかにも色々な体験プランがあるみたいですので、今度は父も連れて泊りの修行を体験したいなと思っております。

    貴重な体験をさせていただきありがとうございました。また行かせてもらいますので、宜しくお願いします!

     

     

    この度体験修行でお世話になりました。

    天光寺での企業研修というのに興味があり、年明けに企業研修をお願いしようと思っておりますので、今回は下見を兼ねてまずは私自身が体験しなければと思い修行させていただきました。

    体験の内容はとても濃く、非常に良いものばかりでした。その中でも一番良いと思ったのは、挨拶の作法からの、腹式呼吸、発声法というのが、まさしく私が一番求めていたもので、今の新人社員に足りないものはそれだと実感しました。

    やはり、腹の底から出す声で、しっかりとした挨拶が出来ないと何も始まらないので、実によい修行だと思いました。

    お百度参り、川行、滝行も思っていたよりもずっと厳しいもので、今の若いものたちがどれだけ耐えられるかが見ものです。しかし、終わった後の爽快感や、達成感はとても素晴らしいもので、大げさに言ってしまえば新しく生まれ変わると言いますか…一皮むけた感じになり、かなりのものを得ることができました。

    これを企業研修で仲間と共に達成出来たら、団結力も身につくのではないか?と思いました。

    写経・写仏では、やはりまず最近長い時間正座をすることが無いですので、まずはその苦痛に耐えながら、一つのことに集中するという忍耐力が身につきます。どうしても足がしびれると思ってしまうと、雑念からか字も歪んでいってしまいますので、自分との戦いですね。これになれることができたら、かなりの集中力が身につくと思いました。

    そして瞑想ですが、最近巷でも瞑想が流行っていまして、私もすごく興味があったものだったので、瞑想も修行内容に入っていてすごく嬉しかったです。

    自分が想像していた瞑想とは違って、指導されるがまま行ってみると、スーと入っていくのが分かり、肺と全身に血流を送り出していくのが分かりました。エネルギーの広がりを感じ、意識の奥深いところから響いてくるもの、自分の内側から出てくる様々なものを感じることは出来ましたが、私もまだまだ初心者ですので、もっと瞑想をマスターしたいと思いました。でも本当に噂通り、瞑想は実の良いものだと改めて思いました。

    弊社でも、始業の前の5分間でも瞑想を行うように出来たらと考えております。

    そして最後にご住職の法話では実に良いお話をしてくださいました。私の他に修行に来ていた方も、涙を出せれてお話を聞いておりました。

    天光寺にはさまざまな悩みを抱えた方が修行に来られると思いますが、あのようにご住職が温かい目で温かいお話をしてくださると修行を行う意味、生きる意味、何事にも感謝をする意味が本当によくわかりました。

    今回の修行体験で、私自身もものの考え方が変わりました。本当に素晴らしいお寺であると思いました。

    年明け早々に企業研修をお願いして、社員一同気持ちを新たに、ますますいい会社になっていけるよう精進したいと思います。

    ありがとうございました。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします。

    新人研修のようなもので今回ここ天光寺に連れてきて頂いたわけだが、僕自身、今の今までの全くと言っていいほどお寺とか、神社とか、宗教とかに興味を持ったことが無かったので、そんな人でも果たして大丈夫なのだろうかと思っていた。事前に送っていただいた天光寺のホームページを見てみるとなるほど、会社や企業の新人研修および、今後の社会へ出て戦っていく若者たちの度胸付けのようなもの(プラン)があることを知り、こういうものとしてお寺に入ることも出来るのだなあとここで初めて知った。

    ならば自分は「この与えられた2泊3日をどれだけ意識的に取り組めるかだ」と言う気持ちで過ごすことを決めた。初日。

    なれない正座にすぐしびれが来たが、勝手に体制を崩すようなことはしなかった。

    お百度参りも真剣にやり、滝行も限界の限界まで滝に打たれた。そうした帰りの下山の気持ちは晴々でなによりちゃんとやれた自分にほっとした。

    半強制的に始まったとは言え、こんな気持ちにさせていただいた会社やお寺の環境に自然と感謝した。ところが二日目。初日ではやらなかった掃除や瞑想までは良かったのだがお百度参りと滝行はあまり気が乗らなかった。一回目で気合を使いすぎてしまったのだ。それでもとりあえず両方とも行った。そしてやるからには真剣に走ったし、限界まで滝に打たれた。ただ、その後の達成感はあまり無く、「自分は1回やれたことは2回目もなんなくやれる人だな。」と自分のことを分析した。

    そんなことを思っていたらふと「3回目もどうせやれる力はあるのだから最終日はやらなくてもいいのでは?」という感情が芽生えた。寺に帰ると、部長の高尾さんに「明日は社長さんと滝行やられますか?」と聞かれたので「やらなくてもいいならやらないでいいです(笑)」

    と答えた。「変われていない」と思った。多分、もともと2日連続でお百度参りと滝行をやるくらいの度胸は持っていて、自分はそれで十分だと自分の成長を自分で止めてしまっていたことに気付いた。すると、明日もお百度参りと滝行をやる意味が見えた。自分の感情だけで自分のことを決めないことだ。2回できたことは3回できる。わかっていてやろうとしなかった自分を成長させるチャンスを頂けたことに苦しいけど感謝して、しっかりやり遂げたいと思う。生意気言ってすみませんでした。

    25歳になり、生まれて初めて修行と宿坊体験をして、短い期間ではありましたが、なんだか生まれ変わったように心と身が軽く、清められた気分になりました。最初はとてもドキドキしながら来ました。五日市自体訪れるのは初めてで、そこからまた長くバスで揺られて辿り着いたのが天光寺、イメージしていた感じの静かな佇まいで身が引き締まる感じでした。中に入り、所作やあいさつ、いろいろと学び食事や行動を共にしていく内に、同じ体験の方と交流でき仲良くなれてお坊様とも会話がリラックスして楽しく出来るようになり色々なお話を聴けたのが嬉しかったです。メインの滝行は、私の持病から少し緩やかにしていただきましたが無事体験できて本当に良かったです。滝に打たれるなんて滅多に出来はしないのでとても貴重で人生の良い思い出になりました。友人や家族にも話、興味を持ってくれたら今度は誰かを連れてまた来てみたいなと思います。もう夏ではないので水は冷たくて勇気が入り、頭から受けると骨折してしまう危険もあると聞いた時は帰りたくもなり、正直、山登りの時点からきつくて運動やハイキングをあまりしたことがない私はギブアップしたい気にもなりました。けれど、いざやりきるとスッキリし達成感があり2日目もやる気になりました。残念ながら体調が優れず写仏をしながら待っていましたが、五体の仏様を写すことができ、こちらもまたかなり達成感を得られ、集中力が磨かれたと思います。集中力はわりとあるほうなのですが、趣味で競技カルタをしているため更なる集中力をみにつけなくてはならなくて、その目的も理由の一つとしてきました。本格的に活動をしていて、全日協の所属会を通じて正月には武道館の大会に出場したり、連覇をかけた和装試合等も毎年あり、来月も控えています。同じ真言宗のお寺でも以前カルタイベントや貸し切り試合でよくお世話になっていました。真言宗とはそこからもご縁があったのではと思います。

    我が家は、先祖から代々、天台宗の檀家でそのお寺のご住職は幼稚園も経営されていて、私はそこに通っていました。幼いころ、私は今よりずっと病弱で通うことが本当にできず、友達も少ない大人しい子でした。けれど、その和尚様が先生であり友達でもあり遊んでくれたり、友人との輪を広げて機会も設けてくれたり私に大切なことを教えてくれました。

    人生の糸が強く太く、カラフルに結ばれた感じに思えました。それからも、私は短大に入学するまではずっと休みがちの学生生活でしたが、友人は多くなり、沢山の人に支えられてきました。大学、社会人になってようやく体力がつき治療も経過観察だけになり自由に何かを忘れたように出来るようになりました。思い立ったらすぐ行動で今までの反動からか大分アクティブになりました。その分家族はよく心配させてしまい申し訳ないのですがたまにうっとうしくなり仕事で疲れ持病から人より疲れ方やエネルギー消費が酷いので誰が悪いわけでもないのにあたってしまいがちになったり、自分の経験から病院の仕事に就いたので、時間に追われる内容ばかりでせかせかしてしまったり家でもろくに話をせず生返事、聞かれても答えずにさっさと支度をして家を出ることが多くなりがちでした。何のせいでもなく私の心の持ち方だと分かったのですが、ここでは、時間で動くけれど、あまり時計がないため、解放感と共に少し心配もありました。携帯も同じです。便利だけれど、時には面倒。連絡を溜め込むと返すのが大変になり相手もいることですから一つの人間関係手の中に納まるネットワークです。しかし、預けたことにより、ないなりには過ごせましたが、やはり物足りなさがあり、依存気味だったのだと分かりました。明日からは、いつもいじるばかりではなく家族とも話、いじるときは有難く使い、優しい気持ちにで、またコミュニティーを再開しようと思います。それから、時間を大切に、でき自分の心のゆとりとコントロールも忘れずに、いつどんな時も、と思います。家族だからこそ何でも言ってしまうことがありますが、この体験に来てから私には珍しく家族がちょっと恋しくなりました。全く連絡も取らないのは初めてだからかもしれません。ホームシックなんて子供の頃からなく柄でもなく

    どこかへ出かけたり宿泊をしてもこんな気分にはなりませんでした。私は、いつも頼ってばかいで甘やかされてワガママだったかもしれません。感謝と反省の気持ちです。帰ったら口できちんと沢山話したい。伝えたいことが改めてあります。仕事も引き続き好きで選び多分今が板につき一番楽しいので気を抜かずやっていこうと胸躍る気持ちになりました。生と死の現場、目まぐるしいですが。そして、私の病は父からの遺伝で完治はないですがまだ救われている点がたくさんあります。仏教を改めて学ぶきっかけは、かるた繋がりの他に、幼稚園の先生と父のがんが重なり切ない気持ちになり、ふと友人から誘われた寺カフェに行き、そこから癒され、更に求めイベントや色々なものに参加し、修行と宿坊もしてみたくなりました。一発でこちらが検索したら目に飛び込み、巡り巡って本当に縁を感じました。来れてよかったです。ありがとうございました。

    今回、仕事の部署移動などの関係もあって連休が取りやすい環境になった事もあり二泊三日の体験修行に申し込みました。

    瞑想などの自分で出来ることは以前から自宅や仕事中などでも行っていたのですが、滝行などはなかなか日常生活の中では機会にめぐまれなかったので、とても貴重な体験となりました。十月という時期は、まだそれほど気温も低くないのですが、滝つぼの水はとても冷たく感じ、頭から滝を浴びると一瞬で出たくなるほど、とても冷たかったです。

    しかし十秒ほど耐えると冷たさもマヒして、むしろ気持ちよく数分間入っていることができました。とても貴重な体験をありがとうございました。滝行の他にも、読経や写経、写仏などなかなか普段は持続できない長い時間集中力を要するもので、正直疲れもしましたが心地よい疲れで達成感も得られました。

    私がこういった精神世界などに興味を持ったきっかけは若いころに体験した幽体離脱です。

    あまり人に言っても信じてもらえる内容ではなかったので今までも語ってはこなかったのですが、とても神秘的な体験で何度か再現させて楽しんでいました。

    私のやり方では寝ているときに瞑想してトランス状態に持って行くのですが、年を重ねる中で、仕事や家庭など忙しくもなりなかなか成功しなくなってきました。

    瞑想のこつなどを取り戻す、いいきっかけになればと思って今回参加させていただき、今後に生かせる良い体験ができたと思っています。

    今回途中で体調を崩して二日で帰ることになってしまいましたが、また機会があったら今度は妻でも連れてもう一度参加させていただきたいと思います。ありがとうございました。

    私は四泊五日間、とても短い時間であっという間だったと感じました。

    一日目、初めてこのお寺に来た時、とても緊張しました。

    正座はとても足がしびれて疲れました。けれども様々なお経が知れて良かったです。

    お百度参りはかなり疲れたけど、終わった後には達成感がありとてもいい経験になりました。

    滝行は、最初とても水が冷たかったけど後からだんだん温かくなってきて慣れました。

    とてもいい経験になりました。

    寝る時には、年下の子とたくさんお話をして、とても盛り上がって楽しかったです。

    二日目は、仏様にお供えしました。とても片付けが大変だったです。

    朝起きた時後の掃除は、普段あまり朝早く起きないのでとても気持ち良かったです。

    食事は、朝昼晩精進料理で、バランスよく食べられたと思います。

    私はこの四泊五日でとてもいい経験ができ、いい思い出が出来たと思います。

    またこのお寺に来たいと思いました。

    私は、短気で売られたケンカはすぐに買ってしまうところがあります。

    そんな自分が嫌いなはずなのにやめられなかったです。

    ここへ来た目的は、自分では気づかないところにありました。それは、自分の嫌いなところを自覚する・・・というものです。

    今回の修行で、私は自分がとてもワガママで、ただの甘ったれちゃんであることに嫌でも気づかされました。

    挨拶の声の小ささや、お行儀の悪さ、さらには、何をするにも「面倒くさい。」という気持ちがつきまとっていました。

    しかし、朝の掃除をしているときに、自分が汗を流して一生懸命やっていることに気付き、すごく驚いたし、嬉しかったです。

    知らず知らずのうちに、楽しくなっていました。

    何事にも積極的に行動するというのは、こういうふうに、面倒くさい事でもやれば楽しくなるとかもしれないし、自分の新たな発見が得られるチャンスなのだと感じました。

    私はここで得ることができた1つ1つの学びを大切に持ち帰り、日常で参考にしながら、生活をしたいと思います。

    失礼なことをたくさんしたと思います。

    本当にごめんなさい。

    次回はもっと人のために行動する志を持って参りますので、ご縁があったらまたよろしくお願いいたします。

    ありがとうございました。

    今回初めて寺で修行体験で、緊張しましたが、普段生活していく中で、携帯を扱うことが多い中、預けたおかげで参加者との交流が出来ることがとてもうれしく思いました。

    写経をすることで集中力を得ることが確立できました。

    小さな文字を小筆で書くことで、ゆっくりと時間を費やして書くことができました。帰宅後も新聞や書道をすることで、「無」の時間を増やしていきたいと思いました。

    「病気平癒」という四字熟語を選んだのは、今年は、身近にいる人が素直になっていない人が多くストレスを感じていました。

    家で、食欲を失い、ペットに慰めてもらい、家族に感謝する年でした。

    お百度参りでは、体力がないことに気付き、大声を出すことがないので自宅ではご近所迷惑になるので、カラオケで出していくことを誓います。

    滝行をした際に、「日本語分からないの?」と言われたことにより、漢字検定と読書をすることに決めたいと思います。

    自分だけで生きていけないということが分かりました。皆と協力して生活することで楽しむことが出来ました。

    私は四泊五日間、とても短い時間であっという間だったと感じました。

    一日目、初めてこのお寺に来た時、とても緊張しました。

    正座はとても足がしびれて疲れました。けれども様々なお経が知れて良かったです。

    お百度参りはかなり疲れたけど、終わった後には達成感がありとてもいい経験になりました。

    滝行は、最初とても水が冷たかったけど後からだんだん温かくなってきて慣れました。

    とてもいい経験になりました。

    寝る時には、年下の子とたくさんお話をして、とても盛り上がって楽しかったです。

    二日目は、仏様にお供えしました。とても片付けが大変だったです。

    朝起きた時後の掃除は、普段あまり朝早く起きないのでとても気持ち良かったです。

    食事は、朝昼晩精進料理で、バランスよく食べられたと思います。

    私はこの四泊五日でとてもいい経験ができ、いい思い出が出来たと思います。

    またこのお寺に来たいと思いました。

     

    今回初めて天光寺さんにて、2泊3日の修行をさせていただきました。

    普段は長時間正座をすることもないので、久しぶりに辛い思いをしました。

    御宝号を初めて習いました。この8文字の力は素晴らしいと思います。

    何度も繰り返していると、自然と身体の力が抜けて心安らかになります。

    「南無大師遍照金剛」と唱えながらの滝行では、水と一つになろうと頑張るのをやめた時、つまり思考がストップした時に、これまた力が抜けて身を任せることでうまくいきました。

    読経、写経、写仏もいい経験となりました。

    日頃、仕事で集中するのとは違い、人里離れた大自然の中、自分と向き合う形で一つ一つを丁寧にこなしていくことで、色んなものを浄化できたように思います。

    大変お世話になりました。

    感謝致します。

    私は今回夏休みを利用して天光寺の滝行に参加しました。

    私が滝行に来た理由は、受験に打ち勝つためです。

    よく、夏を制すものは受験を制すと言いますが、そうなるように、まず夏期講習が始まる前に滝行に来ました。

    私にはどうしても入りたい高校があり、そのためには死に物狂いになって勉強しなければいけないので、気合を入れるために滝行をしました。

    まず、般若心経を唱えることですごく集中力が高まったと思います。

    もしこれから、集中力がなくなった時には、一度心を落ち着かせて般若心経を唱えてみたいと思います。

    お百度参りは、私は運動が苦手なので結構きつかったです。でも、繰り返し最後までやり遂げるということに意味があるんだなということがわかりました。

    滝行は、最初に、一緒に滝に行った大人の人が入ったのですが、それを見る限り、楽にできそうな気がしましたが、全然そうではなくて、水の冷たさに息ができなくて腰が抜けそうになりました。

    何度も出たくなりましたが、それではここに来た意味がないと思い耐えました。

    水圧も強く、何度も倒れそうになりましたが、その肩にあたる水圧こそが、気合を注入してもらってるように思いました。

    どれもすごくいい経験でした。

    気持ちがスッキリして、いろいろ頑張れる気がします。これから嫌なこともいっぱいあるかもしれないけど、この修行を思い出して打ち勝っていきたいと思います。

    受験合格したら、また来ます。

    今回、会社の年間行事に「修行」とだけ書かれており、初めてのことですし、緊張と不安でドキドキしていましたが、皆様のおかげで修行に集中することができました。ありがとうございました。

     

    “お寺”自体は、幼稚園がお寺だったこともあって、少し懐かしい気持ちもありました。

    お百度参りは、写真で見るより過酷な環境で、正直なところ始まる前まで「辛そうだ・・・」と言う意識でいっぱいだったのですが、いざ始めてみると不思議と辛くなかったです。

    とは言え、辛かったのですが、この修行の目的、意味を考えると耐えることができました。

    後半、足の裏が痛みましたが、頑張って走り、大きな声で唱え、伝わるように、伝わるようにと思いを込めました。

    外に出た時曇っていたのに、始めの挨拶をした直後に晴れたことが「みて下さっている!」といる気がして感動しました。

     

    滝行は、水の冷たさに息が出来ず、御宝号も口に出てこず、一瞬どうしようと思いました。

    しかし、滝にあたり続けると逆に落ち着いた気持ちになり、気付いたら五分経過していました。

    滝の流れはこんなにも激しいのに、滝つぼの水は優しく、途中暖かさを感じた気がします。

    終わってから、気持ちの変化が顔にも出ていたようで、周りからも言われました。

    確かに滝行前と後では、世界が百八十度変わったような(言いすぎでしょうか?)何とも言えない清々しさと、これからの日々を力強く生きていけそうなパワーをもらいました。

    時間があれば、二日目もまた入りたかったです。今度はどんな気持ちになるのか・・・。

     

    写経。これはとても良い経験でした。一文字一文字に集中し、ゆっくりと時が流れていく感覚です。書いている間、不思議と何も考えずに、まさに無でした。

    最後に仰っていた「魂がこもっている」と言うのは、こういうことかと納得でした。

     

    ご住職様のお話では、明日より生きる力をもらいました。と、同時に、色々な意味で「良い人」になろうと思いました。

    忙しい、忙しいと毎日駆け回って周りが見えていなかったなと思います。

    人を思いやり、穏やかな心で過ごしていきたいと思いました。

    そしてご住職様のように、優しくも厳しくもある(更に、お料理が上手い)そんな人間になります。

    神様も見ていてくれるのでしょうか?

     

    二日目、スッキリと目が覚めました。

    瞑想をしていると、何も意識していないのにサーカスのようなにぎやかな人々がたくさんいるような絵が頭に浮かび、それが段々と真っ白な絵に変わっていき、最後にはガラスのような澄んだ無色の絵になり、とても落ち着いた気分になりました。とても不思議でした。

    そして特別に読経もさせて下さりありがとうございました。

     

    二日間、お世話になりました。きっと一泊二日では入門中の入門なのでしょうけれど、とても貴重な二日間でした。

    また来ます。ありがとうございました。

    この二日間、これまでに経験したことのない修行生活を送り、昨日の自分よりも少し成長したように感じる。

    特に印象に残ったことが二つある。

     

    一つ目は、お百度参りだ。声の大きさと歩く速さが神様への敬意、気持ちの強さを表すとのことであったため、自分なりに全力で行った。

    何度かお参りするうちに、頭の中にあった雑念が消えていくように感じた。

    その中で、今自分が何を願い、何を必要としているかがはっきりとしてきたため、きっと願いは叶うのではと思われる。

    また、私が趣味で行うマラソンにおいて、長時間一つの物事に集中して取り組むという部分で共通点があると思った。

    今後、一回のマラソンごとに目標を決め、それに向け集中して取り組むことで今まで以上の結果を出していきたい。

     

    二つ目は、滝行だ。身を清め、無心で滝に打たれることで、日常で抱えていた雑念が消え去ったように感じた。

    滝に入った瞬間は冷たいと感じていた水も、時間の経過と共に清々しく思えた。

    何事も慣れが重要になってくるのだろう。

    日々の生活の中で少々辛いと思うことがあっても、今後は踏ん張ることで乗り越えていきたいと思う。

     

    以上のことから、日々精進して生きることが大切だと気付かされた二日間だった。

    しかしながら、私のような凡人は時々怠けてしまうこともあるため、俗世があっていると言える。

     

    太陽の光や山の緑、川を流れる水など、天から与えられたものに感謝しながら、私は自分の生き方を探し続けたい。

    正座は修行を行う上で欠かせない座り方であるが、なぜあの座り方なのか。

    空海様は、幼少のころから神童と呼ばれていたと教えていただいたが、どの分野(漢文、数学、理科)において優秀だったのか。

    修行を続けるとどうなるのか?など、疑問に思うことが多々あり、今後本を読むなどして勉強しようと思った。

    東京にもこんなにも自然豊かで、川や緑がキレイな場所があることを知れた点、お百度参りを体験できた点、滝行を体験できた点、写経を体験できた点、里芋の根っこを使用したおかずとスープが美味しかった点、友達の良いところ、尊敬できるところを再確認できた点、以上六つの点が今回、この二日間の体験に参加して良かった点である。

    今回二日間の体験を通して、何事も体験、経験してどのようなものなのか知ることが大切だと改めて実感した。

    これからも多くのことに挑戦して、自分が好きなことやモノをたくさん見つけたいと思った。

    感想文

     

    埼玉県川口市より参りました。

    この度七月十四~十五日)は一泊二日の修行ということで大変お世話になりましてありがとうございました。当初は会社行事として私が企画し、従業員全員(約三十五名)でお邪魔させていただく予定でしたが、仕事(現場多数のため)にてほとんどの従業員が不参加となってしまい、泣く泣く仕事の軽めでした三名のみ先発隊ということで参加させていただくことになりました。

    ここから先は会社としてではなく、私個人の感想として書かせていただきます。

    今回体験させていただきました修行の内容としましては、お百度参り、滝行、写経、写仏、座禅、瞑想とそれほど多く体験できたわけではありませんが、普段どれだけ忍耐やがまんすることから避けた人生を送っているか?どれだけ集中することを怠っているのか?改めて感じざるを得ませんでした。

    一泊二日では、日常のだらしない生活から離れて、少し辛い思いをしただけで、その辛さ…忍耐や苦業の先にあるものまではもちろんながら身に付けたり、体験することができませんでしたので、次回時間が許す限り長く、可能であれば二週間~一ヶ月連泊でお邪魔させていただき、その先のある”何か“を体験、体得したいです。

    それを体得出来た時にこそ、人間として、自分自身が本当に変われるときなのかなと感じております。

    次回以降は、また別の従業員を連れてお邪魔致しますが、修行もそうなのですが、まずは何でも人にやってもらうような生活をしている人間たちに、何でも自分でやること、その中で相手を思いやり行動すること、自分がどれだけ恵まれた生活を送っているのかを宿泊、修行の中で学ばせたいです。

     

    この度は二日間という短い時間でしたが、誠にありがとうございました。また伺える日を楽しみにするとともに、明日からの生活にこの二日間で学んだ事を活かします。

    私は大学入学と共に上京し、勉強、サークル活動、バイトなどで、なんとなく多忙な毎日を送っていました。さらに3年生になると就活が始まり、目まぐるしい日々になり、「あれ、私このままでいいのかな?」と漠然とした焦りや、不安に襲われるようになりました。

    そんな中、ふと雑誌で目にした”滝行“…。その二文字にビビっときて、友人を誘って天光寺さんで半日滝修行をさせていただくことにしました。

     

    ただ最初は何となく、滝に打たれたら、身も心も洗われてなにか変われるんじゃないかという気持ちでしたが、私たちの想像を超える体験をさせてもらいました。

     

    まず白装束の行衣に着替え、基本の指導を受けて、その後にお百度参りをしました。

    熱いコンクリートの上をとにかく走り、途中何度も辛い!熱い!足が痛い!と思いましたが、不思議とやめたいとは思いませんでした。

     

    その後、滝までのかなか険しい山道を歩き、滝行に向かいます。いよいよか…と段々不安が募ってきましたが、滝を見た時のド迫力は凄かったです。

    滝に入る前に、桶で水をかぶりましたがそれだけで、息が止まりそうなぐらい冷たくて・・・

    ついに滝の真下に入った時には、もう、冷たいより痛い!

    とにかくすべての煩悩を流してください!と心の中で強く思いながら、「南無大師遍照金剛」と唱えるのに必死でした。

    不思議と体が冷たさに慣れてきているのか、それとも新たな境地に立つことが出来たのか?体の力がふっと抜けたような、心がまっさらになったような感覚にとらわれました。

    本当に身も心もスッキリ!というのはこういうことを言うんだと改めて思いました。

     

    友人と一緒ということもあり、最初は少し安易な気持ちで臨みましたが、この修行を終えた後の達成感は言い表しようがないです。

     

    すごく自信がつきましたし前向きな気持ちになれました。私のような悩める学生さんにも本当にお勧めしたいです。

     

    また社会人になり、困難に遭遇した時は是非お世話になりたいと思います。

    ありがとうございました。

    私は、自分を見つめなおし、迷いを振り払うために天光寺に来ました。一泊で様々な修行を通して自分をゆっくり見つめ直すことが出来ました。

    普段の日常生活では、時間に追われる毎日で自宅に帰っても、やることを終えたころには夜も遅く疲れて寝てしまうという毎日でしたが、静かな森に囲まれた自然あふれる環境の中で時を気にすることなく、ゆっくりと写経や瞑想をしたりすることで冷静に物事を考えられる時間が取れてとても良かったと思いました。

    自分のことで精一杯になると親や周りにいる人々への感謝の気持ちを忘れがちになってしまっていたので、改めて感謝の気持ちがあふれてきました。

    また、滝行もとても気持ち良かったです。滝行前のお百度参りでは、灼熱のコンクリートに素足で立っていると、足が火傷しそうで痛かったですが、全速力で無心で走ることで痛みが和らぎ、なんとか成し遂げることが出来ました。

    その後に行った滝行は、素足で歩くのがとても辛かったですが、冷たい水に入り無心でお経を唱えて滝に打たれてみると、最初は冷たくてダメかもしれないと思いましたが、すぐに慣れあっという間に時間が過ぎてしまいました。

    滝行の後は、心も身体もすっきりして気持ちよく過ごす事が出来ました。

    悪いものが流されような気持ちになり、終わった後には「またやってみたいな」という気持ちにすらなりました。

    寝る前に聞いたご住職のお話もとても勉強になりました。

    人は何のために生まれてきたのかや、人への感謝の気持ち、チャンスをものにするための心構えや、色々な苦についての話や仏教についての話など、沢山学ばせていただきました。

    お食事も思っていたよりもたくさんの品数で味付けもよく美味しく頂きました。

    朝食のおかゆは塩が丁度良くきいていてとても美味しかったです。

    今回は十歳の子供とお世話になりましたが、機会があったらまた利用したいと思います。

    今回はどうも有難うございました。

    僕はママに誘われてついてきたのですが、お百度参りと(滝行・川行・水行)に行って心を入れ替えて励んだり、長文のお経を覚えたり、ある日は「南無大師遍照金剛」と滝行の時にいっぱい言いました。

    修行はとても厳しく辛くて、でも楽しいこともあって、たまたま泊まっていた中学一年生のお兄さんと遊んだり、寝る時に話したり、一日一日がこれを機にこれから楽しむときと、頑張るときを区別して、次の日、一ヶ月後もいっぱい頑張りたいです。

    修行をして大切なことや、やらなきゃいけないことなど色々なことを教えてもらって、神様への言葉や態度、物を戻すとかいろいろされて、神様はどんな人なのか、どんなことをしたのか、どんなことを考えていたのかを考えて、いろんなことを勉強しました。

    この気持ちを忘れず、これから生活に励んで、より楽しく、より大切にしていきたいです。

    法話を聞いて思ったことは、神様と神様が対とうしているというのが瞑想で見えた仏教の話や、人が生まれてからどうするのか、なぜ神様がいるのか、宇宙の話などいろいろな話のなかで言いたいことがはいっていてすごいと思いました。

    とても面白かったです。

    私は30代後半の女性です。滝行に参加しようと思ったきっかけは、職場の人間関係に悩んだからです。人と接するのが怖くなり、人の顔もまともに見ることが出来なくなったことで、このままではマズい、もっと強くならなければと思い、己と向き合い強靭な精神を養うために天光寺さんでの滝行に参加させてもらいました。

    今は若い子たちの中でも人気なようですが、私にとっては藁にも縋る思いで臨みました。

    滝を目の当たりにしたときは、思っていたよりも迫力がすごく、周りの空気も一気にひんやりとし、とても神秘的で後光がさしているように見えました。

    その時点で私には何の迷いもなく、自ら滝に進んで入ることが出来ました。

    きっとこの滝が私を変えてくれる!と思い、冷たい、痛いなどと感じることは不思議となかったです。無心になり、滝に打たれながら「南無太師遍照金剛」と唱えていたら、この滝が今までの私の悩みをすべて流してくれたのではないかと思うぐらい、気持ちが軽くなりました。

    終わった後のすっきりさ、まっさらな晴れ晴れとした気持ちは本当に生まれて初めてでした。

    悪霊を取っていただいたわけでもないのに、滝行だけで人ってこんなに変われるんだなと思いました。私のように人間関係で悩んでる人とか、なにかうまくいかないとか、気持ちを切り替えたい人は是非体験してほしいと思います。これ体験した人しかわからない素晴らしさがあると思うし、絶対にやってよかったと思うと思います。

    私をもう一度やり直すきっかけをくれてありがとうございました。

    私が今回体験修行に参加した理由は、友人からの誘いでした。

    この頃、疲れが溜まってきて些細なミスが増えてきていたのでリフレッシュにちょうどいいと思い申し込みました。

    お百度参りという走りながらお経を唱えるということを108回行う修行では、私はもともと運動が出来る方ではなく普段もどちらかというとインドア派なのでとても疲れました。

    終わった後はすごい汗をかいていました。なんだか汗で身体の悪い成分が抜けていくような感じがしました。

    その後の滝行は、想像を超える辛さでした。漫画などで描写されているそのままでした。

    入ると、火照っていた身体が一気に冷やされビックリしました。

    体感時間では30秒ほど入っていたつもりでしたが、5秒も入っていなかったそうです。

    死ぬかと思いましたが、爽快感を味わうことが出来ました。

    写経は、文字を書くというより絵を描くという感覚でやっていました。絵は昔から好きだったのでとても楽しかったです。あっという間に終わりました。自分でも驚くほど集中していました。周りが静かなのもあるけど、些細な音も一切聞こえないほど集中していました。

    1日体験修行は、とても充実していました。とても濃い一日であっという間でした。

    家に帰るとぐっすり眠れました。

    仕事もミスが減りうまくいくようになってきました。やはり、人間こうしてリフレッシュすべきだなと思いました。

    住職さん、スタッフの皆さん

     

    ありがとうございました。

    私は、今現在職についておらず親のすねをかじりながら生きています。

    家は比較的裕福な方で幼少のころから何不自由なく育ってきました。ですが親はとても厳しく、よい成績をとってこないと怒られていました。大学も親の望む大学には入れませんでした。そこで、親は私を見放したのか何も口を出さなくなりました。会社に入りましたが今まで親の望みをかなえようと自分のやりたいことなど考えずに生きてきたので入った会社も楽しくなくすぐにやめてしまいました。私は両親に甘えているんじゃない!と叱られました。私には姉がいます。姉は私と違って優秀でいい大学に入り自分のやりたい仕事をして毎日が楽しそうで本当に姉弟なのか不思議なぐらいです。そんな姉は、私に優しく両親に叱られ部屋で泣いていると慰めてくれました。勉強も教えてくれました。姉がいなかったら私はこの世にいないと思います。そして、その姉が結婚することが決まりました。私は、素直には喜べませんでした。姉はとても優秀なのにこんな駄目な弟がいるとわかったら姉が旦那さんに嫌われてしまうと思ったからです。

    そこで、私はまず自分の弱い精神を叩き直そうと思いインターネットで調べているとこちらのお寺にたどり着きました。

    修行はとても辛く厳しいものでした。ですが私は全力で行いました。きっとここで手を抜いたら今までと変わらないと思ったからです。

    修行が終わると私は生まれ変わったような感覚でした。

    修行をしたことで私の弱い精神は鍛えられました。ありがとうございました。

     

    三日間の修行を通して

     

    昨年の秋に今働いている会社で役職が上がりました。年内はうまく仕事を卒なくこなしていましたが、年末の多忙と労働時間が増えた事なども重なり、今年に入って、メンタル不調を起こし、会社に段々と行けない日が多くなりました。そのような生活が続いた為、会社の責任者と通院している医師から少し休んだ方が良いのではないか、ということで、自分もなるべく避けたかったのですが、話し合いの結果、1カ月の休職することになりました。

    1カ月という期間で本当に今の環境から1人になって考えたいという環境が欲しかったのと、自分の弱い部分を少しでも変えたいという思いが強くなり、何がしたい考えた時にお寺で修行しようという考えになりました。なるべくなら行くのに近い方が良いと思い、関東で探したところ、天光寺のホームページを見て、自分がしたいと思う修行内容と一致したことから、二泊三日での修行を申し込むことにしました。

    午前中に関しては、真言宗のお話と基本的なルール、作法についての教えを受け、昼食をはさんでお百度参りを行いました。早速、白い装束に着替えて説明を聞き始めました。その日は、台風の接近もあり天気は雨ですが、柱から像まで片道20メートルを裸足で往復するという修行でした。

    ほぼ全力で走る為、何往復したか記憶はありませんが終わったときは、汗をかきましたが大変すがすがしい気持ちになりました。その後すぐに車で滝に移動し、滝行を行いました。こちらでもまず同様に作法から学び、入ることになりました。滝行に関しては初の体験だったので不安でしたが入ったときは、これは見た目よりも水が強く体にあたり、きついなと思いましたが途中からうまく順応するようになりました。念仏を大きな声で出すように心の中で意識すると、水の冷たさと水の強さが気にならなくなり、何分ぐらい入っていたかは分かりませんでしたが、同じ滝行の方々に「頑張りましたねー」と声をかけられたのが印象的と思った以上に耐えられたので、少しだけでも自分に自信が持てました。その後一人になり写経、写仏を行いましたがかなり長時間の集中力をようするため、自分にとっては、長時間集中力を保つことが大変苦労しました。その後夕食をとり、DVDを見終わったときには、21時を過ぎていました。就寝は22時でしたが、疲れていたのですぐに寝ることが出来ました。

    次の日、朝6時に起床し、洗顔後清掃を行いました。1時間半程でしたが汗をかき、すがすがしい気持ちになりました。その後、朝食をとり、瞑想に入りました。そこでは、腹式呼吸を習い、自分でも驚くぐらいのでかい声をだし、読経に進みました。あっという間に昼になり前日同様お百度参り、滝行、写経、写仏をこなしましたが初日よりもこなせるようになり自分に少し自信が持てるようになりました。普段、時間と仕事に追われ生活を当たり前のように行って月日を過ぎていましたが、今回の二泊三日の修行は日数的には少ないかもしれませんが大変様々な事が学べ、自分にとって大変に勉強になり、見つめなおすいい機会を得ることができました。復職後は、こちらで学んだことを取り入れて自分をうまくコントロールできることに活用したいと思いました。

    私がこの体験修行に参加しようと思ったのは自分の人生に生きづらさを感じていたためです。私はアダルトチルドレンの傾向があり、自分の本当の感情がわからず、ありのままの自分を愛することができないと言う悩みを抱えていました。何とか自分を変えたいと思い、わらにもすがる思いで参加を決めました。まず驚いたのは思った以上に山奥にあったことです。そして体験修行ではスマートフォンなどを最初に寺に預けるのでせわしない日常から離れゆっくりと自分を見つめることができました。1日目の1番最初に挨拶、食前食後など作法を学びました。日頃当たり前のように食事をしていましたがここにきて食前にお経や感謝を述べることにより改めてそのありがたさを感じることができました。

    お百度参りでは1日目は正直余裕を持って走ることができました。しかし2日目からは前日の筋肉痛さらには足の裏の皮もはげており1日目の倍以上にきつかったです。まだ現在2日目が終わったところなので明日はもっときついと確信しています。ただ自分の限界まで走ることによって無心になれて大きな達成感を得ることができるのは間違いありません。

    そして滝行は想像以上にきつかったです。見ている方と実際に滝に打たれている側では全然違うのだと知りました。まず夏にもかかわらず水温が冷たくて滝に打たれる前、顔・肩・胸に水をかけた段階で心が折れそうになりました。それでも「自分を変えるんだ」と、自らを奮い立たせて、勢いのまま滝に入りました。容赦なく頭へ降り注ぐ、滝は「冷たい」という感覚が1番最初で、次に「痛い」という感覚になりました。そして同時に「苦しい」という感覚になりました。お経を唱えるのも、命がけというくらい息苦しく、水は遠慮なく口に入ってきました。それでも強い決意を持って臨んだので自分の限界を越えた限界まで入っていることができました。滝から出た直後は急激な寒さにおそわれましたが、同時に心は清々しく、大きな達成感を得ることができました。

    それから、この体験修行では食事は、肉魚がほぼ入っていない精進料理だったのですが、味は美味しくて、決して物足りなさを感じさせないものでした。朝はお粥なので胃腸にも優しく健康的でした。

    写経も初めて体験させていただきました。正直、筆の扱いが苦手で漢字の細かい部分がうまくいかず、イライラもしてしまいました。その後の写仏は非常に楽しく取り組めました。写経との違いは自由さだと思いました。人によってどこから書き始めるかなどそれぞれです。無心に取り組むことができました。瞑想は楽しみにしていたのですがほとんど何も説明のないまま始まりただ音楽を聴いているだけなので、正直、家でやってる方がリラックスできるし、ほとんど変わらなかったので少し残念です。読経ではそれぞれのお経にはそれぞれの意味があることを学べて良かったです。

    今現在、二日目が終わろうとしています。自分の中で何かが変わったかどうか分かりません。まだ心のどこかで「早く帰ってビールを飲みたい」などと言う気持ちがあるのが正直なところです。来る前よりは自分を受け入れることができるようになっただろうか。わかりません。

    今はっきりと変わったと分かるのは、全身の筋肉痛だけです。とは言えあと丸一日あります。体は限界に近いですが残りの時間を後悔ないように精一杯、行に取り組み、少しでも何かを得て、帰りたいと思います。

    私が体験修行、特に滝行を行おうと思った背景は、後に詳述するがそう心に決め、関東で私の行ける日程で滝行・写経・座禅等を行える寺院をインターネットで検索したところ、天光寺が最も条件に合致。インターネットでの予約を受け付けており、日程も修行に臨む者が自由に日程を決めることが可能。また開始日のみならず、修業期間も修行者が決めることができた。

    修行の内容についても相談可能。

    インターネットのフォームに入力後、1日後に返信があり返電にて予約を確定。仕事の関係上日程を迷っていたこともあり来院2日前に確定した。

     

    体験修行を行うに至った背景

    簡潔に申し上げると今年に入り離婚したことと、30歳と言う節目の年齢であったことから禊的な意味と生まれ変わり、また心新たにこの先の人生を送りたい、主体的になりたいという気持ちからでした。

    自己肯定感が低く承認欲求が強いためか誰からも好かれたいと言う気持ちがあり、強引な人やいわゆる押しが強い人に弱く、プライベートではきちんと自分で熟慮し、決断しなかったためか離婚してしまいました。自分では倫理的、真面目に過ごしているつもりでも既婚者に誘われたり、職場でセクハラに遭ったりと不本意なことが続きました。厄除け等にも行きましたが自分の心の有り様、姿勢が正しくないことが原因と思い誕生日に滝行・読経・写経・座禅ができるこちらの天光寺にお世話になることにいたしました。

     

    修行を終えて

    私は修行受けた背景はこの通りでしたが、真理とは授かる、外からもらおうとするものではなく、自分と向き合い、宇宙の真理を心得、体得するものであると感じました。その手伝いを先達の修行者や僧の方々にいただきながら行うのが修行と思いました。いかに主体的に、積極的に与えられた生を生きるか、これからより向き合っていきたいと思いました。

    まだ序の口と思うのでまた修行を経験したいと思います。ありがとうございました。

    このたびこのような体験をさせていただき誠にありがとうございます。今まで自分自身をしっかりと見つめ直すきっかけもなく、そのまま何も考えることなく人生を送ってきました。

    そんな時にふとしたきっかけで検索していて見つけたのが、天光寺さんのホームページでした。もしかしたらこういうのがきっかけとなり、今までの自分から脱皮し、新たな自分自身に気づき向き合えるのではないかと思い申し込みました。仕事でも今までずっと飲食業を行ってきましたが、色々とあり約2年ほど前から友人が経営しています。施工会社で働くことになりました。そのきっかけは以前自分の店を頼んだことがありその店がだめになり、バイトを掛け持ちしてるところを社長に声をかけていただきました。

    正直最初はたかをくくっていて多分自分なら少しの時間で仕事の内容を覚え、会社のためにてきぱき働いているつもりでしたが一向に仕事内容が覚えられずに、道具、段取り、その他色々と一度は説明していただいてるにもかかわらず次のときにはそのやり方を忘れてしまいました。そのやり方を再度聞くと言うことを数回もしてしまいました。

    そして気が付くと間違いを犯してしまい会社に迷惑をかけていたのです。今までやってきた飲食業では決してないことで、まさか自分がこんなに仕事ができなく、覚えが悪いと思いませんでした。それを自分の勉強不足、努力不足にも関わらずに、周りの人が直してくれないからと人のせいにしていたのです。コミニケーションも以前から初対面の人は苦手でしたがまさかここまでコミニケーションがとれなく仕事に影響しているのはと驚きました。

    その自分の気持ちがどんどんマイナス思考へと変化していきどうせ俺なんて何もできない。僕が何か言ってもどうせ聞いてくれないだろう。など数多くのマイナスな考えが頭から離れず、仕事が全くうまくいっていませんでした。そんな自分がこの仕事についてだめなところ、嫌なところが明確にわかってきていつも変えなきゃダメだと思ってはいて次の日から変わるぞと言う気持ちで仕事場に行ってもまた小さなミスをしてそこからすぐにマイナスな自分が出てきて悪循環な毎日でした。本当にこの会社に必要では無いのではないのかと考える始末です。

    そんな弱い自分自身を変えたく色々と考えたりインターネットで調べていくにつれ滝行などが良いのではないかと思っていたら天光寺のホームページを見て「これだ」と思いました。

     

    このようなこと、きっかけがない限り自分自身は根本から変わらないと思っていたのです。最初に滝行に行ったときは、すぐに出てきてしまい情けなかったです。それも、呼吸法など習った後に滝行に行ったら前日よりも少し長くできてとてもうれしく思いました。また、声をしっかり出さなければ伝わらないと言われ、腹から声を出していったときはなんだかスッキリとした気持ちになりました。この声出しは会社でも挨拶はするけど小さいためか周りに伝わっておらず気付かなかったなどと言われた時もあります。やはり、しっかりと周りの方々に感謝の言葉をしっかり伝えて気持ちを言葉に出すようにしたいと思いました。そして、住職の言葉にもあったように分からないことはわからないとはっきり言って、曖昧な返事はしないようにしたいと思いました。そして、できることは率先して行い、人が嫌がることを自分から率先して行える人間になりたいと思います。そして、頂いた資料の中にある「キーワードを参考にあなた自身が求める人間像」をみて1つでも多く自分自身ができるような人間になりたいと思います。そして、これからは必ずマイナスな言葉は絶対に出さないと決めました。それによって、自分が影響されてますます自分や他人の運勢を悪くしてしまうからです。今回の二日間の体験を経ていろいろなもの、考えを教えていただきました。

    この経験を生かして明日からの自分自身の人生をより良いものにしていこうと思います。頂いた資料を日々自分でも見て確認して実行して行きたいと思います。今回はこのようなすばらしい体験ありがとうございました。またなにかあったときには修行させて頂きたいと思います。皆様本当にありがとうございました。

    あいにくの雨となりましたが滝行というものに興味があったので友人に誘われて、こちらで体験させて頂きました。滝行に入るには、入る前のお百度参りやごあいさつの作法を学び般若心経を唱えたりと日常生活では体験できないものがたくさんありました。本番の滝行では6月ということもあり、緑鮮やかな山の中を登ること4分で滝行の場所に到着しそこでも滝に入る前のお清めなどたくさんのお約束事があり、それを見るだけでも身が引き締まる思いがしました。

    いざ滝に入ってみると初めは冷たい水と水の勢いで驚いてすぐに戻ってしまったのですが落ちついて入りなおしてみるととても神聖な気分になりました。初めは、立って背を岩につけ数分、そしてあぐらになり数分、一人ずつのために他の方のことも考えて早めに出てしまったのですが、滝行はとても気持ちのいいものでした。時間が許せばまたゆっくり、体験をしてみたいと思います。滝行までの案内をして下さったスタッフの方にも感謝です。

     

    仕事で上手くいかないことが続き、上司に勧められ一日修行に参加しました。修行体験をさせてもらった今思うことは、あらゆる問題を人のせいにしている自分や嫌なことから勝手に逃げている自分がいたということです。

    住職の法話のなかで「人間力」のお話を聞き、自分に今一番足りないものだと感じました。いつからかマイナス思考になり、何事も後ろ向きに考えていました。そして仕事で思うような成績や結果が出せなかった時には周りのせいにして自分を正当化し守っていたように感じます。すべては自分が傷つきたくなかったからだと気づきました。

    お寺での修行はどれも自分自身を見つめる時間になりました。自分の頑張りだけで結果が見えるお百度参りも滝行も、今の自分にはとても厳しいものでした。逃げようという気持ちを抱いてしまう自分にショックを受けました。それでもお寺の方や周りの方の姿を見て、自分だけ逃げるのは嫌だと思い最後までなんとかやり遂げることができました。

    今の自分には積極性や自分を信じる力が足りないと教えられたように感じます。

    一日という短い時間ではありましたが、自分が知らない自分に出会えたように感じとても感謝しております。とても美味しい精進料理もありがとうございました。

    今後、部下に私と同じような子が現れた時には、この修行体験を必ず勧めたいと思います。

    また自分も参加できればと思います。ありがとうございました。

     

    今回、一泊二日の体験修行に参加させていただきました。住職、お寺のスタッフの皆様、ありがとうございました。

    テレビで芸能人の方が滝行を体験されているところを拝見して、興味を持ち天光寺についてインターネットで検索しました。その際に滝行だけではなく体験修行が出来ると知り、せっかくの機会なので参加してみようと思い申し込みました。

    泊まり込みの体験修行に女一人で参加するのはとても緊張しましたが、他にも女性の方がいらしてお寺に着いてからは無駄な心配をすることなく修行に専念することができました。

    最初、様々な仏法関連のお話を聞きました。興味はあるものの知識がなかった私には難しい言葉が多く、一つ一つの単語をすべて理解することはできませんでした。もっと知識を増やしていきたいです。

    その後の精進料理は、肉や魚の無い料理を食べることが日常でないので、味気なくないのかと不安でしたが、野菜のうまみを堪能でき、とても美味しく全て戴きました。

    お百度参りは普段事務作業しかしていない私にとって、最もキツイ修行でした。他の方に付いていかなきゃと考えれば考えるほど足が重たく感じました。しかし他の方の必死な姿を見て、辛いのは自分だけじゃないと感じそこからは集中してひたすらに修行に打ち込むことが出来ました。

    その後の滝行は、お百度参りをやりきれた気持ちから強気で挑むことが出来ました。滝に打たれた瞬間はグッと体にかかる水の勢いの強さから体の力が抜けそうになりましたが、必死で立ち続けました。本当に気持ちがよく、リフレッシュできました。

    写経は、普段パソコンばかり使っていてペンを持たないことも相まって、思った以上に筆で書くことが難しかったです。それでも、一日の疲労もある中、想像以上に集中することができました。

    二日間はとても短く感じました。いつもの生活の中では体験することができないたくさん貴重なことばかりでした。今回修行を体験できたことをとても感謝しています。

    次は、友人を誘ってぜひ参加したいです。

    本当にありがとうございました。

     

    以前に大学の先輩がこちらのお寺で体験修行に参加し素敵な経験をすることが出来たと言われていたので、今回友人とお寺での修行に参加することにしました。

    体育会系の部活に所属しているので体力や集中力には自信があり、とても軽い気持ちで参加しました。お寺に着くまでの間、ここは本当に東京なのかと考えてしまうほど自然豊かで日常からかけ離れた場所のように感じました。

    お百度参りでは、雨が降っていたせいでとても寒くて凍えてしまいそうでしたが、始まってしまうとすぐに集中することができました。それでも普段の試合の時のような集中力とは違い、上手く言葉には出来ませんが頭の中が無になり不思議な緊張感と共に集中できていたように感じます。

    その後の滝行は、一番楽しみにしていたものだったので、少しでも長い時間入ろうと考えていました。しかしいざ入ってみると水がとても冷たく、水の流れも強くて少し不安になりました。それでも自分の前にしている方が笑顔で出てこられたので自分も頑張ろうと思えました。実際に滝行をしてみると、水の冷たさや滝の強さ以上に達成感や爽快感を味わうことが出来ました。本当に体験してよかったです。

    写経では、気付けば夢中になり必死で書いていました。極限の集中状態になっていたと思います。

    一日体験修行は、振り返ってみるとあっという間の時間でした。日常では絶対にできないいろいろな経験をさせてもらえて、少し遠かったけれどもお寺まで来ることが出来て本当によかったです。

    ありがとうございました。

     

    この度は有難うございました。

    興味本位で修行の申し込みをしましたが、参加することができて本当に良かったです。

    この短期間で自分自身が大きくなにか変化したかは未だ分からないですが、修行をする中で無心になり集中することは日常生活で体験できることではないのでとても貴重な経験になりました。

    仏法に関する話は自分には難しかったですが、もっと理解したいと思いました。

    自分自身のこころの変化によって物事も変化していくこと、忘れずに過ごしたいと思います。

    滝行で苦しくなってしまい、すぐに滝から出てきてしまったのが唯一の後悔です。また参加させて頂きたいです。

    ありがとうございました。

     

    私は幼い頃から人間関係に悩み続けていました。苦手な人や関わりたくないと思うとすぐに逃げてきていました。しかし来年から社会人になるので、少しでも自分自身を変えたいと思い、天光寺での修行を決意しました。

     

    天光寺での修行は挨拶や作法を学ぶところから始まりました。仏法に対して何の知識もないので不安もありましたが、丁寧に御指導くださり、私も全力で挑もうと思えました。

    お百度参りはゴールが見えず無限に続くような感覚にもなり、始まってすぐにくじけそうにもなりました。しかし、ここで逃げたら今までの自分と何も変わらないぞと自分に言い聞かせ続けました。途中からは辛さを感じなくなり、とても集中して無心になれました。

    その後の滝行は、もう春を迎えた4月とはいえ水温はとても冷たかったです。見た目の想像以上に水の勢いが強く、必死に立って呼吸をしないといけませんでした。自分の体感的にはとても長い時間に感じましたが、実際は短かったのだと思います。それでも必死に滝に打たれた後は身体と、心が、軽くなったというか要らないものが水と流されたような感覚になりました。

     

    貴重な経験をさせて頂き、とても感謝しております。ありがとうございました。

    私は小学生の時の5年の時、友達と休み時間にサッカーをして、ボールの取り合いになってしまって、押してころばせてしまいました。自分の中で、なかなかボールが取れなくていらついて押してしまいました。中学生の時、学校のルールでは、帰宅中に買い食い、より道はだめだと決まっていましたが、毎日中学校の目の前のコンビニに友達と行って、食べたり話したりしていました。だれかがやっているから、ばれなければいいやと思っていました。高校生の時は、サッカー部に入っていましたが、二年生で退部しました。一つ上、二つ上の先輩と遊ぶことが多くなり、絶対に国でのルールのタバコ、酒をやっていました。別にばれなければの考えで、ずっとやっていました。よくよく考えれば、ばれなければの考えは、最低だと思います。タバコもしっかりと、ことわれば毎日5百円がなくなる事もなく体を健康になっている人だと考えると、少しこうかいの気持ちもあります。

    昨日、二十年で初めて滝行をやりました。はっきり言ってなめていました。水に打たれるだけで、何かが変るわけでもないし、わざわざ山の中まで歩くのもめんどくさがっていました。実際に行ってみると、しっかりと行をやる事に代して仏様に、あいさつを行ったり、山の神様、滝の神様に感謝をこめてから行うことに驚きました。いざ水の中に入るととても冷たくて、すぐにでも出たくなりました。滝に入るとくるしかったり、少し痛かったり大変でした。しかし、打たれている最中は、なぜから分からないけど、無になれた気がします。少し前までは、だるい、めんどくさい、出たいがありましたが、無の心になれて自分が思っている以上に打たれることが出来たと思います。上がってからは、心がスッキリとした感じがありました。自分の中でのダルイがなくなり、もう一回やりたいと思う様になっていました。しかし、こう悔も有ります。自分の中では思っているより出来ましたが、コンタクトが外れそうという理由で上がったのが残念です。水の中に入るから最初からメガネで行き、少しでも長く打たれたかったと少しざん念です。

    人生で初めてのお寺での精神修業でしたが、思っているよりも、つらかったです。学生の時から、ろくたま正座など組んだ事もないし、ましてや、写経など絶対にきらいです。三禮も思った以上に過酷でした。

    私は、この度天光寺で精神修業を体験してみて行う事全てが初めての事でした。

    初日では、お百度参り、滝行、写経、「般若心経」を五十回唱えたりしました。

    お百度参りでは、雨が降ってきて、非常に寒かったですが、お百度参りを行っているうちに気にならなくなって今までにないくらい集中できたと思います。

    お百度参りの後、すぐに滝行に行きました。滝行は、途中まで車で後は歩いて険しい道を登っていきました。滝に着いて、他の人が滝行をしているのを見て少々不安になってきているうちに自分の番になってお清めをしていただいてメガネを外し、滝に向かいましたが、水は冷たく滝に近づく度に顔色が悪くなっていたと思います。しかし、滝行が終わってみると、清々しい気持ちで、他の人の滝行を心の底から応えんできました。研修生全員の滝行が終わり、下に降りて、テントで着替えて天光寺に戻りました。

    その後は、般若心経を五十回唱えました。般若心経を五十回唱えるのは大変で一時間以上も時間を使いました。途中から「自分は般若心経を唱えるために生まれてきたんじゃないだろうか」とさっかくするほど大変でした。その後は、夕飯でした。全員で準備して、食べた後、全員で片づけました。その後、その昼に五十回唱えた般若心経を写経しました。その日はとても大変な一日だったので写経中つかれでとても眠くてつらかったですが、何とか終わらせる事ができ、就寝の準備をして、シャワーを浴びて、一階の電気の確認やドアの戸締りをして眠りました。その日は本当に初めての事ばかりで、とても貴重な経験をさせていただいたと思っています。

    天光寺での二日目は、六時起床でお寺の方が起こして下さいました。その時に二日目のスケジュールを説明され自分たちが使った布とんを片付け、シーツをせんたく機でせんたくし、一階から三階の清掃を行いました。

    その後、朝食を済ませ、めい想をしました。

    めい想が終わった後、三禮が一番きつかったです。

    三禮は、三セット百回わりました。三禮が終わった後、休けいで、階段を使いましたが満足に階段を上り下りできなかったです。その後、先日にも唱えていなかった十三信を唱えました。十三人の仏の事を意味しています。その後、昼食を終え、に集まり天光寺の方に、とてもありがたい話を聞きました。真言宗は空海様という方がお作りになられたそうです。

    天光寺での経験は必ず、今後自分の役に立つと思います。

    私は今現在アルバイトをして暮らしており、このまま非正規の仕事で一生を過ごすことになるのではないかと不安を感じておりました。

    この事を両親に相談すると、一度お寺などで修行して自身と改めて向き合ってみたらどうかとアドバイスを頂き、インターネットで体験修行を一般の人向けに行っているお寺について調べ、その中で家から最も近いお寺として真言宗臼杵山 天光寺について知りました。

    天光寺のホームページを拝見させて頂き、体験修行の内容について調べさせて頂いたところ、他のお寺にはなかなかない滝行に興味を引かれ、家からも電車・バスで行ける距離でもあったので今回体験修行に申し込ませて頂きました。

    体験修行当日、最寄り駅に着いた時の感想はここは本当に東京なのかと思いました。

    見渡す限り山しかないことに驚きました。

    しかし、逆にそれほどにのどかで静かな場所だからこそ自分自身と改めて向き合うことができるのではないかと考えました。

    駅からバスに乗り、その思いはよりいっそう深まりました。

    駅以上に見渡す限りの山と川しかない自然の美しい景色に夢中になっていると、

    バスはあっという間に天光寺最寄りのバス停に到着していました。

     

    天光寺に着いてまず建物の見た目に驚きました。

    私の中でのお寺のイメージは大きい門があるものとばかり思っていたからです。

    とはいえ見た目は中身、ましてや自分の修行目的とは何の関係もないと思い直し、早速建物に入らせて頂きました。

    お寺の方に連れられ最初に今回の体験修行をするにあったってのお布施を行い、その後に

    光明真言・三禮・般若心経などについてのお話を聞かせて頂きました。

    ただ正直言って、自分の仏教に対する無理解と普段では行わない長時間の正座も相まって

    内容の理解を出来たとは言い難い結果になってしまったことは残念でした。

    お話が終わったころには、12時を過ぎており、そのまま昼食となったのですが、私は

    精進料理を食べることが初めてであり、野菜自体が苦手であるため、内心不安になりながらの食事でしたが、いざ食べてみると、特になんということもなく普通に完食出来、思った程の事はないと思いました。

    昼食後はまず、お百度参りを行うことになりました。体力に自信のない私は不安でした。

    案の条、他の参加者の方々のペースと比べるとかなり遅いペースにはなったのですが、苦しさがある程度を超えたところで、頭の中が澄み渡っていく感覚があり、少し修行について理解が深まったような気がしました。

    お百度参りの次は私が体験修行の中で最も興味を持った滝行でした。

    現代において、一般の人にとっては物語の中やテレビの中などの自分とは無関係な所で行われる物と例にもれず私もそう考えていました。車で山を登り、歩いて十分程度のところにある滝を最初見たときは、思った程ではないと思いました。しかし、それが間違えであったことにすぐ気づきます。

    ます水温、5月も終わりの暑くなってきている時期にしては、とても冷たく冬だったらと思うと少しゾッとしました。そして、滝自体も外からみるとこんなものかなと思っていましたが、実際に打たれると思った以上に強く息を吸うことも大変でした。

    結局声をかけられる前に滝から出てしまったことが少し悔しかったです。

    夜には写経を行いました。筆を持つということが十年以上行わなかったこともあり、最初の方の字は線もぐにゃぐにゃの自分で後に見返した時にひどいと思える出来になってしまいました。

    それでも続けていく中でたまに良く書けた字があり、次はもっと良い字をと考えていると

    あっという間に終わってしまいました。

    修行を始める前の自分と今の自分を比較してどこが変わったかはまだ自覚出来ていませんが、今回の体験修行で確実に変わった部分はあると思います。

    その自分をこれからの人生に活かして暮らしていきたいと思います。

    まだはっきり言って、半日では感想はでません。ただ滝行をさせて頂いて、神様のエネルギーをもらい、ありがたく思いました。

     

    私はあまり人にじまんできる生き方をしなかったので、としも40になり、やりたい事はたくさんあっても、なっとくのいく人生プランもしっかりありません。

     

    そこで、以前霊ばいや祖先くようのきっかけで、天光寺の住職にお世話になり、たびたび行をしさせていただき、とく度をとりなさいというお話しなり、こんかい相談させて頂きということになり、来させていただきました。

    また、自分が大けがにあったのにも関わらず、無理して来てのも良くなかったのかと思い、ちゃんと完治して行に参加し、もう一度、住職と今まで密教がなんなのかわからず、いろんなお寺へ行き行や法話など聞きながら、勉強とは言えませんが、やはり最初に思い浮かび今回来た次第であります。

    まだまだいろんな事で悩んでいるので、ケガも完治し、天光寺の行で住職と出会えるご縁を作らせていただきたいと思います。

     

    また、天光寺との出会いにも感謝しています。

    今後のご指導の方もよろしくお願いいたします。

    私は滝行に興味があり、雑誌で見かけたことのある天光寺さんで体験修行することに決めました。初めての修行体験にドキドキしながら参加したのですが、高尾住職やお坊さん方も親切で、他の参加者の方たちともお話する機会があり、とても有意義な時間を過ごせました。みなさんそれぞれ思うところがあって参加されているからか、真剣に修行体験に向き合っていました。

    お百度参りは走って行うもので、5往復したあたりから、すでにしんどかったです。あと何往復あるのだろうという思いが、ちらちら頭をよぎりました。しかしできるかぎり目前のことに集中して、先を考えないように、とにかく遅れないように頑張りました。かなり疲れましたが、走り終えたときは爽快な気分で、自然と笑顔になれました。

    楽しみにしていた滝行は、滝を見た瞬間、水圧が強烈そうでタジタジしてしまいました。この滝の中に入るのかと思いながら、住職の説明を聞いていました。滝に入ると、水の衝撃が強くて、流されるのでは?と思うほどでした。水の冷たさや水圧もすごかったですが、息がしづらかったです!これほどまでとは思っていませんでした。たぶん1分くらい入っていたと思いますが、1分入り続けるだけでも、生半可な気持ちではできないと思います。

    滝から出た後はさっぱりし、ものすごく達成感を感じました。わたしは普段は事務仕事をしているので、仕事での達成感というものが感じられません。それに趣味もないので、何かに挑戦するということもありません。たまには自分を追い込む、こういった非日常の場もいいものだなと思いました。一度体験するとクセになる人も多いと思います。住職とお坊さん方には、とてもお世話になりました。体験修行をさせていただき、ありがとうございました。

    私は会社での派閥問題から精神のバランスを崩し、心療内科でうつ状態と診断されました。転職を考えながらも会社に通う日々を送っていましたが、年齢のこともあり、一歩が踏み出せないままでいました。悶々としながら機械的にただ仕事をこなす毎日でした。

    自分を客観的に見つめ直したいという思いから、天光寺での修行を決めました。日常生活から離れ、一度冷静な目で、転職を含め将来のことを考えたいと思ったのです。普段眠れないことがよくあるので、天光寺でも眠れずうつ状態が悪化したらという思いもありました。他の参加者の方に迷惑をかけてしまったらという心配もありました。高尾住職に事情を話して相談すると、どうしても体調が優れないときに修行を無理強いすることは、一切ないとのことでしたので、思い切って参加させていただくことにしました。

    体験修行は挨拶作法やお百度参り、滝行や瞑想、写経など、どれも精一杯やらせていただきました。日常では体験できない修行を通して、よい意味で自分を見つめるきっかけとなったと感じています。3日間の修行体験を終えて、心から晴れ晴れとした気持ちです。自宅では眠れない日々もありましたが、天光寺での修行中は、修行疲れもあってよく眠れました。食事も野菜中心のもので、こういう生活を続けると心の健康も取り戻せるのではないかと思います。住職にも都度体調のことをお気遣いいただき、頭が下がる思いです。

    住職のお話を伺い、また相談もさせていただいた中で、転職活動に真剣に取り組みたいという気持ちが強くなりました。我慢して今の会社に居続けることも可能です。転職活動は逃げなのかではないかと、ずっと悩んでおりました。しかし自分が本当にやりたいことや、将来設計のことを考えても、このままの状態でいることのほうが逃げなのだと感じました。

    今回は仕事の合間をぬって、短い期間での参加となりましたが、できれば次回はもう少し長く滞在したいと思っております。この度は、何から何までお世話になりました。本当にありがとうございました。

     

    10年前にうつ病を発症しました。
    原因は離婚後に発覚した、元旦那の子供への虐待。
    酒吞みで、私や物を壊すことは度々ありましたが、
    子供には暴力は振わないと思っていたので、この事実を知った時は
    心が一気に叩き潰されました。
    その当時は、仕事をしない元旦那に代わり3つ仕事を掛け持ちしていて
    どうしても、子供を元旦那に預けるしかなかったのです。
    今思えば、子供たちの為にと、良くなるはずも無い元旦那に「いつかは。。。」と改心
    してくれること願いながら生活しましたが、どんどん生活が困窮していき
    元旦那との結婚生活に終止符を打ちました。
    資格を取り、その資格で就職が決まり子供たちと3人で新しい生活をスタートして
    間もない頃。。二番目の行動に異変があり気になっていきました。
    仕事で、偶然に「子供支援センター」に立ち寄る機会があり掲示板を眺めていると
    職員の方から声をかけてもらいました。世間話、離婚の事。子供の気になる事を
    話したら「一度つれておいで。」と言われたのが発覚するきっかけになっていきました。
    事実を知って心が裂けたのを感じながら、頑張って仕事を続けましたが、膀胱炎で一ヶ月
    寝てしまい、そのままうつ病が重くなりました。
    当時子供は6歳と7歳子供を守らなければ。育てなければ。と思えば思うほど悪くなり
    何故、気づかなかったのかと自分を責め、最後は死んでしまおうかという言葉がよぎる
    そんな生活を10年していました。
    ある日、友人から滝行が出来るお寺があるよ。と教えてもらったのが天光寺でした。
    気持ちが向くまで中々申し込めずにいましたが,意を決し申し込みました。
    当日は気持ちが追いつかず嫌々きました。ご住職が沢山お話してくれました。
    自分の心を強く持ちなさい。といわれました。初めは、それが出来たら苦労は無い!と
    腹の中で思いましたが、この思いは帰りには無くなる事になりました。
    話すのも嫌なのに発声法や挨拶を教わりました。
    滝行は全身が縮むどと冷たく痛かった。でも、自然に囲まれ清らかな水に入り
    清清しく感じました。
    そして、写経。何年ぶりにこんなに文字を書いただろうか。
    住職の手料理も戴きました。
    ふと、こんな美味しい手料理を私はいつ頃子供に食べさせていたのだろうか?
    こんな穏やかな気持ちになったのは何年ぶりだろうか?色々な感情がどんどん出てくる。
    広いお部屋で就寝。とっても静かでした。
    翌日は、瞑想。住職の「心を強く持ちなさい。」と言われたのが過ぎりました。
    その時に、私の心は弱いのか?私は病気に負けているのか?
    病気にしているのは自分なのか?と自問自答していました。
    傷ついているのは私ではなく子供たちだ。と気づきました。
    そんな、単純な事に気がつかなかったのです。
    先に、書いたとおりこれまでの私は何かというと「そんな事が出来ていたら。」と
    言い訳をしていた事にも気づかされました。
    本当に、来て良かった。
    まだまだ完治は先ですが、自分の心を強くもって行ける様に努力していきます。
    教えてくれた友人。
    ご住職、スタッフの皆さん。本当にありがとうございました。

    一泊二日で参加しました。

    仕事はタクシーの運転手をしています。
    私の両親は早くに亡くなり、一人子の自分は親戚がいません。
    結婚をして、子供を2人授かりましたが、ギャンブルで借金を抱え
    それが原因で離婚しました。
    色々とヤケクソになって適当に生きてきましたが、最近これでは駄目だと
    思い過ごしていた所、タクシーに乗って頂いた方からこちらを教えて貰いました。
    大きく変ることは無いと思いながら修行に入りました。
    指導して頂いたご住職やスタッフの真剣さに心を改めました。
    腹式呼吸や発声法を習い、初めてお経の意味を知りました。
    食事は、住職の手料理で美味しかったです。
    午後からはお百度参りから始まりました。早くも、三回目から
    先が遠く感じました。途中で止めてしまおうかと何度も思いましたが
    他の参加者さん達のお陰もあり何とか成し遂げることが出来ました。
    次は滝行です。紅葉も進み美しくなった木々の中に滝が現れました。
    入水開始。刺さるような水の冷たさに1分も入れなかったのでは無いかと
    思うくらいに痛く感じ、目も身体も心も引き締められました。
    「南無大師遍照金剛」と唱える声も震えました。
    瞑想の後に自然と
    自分の都合で置いてきた子供たちを思い出していました。
    写経に入り自然と今までの自分の過ちや愚かさを悔い、
    自分の関わりのある人達の幸せを心に思いながらさせて貰いました。
    残り少ない人生を、悔いの無い様に。
    そして、大きな事は出来ませんが何か自分に出来ることがあれば
    していこうと素直に思えました。
    ご指導戴きました皆様方どうもありがとう御座いました。
    また、伺わせて頂きます。

    友人に誘われて一泊二日で体験修行の参加しました。

    私と友人は、外国で仕事をしていて長期休暇が取れたので参加しました。

    私は、一番大変だったのがお百度参りでした。

    足は上がらなくなるし、息は上がるし、数が分からなくなったりと
    肉体的に大変でした。大人になってからこんなに走る事はありませんでした。
    ですが、終わってみると達成感で清清しい気持ちになったのです。

    心地良い筋肉の疲れもありその後の滝行は今度は最高の体験になりました。

    入水時間は滝の水が冷たくてすぐに出てしまいましたが、一瞬のうちの
    疲労した筋肉を落ち着かせてくれました。
    その瞬間、心の疲労も取れる感覚がありました。

    滝に打たれるって思いましたが癖になりそうです。

    食事は住職が出汁から取って作る本格的で大変美味しかったです。
    貴重な体験をさせて頂きました。
    また、日本に帰ってきましたら是非参加したいです。

    ありがとうございました。

    一泊二日で友人と二人で修行体験しました。
    私たちは日本人ですが、仕事先は他国になります。
    長期休暇を使い参加しました。

    やはり、他国での仕事や人間関係はとても難しく心が疲れて来てしまっていた所に
    こちらのホームページで滝行があることを知りました。
    お経を唱えるのは初めてで、恥ずかしくて中々大きい声が出せず、、、
    二日目にはちゃんと声を出せました。
    お百度参りでは日々の運動不足もありへとへとになりました。
    滝行は、水の冷たさに身も心も引き締められ、すっきりした気持ちになりました。

    ご住職のお話も大変面白く為になりました。

    お食事もとてもシンプルですが美味しかったです。
    ご住職が一人でお作りになっているそうです。
    お料理の勉強をなさったそうです。

    また、是非参加したいと思います。
    ご住職さまとスタッフの皆様大変お世話になりました。
    ありがとうございました。

     

    私はこの度、自分の欠点ウソをつく事。ごまかす事。汚い事。
    をしない人間になる為の一歩として修行をさせて頂いております。
    何度も同じ過ちを繰り返し、他人を不快にさせて恐れらても直らない直せないため
    直すために、これまでと違う事をしなければならないと考えました。
    行うべきことの最初として心からの反省をし申し訳ないと強く思い続けていく事だと
    考えております。その為にどうすれば良いのか、たった一日ですが考え続けておりますが
    まだ自分で分かりません。どうしたら良いか、どうしたらウソツキが直るのか
    もちろん自分で考えるべきですがご教示いただきたく存じます。
    私がこの度修行を通して考えた事は、まず感謝すべきである点です。
    健康で家族に病人もおらず、食事、仕事、その他生活において問題があるわけではない
    自分に注意してくれる人もいる。感謝し続けるべきありがたいことです。
    感謝していれば自分を正す事ができるのではないかということです。
    不平、不満を口に出さず自分自身のせいであると考えて行動することも
    大事だと思いました。
    夜のDVDと滝行を行い感じたことは「がまん」することが自分には必要だと感じました
    知らない事は話さない。話したくても知ったかぶりにならない。
    自分は普通以下の人間であることを自覚し、大きく見せる必要は無い。
    見栄を張ってはいけない。ましてやその為のウソはついてはいけないし
    つく必要もない事を改めて思いました。
    ただ、前記のことはまえにも思っていたことでもあります。
    今回「がまん」については今まであまり考えてこなかった点ではありますが
    毎日の中で、またウソをついてしまうのではないかと思ってしまっております。
    毎日、朝、夜、思い出して今度こそは同じ過ちをしない。
    過去を申し訳ないと思い、感謝をしDVDでもあった「負けるものか」と自分に負けないと
    思い出し取り組みたいと考えております。
    どうしたらウソをつかなくなるのか、性根を直すにはどうしたら良いのか
    何度も裏切ってきて、もう一度信用して頂くためにはどうすれば良いか
    ご教示頂けますようお願い申し上げます。

    私は、五泊六日体験修行で天光寺に滞在させて頂きました。
    気持ちの弱い自分が嫌になり、無気力の状態を脱するため意を決して申し込みを
    したはずでしたが、天光寺に向かうまでの道中も「行きたくない」「失敗したらどうしよう」
    そんなことで頭がいっぱいでした。
    いざ修行が始まっても、一日目と二日目は初めてのお経がさっぱり覚えられず大苦戦。
    正座では足は痛いし、滝行も寒さと痛さにすぐギブアップ・・・
    情けなくて落ち込み、六日間もつのだろうかと不安でいっぱいでした。
    気持ちが徐々に変り始めたのは三日目からでした。
    全く覚えられる気のしなかった御鷹号や光明真言がなんとなくですが自分の中に
    なじんできて、唱えることに前向きになってきました。
    また修行それぞれの中に気持ちがすっきりする。これ好きだなあ。といった所を
    見つけられるようになってきました。私が特に好きになれたのが写経と滝行です。
    写経は墨をする所から気持ちが落ち着き、書き写している最中の集中し無になる
    感覚がとても心地よかったです。滝行では、お百度参りで声を張り上げ全力で走る
    滝に打たれて身を清める。そんな日常ではあまりしない体験ができとても達成感が
    ありました。
    また、お寺の掃除や食事等の後片付けを手伝わせてもらったのも気持ちが変化した要因
    の一つではないかと振り返ってみて感じます。
    毎朝一時間半ほどかけてお寺のお掃除をしたり、ご飯の準備、洗い物等をさせて
    もらったことで、何事も誰かの時間と労力があって始めて成り立っているのだなと
    分かっているはずだけど、ふと忘れてしまいがちなことを身に染みて思い出しました。
    そのおかげで以前よりも様々なことに感謝の気持ちが湧いたように感じます。
    五泊六日という滞在時間は自分の中でも勇気のいるものでしたが、この長さにした
    おかげでたくさんの日帰り修行の方ともお会いする事ができました。
    初めての体験で目を輝かせている人。何度も通われているベテランさん
    除霊の延長として身を清める目的で来ている人・・・たくさん良い刺激を頂ました。
    自分の気持ちを強くするという意味ではまだまだ修行は足りていないと思います。
    ただ、日常では絶対にできないかけがえない経験をさせてもらい今はとても気持ちが
    すっきりしています。
    お忙しい中、衣食住の世話をして頂いた先生、スタッフの皆様
    本当にありがとうございました。いつも優しく接して頂きありがとうございました。

    私は、会社でのミスで滝行に来る事になったのですが終わってみて、滝以外にも色々と体験出来て本当に良かったと思っています。

    滝はとにかく冷たいからキツイと思っていましたが、それ以上に入ってから息をするのが大変で出てしまおうとすぐに思ったのですが

    何とかコツをつかんで長く入ることができました。

    入っている間は、仕事のミスの事はまったく考えず、昔の自分の犯した過ちを思い出し謝っていました。

    この、行で償いたいと思い滝に打たれていました。そういった感情で滝行をやって良いのかわかりませんが

    本日の川もそんな思いで入っていました。懺悔した感じです。

    写経や写仏などの墨で字を書いたり、えんぴつで絵を描いたり小学生の頃自分まだ自身があった頃を思い出しました。

    絵を描くのは好きでしたので無中になれた感じです。

    それから、スピリチュアルな体験をした事がなかったので大変に驚きました。とりつかれた事が無いのか、とりつかれたとしても気が付かないのかは

    わかりませんが、目の前で当事者の方の話やら状態を見て本当になるんだなと、実感し少し興味も出ました。

    食事も本当に美味しかったです。薄味の料理なんだろうと予想していたのですが、ピリ辛だったり好きな味だったのも驚きです。

    みなさん、本当にご指導ありがとうございました。また来たいと思います。

     

     

    以前フェイスブックの知人の投稿を見かけて、初めて天光寺の滝行について知りました。そのときは、こんな体験ができるお寺もあるんだなぐらいに思い、気にとめていませんでした。むしろ知人のことを物好きだと思っていました。

    しかし最近仕事がうまくいっていないこともあり、自分の将来について悩むことが多くなりました。自分を変えたいという思いがあり、自己啓発本を読んだりもしましたが、何かしっくりとしません。本に書いてある内容は、読んでいるときはなるほどと思えるのですが、読み終えるとすぐに忘れたり実践できなかったりします。そこで、何か少しでもこれから先の考え方や、生き方のヒントになればという思いで、天光寺の修行に参加させていただくことにしました。

    私はとくに滝行を楽しみにしていたのですが、あまりの水の冷たさと勢いの激しさに、最初はすぐに出てきてしまいました。しかし滝行目当てで来たのに、これではもったいなくて帰れないと思い直し、再度挑戦しました。同じ体験修行の参加者の方たちが、声を上げて応援してくれていたことで勇気をもらえました。そのおかげで2回目は数分程度だと思いますが、念願の滝行を行うことができました。

    滝行では悩み事や、体の中の悪いものを、滝が一緒に流してくれたかのように感じました。滝から出た後は、不思議と空気が暖かく感じられました。気持ちが良い疲労感と達成感に包まれ、修行の疲れもあって、朝までぐっすりと眠れました。

    1泊2日ですごく変われたかはわかりませんが、少なくとも自己啓発本よりかはずっとためになりました。自分で行動して体験として得るものは、やはり重みが違います。高尾住職の法話もとても興味深く、これまでの自分を見つめ直す良い機会になりました。

    翌日の朝食のおかゆはとても美味しく、普段あまり自炊しない私にとっては、体に良いものが食べられてうれしかったです。1泊2日という短い体験修行でしたが、今度はもう少し時間を取って参加したいです。住職を始め、天光寺の方々には本当に感謝しています。貴重な体験をありがとうございました。

     

     

    私は以前から仏教の体験修行に興味があり、一度参加してみたいと思っていました。ネットで調べたところ、天光寺なら本格的な体験修行ができると知り、思いきって参加してみることに。

     

    最初は会社の有給を利用して3、4泊の修行にしようと考えていました。でも自分の体力に自信がなく根性もないので、軽い気持ちで行くと途中でリタイアすることになるかも…と不安になり、日帰りコースに申しこみました。

     

    体験修行はどれも、思った以上に密度が濃かったです。とくに走りながら往復する、お百度参りが一番辛かったです。途中から脇腹が痛くなり、正直リタイアしたくなりました。でも私よりかなり年配の方も一生懸命走っていて、私もがんばらないとという気持ちにさせられました。終わったときにはフラフラでしたが、なんとかみんなと一緒に走り終えることができた爽快感は忘れられません。滝行は夏だし気持ちがいいだろうと甘くみていたのですが、想像以上に水が冷たく、また水圧が強烈でした。

     

    普段小さなことでクヨクヨ悩んだり、過去にあった嫌なことを思い出しては腹を立てたりしている私ですが、修行中は苦しくてそんな雑念はちらりとも浮かびませんでした。仏教の「今ここに在る」という感覚を体感できたような気がします。

     

    心というものは常にあちこちに揺れ動くものです。好きにさせておくとすぐに腹を立てたり、悲しんだり、落ち込んだりとキリがありません。今回参加させていただいたことで、そんな心の持ちようを学ぶのが修行なのだと実感しました。常に目前のことに一心不乱に集中することで、心から怒りや悲しみ、迷いを消せるということを体感できました。

     

    1日の終わりにはホッとしたのと同時に、少し寂しさを覚えました。わりと軽い気持ちで参加しましたが、想像していた以上に学びがあったと感じています。今回の体験を、普段の心の持ちように少しでも活かしていきたいです。本当にありがとうございました。

    私は36歳で今は派遣社員をしながら生計を立てております。

    天光寺には月に3回から4回ほど修行のため訪れております。天光寺に訪れたのは今から3年ほど前のことです。会社が倒産し、新たな就職先でいじめにあい、会社を辞めました。新たな就職先が見つからず、妻とも離婚することになり、おれはもうダメだ。自殺まで考えました。友人から天光寺の体験修行に誘われて2泊3日の体験修行に参加しました。朝10時30分に天光寺に到着し申込書に記入し、行衣に着替え、挨拶の所作と真言を教えて頂きました。その後食事でしたが、料理が本当に美味しくビックリしました。午後はお百度参りと、滝行です。初めての滝行なので、冷たく、痛く、すぐに出ようとしましたが、大きな声で「まだまだ」と言われ戻されました。3~4分位入りました。出た後、体中がスッキリとして、今までの自分が情けなく思いました。また、住職の法話を聞き自身の甘さを感じとれました。その後月に3回から4回ほど天光寺に体験修行に訪れるようになり、今回は日本テレビの滝行の取材があると聞きました。楽しみにしていましたが、日本テレビの記者の取材は天光寺を悪者に陥れる虚偽の取材でした。天光寺の中に日本テレビのスパイが入りこんでいました。子供たちが御本尊大日如来の上に乗り祭壇から落とすのを見て、ビックリしました。このような背景には日本テレビが少年たちに天光寺が悪者にするように仕組んだ結果だと思います。天光寺で食中毒を起したと保健所に通報した者がいたが、通報したのは日テレの関係者だと思います。天光寺の厨房がどれほど衛生的に管理されているか見ればわかります。3日前に天光寺の体験修行に訪れた際、住職と1時間ぐらいお話をさせていただきました。日本テレビの記者とカメラマンは警視庁に刑事事件として受理され、本格的な捜査を行っていると聞きビックリしました。

    住職は日テレの記者の名前を公開し、動画の顔の「ボカシ」を外し、日テレの記者、カメラマン、日テレ本体に民事訴訟の準備をしていると聞きました。日本テレビの虚偽報道は許してはいけないと思います。

    二泊三日させて頂き有難う御座いました。

    心のもやもやが全て解消したか、正直まだわかりませんが、ここに来て良かったと心から思いました。

    神頼みに来たつもりでしたが、一番力になったのは修行僧の方を始め、ここに修行に来ていた方々の頑張っている姿を見て、自分自身も力をもらい、また頑張ろうと思いました。

    自分が人の力になれたのか分かりませんが、頑張っている姿を見せること、見れたこと、ひとに分けられるような人間になりたいと心から思いました。

    二泊三日お世話になった住職、スタッフの皆様有難う御座いました。

    また滝に打たれに来ますね!

    私はこの天光寺でお祓いをしてもらい住職からまだ身体の調子も心の調子も良くないから体験修行をした方が良いと勧められ体験修行をすることになりました。

    体験とは言えお寺の修行。

    とても緊張していました。

    四泊五日という長い期間だったのも不安を感じさせる要因の一つでした。

    体験修行でまず行ったのが滝行。

    滝行に行く前に住職から心を清浄に洗い流してくれるものと聞いていたので不思議と緊張感は無く、寧ろやる気に満ちていた状態だったことを覚えています。

    しかし、いざ滝に入ってみると水は冷たく勢いは激しく入る前の想像を超える苦しさでした。

    私は四泊五日の間で四回滝行をしました。

    毎日少しずつ長く入れるように挑戦する時間はとても充実していました。

    滝から出た後は必ずすっきりとした気持ちになれ良い経験でした。

    また入りたいです。

    その後体験したのが写経、写仏。

    ただひたすら文字や絵を写すことはとても心が落ちつきました。

    瞑想や読経もやりましたが正直とても大変でした。

    でも修行をしている充実感があってよかったです。

    修行のメニューは全体的に大変なものが多かったですがその分頑張り甲斐がありました。

    体験修行に来る前の心配事だったのですがお寺なので食事は白米と漬物のみとかを想像していました。

    しかし、実際は本格的な精進料理で味は最高においしく、衛生管理も

    しっかりしていて安心でした。

    日本テレビの報道であったようなことは一切無く安心して生活を送れる環境でした。

    住職が暴力を振るうようなことも無く、寧ろお忙しい中で空いてる時間にお経を教えてくれたりとても親切な対応でした。

    私にとって修行より貴重な経験になったのが人との出会いです。

    私のようにお祓いをきっかけに来る人もいれば自分を変えたいと思い来る人などいろんな人がいました。

    その人達と関わりあって話した時間はとても素敵でした。

    本当にいろんな経験が出来ました。

    ありがとうございました。

     

    一泊二日という大変短い間でしたが、高尾聖賢先生、直接指導頂きました、新井様、そして、皆様には、大変お世話になりました。ありがとうございました。

    日々の仕事や、家庭で生活の中で、何か満足できないもやもやした感じがありました。仕事では、精一杯やっているようで、結果につながっていないことが多く、達成感が、感じられません。家庭では、日々の忙しさを引きずって、イライラしています。そんな、日常を、気持ちを、変えるきっかけをつかみたいと思い参加致しました。その後、参加されている方々からお話を聞くと、きちんと考えを持たれて参加されていて、私の動機は、まだ、甘いと感じました。

    この二日間は、初めての体験の連続でした。水行で冷たさに耐えている時、滝に打たれて、息ができないながら、「南無大師遍照金剛」と声を出している時、お百度参りで暑さと流れ落ちる汗に耐えている時、私は、「まだ、終わらない。もうすぐ終わる。」と自分で思いながら、ただ、頑張っているだけでした。この時間を、やり過ごしてしまえばよいと考えていました。

    修行というものが、どのような気持ちで臨むものなのかわかりませんが、私は、やっぱり「体験」でした。これだけで、きっかけがつかめるようでしたら、真摯に修行されている方々に申し訳ないと思います。では、これが、無駄だったというとそうではありません。何事もやって見なければわかりません。やってみたからこそ、自分は、少し甘くないかと感じたのですから。それから、川や滝と一緒に自然の美しさは素晴らしかったです。滝行の時、虹がかかって、これも感動しました。

    また、修行を続けられる秘密をもう一つ知りました。食事がとても美味しいことです。

    正直、びっくりしました。有り難かったです。

    先生から、日本テレビの件をお聞きしました。彼らは、はじめから、悪者を作るつもりで来たのですから偏ったでっち上げた内容になったのでしょう。修行で来られている方々、体験で来られている方々から少しでもきちんと話を聞いてみれば、真摯に取り組んでいることに気付き、自分たちを恥じたに違いありません。

    それから、いろいろとアドバイスしてくださった、石井さん、共に頑張った、小山さんには、大変感謝しています。人数が少なかったので、絆ができたように思います。ありがとうございました。

    最後に、皆様のご多幸をお祈りしております。

     

    二泊三日でお世話になりました。

    過去のトラウマとうつ病で数年間悩んできましたが、今回は逃げずに人生に立ち向かって自分のためになんとかしたいと思った上で、

    天光寺の体験修行に参加することにしました。

    最初はとても不安で「本当に来てよかったかな」と思いながら天光寺に参りましたが、お寺の方々と会った瞬間に不安感がすぐになくなりました。

    最初からお寺の作法をしっかり教えて頂き、とても勉強になりました。私は外国人でクリスチャンの環境で育てられましたが、仏教と似ているところがあると思いました。お経を覚えるのがとても大変でしたが興味深い経験でした。

    滝行と川行もできて体も心もスッキリしました。私にとっては、滝行よりもお百度参りの方が大変でした。運動が苦手で体が弱くて、これは絶対できないと思っていましたが、チャレンジできて本当に良かったです。最後の日は体調が悪かったですが、痛みを超えて最後まで走れて最高の気分でした。「頑張ればできる」、「痛みというのは超えられる壁だ」と分かって自分が強くなった気がします。

    瞑想もとても大変でした。「無」になることも出来ず、考え過ぎてしまい、心がとても疲てしまって、落ち込んでいました。あの時は先生に密教ヒーリングをしていただき救われました。言葉で表現できないぐらい感謝の気持ちで心が溢れました。誠にありがとうございました。

    お寺の方々の優しさとご配慮にとても感動して、本当に色々助けていただきました。皆様のおかげで心も落ち着いて体験修行を無事に終わらせることが出来ました。食事の時間も片付けと掃除の時間も楽しく過ごせてたくさんの貴重なお話も聞くことが出来、心から感謝しております。また、食事は大変美味しかったです!毎日楽しみにしていました。

    この三日間自分にチャレンジしたという気分が強くて、できないと思っていたことがたくさん出来て、何よりも自分と向き合うことが出来て本当に良かったです。

    新しい自分を見つける準備もでき、学んだこととお寺の方々と修行の仲間にもらったものを宝物にして前向きに進みたいと思います。

    貴重な経験をさせて頂き、誠にありがとうございました。Merci beaucoup !

     

     

     

    お百度参りは、近くの人の声が耳に入って来てしまい、気にしないようにと思う程、気になり、これが普段からの集中力のなさなんだと思いました。その中でも途中、走って唱えるに集中でき、言葉もハッキリ言える場面もありました。日々、沢山の雑念があり、そこに引っ張られていることに気づきませんでした。滝行は、思ったより、水が冷たく、待っている間、そして、桶の水を頭からかぶった時には、震えるほどでしたが、滝に入ると寒さはなく、慣れてきたのもあると思いますが、滝に包まれて、あたたかさを感じました。何とも言えないエネルギーに涙がこみ上げられてきました。

    お経と写経は、まず正座を続けることがつらく、そこをクリアしないと次の段階にはいけない気がしました。しかし、どちらも精神統一が出来るものだと感じました。

    2日間の体験修行で、劇的に自分の変化があった訳ではないですが、日々の中で、この2日間のことが活かせるような気がしました。ごはんはとても美味しかったです。

    瞑想の時の音楽が少しメロディアスというか、ヒーリングミュージックぽすぎて、私には気になりました。

    出来れば、先生のお説法を生で聞いてみたかったです。とは言え、楽しい経験になりました。有り難うございました。

     

    体験修行に申し込んだのが興味本位だったため、最初は浮ついた気持ちで本堂に座りました。しかし、発声や作法の修行をこなすうちに気持ちが切り替わりました。お百度参りや滝行も体験させて頂きましたが、初めての経験だったので、見よう見まねで何とか修了しました。お百度参りはは想像以上に過酷でした。体力には自信があったのですが、後半は上手く口が回らなくなるほど、疲労が溜まりました。滝行では、先ず滝が放つ圧力に驚きました。実際に、滝に入ってみると、最初は衝撃に心が折れかけますが、それはほんの一瞬で、慣れると自然と一体になったような感覚を得ることが出来ました。衝撃に耐えようとするのではなく、一体となって受け流すという考え方は、滝行だけでなく、社会の中でも大切な生き方になるのではないかと思います。様々な修行をこなす中で疲労も溜まりましたが、その分、夕食がとても美味しく感じられたのが印象に残っています。食事自体は質素で、素材の良さを生かす程度の味付けしかされていませんでしたが、充分満足することが出来ました。普段、食事の際には、味や見た目にばかりき気を取られ、食材そのものに感謝することを忘れがちです。今回の修行では、食材を育ててくださった方、また、食事を作ってくださった方、そして、栄養となる食材そのものへの感謝の必要性を再認識することができました。貴重な経験をさせて頂き、本当に有り難うございました。

     

     

    お母さん、お父さん、桃音、いたずらとか、反発してごめんなさい。自分が悪いのにも関わらず、親のせいとか、自分は悪くないとか言ってごめんなさい。自分がすべて悪いです。すべて自分のせいです。でも、わざわざ高いお金を出して、お寺に行かせてくれて有り難うございます。一人暮らしの大変さも良くわかりました。とても良い経験になりました。親は厳しいとか言ってたけど、本当は、自分を良くする為に注意してることが良くわかりました。親より寺の方がとても厳しかったです。家の方が甘いことが良くわかりました。これからは、もっとお手伝いもします。勉強もしっかり決まった時間分やります。ちゃんと学校も休まずに行きます。部活であったことも自分がもっとしっかりしていないとダメだなということも分かりました。自分だけが苦労してると言ってたけど、親の方が自分のもっと数倍ほども苦労しているというのがよく分かりました。このお寺を通して、様々な経験が出来ました。まず一つ目は一人暮らしと同じような作れたこと。二つ目は滝行です。滝行は初めてやったけど、けっこう痛く、でも心が洗われている感覚になり、心が無になりました。三つ目は、仏教に触れるという事です。仏教と言っても、様々なルールや決まりがあるということも初めて知りました。例えば、食事の前に言う言葉とか、滝行とお百度参りに行くときの挨拶や儀式がありました。すると、今まで考えてたことは、すべて違うんだなと思いました。自分は親が嫌いで離れたいと思ってたことが、親は良い人で、助けてあげようという気持ちがあることが良く分かりました。一日目の夜から、親は本当に行きたかったのか思ってから、だんだん自然と寂しくなりました。一日目の夜は、一人で広いところで寝ました。なかなか眠れなくて、何度も起きては朝か?とか思い、本当に寝れませんでした。今では自分のベッドが恋しくなり、早く家に帰りたいなと思います。今でも悲しく早く帰りたいという思いで、涙が自然と出ます。早く帰りたいです。自分の家に帰りたいです。自分の親は優しいと、みんなに自慢したい位です。早く家に帰って、玄関で、ただいまと言いたいです。お母さん、お父さん、桃吉、本当にごめんざなさい。すべて自分が悪いです。反省しています。自分は馬鹿でアホで何よりも大切な親と妹という大事な存在の人を傷つけていました。本当に申し訳ないです。これまでにあったことをすべて謝ります。すべて何もかも自分が悪いです。お寺はとても大変だったけれど、協力や結団力などを学びました。そして何よりも家族の愛情は大切だということを学びました。もう親も妹も困らせたくありません。みんなで楽しく、仲良く、生きていきたいです。汚い字ですみません。でも本当に、この事は反省しました。また、もとの家に帰りたいです。今すぐにでも帰りたいです。よろしくお願いします。

     

    私は今回、勤務する企業の教育訓練として体験修行に参加しました。

    まず始めに作法について学びました。修行の時も、食事の時も、神様に感謝の気持ちを忘れてはいけないことを改めて学びました。お百度参りと滝行では、後半で全力で走ることが出来ず、滝行では滝につかるまで時間がかかりました。今後は、日常生活においても、全力で取り組めば、願いは叶うのもと、一日一日を大切にしていきたいと思います。今回、私は、企業教育の一環で、体験修行に参加しておりましたが、個人として考えなければならないことが多くあったことを痛感しました。残りの人生は、何事にも全力で取り組み、生まれてきたことを感謝できるようにしていきたいと考えました。

    一泊二日、体験修行、有り難うございました。

    最初は興味本位で滝行をしたら、今までの自分が生まれ変われるかなという軽い気持ちでした。お百度参り、滝行、瞑想に参加し、日々の時間を忘れて、何かに集中することで雑念が消えた気がします。日頃、仕事などで、上手くいかず落ち込んでしまったり、何かのせいにしてしまったり、誰かにこう思われているかもしれないと疑ってしまったりすることがあります。自分では良くないと思っていても思考を変えられず苦しいです。ですが心の持ち方で変えられる。自分もまず知ることが大切だと思いました。貴重な体験、お時間有難うございました。

     

    今回1泊2日で天光寺で体験修行をさせて頂き、普段は体験できないようなことを体験できて良かったです。学生の頃から滝行に興味があり、滝行すれば何が変わるかなと思っていました。実際に行ってみて正直なにかがすぐに変わったと感じられませんでしたが、とでもきちょうな体験ができて良かったです。仕事で上手くいかないなどですぐに悩んでネガティブになってしまうので、『心の持ち方』

    の言葉はとてもいいなと思いました。住職さんの法話でも「積極的に行く。自分を信じる」という言葉が心に響きました。自信がなくてくよくよしてしまうことが多いのでもう少し自身がもてるようになればいいなと思いました。もっと色々な感謝に気付けるようにしたいと思いました。今回の体験を忘れずに過ごしていきたいと思います。ありがとうございました。

    お百度参りはとても苦しかったので体力をつけようと頑張ります。

     

    読経は始めはテープの音に合わせていくことに精一杯で、足も痛く、のども痛くなっていき、お経を読むということがこんなにもつらいことだと思っていなかったので驚きました。法事の時にご住職方は動作も含めてなさっていることを思い出してすごいなと思います。

    なかなか覚えることは難しいのですが、ずっと読経をしているうちに歌を歌っているかのようにも思って、少しずつですが、お腹からも声が出せるようになり、スタッフの方から声を掛けられるまで集中して楽しくさせていただき、二時間があっという間でした。お経を読むことの楽しさが何となくわかって良かったです。

    お百度参りはホームページの動画を見て皆様頑張って走っているイメージでした。説明を聞くと全力疾走で百往復するというものでこれもつらいものだと思ってしまいました。今回は十三人の人でやったこともあり、自分がくじけそうになると他の人が頑張っている姿に勇気をもらって私も頑張れて良かったです。全力で精一杯、しかし、転んだら他の人に迷惑がかかるので転べない。

    回数を数えることさえわからず、精一杯がんばって走り抜けました。

    滝行はお百度参りとても温まった体を冷やせる夏場だから大丈夫だろうなと軽い気持ちでしたが、滝へ向かうまでの道のりの冷たさに驚きました。連日雨で水量も多くとても冷たい。滝の水圧の圧力の凄さに驚きの連続でした。とても痛くて冷たかったですが、終わった時の達成感はとても大きく自身が持てた気がします。

    法話ビデオでも多くのことを教えて頂きました。逃げるな!壁にぶつかっても乗り越えられないものは用意されていない。苦しくても絶対に乗り越えられる。その先にすごいプレゼントが待っているんだということがとても心に染み込みました。自信が持てない、心配症である私にどってとてもはげみになりました。積極的に生きて行こうと思います。人脈、ご縁も大切にすれば色々ことにつながっていくことも改めてわかりました。

    今回の体験で百聞は一見にしかずということが、経験しなければよさがわからないことを改めて学びました。とても有意養な時間をありがとうございました。

     

    大学2年になり、学業もなれていい加減になっていた僕にある時お母さんから「小・中・高真面だったのに国立大入学してからいい加減になったわね」と言われ、父親に修行をしてこいと言われいやいや参加することにしました。入寺してからスマホを回収され、いろいろ制約が多い中自分とみつめ合うことが出来ました。また高校までは県選抜に入ってたのですが、大学に入学してからスポーツをしなくなり、走れなくなりました。その状態の中、お百度参りは最初はやるのが嫌でしたが、やる内に力が出てきてやりどけることが出来ました。

    また滝行では入る前冷たく嫌でしたが、入ってる時に体内から熱が出てきて寒いという気持ちがなくなり、そして全てがリセットされ、

    体も軽くなり、有耶無耶が消えました。

    1泊2の修行で嫌なこともありましたが、僕より前から修行された高校生とも仲良くなり年齢を問わず、交流できて楽しかったです。

    次は友達と一緒来たいと思います。

     

    1泊2日の体験を通じて感じたことは、この道はとても厳しいものだったと言うことです。覚えなくはならないことも多いし、

    何より滝行は本当につらかったです。

    水圧が強いことも勿論ですが、水の冷たさがきつかったです。サイトの画像でこれを冬に行っているのを見て改めて

    仏道は厳しいものだと感じました。お百度参りも体力が必要だし、精神と身体両方が成長できる場所だと思いました。

    1泊2日と短い時間でしたが、そんな修行の一部が体験できたのは光栄なことだと思います。

    今後の人生のプラスに出来るよう努めたいとおもいます。

    僕は今までめんどうくさいことはやらない、辛いことはやらないなどという風な考えをしていて,楽な方へと流されていました。その結果自分をコントロールできず、楽なことだけやるなどというような状況にになっていました。ですがこの寺にきて、嫌なことでも我慢してやることの大切さが完全ではなくても、自分なりに分かった気がします。

    朝のそうじ、服のアイロンがけやたたむ作業、お百度参り、滝行、風呂そうじや食事の準備など、辛いことやめんどうくさいことはいくつもありました。ですが、終わった後の達成感はとてもすばらしいものでした。

    滝行も始めの方はただ辛くて出たいと思い、それこそ10~15秒しか入れませんでした。しかし、やっていく内に「どうせやるならできるだけ長く入ってみよう」そんな考えができました。

    他のことも「どうせやるならがんばってはやく終わらせよう」という考えができるようになり、一時の我慢の大切さを感じました。滝行の場合は最初の方は冷たい、でも次第に身体がなれていって滝の水も気持ちよく感じられるようになる、さらに毎回入る時間が増えていくことで自分も嬉しくなる。そんないいことがありました。

    他のことでも、やっているときは辛いでも、終わった後に達成感を味わえるし、はやくちゃんとやれば、その分自分が休んだりすることのできる時間が増える。こちらもいいことがありました。

    今まで僕は勉強や生活において、しっかりと我慢をしてやったことがありませんでした。

    しかし今回、我慢の大切さを知ったので、それを実践してみようと思います。

    勉強も良く考えれれば、我慢して短時間でやればテストでいい点がとれ、さらには終わらせた後、自分が好きなことをすることができる時間を作ることができます。

    このことに気がつかせてくれたこの寺、そしてこの寺の方々に感謝しています。僕はこれからしっかり我慢をして、自分をコントロールできるようになろうと思っています。

    本当にありがとうございました。

    僕は天光寺が、すごくよい場所だと思いました。ネットでは、来てもいない人が悪いことを言ったり、ニュースでも悪いことばかりで、ふしぎに思いました。

    食事はみんなで、机をふいたり食べたものを運んだりしていて、食事の前には食べ物に感謝をこめていたので、すごく良い事だとだと思いました。

    そうじもろうかやトイレ、本どうなどもすみずみまできれいにしていて、すごくよいと思いました。

    なのに、ネットなどでは行ってもいない人が、悪いことを書いたりしていてそういう人たちは、なぜ天光寺を悪く言うのかふしぎに思いました。正直むかついてしまいました。

    住職さんにはいろいろな事をおしえていただき、この五日間ですごくよい意味で変れたのではないかなと思いました。

    滝行は、できなかったのですが、写経・写仏がすごくできて、本来の目的でもある集中力アップが自分の中ではすごくできたと思うので、良かったです。

    般若心経がどうしても覚えられなかったので、覚えられるようにしたいです。光明真言は覚えられたので良かったです。

    企業研修とは新入社員が受ける研修とばかり思っていた、入社十数年目の私に受講することに成ろうとは思いませんでした。

    社内での企業研修は体験もしたことはありましたが、社外でしかもお寺での研修とあって、どの様な研修になるのかと内心不安でした。

    上司からは、選ばれた人材であることと、部門からの推薦を受けた者として、頑張って来いと言う指示で参加しました。はっきり言って自ら進んでの参加ではありませんでしたが、後になって気が付いたことは素晴らしい人材構築の基本が学べ、体得できたと言う感想です。

    研修の内容は、素晴らしく多岐に及んでおり、頭と声と身体を使うものであったり、心の感受性を感じるものであったり、多岐に及んでいました。

    研修を顧みて流れからの自己紹介ですが、きちんとした自己紹介が出来なければ、何度も繰り返し行い、その際の声の出し方も小声でなくハッキリしたもので無ければ繰り返しでした。本当のあいさつをするという事は、とても重要であるものの大変でもありました。

    初めて聞く、挨拶での腹式呼吸法や発声法には厳格な所作があり、驚きに始まりでした。

    つづく、お経の練習(般若心経・光明真言・御宝号・三禮)でも、常に集中して行い、遊びが無いものでした。食事においては精進料理であり、配膳・片付け・整理整頓を全員で協力して行い、積極的な心を育てるものでした。

    回数的なお経のものとしては、般若心経の連続50回,三禮の連続300回、御宝号の連続500回、光明真言の連続1000回と、すさまじい研修になり思い出だけでなく夢にも出てきそうな、研修で無く、修行として位置付けられたものでした。

    そのような天光寺での企業研修でしたが、中身が濃く充実していましたので、嫌になることはありませんでした。そして、次から次に行われる修行の研修ですが、一番気に入ったものとしては、瞑想や写経でした。

    初めて知った般若心経ですが、以前から知っていた訳でもないのに、吸い込まれるようにお経通読も、お経書き込みもスムーズに行えました。感動的なものでした。

    最終日には、住職からの講和があり、意味深で迫力あるもので感動ものでした。

    企業研修を振り返り、天光寺様には感謝致します。

    有難う御座います。

     

    「体験修行を終えて」

     

    「滝行をしてみたいんだよね。」友人とそんな話をしており、今回こちらの天光寺の行に参加させて頂きました。

    私は修行というものに参加するのは初めてのことでしたので、少々緊張していたのですが、挨拶の作法から教えていただき、安心して参加することができました。

    行についてですが、お百度参り・滝行共に、自身で考えていたより数十倍の労を感じました。百聞は一見にしかずと言いますが、実際に経験してみないと語れないことは沢山あるのだと実感しました。

    特に滝行においては、私が最も苦手な蛙がおり、参加を辞退しようと思ったほどではあったのですが、スタッフに助けていただき、行を終えることができました。人はどこに居ても誰と居ても、支え支えられ生きているのだと思いました。

    さて、私が行に参加しようと思った本来の目的ですが、私は自分の人生を積極的に生きることができていないと、日々感じていたからです。人間関係においても、上辺をなでたような付き合いかたしかせず、明確な目標もなく生きてきました。しかし、住職先生の法話で、「人間力」のお話しをきき、もっと自分の人生を積極的に生きてみようと思うことができました。

    人生は我慢であり、苦痛もたくさん伴うものだけど人との繁がりを大切に、また、今回の経験を胸に留めて豊かな人生にして生きたいと思います。この度は、住職先生を始めスタッフの皆さんには。多大なる感謝を申し上げます。ありがとうございます。

     

     

    「体験修行を通して感じたこと」

     

    私が今回、体験修行に行こうと持った理由は、もともと滝行というものに興味があったからです。そして、せっかく滝行を体験させて頂けるのであれば、他の修行も行ってみたいと思い、一泊二日と言う日程にしました。

    挨拶の仕方から始まり、昼ご飯の準備・お百度参り・滝行・ヒーリング・夜ご飯の準備と、一日目は心身ともに心地良い、疲れで満たされました。

    お百度参り・滝行はとてもつらく、めげてしまいそうな瞬間もありましたが、修行の為と心を強く持ち最後までやり遂げることができました。これは行の挨拶をし、向かったからには途中で辞める訳にはいかないと言う、思いからでした。

    行をやり遂げたあとには、普段あまり感じることのできない達成感を味わうことができました。そして、心がとても明るく穏やかになったような、気がしました。行の他にも、住職先生とのお話やスタッフとの生活の中でもとても学ぶものは多く、また楽しい時間を過ごすことができました。

    体験修行が終了したあとも、今回の経験で学んだ人への感謝・思いやり・強い心を忘れず、日々に活かして生きたいと感じました。

    住職先生はじめ、スタッフの方々にはとても感謝しています。貴重な体験をさせていただき、本当に有難う御座いました。

     

    初めて滝行という修行を体験し、滝の水の冷たさや落ちてくる水の圧力に驚きました。

    普段は耳にしないカワセミの鳴き声や、雨露にぬれた森林の匂い霞がかった山の緑が、

    どれも新鮮に感じられて五感を通して触発されました。

    また、住職のお話に出てきました人が持つ潜在能力について、私の仕事柄無意識に働きかけることの大切さは、

    日々気をつけておりますが、こちらのお寺でも同じような話をされていましたので、

    「思考力の持つ力」とは自然の摂理なのだなと改めて思い知らされました。

    二日間の短い時間ではありましたが、こちらでした経験を実社会へ活かすことができるよう意識して行動したいと思います。

    お百度参りでのお願いが叶うことを信じて上を向いて歩いて行きます。

    ありがとうございました。

     

    今回私は、二泊三日でお世話になりました。

    初めての体験修行、それも女一人で滝行もある内容だったため、とても緊張していましたが、一緒に体験修行されていた方や、駐在されている皆さんのお陰でとても有意義に過ごさせて頂きました。

    私は千葉県在住で、結婚式場にて人材管理の仕事をしています。

    素敵な職場で、やりがいもありますが、やはり仕事である以上辛いことも多くあります。日々仕事ばかりで、「自分」と向き合って会話する時間が無く、いったい自分は何がしたくて、どんな将来を生きたいいか、そんな妄想をするばかりでした。

    そんな時に、宿泊修行が出来る天光寺さんの存在を知り、自分を見つめ直すきっかけと、自己成長のために、参加を決意しました。参加させて頂いた日程は、平日だったこともあり初日は私を含めて3人、二日目以降は私のみと、ゆっくりマイペースに過ごさせて頂きました。

    初対面の方とでも、お百度参りや滝行を通して打ち解け、達成感を分かち合い写経や瞑想では、ゆっくり自分自身と向き合い、精進料理で身体の中から栄養を頂きました。普段ばたばたと過ごしていると、気づけない風の音やヒグラシの声、人工的ではない山の冷たさや水の冷たさ、無理な調味料が加えられてない、身体を想った料理にすっかり心も身体も、デドックスされた気持ちです。

    駐在されていらっしゃる方々に、とても優しく、若いのに視野広く様子を見て下さる方や、ひょうきんな話で和ませて下さる方など、とても心温かく受け入れて下さいました。この三日間で、学ばせて頂いたことを忘れずに、日々の生活への感謝を持って過ごして参ります。

    日々に疲れ、温泉旅行を計画されている方がいましたら、身体だけでなく心も癒される、体験修行を強くお勧めいたします。本当にありがとうございました。

     

    この度の五泊六日の体験修行を終えて、最初は緊張と不安で胸が一杯でした。正座すれば直ぐに痺れて立てなくなってしまい、五泊六日も続けられるのかなと心配でした。

    一日目は、挨拶の作法をして、その後にお百度参りをしてから滝行にいきました。お百度参りでは、いきなり足にマメが出来てしまい、歩く度にビッコをひいていました。初っぱなからなので、少しお先真っ暗な気持ちになったんですが、痛みには強い方なので無我夢中で行に励みました。一日目の行が終わって緊張の糸が切れ、疲労感がどっと来てその日は21時前には、布団で寝込んでしまったのを覚えています。

    二日目は、本格的に読経を行いました。最初はどこを読んでいるのかもチンプンカンプンで、目で追うのがやっとでした。その後には声出しを行いました。大きい声を腹から出すのは、気持ち良かったです。午後は、お百度参りと川行でした。先日の足のマメが気になったのですが、走っていて不思議と痛みは感じなかったのを覚えています。

    川行は正直暑がりな自分にとっては、楽しみで仕方なかったのですが、実際にやってみると甘くはないと思いました。これがまだ夏だと思うと、ゾッとしました。

    その後の三日目、四日目、五日目も沢山の行をして、沢山の思い出がありました。辛いことは沢山ありましたが、心は充実しておりました。なぜかと言うと、それはもちろん住職先生はじめスタッフの方々が、とても温かい方々ばかりだったこと他ありません。皆様のお話を聞くのが楽しみになっていました。

    長い様であっというまの五泊六日でしたが、この経験を無駄にせず、今後も精進していきたいと思います。

    最後に、いつもそばにいてご指導頂いた、先生には本当にお世話になりました。皆様、本当にありがとうございました。

     

    二泊三日の体験修行を通して感じたことは、修行はこの三日間で終了ではないという事です。多くの事を体験させて頂きましたが、全てをするうえで一番大切なことは、自分自身がどの様に取り組むかが一番大切だと感じました。

    特に実感したのは、写経をした時です。初めは、早くやろうという気持ちで行っていました。途中で見返した時に、自分の字の汚さに驚きました。一字一字丁寧に、気持ちを込めて写経をしたら、その後の達成感や気持ちの良さは格別のものでした。

    ものごとを取り組む上で、どの様に取り組み、どの様に感じたいか、また、自分が出来ることを自分で探し、積極的に行動するか、今後、日常生活を送る上で気を付けて行動していきたいと思います。

    また、テレビでの報道が有ったので、修行に来るのが少し不安でしたが、報道で有った様なことは一切なく、三日間の体験修行を有意義に過ごすことが出来ました。

    この事は、住職先生以下スタッフの皆様の指導のおかげです。ありがとうございました。

    四つ目は、積極的に行動するという事です。以前は誰か他の人やってくれるから大丈夫、とか、別に僕がやらなくても誰かがやるから大丈夫だと思っていました。ですが、天光寺に来て自分から積極的に行動できるようになりました。誰かがやるからいいやではなく、自分から進んで行うことが出来るようになりました。
    これからは、もっと周りを見て積極的に行動出来るように心掛けていきたいです。

     

    修行体験を通じて、感じたことがあります。修行の流れから、私の感じた修行の様々なことを書きしるします。

    挨拶:食事の前に手を合わせて「いただきます」と言って、食事をしたのはいつだったか分かりません。天光寺の美味しくボリュームある食事をしながら、改めて感謝の気持ちを持って挨拶することの大切さを再確認しました。普段は、私は社会人生活の中で会社の先輩から、挨拶が暗いと言われます。今晩、天光寺で練習した挨拶の作法を思い出し、暗いと言われた挨拶を変えていこうと思います。

    行:滝行・お百度参り・写経・写仏・瞑想・・・全てを通じて、心を無にすることの大切さを学びました。そして同時に、その難しさを実感しました。

    滝行やお百度参りは、強制的に心を無にすることが出来ます。そのことより、行を終えた後の邪念が無くなり晴れやかな気分になりました。写経・写仏・瞑想などは、どうしても行中に色々な考えが頭の中を駆け巡ります。しかし、瞑想中に腹式呼吸を意識しながら一点を見つめ、頭の中を無にしようとした時間は、とても落ち着きました。

    今後の生活の中で、忙しくも時間を見つけて心や頭の中を無にする、時間を作って生きたいと思います。

    住職:法話を聞いて、住職が実業家であったことに驚きました。住職のお話を聞いていると、自由でいいなと言うように感じました。私が思ったのは、お寺なのに料理でキムチや春巻きが出て来たときにお寺の料理のイメージを裏切られました。しかし、住職の生い立ちを聞いているうちに韓国と親交が有ったことや、料理店を経営してたことを知り納得しました。

    お寺だからということに縛られず、積極的にある程度は自由にやっていくことが、気を病まない秘訣ではないかと思いました。もちろん、自由すぎるのはよくないかと思いますが、住職に習った積極的なマインドを持っていきたいです。

    短い間ですが、大変お世話になりました。ありがとうございました。

     

    天光寺に来てから、16日が過ぎました。勉強道具をドリルを添えて送ってくれて、本当にありがとうございます。勉強の方は送ってもらってから、4~5ページずつやっていたのですが、最近は写仏・写経などしていて、あまり勉強していませんでした。

    時間を作って、復習をしっかりします。1日1日を大切に言われたことなど意識を確り持つことで、よい意味で自分の考え思い方などをあらためようと、毎日思っています。前まで信じていなかった見えないものの存在も、自分の中で本当にいるんだと変りました。

    その理由やキッカケは、何と表していいのか分からないのですが、天光寺での除霊やお祓いを見て聞いて、改められました。そういった見えない者にねらわれたり、とりつかれたりされないために、良い意味で自分の心や考え方を持ち、積極的に取り組み天光寺で過ごす一日一日を大切に、良く考え自分の中にいる悪い者や悪い考えなど、滝行や川行など様々な行を通じてその行に何の意味があり、どういう風な気持ち考えで取り組まなければならないのか、よく考えて行に励んでいます。

    他にも真言などに、どんな意味が込められているのかなど考えて、取り組んでいます。瞑想では自身の心、体もそうですがゆっくりと落ちつかせ、感謝・反省・懺悔することで、まず何が悪いのかったか、何にどんなことに感謝しなければいけなかったか、落ちついた身心で考えることによって、前には至らなかった考えや感謝や思いなど、反省することがたくさん思い出され悔やんでいます。

    そして、一番大切だと改めて思ったことや、同じ過ちや同じ失敗を繰り返さない。失敗してから学ぶこともたくさんあるが、その後にどういった行動をするのかなど、とても大切だと思います。自分が今感じたことや思っていることや自分は少しでも変化しつつあるのか、自分は本当に家族として認められるのか、お母さんは本当にやさしいでも今まで自分がしてきたことは、一番してはいけないことだった。だから自分に出来ることは何だったか、ふり返って考えている所です。

    自分がこの天光寺に居られるのも、家族のおかげでもあり周りの人達のおかげで、過ごせる一日一日を悔いのない生活にし、常に正直な気持ち思いやりの気持ち、自分がやりますという奉仕の心や素直にごめんなさいと言う心など、今まで欠如していた考え方をしっかりと学び考え気づきを大切にして、過ごします。いつも本当にごめんなさい。毎日とても、感謝しています。そして、体調や体に気を付けてください。本当に、いつもありがとう。

     

     

    三泊四日の体験修行は、初日の挨拶作法では普段知っていながら実生活では行動できていない自分に思い当たり、大切だと考えたことを行動していくことがいかに大切か、しかもそれが基本的なことだと思い、いつの間にか基本も忘れていたのだと気付きました。

    写仏は集中力を高めることと、一つのことしか行わないということが、普段仕事や家庭や将来のことをあれこれ考えてしまう思考を止めて、脳の別の部分を使っている感覚が心地よかった。

    いつもの生活の中に写仏を取り入れても、同じ効果が得られるであろうか、法話は仏教がインドから来ていると知った。私はヨガなど遣っていることもあり、今回天光寺様にお世話になっているのも偶然ではなく、引き寄せられたのではないかと思いました。

    住職の話は一時間半有りまたがとても分かり易く、エピソードも交えて面白かったです。特に自分に残ったエピソードでは、「己を知ることが大切」と言うことでした。

    信念・気迫・根気~自分を知った上に構築していく瞑想は、無になる時間は一分も持たない。考え過ぎる、無とは何かと言うテーマになってしまっている。1-1=0、確かに0に成れば何でも受け入れられる。

    十三仏真言・般若心経は、私がカラオケに行くと寝たふりをするほど、音痴だということを思い出させてくれたりもしました。

    滝行・川行では、意識の使い方を他に向ける。意識と、身体を分ける。身体を、意識で使う。自分の意識を体現してくれているのは、自分の体だけだから身体は大切にする。本当に身体には感謝し、意識は身体と別に成長させる。

    全体を通して感じたのは自分は複雑に考えすぎだと言うこと、あれこれ有り過ぎて力が分散している。生きる目的をシンプルにとらえて行動したほうが良い。シンプルに考えれば私の体が全身全力で応援してくれる。五感を使うことで体を知ることが出来た。まだ未熟ではあるが、体内スイッチを押せば目的に近づくと確信をしている。等々でした。

    みなさん、ありがとうございました。

     

    平成二十九年五月四日より三日間、大変お世話になりました。滞在中は、お百度参りや滝行や川行や、写経・写仏を書き込み光明真言の復唱を体験させて頂きました。

    体験修行の参加目的は、「自分の内面を見つめ生きる目的と向き合う」ことでした。自分の人生において、何度目の修行か失念してしまったが、今回の修行は希望していた自分の内面と向き合うものでなく、外部の刺激などで肉体を行使する精神修行に、多くの時間を使いました。

    三日間の滞在で気付き得たことは、繰り返し行う力である。行う対象が、写経・写仏・お百度参りであろうと繰返すことで、前回の自分よりも微々たることながら自己成長を体感でき、無意識に自分のエネルギーに成っている感じを感じました。

    対象物が何であれ、極めた方が発するオーラや気概などは、繰り返し行われた修行の成果が生むエネルギーなのであろうか、そう強く感じることが出来る三日間の滞在でした。また、意味を理解できず繰り返して何かを行うことで、自分で意味や目的を見出し納得させることが出来ました。本当に体験をする炉いうことは、自分で意味を見い出すことなのかも知れないです。

    自分は東京を拠点にビジネスを行っており、日々の生活で修行を行うことは難しいが、日々の生活でも真摯に毎日を繰り返し、エネルギーの有る人間になって生きたいと、今以上に強く願えるようになった三日間でした。

    お世話になった皆様方、本当に有難うございました。

     

    人生初めての修行は、都内に住んでいる私にとってアクセツの便利さで選んだ天光寺だった。安易に予約したが、いざ訪問してみると線香の匂いと広間の真正面で静寂の中、存在感を放っている観音様に圧巻された。ここでようやく身の引き締まる思いと緊張感が出て来て、二泊三日乗り切れるか少し不安になった。

    だが、案内してくれるスタッフが気さくで、面白おかしく説明してくれたので、すぐに心配は打ち消された。受付用紙に名前や動機希望を記載後、さっそく修行がスタートした。まずは基本の挨拶から、叩き込んでもらった。とても大事なことで、日頃の多忙な生活ではついつい忘れがちである。

    私は今の職場に勤めて約一年が経つが、毎日の残業や上司の厳しい指導を受ける新人として、毎日を過ごしている。私はガムシャラにとりあえず仕事をこなすことだけが、精一杯だった。仕事の内容も特別やりがいの感じられるものではなく、ただただ会社に使われている機会人間のような気分でもあった。そんな私にも娯楽は必要であり、私の場合は飲酒であった。ここ一年、連休や平日や昼夜関係なく飲みに出ていた。

    仕事に遅刻したのは当たり前で、お金も無くなって行くし親しい人も離れていった。一年経った今、ふと去年の自分と比べると、いろいろ遣った年だった。小さなプラスになることを日々積み重ねて、大きな成長を成し遂げる人生を送りたいのに、このままでは真逆の道を歩むことになると気づき、今回の修行を決断したのだった。

    数ある修行体験のうち、最も印象に残ったのは「滝行」でした。一日目、負けないと覚悟を決め滝に入るも数秒でリタイアしてしまった。二日目は悔しかったので、腹式呼吸と「滝と一体化する」と言う、指導員のお言葉を胸に再チャレンジすると、宜しいと言われるまでずっと滝に入っていられた。このことが一番、自分で目に見えて分かった成長であり、嬉しかった。

    ケンカするぞと言う気持ちで滝に入ると、打ちのめされる様に人生もまた同じで、帰宅したら周りの人々をもう少し注意深く見つめ、同調する気持ちを大事にしてみようと思った。二泊三日、ありがとうございました。

     

    2017年5月2日からの体験修行で、目的は主に滝行を体験し、今まで体験したことのない感覚と見たことのない世界に、踏み入れることでした。好奇心と心身の鍛錬が混ざった行動です。

    着いてから、挨拶の作法の説明を受けた時、今更ながら挨拶の大切と見知らぬ初対面の方への

    自らの挨拶に未だ緊張してしまう「昔の」自分がいました。

    今の私は接客業に携わっており、従業員としてお客様や社内の方へは率先して緊張もなく挨拶できるのに、いざ職場から離れ身一つになると、今までウンザリするほど愛してもいたり嫌いになったり感謝したり申し訳ない気持ちになったりしていた職場が、私にとっては「鎧」となり「刀」となっていたんだなと感じました。

    職場で緊張してしまうということは鎧や刀は装備品なので、私は未だ血・肉・骨になっていないと言うことを痛感しましたので、自分自身に負けてたまるかと痛感し勤行に勤めました。

    光明真言や般若心経は何度も繰り返し唱えて行くうちに、最初は足がつらくて集中出来ませんでしたが、二日目の瞑想の時間には今まで出来なかった胡坐が出来るようになり、それ以降の勤行は唱えることに集中することが出来ました。瞑想の時には、自分の先祖や親戚の顔と声を思い起こしていました。

    本来の目的であった滝行は、声がかき消されてしまい水の勢い力に圧倒されました。身体は冷えましたが、滝から出た後は、滝行をする時間を作ってくれた職場の人への感謝や、今まで辛いことも沢山あったのに楽しい思い出とか笑顔とか笑い声が、脳内に心地良く響きました。体験修行から戻ったら、心から「ありがとう。これからも一緒に頑張らせて下さい。宜しくお願いします。」と挨拶します。

    この体験から世界は広く、自分が出会っていない人やこれから出会うっていく人も沢山いるんだと、今までのことが意味がない訳ではないと言うことも改めて分かりました。今まで、井戸の中の蛙の気持ちでしたが、こうして体験できて良かったです。今の会社の人達に、感謝します。そして、天光寺の皆様ありがとうございました。

     

    学校を中退して、実家の商店を手伝いながら通信制の高校に学んでいます。知り合いから、学校に行かなくとも大学が受けられる方法がいくつか有ると言うことで、通信制の高校とか大学受験検定とかで、大学進学を考えています。通信制はスクーリングがあり検定は受検するだけなのですが、実家に負担もかけさせたくないので、自分なりの方法で仕事と学業を平行させています。

    実家にいると、旧友が時々遊びにきますが、最近の旧友がやたら子供に見えたりする変化に、分からずも感じています。半分社会人になっているせいなのか、生徒として旧友は過ごしてばかりなので幼いのか、同じ歳のはずの旧友が別の空間にいるような感覚になりました。

    実家の仕事は思ったより忙しく、仕事時間の変化も多くあって、両親の忙しくしている姿に今までは想わなかった感謝する気持ちになりました。

    天光寺で体験修行することは、町内会で体験修行を経験した方から、昔と違い今では女でも確りした計画を持ち意識を固めるためには、学校ばかりでない寺院等での体験修行を通して、早く成長した方が良いと聞き、場所や連絡先や簡単な修行内容を聞き申し込みました。

    実家からは、電車とバスで4時間以上かかりますが、両親からも背中を押され参加しました。私の参加することには、両親も初めは驚いていましたが、賛成してくれました。

    寺院に到着して挨拶して申し込み受付をして、順次体験修行者数名での修行を開始しました。初めは作法挨拶から始め、お経の朗読に入りさらに光明真言に入り三禮と、進んでいきました。同じく体験をする方の中には、同年代だけでなく年長者もおり様々な方が来ているのだなと感心しました。翌日からは早朝から起床洗顔掃除と、続けざまに行を行い全てが修行であるとの教えから、食事も布団の片付けもと、全身全霊で短期の修行ですが、出来ることへの挑戦と思い頑張りました。

    写経では何枚か書き記した般若心経を持ち帰り、滝行では冷水の中で感じた無心を思い出し、法話や瞑想では思いもしなかった現実と安楽と苦悩を、教えを思い出しました。帰宅したら両親からは、なんと言われるのかを楽しみに体験修行を終了し、帰宅します。

     

    ノイローゼなのかと思い、天光寺に電話して住職と話をする機会を得て、その中で体験修行することで我が身を落ち着かせてはと助言され、体験修行に参加しました。

    体験修行では挨拶の所作から始まり、作法として挨拶や腹式呼吸発声法、お経の練習、三禮を行いました。

    中でもお経の般若心経では連続で100回唱え、南無大師遍照金剛の御宝号は500回も唱えました。実のところ翌日には、1000回唱えました。それ以外には、光明真言を1000回唱えて無心になることで、頭の中のもやもやが消えて行くような感覚になり、翌々日にはお百度参りをしてから滝行に打たれることで、気持ちもすっきりした状態に変っている自分に驚きました。

    初めは言われることだけを行う体験修行でしたが、徐々にお経のありがたさやお経を書き進める写経では、書いた字に心が表れると言われ神妙になり書き進めました。

    中でも光明真言は、発音したことのない発音なので初めは上手く発生できませんでしたが、習いながら始めると少しづつ光明真言の流れがつかめ、少しづつ連呼することが出来ました。連呼では、お経も御宝号も光明真言も、何かの効能があり伝わって来ているのか、不思議な感覚になり体験修行に参加したことに、医院への通院することなく解決できると確信できました。

    自分の将来も考えて、確りしないといけないと言う意識で、体験修行に参加して良かったとも電話で相談したときを思い出し、感謝しています。

     

     

    高校を卒業して、一度は生活してみたいと想っていた都会に、就職を理由にして来ました。私の故郷では、大きな建物もなく車も多く走っていませんし、街中でも人々の往来は少ないのに、都会は全てにおいて建物も車も人も多く、驚きの連続でした。

    昼間は会社で仕事をして、帰宅しては会社の独身寮で過ごす、典型的な地方出身者のお定まりでした。休日は同僚と買い物に行ったりもしましたが、慣れない日々の勤務から休みは寝て曜日になることが多いです。衣食住ですが、会社の制服に始まり社員食堂で栄養を取り、寝入る先は会社の独身寮と、全てが会社関連で便利にも、都会を感じさせないで過ごせる環境でした。

    就職して一年が経ち、少しの仕事先での余裕も出てきたかに思えた先月に、会社から新人の体験修行で選出された何名かが、天光寺で体験修行を体験し社会人として成長する機会を与えるとかで、参加することになりました。参加では、大人数の企業研修というものでなく少人数の体験修行と言うものでした。私たちは体験修行が、仕事の一環でもあると釘打ちされ、神妙な感覚を持ちながら参加しました。

    社内には先輩で体験修行された方もいましたので、天光寺で行われる体験修行の内容を聞き漁り、心の準備と予測できない環境の準備をしました。そして、大まかな体験修行経験者から聞いた内容は、お経朗読に滝行に法話と聞いていましたが、実際には多くの抜け落ちた修行があり、内容も濃厚でそれはそれは驚きの連続でした。

    般若心経の朗読は100回、御宝号の南無大師遍照金剛は100回から500回に1000回と、

    光明真言は1000回と腹式呼吸を利用しての声出しと、ハードな体験修行でした。就寝では全員が、吸い込まれるように寝入りましたが、早朝起床では、跳ね起こされました。

    滝行川行では、弘法大師像の前でお百度参りを行いすぐさま滝行に赴きましたが、冷水の滝行で

    今までに体験したことのない水圧とお経の連呼で、意識が少し薄らいだのを感じました。さらに修行は、食事も睡眠も清掃も体験修行とあって、聞くと体験するでは大きな違いが有ったと感じました。

    そうこうして体験修行は終了しましたが、終了後に感じた爽快感とお経朗読の余韻で、今回の体験修行に参加できたことに感謝して、体験で知りえた行を次回に結び付けたい感覚になりました。

    ありがとうございました。

     

     

     

     

    大学に進学はしましたが大学の講義にもついて行けず、学内サークルにも誘いは有っても入会もせず、立ち寄るところもなく大学と自宅を往復するだけの毎日でした。顔見知りはいるのですが、友達と言えるまでの同級生もいないままに、大学生活を過ごしていました。

    天光寺の体験修行は、学内食堂の掲示板に張ってあった広報誌に、「滝行を受けて、向学心を持とう!」と言う表題に目を奪われました。

    滝行とは何か、向学心は分かるが滝行とどのような関係が有るのか、分からないが気に成るものでした。受け付けは、学内同好会館の一部屋で、覗くと何人かの部屋の中にいて懇談していました。

    入り尋ねると、一回目の体験修行は終わっていましたが、2回目の体験修行に空きがあり申し込むことが出来ました。

    申し込むに際して、いくつか質問したり質問を受けたりしましたが、何か受け入れられるような雰囲気があり、申し込みました。今回の体験修行はクラブや同好会ではなく、個人の企画した提案で、精神修行を体験し修行できる企画でした。申し込んでは、同級生や先輩もまじえ初めて学内で話しできる方が出来、嬉しい思いをしました。

    学部や学年や趣味思考が違えども、体験修行をすることは一致した私たちは、予約した日時に電車に乗りバスに乗り換え天光寺に着きました。

    これから始まる修行では、大学生活中に困難や悩みや様々なことに負けないためにも、体験修行をして心身を清め充実した日々を過ごすための、修業をすると説明を受けました。期日は三泊四日で、外界から離れ修行体験するものでした。体験内容の説明では、言葉挨拶から始まりお経写経や仏様写仏や、お百度参り滝行川行や、瞑想や法話と盛り沢山でした。

    修行は滝行ばかりでなく、付属する様々な行を行いあっという間の体験修行でした。今までは知りえなかった体験であり、清々しく爽快な体験でもあり、私達以外に参加して来ていた方との懇談もあり、外界とは閉ざされていたにもかかわらず寺院内での修行体験者交流で、厳しくも温かみのあるものでした。

    私個人としてはリピーターとして、年に何度か参加して我が身を充実整えるためにも、天光寺に訪問したいです。

     

     

    家の関係で進学できず中学を卒業してからは、昼間は工場で働き夜は定時制の高校に行って、仕事と勉強を一緒にしています。来年は何とか頑張った定時制の高校四年間を卒業して、社会人だけになります。社会人になってからは一つの夢があって夜間大学か通信制大学に進学して、初め家の関係で進学できなかったことで悩みましたが、将来は工場仕事から違った仕事で頑張りたいと想っています。

    今回の天光寺での体験修行は、現在勤めている工場で、工場長から何人かが推薦された一人として参加したものです。短期三泊四日間の体験修行で、社会人として生きていく上で大切なことが学べると案内されて、推薦を受け了解しました。

    体験修行では、午前中に天光寺に一同が参加集合して、早々に修行開始になりました。社会人として重要であり修行する上でも大切な、諸々の挨拶から始まり静寂の中に私達の声だけが響き渡り、緊張感も重なり気持ちも引き締まりでした。

    つづいては、腹式呼吸や発声法やお経の練習をして、さらに三禮を行いました。昼食後には、般若心経を連続で100回唱えたり、大きな声での挨拶を練習し、御宝号「南無大師遍照金剛」を500回唱えました。夕食では配膳し食事し食器洗い片付けを全員で行い、その後写経を私語厳禁で正座して行いました。就寝は午後10時で、速やかに寝入るものでした。

    翌日は午前中に光明真言1000回唱え、午後からはお百度参り後に滝行を行いました。お百度参りや滝行では、南無大師遍照金剛を常に唱え山の神滝の神への挨拶も行いました。夕食後には、写仏と言う仏様の絵を習字の筆を使い描きました。日々繰返させられる体験修行では、天光寺の住職から多くを教えられました。

    滝行以外に川行と言う行があり、川行も行いましたが滝行と違い川に入水して、ただただ自我を清める行でした。

    今回の体験修行では、多くを学び多くの行を行い多くのお経文を唱え、最後に「何のために生まれてきたのか、なぜ積極的に生きなければならないか、舞台と役者の演じ方、努力と知恵の使い方」の有難い法話を拝聴して、短期ではありましたが体験修行を終了しました。感想では、積極性と向学心を忘れず、常に前を見て頑張らなければならないと言う教えを受けました。

    ありがとうございました。

     

    ぼくは小学生ですが、朝はねむたいし朝飯はあまり食べたくありません。お父さんお母さんは、ぼくがふとんに入ってからもゲームばかりしているので、朝も起きないし朝飯も食べないといっていつもおこります。ゲームばかりと言っても、ゲームで勉強することもできると言うのですが、分かってもらえません。漢字や算数や歴史など、いろいろ今ではたくさん勉強できました。

    親はゲームをしないので、ゲームでの勉強をしんようしていませんが、遊びだけのゲームだけでなく勉強できるゲームがあることを、知ってほしいです。学校には仲良しの友だちもいるので、きらいではないけど眠くなることがおおいです。先生からは勉強じかんで寝ることが多いと注意されますが、そのことを親に言われるとおこられるのできらいです。天光寺では大人や子供が何人もいて、みんなでお寺の勉強をしています。眠くなることもありますが、がんばりました。

    習字では、なんども知らないむずかしい字を書きましたが、自分が書いたものは自宅にもって帰って大切にするように、お寺の住職さんからいわれました。三日四日のお寺での勉強でしたが、大きな声を出したり同じお経をなんども勉強したので、むずかしいお経のことばをいくつかおぼえました。

    テレビやゲームやマンガの本が、お寺ではなかったですが、お寺での勉強やお兄さんやお姉さんや、おじさんおばさんと話ができたことは良かったです。お父さんやお母さんと話をすることが少ないので、うれしかったです。

     

     

    中学生になって、小学生の時とは違い学園生活に面白みが感じられず、通学したり自宅にいたりしていて親からは不登校にならないように注意されたことで、天光寺での体験修行に参加して気持ちを引き締めるため数日間過ごしました。

    初めての自宅以外の場所で、食事したり寝たりするのは初めてでしたが、何人かの同じ体験をしている方などから話を聞いたり少し話したりで、今までは感じなかった知らなかった世の中と言う世界を感じ知りしました。

    体験修行では朝が早く、その後の寺院内掃除やゴミすてなど大変でしたが、頑張りました。朝飯を食べてからは、瞑想と言う静かな音楽が流れている薄暗い部屋で、静かに気持ちを落ち着かせ自分を見直す体験を全員でしました。

    瞑想が終わると大きな部屋に移り、写経と言う般若心経の書道の書き込みをして、同じように気持ちを落ち着かせる修行をしました。午後には、お百度参りしてからの滝行をして、冷たい水に入り手足の先が冷たくなりながらも、南無大師遍照金剛を何回も言いながら頑張りました。

    夕食後は、住職さんの法話を聞き人としての、色々あることを聞きました。寝る時間は午後10時でしたが、少し時間があり同じ体験修行をしているお姉さんやおばさんと話ができました。私だけでなく、何人もの人が来ている天光寺ですが、私のような子供から大人の人までいて、数日間一緒に生活しながら体験する修行では、家では感じないことが多くありました。

    親に言われていたことですが、何人もの他人の大人に聴いた話から、学校には行かないと後で苦労することになることなど教えられ、少しですが分かるようになりました。学校で教えてもらうことよりも、天光寺で教えてもらったことは大人になっても通用することなので、良い体験でした。

     

     

    体験修行は、自分の不登校から親が捜してきた心を改心するための、体験修行でした。私は、進学したものの進学希望する学校には行けず、進学するだけの学校と言うだけでの進学だったので、学校にも興味も持てず友達も出来ず、学業にも向学心が消えたような進学でした。

    朝になるとお腹が痛くなり、発熱などもあり学校に行くことを体が拒否している毎日でした。学校の先生の家庭訪問などもありましたが、話ばかりを聞いても思って居るような話にはなれず、先生が帰れば頭から布団に入り込むような、不登校生徒でした。

    天光寺での体験修行では、不登校の児童や生徒や学生が親に勧められて来ている人も、何人か居ることを自分が参加してから聞きました。ただしここは、旅行先や林間学校ではないということでした。自然多い天光寺では、早朝6時から起きて夜半の10時には寝るので、自宅の生活と違いテレビも新聞もスマホも観れず読めず使えない場所でした。体験中は世の中のことは分からず、体験を連日行うことで、住職からは積極性が出るように頑張りなさいと言われましたが、時間が過ぎて行くだけでした。

    今の学校は行きたかった学校ではないので、通学する気持ちが出ないんです。この頃では、学校よりも就職してから学校に行っても好いのではないかとさえ、思う時があります。ただ、体験修行では、学校では教えてもらえないお経や体験が出来たことは、嬉しかったです。

    修行内容は、写経に所作に挨拶の仕方や、お百度参りに滝行と自己責任で頑張りました。食事の時や寝入るときでも修行と聞いて、緊張しました。今は落ち着いています。

     

    去年まで自衛隊で勤務していて、就職紹介で就職しましたが、高校を卒業して直ぐに自衛隊に入り、今では紹介された企業で勤務しています。自衛隊と違い民間の企業は、利益優先なので中々馴染めず、悩んだりすることもありますが緊張しながら頑張っています。

    天光寺での体験修行は、勤め先から新入社員のための企業外研修との意味合いもあり、参加しました。総勢6名での体験修行でしたが、初めは寺院での研修と聞いていたので、何をするのかが分かりませんでしたが、修行をしていく過程で社会人としての基本を教え込まれました。自衛隊との違いは、民間なので大らかな修行体験ですが、節度ある体験修行でした。

    内容は、挨拶に始まり所作に続き、お経の朗読や写経による心身の落ち着きを養うことや、瞑想による感情の落ち着きをも養い、お百度周りで足腰を使った走りこみの後の滝行で、全身を清める修行で体験した。

    今回は体験修行と言われましたが、奥が深い修行であり中身は広い修行でもあると感じ、何か引き込まれる体験修行に、参加して良かったと思うばかりでした。出された食事も美味しくいただき、想像していた食事と違い微笑ました。

     

     

    進学で都会に、出て来ました。憧れの都会に出て来て、憧れの大学生活を過ごせる夢一杯で喜んでいました。ひとりで生活するのも初めてのことであるし、新しい友達との交流もワクワクする毎日と想い、キャンパス・ライフを過ごしていました。少しの五月病も有りましたが、友達と学業にサークルに楽しく忙しく過ごていました。

    天光寺での体験修行は、私の所属するサークルで行われた進入部員歓迎の、体験修行でした。今回の体験修行では、サークル内の融和と個々人の精神修行でした。親からも教えられたことのない、社会での挨拶や声出しや、修行なのでお経朗読や写経や瞑想をして、異空間での修行を体験しました。同じく体験した、サークル仲間とはこれから過ごす過程での、相談などもしました。

    天光寺での体験では、他者の参加者も大勢居て様々な意見交換もできました。始めて知る、学外の方々との交流も出来たことには、想いもよらないお土産になりました。

    滝行では初めにお百度参りをしてから、順番に滝に入りますが冷水と水圧の凄さに、竦んでしまった方も居て、自分の順番では確りしようと入りましたが、同じく竦んでしまいました。手足の冷たさで、温水シャワーを浴びるまでは生きた心地がしませんでした。滝行初体験では、滝を浴びた方全員が寒さで震えながらも、全員が爽快感で清められ感動しました。

    今回の体験修行では、社会に出てからの方が多いらしいと聞きましたが、中には私達のような大学生も居れば、中には小学生や中学生や高校生も居たり、定年後の第二人生を始める前の自己確立で、参加される方も居ると知って驚きました。

    ささやかな驚きでは、天光寺で出された食事なのですが、精進料理と聞いていましたので、想いの他期待していませんでしたが、美味しくお替りまでして完食しました。

    最後に、修行で般若心経や光明真言など教えられ、大人の仲間入りするきっかけを頂いたような気もしました。

     

     

    高校生です。両親の許可を取り、天光寺での体験修行を受けました。三泊四日の体験修行ですが、実家で過ごす日常とは違った体験で、進学問題とか交友問題とか生活習慣問題とか、親に心配をかけない成長する自分になるために体験しました。

    どちらかと言えば大人しいと言われる私ですが、両親から言うと私はわがままで言われたことが素直ではないと言うのです。親は友人に関しても、いい友だちと交際しなさいと言いますが、今の友だちは悪い友達はいないのですが、親は誰かと誰かとは良くないと言うのです。友だちには言えないけど、気になり顔に出るのではないかと不安です。

    体験修行では、心を落ち着かせたり滝行で私の中に有る邪念を祓うなど、初めての経験で驚きました。読めない漢字が多い、般若心経ですが写経ということをして、気持ちを落ち着かせる書道をしました。久しぶりの書道なので、指先が想うように動かなかったりしましたが、頑張りました。

    天光寺の住職の話された法話では、人としての有り方やものの考えなどを習いました。分からない話も有りましたが、後になってから分かるような話もあり良かったです。

    食事は全て精進料理でしたが、好き嫌いの多い私ですが全てきれいに残さず食べて、自分でも驚きでした。寝るときは数人のお姉さん達と同じ部屋で、睡眠して熟睡しました。

    朝は早朝6時に起こされて、普段なら起きれない時間でも起きてしまったことに、実家ではないことなのか緊張していたのか、不思議でした。

    起きた後には寺院の掃除をしてから、お粥を食べました。その後に、瞑想の部屋に数人で訪れ瞑想が始まり、静かな音楽の中で自分について考えたり、家族や友達のことを考えたりしました。体験修行の方は、私よりも若い中学生もいたし両親よりも年齢の上の方も居て、同じ修行を時には静かに時は声をできる限り大きく発生して、お経や御宝号を唱えました。これから帰宅しますが、また天光寺に来て自分のためだけでなく、家族のためにも精進したいです。

     

     

    都会に行くと人が変ると言われましたが、都会に夢を見たわたしは学校を卒業すると、実家を後に都会に出てきました。都会で過ごす楽しさや、都会で知り合える人々とは多くの刺激や交流で、あっと言う間の経年が過ぎていきました。

    私は今、三十路半ばになり振り返ることを知り、都会に出てきたころを振り返り当時の写真などを、アルバムの中から多くの思いを感じて感じ取っています。職場をいくつか変えたことも有るのですが、都会には都会人でなく地方の方の集まるところが都会という事を知り、真の都会人は少なく多くの地方出身者が蠢いている所が都会と言うのだと言う現実も分かりました。

    心境の変化なのでしょうか、ふと田舎を思い出したり珍しく電話したり、今までのはないことをし始めました。三十路で独りからなのか以前違い、交流できる友人や知人も少なくなって来ていることや、鏡に映る自分の素顔を見るたび想う微妙な老いが出てきていることに、驚かされました。

    ある著書で、人は外見でなく中身であると言うことを読んだ記憶から、以前であれば何も感じない心の中に芽生えた言葉を思い出したのも、体験修行を申し込む理由になりました。中身となれば、人間としての勝負と言われます。自分では果たしてどれだけの者なのかを知りためにも、体験を果たしました。体験は三泊四日でしたが、天光寺での体験では充実した教えや体験を通して、実のあるものでした。

    今まで感じたこともなかった、決断力を積極性を五感を活用することなど、目から鱗でした。自分を信じることや、相手への思いでは見返りのない愛情から自分自身を癒すことなど、得るものがありました。またの参加を思いつつ、感じ入った体験修行でした。

     

    今回私はこの体験修行を、夫婦で体験参加させて頂きました。結婚して6年経ちますが、今以上の結婚生活を維持するためには、何が足りないかを学んだり体験したりすることで、夫婦関係を見直す機会にしたく参加しました。

    修行では声の出し方から始まり、挨拶の仕方と基本の所作をお教え頂きました。教え頂いたことで、今まで知り得なかった夫婦でも相手に感謝することや、明確な言葉の伝達でお互いを認め合うことなどを知りました。

    私たちはお互いに仕事を持つ、共稼ぎ夫婦のため時差や行き違いがどうしても多くなる家庭でした。実のところ、住居のローンや今しか出来ない貯金等を考えた結婚生活なのですが、このままでは煮え切らないものがありましたので、天光寺の体験修行に参加した経緯があったのです。

    妻とは友人の紹介で知り合い一年後の結婚しましたが、どうしてもまだまだ遠慮がある生活をしています。よく言えば新婚生活みたいですが、子供も居ない夫婦二人の生活で潤滑油ではありませんが、実質的に他人から夫婦としての在り方を考える時期と判断しての参加でした。

    週末を利用した、わずか二泊三日の体験修行でしたが、初めて知るお互いの所作や行動に関心しました。妻も私の所作や行動や行いに興味を持ったのか、自然な笑顔を見せてくれました。他人同士が夫婦になるという事は、紆余曲折がありますが今にしてみれば体験修行で、分かり合えた様々から夫婦生活や家族生活に、頑張れるようなものになりました。

     

    天光寺さんの体験修行に申し込んだのは、誰かからの誘いや序ではありません。少しばかりの著書なども読みましたが、伝わってくるものがなくヤキモキした結果、行き着いたところが天光寺さんでした。

    何も知らない私ですが、数日間の体験ではなく一週間の休暇を貰い、体験修行に参加しました。案の定、初めは何も分からない異次元の話ばかり聞かされて、右往左往しました。当然なのでしょう、今まで信心も宗教心もない私には別世界の言語ばかりで、住職さんより易しく説明されなければ、外国語でしかありませんでした。

    多くの意味が有り教えがあるお経に驚き、お経の朗読には息が続かず、写経ではどうしても毛筆の動きが叶わなくなり、冷や汗ばかりの毎日でした。少しづつすこしづつ修行を進めるに、数日間過ぎて分かる安堵が出てきたことに、感動を感じたことを覚えています。

    けして優秀な体験修行者ではありませんが、自分では自分なりにささやかな喜びとして感じ取りました。体験修行では、さまざまな修行が項目されていますが、私の性格からは写経や写仏や瞑想で、心が洗われる思いでした。写経では心が表れるとされ、写仏では心の乱れが分かるとされ、瞑想では心情追求がなされるとお聞きました。

    修行では個々人の様々な心理作用が浄化され、還元され落ち着きをより戻すとされるなど、今回の体験修行では、感謝に耐えません。ありがとうございます。

     

     

    私は中国から結婚で、来日した者です。当初日本人の旦那さんとの生活も順調であり、これと言った問題も有りませんでしたが、2年3年と日本に滞在しながら結婚生活をしていると、どうしても国民性からか自分の培った習慣や常識が優先してしまい、旦那さんとの間に溝ができるようになりました。また、会話言葉の問題では短い会話はいいものの、家族以外の方との会話で上手く表現できず、勘違いされたこともありました。

    生活では料理の味付けに、旦那さんから意見が出て困り果てたこともあり、国際結婚の難しい現実を見ました。そんなことから半年前に旦那さんとは離婚し、今は独りで部屋を借りて生活しています。帰国も考えましたが、帰国しても面子のことなどがあり、中国の両親からも帰国しないでくれとまで言われ、日本での生活を続けています。

    仕事は、お定まりの夜の接客の仕事をして、夕刻から深夜まで仕事をしています。私の待ちでは、中国人お友達も居ないのでストレスがたまり、仕事先でも飲酒し過ぎて倒れたこともありました。店のオーナーからは、健康のことで友好的なことを言われますが、店を出れば他人のようです。相談する友人も居なく、お客さんに相談できることでもないので、体調も優れず生理がない月もありました。

    天光寺の体験修行は、お店に来ているお客さんの話の中に出て来たことから、内緒で申し込み参加しました。日本文化を知るには好いことでも有るし、仏教には親しみもあったので、参加しました。お経は漢字が多く意味は分かりましたので、発音は違いましたが受け入れることができました。

    参加している日本人からは、友好的な同じ参加者ということもあって、日本で初めての友人ができた思いでした。滝行では終始、驚きの連続でしたが、清められました。写経や瞑想では、帰国したことなど想い、少し涙が出てしまいました。住職の法話は難しいことが多く、直ぐに分かることが少なかったですが、法話の前後の話から幾分か雰囲気で感じとりました。

    今後は日本で生きていくことを決めているので、多くを知り学び体験して行きたいです。

    謝謝。

     

     

     

    四十路の女が体験修行するきっかけは、過去の離別とか現在の運気向上とか、これからのささやかな幸せをつかむための、お清めが多いらしい。私が体験修行に参加して、これ見よがしに言えることは年増の女と言われ中年の女と言われても、自分の内なる信念を見返りのない愛情と言われても、現世において楽しめれる生活ができれば感謝し喜べると想うのです。

    人は死んでしまえば、何も残さず消え去るだけと聞きました。寂しさも、有ったものではありません。世知がない人生であっても、今を楽しく生きることとして、体験修行して自分を見つめ直すことができればと、参加しました。

    私の10代は何も変化なくすごし、20代は仕事に流されてばかりで、30代は結婚しないキャリアウーマンと陰口を言われ、気が付けば40代半ばでした。同じマンションに住んで約20年経とうとしています。小奇麗なマンションですが、訪問者も居なく只帰宅して寝入るだけの箱部屋でしかなくなりました。

    都会には私のような女が多いと聞きますが、通勤で見る多くの同年代と思しき女性を観ても、何ら代わりがない様子ばかりでした。人生一歩先を歩きたい、そんな乙女チックも有ってか体験修行で、気持ち気分を高揚できるのであればと風変わりな申し込みでした。

    体験先には様々な方が居て、様々な思いで修行をされていましたが、私のような者は居ませんでした。しかしながら、体験修行を消化していくうちに、今ここに居る方々には一念があり一心不乱に取り組む姿勢に感動し、我を失くしました。

    写経であり写仏でありお経朗読で、わき目も振らず直視された経本に入魂していたのです。美しくも有り、感動さえ伝わってきた空間でした。修行では、お百度参りや滝行なども用意されており、精神統一には持って来いの経験になると確信しました。今私が、この実益感動を多くの方に知らしめて、精神修養できる天光寺での「所作」や「行」を体験して欲しいです。数日間でしたが、感謝に耐えません。

     

    意味も無く彷徨っている者は居ないことは分かっていても、もしかしたら自分がその彷徨っている者ではないかという、社会から突きつけられた課題なのではないかと想うようになっていた私に、天光寺の体験修行で学んだ所作等々で、「人は何故に修行をするのか」を教え込まれました。

    生育段階で学ぶ学校と違い、天光寺で行われる修行では、人間が生きる目的とか自身の浄化とか自分で作る因果力などを、法話やお経朗読の合間に住職より拝聴できたのは、ありがったです。

    糸が切れた蛸ではありませんが、行き先不明になりがちの昨今でしたが、体験修行を通して感じえた価値あるものでした。

    また、様々な老若男女の参加がおり、自分一人ではない環境での体験では協力し合う喜びも感じ、あっと言う間に短期の修行が終わってしまいました。体験者同士の懇談では、自分の知らない現実を聞いたり、なるほどと言う価値観のあり方を知り、自分には不平不満があり真の大人に成らなくてはいけないと反省することもありました。

    さらには、私から人々への発信力とでも言いましょうか、今までの自分には無かった勇気や喜びや失望させない、対人間での言動に責任を持つことなども知りえなました。

    女性はどうしても受け手になりがちですが、女性や異性に対してもはっきりした物事への勇気を持つことや、自分自身を愛し自分自身が変ることの重要性をも大切にしなければならないと、お互いに話し合えたことは有益でした。

    自分自身を救うのは、自分自身であると教えられたときは、大きなショックでした。

     

    海外に憧れ、或る外国で青春を過ごし帰国しました。私が海外に出たころと昨今では、国内事情もかなり変り海外よりも国内での生活や仕事を、優先する時代になっていました。海外での生活は多くの新鮮な刺激もありましたが、反対に個人主義の外国ならではの寂しさも感じ取れました。

    言葉や習慣や物の考え方の違いは知り得ていましたが、私の加齢からかなのか幾分か、考え方の変化を感じています。私は帰国子女では有りませんが、服装や化粧や雰囲気が周りの方からは異なものに感じられたのか、受けいられないことも多々ありました。

    初めに心に決めた志を最後まで貫き通すことが、海外生活ではよしとして生活していただけに、帰国後の違和感として私には感じられ苦痛になることもありました。このままではいけない心境から、天光寺での体験修行を受け心身を清める、修行参加となりました。

    修行では多くが知りえなかった所作や行で、数日間を過ごしました。数日間の中では、心身ともに教えをいただき、感心しました。写経では心の乱れを洗われ、滝行では肢体の感覚から自我を目覚めさせ、瞑想ではてひたすら思いにふけ入り現在過去未来など、物思いにもふけりました。

    自己自問では、答えは出ないものの精神修行になる、きっかけを味わいました。教えられた瞑想ですが、瞑想の神秘性を感じ法話で聞いたことなども思い出し、体験修行の醍醐味を感じました。

    体験修行では複数の体験者がおり、様々な方との懇談では知らない生活や環境や立場の世界にも触れました。実体験では、重みの有る修行であり体験でした。

     

    私の存在を私自身が分からなくなったといえば、何かに疲れた者として簡単に流されてしまう次代ですが、勢い錦を飾って故郷に帰る気持ちを持って出てきた私としては、今のままでは錦のことなど口に出せない現状に、頭を抱えていました。職場やサークルでの人との交流や遣り取りで、時として放り投げてしまいたいと言う感情に責めつけられ、ため息を付くことも多々ありました。

    天光寺での体験修行は、もっと自分を成長させたり体験の中で、感じ取れるものがあればと思い申し込みました。数日間の期間ですが、自分をさらけ出して無心になれるような体験ができればと、参加する前は少し甘えた心持でした。

    しかし、天光寺のインターホーンを押して中に入り、修行が進むにつれて私の甘い考えが消えうせ、規律と他の方との共同作業や基本所作で、初日が終わりました。起床は朝6時で、普段の私の時間と違いオロオロしましたが、その後の寺院内の掃除や自分が就寝に使用した布団の片付けなどもあり、緊張する早朝からのスタートでした。

    朝食後は瞑想の時間があり、個々人が瞑想して自分を見直す自分の存在を見詰める行を行い、異空間での真剣な思考でした。それから次々に決められた行が進み、書き読み写しを繰り返しました。体験修行は只の作業ではなく、自分の絶対的価値判断を浮かび上がらせることを知りました。今回の参加では、自分の可能性や多くの克服などを自分から積極的に向かわなくては、物事が開かない教えを頂戴することができて感動もありました。

     

     

     

    今回体験修行を体験させて頂きましたが、挨拶の作法で朝の挨拶や行の挨拶や食事の挨拶や就寝の挨拶と、声だし発声法や瞑想からお百度参りや滝行を体験して、更には写経や写仏や法話と盛り沢山の内容を消化してみて、今では誇らしく想っています。

    初めは自信も無ければ、どのような修行であるのかも知らないままに、天光寺の体験修行に興味本位で申し込み参加しましたが、今は反省しています。住職からは、ありがたい法話を聞いては涙が流れましたし、挨拶にも様々なものがあり、一つ一つに意味があるという大切な挨拶でした。

    体験での詳細は、人によって感じ方や考え方や一念が違うと思いますが、私の感じ入った修行体験では、お寺から一般社会に戻っても通用するものばかりだったので、リピーターになる覚悟もできましたし、今では天光寺は真言宗のお寺とのことですので、今までは無かった宗教的なことを含めた教学等も考えています。

    腹から出す発声法も、相手に通じいる言葉も、食事も就寝も修行であり、お経を朗読するだけと想っていた宗教体験と違った、本物の修行を味わったことには感謝でした。話はそれますが、体験修行期間ですが、多くの方は一週間以内の方々が多いと聞きましたが、中には何らかの事情からか天光寺に数ヶ月から数年滞在しながら、行を行い外界から離れ体験でない本物の修行に入り、精進の志願をされる方も居て自身を磨き上げる方の存在に、感心しました。

     

    俺は家族や子供達と別れ故郷も離れて、都会に独り上京して来た者です。都会では知り合いもいないので、できる仕事を何ヶ所か探し回り今の仕事に転職生活しています。都会に出てきた理由は、私個人のこともありますが、大きな原因としては災害(地震)に見舞われた田舎での生活を諦めたことで、家族内で言い争いになってしまったからです。

    震災の復旧のめども立たず、呆然とした毎日に絶望感もあり、新天地を思いあまっての言葉から言い争いになり、むしゃくしゃした私は独りの決断で都会に出てきたのです。なれない土地と水で体調を壊したりもしましたが、今は生活に慣れるための頑張っています。

    上京して既に約三年経つも、心の中に開いた風穴ではありませんが、無性に寂しさも感じたりしもたので、強い精神力を付けたいためにも体験修行に身を置きました。修行では、宗教的なお経の朗読だけと考えていましたが、実際には滝行や写経や法話や瞑想で、心身を修行で洗われました。

    行では今までに知らないことばかりでしたが、こんなに素晴らしい教えがあったのかと感心し、今では何冊かの著書も読み、人としての歩みを考えたりもしています。家族や子供達との再会も、今では心なしか考えたりもしています。どのような結果になるかわかりませんが、私の人生内の出来事として、修行での教えを守り学んで行きたいです。

    天光寺での体験修行は、頭(頭脳)だけでなく身体に教え込むような教えがあり、新鮮さもあり感動もしました。今後は心眼を開かせる、修行にも参加したいと想っています。

     

     

    自分の不始末から、家庭崩壊し嫁や子供達と別れ数年立ちます。初めのうちは勢いがありましたが、10年近く日にちが経ち社会環境が変ってきていると感じたとき、ふと過去のことなど思いだりして殺風景な変化のない部屋の中を眺めていました。

    仕事先も何社かかわり、身に付いた仕事先でのこともなく、人生流され組の一人といえました。

    どうにもならないし勢いもない、孤独ではないと想っても話し相手がいない現実に、ため息ばかりが耳に吐きます。

    今の仕事先は何かと面倒を見ていただける上司にめぐり合えたのか、業務環境も穏やかに過ごしていましたが、社内の打ち合わせで意識開拓する人材育成に、他社からもたらされた企画ですが誰か寺院で体験修行をしてはと、私に白羽の矢が立ちました。

    今の職場も五年目になり、新人達に何かと先輩風を吹かして話をする機会があったせいか、指名されました。自分自身も仕事と言うより、自身を鍛えらるのかと言う気持ちがあり臨みました。ここは多摩の奥深い村にある、天光寺と言う寺院です。体験修行に毎年数千人が訪れる寺院で、厳格な体験修行では定評があり、有名な寺院でもあると聞きました。

    どのような修行がなされるのかは、申し込み時に電話で幾つか聞き入れましたが、実際参加して体験した経験では、説明以上の感動がありました。挨拶に始まりお経の読経へ進み、初日から翌日に入るとお百度参りしてから滝行で冷水に打たれ、心機一転すべく静粛な本堂での写経で心の乱れを押し込みました。脈打つ自身の血液が分かるほど、写経では集中して文字を一字一字書き進めました。人生では初めての経験でしたが、これもまた派遣されたと想っていた自身の考えと違い、勤め先への感謝に変っていました。

    修行先で知り合いになった方からも、新鮮な意見を拝聴できて、今までには感じたことない感動がありました。色々な方々が体験修行には参加されており、様々な一念を持っていることも知りえた体験修行でした。

     

     

     

    重たい女と言われ、異性との出会いがあっても長続きしません。天光寺で体験修行をして、自分お気持ちを整理して本当の縁ある異性との出会いを求めて、身を清めにきました。

    私にも夢や希望が有ったのですが、度重なる縁のなさや身の回りで起きる失敗で、ここの所落ち込んでいました。身を清め今までの生き方を改めて、修行を臨んだものです。数日間の体験修行で、すぐに変ったりすることでもないですが、何かのきっかけを掴み同じことを繰返さないため、縋るような体験でも有りました。

    早朝に起床し寺院内の掃除をして肢体に血液の流れを導き、朝食後には瞑想にして自我を顧みる体験もしました。その後にもさまざまな行があり、所作の挨拶を基本にお経の朗読や御宝号や光明真言の暗唱をかさねました。午後には、お百度周り後に滝行にて身を清めたりもしました。

    さらに、夕刻には食後の住職の法話を拝聴して、穏やかな気持ちになりました。そのような体験修行を数日間過ごし、私の中に芽生えた少ない変化を感じ就寝しました。

    今思うに、身勝手なわがままがあったことを指摘され、以前の行いを改める心境にもなりました。

    天光寺での体験修行では、今回全てを体得できませんでしたが、次回の参加を心に決めるきっかけにして、下山しました。ありがとうございました。

     

    人間不信から、天光寺で体験修行を行い、思い込みや自己否定を浄化し鍛錬したく、申し込みました。今回の体験修行で感想と言えば、今までの私の経験しなかったことばかりなので、初めは驚き馴染めませんでした。

    しかし、住職から言われた法話や同じく体験修行をしている修行者との会話などで、固まっていた心が少しづつ解ける糸のように、所作や修行内容に浸透することができました。心が表れる写経ではいみじくもお経であるものの深層心理までわかってしまうといわれ、書き進めながらオロオロしてしました。

    般若心経や光明真言では、朗読の中に感じた信仰の有難さを感じ、多くの挨拶を行うときの呼吸一つを上げても、一般社会でも通じる基本があると感じました。天光寺の体験修行に参加している多くの方は、何がしらの目標や思いを持って来ていますが、体験修行をすることで自我に目覚め明るい顔になり帰宅していく姿まで含め、問題の浄化が解消されたり薄らいだことでの感謝している会話に、心温かくなりました。

    人間不信とは、相手を受け入れることが出来ないことから始まると聞きましたが、不安を取り除くために自ら入り込んでいく積極性を育てることなど、心機一転しなければならないなども体験できて、思考も目覚めました。

     

    なかなか思い込みばかりで、仕事にも家庭内でも行き詰まりを感じていた私ですが、体験修行を経験して、目先に明るさを感じることが出来ました。はじめはどちらかと言うと懐疑的でしたが、体験修行で得られた人としての基本である挨拶からも、お経を長時間朗読する修行でも過去に感じたことの無い、自分を目覚めさす効果に驚きました。

    初めは只の発声法とだけ想っていましたが、対人や身の処し方など社会一般で通用する所作に、今更感じ入りました。俗に言う、学校では教えてもらえないことと言えばそれまでですが、その教えられたことを行うことで、社会生活が丸くなるといった功能があると聞き体験しています。

    体験修行では、脱皮したと言えば分かり易いですが、社会の一員として過ごす中において、当たり前が出来ないもどかしさがあるという現実を感じていた私には、もどかしさが解消できるものでした。

    人はどうしても、目先のことに左右されがちですが、左右されがちの中でも積極性があり向学心のあることに目覚めた者への見方が変ると言う、社会風潮があるということなどを初めて知りました。行き詰まりを感じていた私ですが、体験修行で指導されたことは単なる我慢ばかりではなく、奥深い信頼と癒される心のもち方にある、感謝する心でした。

    簡単に言えば思いやりのことなのでしょうが、思いやりが今まで無かったとは感じていませんでしたが、甘えがあったのかも分かりませんでした。目覚めさせて、頂きました。自分の足元は見えづらいと言うことを、教えてもらった修行でした。

    修行での所作には触れませんが、背筋がすっきり出来た修行の体験でした。

     

     

    企業に入り中堅社員になるも、部下からの意見調整と上司からの圧力で、ここの所サービス残業も多く帰宅が深夜になることもあります。時には出張などもあり、気の休まる日にちが少ない毎日でもありました。

    惰性に流される仕事先で、いまひとつ気持ちの整理を思い、今回体験修行を思い立ち予約することにしました。上司には精神修行充実で、今後の部下教育になりうると業務参加を打診して、了解を得ました。

    業務参加であるため、体験修行の日程や修行内容の項目を体験後に提出しなければなりませんが、今回の参加では私費でなく業務参加なので、費用の面では助かりました。ただ、提出があり事後報告と今後の社内教育に使用できるかの、判断基準になるのかまで求められそうなので、無意識に仕事であることが露見してしまいました。

    スケジュール的には、三泊四日であり項目的には所作や写経・写仏や瞑想と法話からなり、屋外での修行体験では、お百度参りからの滝行や川行が用意されておりました。さらに規則正しい時間の進み方から、積極性のある修行体験で観光ではありませんでした。

    何のために修行体験するかなど、住職からの法話では気持ちの整理や平常心の自己改革もありましたが、主要なものは精神力の思考が重要であることなどが述べられました。

    職場の人生も、戦う相手を求めるのではなく、挑む相手を自分の中に見つけたときに成長するといった価値判断なども挙げられました。仕事先では、体験修行で感じた意見した報告書で、企業研修も受けられことを発表し、社内研修にも有益ということを付け加えました。

    今後お世話になる機会も考えて、私の体験修行は充実したものとして天光寺さんには、ご報告いたします。ありがとうございました。

     

    女ばかりの職場では、どうしてもいがみ合いが起こり、仲間はずれになった者は退職していく流れが多い現実です。私は高卒と共に看護学校に入り卒業して、地元では有名な大きな病院に就職することができ、将来を嘱望されて曜日も忘れる毎日を過ごしていました。勤務して9年経ったときには、看護班長にもなり新人教育も任される職責勤務になりました。そのような時、今のところは順風漫歩と想っていた矢先に、私の班長としての職責に何処からとなく陰口が入り始めました。

    時の総婦長に相談しましたが、これと言った解決策もなく提案もなく、同僚にも話を聞いてもらい解決策がないかと右往左往しました。私への陰口の発信元はわかりませんでしたが、初めての事でもあり体調が優れず寝込んでしまいました。数日間の休養を頂き、職場に復帰したのですがまだまだ体調が優れず、夜勤勤務では倒れてしまい他の職員を困らせてしまいました。

    総婦長から呼び出しが会ったのも、そんな時でした。多くを心配してか、私に向上心だけでなく人生の主人公になって欲しいことや、いい意味で開き直る勇気を持つことなどアドバイスを頂きました。いくつか話を頂いたアドバイスの中で、親戚で体験された修行があることをを促されました。

    東京は多摩の山村に、心身修行が受けられる寺院があり体験修行を受けることで、親戚がしっかりしたと言うのです。修行先では、さまざまな修行があるが「自己コントロール」「人との調和」「自身を癒す方法」など、体験できるとのことでした。

    わたしは数日間の休暇申請をして、体験修行の予約をいれ参加する運びになりました。四泊五日で、何か得られるものがあればいいと言う期待ではなく実益を考えました。寺院修行先には、数人の方が先に修行していたり、私の修行中にも新しく修行をする方が見えられ、年齢も性別も様々でしたが、一緒になって体験修行を学び教えられ体験できました。

    項目的には、お経朗読や御宝号の意味と発声、光明真言での有難さや仏様への感謝や写経や写仏や瞑想を寺院内で修行し、屋外ではお百度参りから滝行や川行を体験しました。仏門の体験だけに会得したものは少ないですが、少なからず体感して脳裏に納めたことがあり、喜びでした。

    住職からは「私には、絶対的な価値が自分の中にある」と積極的な自身の生命を大切にすることを教えられ、胸が熱くなりました。ありがとうございます。

     

     

    私は社交業でも、風俗の仕事をしています。社会的には夜の女としての仕事をして、生活させて頂いています。様々なお客さんが居る見返りの無い愛情を売る仕事です。時には開き直る現実もあり、想われている以上に精神的に経済的に充分ではない仕事です。

    日々変る仕事内容とお客様に合わせた仕事ですが、浮世に流されることもあり足を洗えば済むと思いつつ今の仕事にしがみ付いています。

    お姉(先輩)さんからは、早く今の仕事を卒業して、太陽の下で生きていける仕事や生活をするように言われていますが、年を重ねることに仕事から来る甘えなのか、踏み切れませんでした。

    風俗の仕事ではどうしてもお客さんとの駆け引きがあり、余計な力を入れてしまい嫌みや嫉妬を受けることがあります。さらに、未練や愚痴や価値のない事場に惑わされることがあり、一つとして同じことがありません。悩ましく精神疲労の多い、仕事なのです。

    職場にあった雑誌に、精神修行をして仕事にプライドを持ち、天職を全うする気合を見つけるための諸々の助言というものがあり、その中でお経の朗読とか滝行があると取材されてありました。

    特定の行き先や施設先は書いてありませんでしたが、仕事中にお客さんから幾つか参考になりそうな場所を聞き、奥多摩にある天光寺での精神修行・体験修行に参加することが出来ました。

    修行先では私を含め数人での体験開始でしたが、午前中に集合して寺院での所作や挨拶に始まり、昼食後には写経やお百度参りから滝行と、新鮮かつ初体験する行を初日から受けました。就寝も午後10時であり、今までの私の体内時計ではこれからと言う時間の就寝で寝付けず、翌日には睡眠不足にもなりました。つづけられる修行もあり、瞑想や写仏での落ち着きと外部からの刺激を排除した修行では、時間の忘れる集中が要求され最も厳しいものでした。

    しかしながら数日間が過ぎ、住職からの法話や修行者同志の意見交換などがあり、今までの自分とは体験で改まった、参加前には無かった感じたり考えられる思考を持てるようになりました。

    ありがとうございます。

     

     

     

    私は集団での仕事に違和感を感じて、一人での仕事と決めタクシードライバーをして数年経ちます。お客様を乗車から降車までの、ひと時だけの業務の繰り返しだけで、それ以外の業務は存在しないことから転職組みですが、現在の私の仕事なのです。

    お客様は、午前や午後や夜間や深夜では様変わりしますが、なるほどと感心しながら対処しています。中には、お客様らしからぬ方もいますが、短時間の我慢で済みますのでしこりも無く受け流しています。

    そんな私ですが、将来は法人タクシーでなく個人タクシーを希望していて、諸先輩からもお客様あしらいを学ばなくてはならないと、助言されました。助言の内容の中には、個人としてお客様に合わさねばならない注意点や対処が多くあり、今の自分には出来かねるのではないかと思い悩むような助言もありました。

    このまま法人タクシーのドライバーとして、生きて行くことも出来ますが、夢は夢として個人タクシーのオーナーとしての夢もあることから、今は夢追い人の一人としてハンドルを握っています。

    タクシードライバーには個人主義の方が多いですが、個人タクシーになると責任や営業に対して、決断力や不満なども抑えねばなりません。ここ一番と言うときに、個人事業主としての遣り甲斐だけでない判断が要求されます。

    学校では教えてもらえない、人としての社会で生きていく手法を天光寺で、絶対的な価値がある自分を仕事に反映出来るように、体験を通して知りえたこと体感できたことに感謝します。

    写経や写仏では何度も助言を頂き、冷水の川行ではしった激励をもらい、今では体験できた喜びに嬉しさを感じています。

     

     

    一人で卒業から、実家を出て憧れの都会に引っ越してきて、半年が過ぎたころでしょうか。如何にも判断できない、分からない落ち込みが目立つようになりました。

    職場での仕事も覚えたばかりでしたが、仕事に対しての不満もなくどちらかといえば楽しく、遣り甲斐さえ感じて来ているころでした。

    学生時代には感じられなかった、行き詰まりでもない体調不良に、社内の診療室でも問題無しでお墨付きをもらい、只の疲労なのかと自問自答していました。

    違いと言えば、好き勝手を行っていた学生時代と違い、規律正しくしなければならない社会人として、睡眠不足や通勤疲労で若干の疲労感はありましたが、私だけではないと言う現実からそのままにして置きました。疲れなので、栄養ドリンクを飲めばいいぐらいで、これと言った対処もせず数ヶ月過ぎました。

    物事原因があって結果があるはずなので、社外の医院にも行きましたが、結果は同じでした。これは何かの取り越し苦労なのか、自分で思考を改めなければならないと天光寺の体験修行に参加して、自分の有りのままを見詰めようと思いました。

    修行では、挨拶に始まり挨拶に終わるような、厳格で神妙な修行であり他には写経や写仏したり、お百度参りや滝行で精神統一したり本物の修行でした。教えの中には、積極的であり向学心を持ち決断力など、自分を成長させる意識変化を身を持って指導されました。

    さらに、不平不満を言わない消極的にならない、精神を鍛え精進することなども伝授されました。

    自分を信頼し自分を愛することができて、人生の主人公になれと力強い指導には、感動しました。

     

     

     

    初めての就職で、初めて知った社会の洗礼に会い右往左往していた私が、職場の先輩から聞かされた、先輩も体験して来た天光寺の体験修行に参加したのは、縁を感じたからでした。

    家族の居ない独りでの生活の始まりには、嬉しさもありましたが多くは不安でした。さらに仕事となれば、自分を押し殺さねばならないことも連続で、帰宅すればそのまま倒れこんだこともありました。

    先輩もそんな過去を持ち、経験者にしか分からないことなのでしょうか、休憩時間のときに私の変化が見えたのでしょうか近寄り言葉少なく心配して、相談にのってくれました。その相談のなかで、自分で人生の主人公になる楽しさと嬉しさと喜びを、お話下さいました。

    先輩はすでに何回かの体験修行されており、体験修行先の出来事や自分の変化や新しい刺激になったことなどを、教えて頂きました。初めは先輩と一緒に参加と希望していましたが、仕事の都合で私一人の参加になりました。見るもの聞くもの全てはじめてのことや物ばかりでしたが、三泊四日の体験修行を無事に終えることができました。

    先輩からも、私の頑張った賞賛を受け、感じ入るものが体験者でないと分からない実感として、分かち合えました。修行ではやはり鮮明に残るものとして、滝行で身震いしながらも頑張った実感があり、先輩共々見詰め合って感想を言い合いました。

    写経で書いた書は自宅に飾ってあるとか、瞑想時に感じた感想は何か今でも一念として残っているかとか、話がつきませんでした。次回は一緒に参加することを決め、今では私の右往左往も消え楽しく日々を送っています。

     

    転職して数年が立ちますが、いまひとつ先の職場と現在の職場での格差に、身勝手であるのですが悩んでいます。気持ちが一つにまとまらないと言えばよいのでしょうか、過去の執着なのでしょうか今の仕事に集中できませんでした。

    体験修行は、帰宅時に入った居酒屋で隣で飲食をしていた方の話が、小耳に入ったのがきっかけです。気分と言うか日々の仕事にメリハリを就ける為にも、何かしたいと前々から考えていただけに、「奥多摩にある天光寺」と話されていた寺を頼りに探しました。検索したらすぐに場所や連絡先が分かり、早々に相談と申し込みが出きるのかを聞き、今の職場でのスケジュールを照らし合わせてから再度連絡する旨を伝えました。

    体験修行は、運よくすんなり決まり三泊四日の日程で参加できることになり、修行の内容も知らないまま期待一杯でした。当日が来て、心浮き浮きして参加しましたが自分が想っていた研修様子とは違うし、自分の甘さに恥ずかしさを覚えました。

    修行は挨拶の所作から始まり、次々に研修内容がはじまりすぐに午後になりました。めまぐるしく行われる修行に、ついて行くのがやっとで外界とも離れた寺での修行では時刻もはっきりしないままに1日目が終わりました。体験修行をされている方は私を含め7名でしたが、皆さん真剣に住職の話を聞き指導にも従順に従っていました。

    私の知りうる学校でも体験したことない環境と雰囲気に吞まれ、般若心経や御宝号や光明真言と、続けざまに声を大きくはっきりと発音するよう注意を受けながら、何回となく読経しました。二日目には、お百度参りから滝行入水と修行の醍醐味を味わい、共に参加している方と気持ちを一つにして修行できました。修行は続き、写経・写仏・瞑想・法話と進み、自分の意識の中に何か積極的に行わなくてはならないと言う、意識変化が出てきました。鍛え精進するまでには、まだまだですが入り口に立ったことは体感できました。体験修行で得られたことは、次回の参加を心に決め感謝で終わりました。

     

    職場でいい人と言われますが、頼られる人ではありません。そんな他人からの評価の言葉とは違った自分になるために、天光寺の体験修行に入門しました。体験でも修行には変わりなく、入門している日々も数日でしたが、体験で得られた自分の内面に響く所作を受けたことに感謝です。

    一つには、向上心を持ち積極性のある決断でき、頼られるものとして人格形成変化した私を、職場でも友人との交際するときにも発揮できるよう、道しるべを下さりありがとう御座いました。

    では具体的な体験修行の、写経や写仏や瞑想では見るのと遣るのでは感じられない知りえない、神秘の世界に入る導きがあり、お経の朗読だけではない真言なのでしょうか感じられました。

    一文字一文字書き進む写経では、般若心経への陶酔もあり心が表れましたし、写仏では指先に感じる微妙な感覚の違いに集中する体験者にしか分からない、功徳が入り込む錯覚もありました。

    瞑想では薄ら明るい講堂のなかで神妙な時間を過ごし、眼前の世界を離れてひたすら思いに集中する自己陶酔に近い、高度な修行と聞き感受性を高める最も素晴らしい行でもあると導かれました。

    以上のような体験型修行に数日間でしたが、天光寺で過ごすことは入門以前には考えたり感じられませんでしたが、有意義な体験になりました。

    私は多くを克服して、今後はいい人と言われるだけでない、一人の人格ある存在で伝わり感じられる、独りでない一人として今回の体験修行を感じ取れたものとして感謝します。

     

    天光寺を知るきっかけは、知人の企業で天光寺での企業研修をしたことを聞かされ、その中で団体で無い個人での参加ができっる体験修行を聞き入れたことです。体験修行は三泊四日行われ、早朝6時から夜半は10時には就寝する、かなりハードな体験修行とのことでしたが、個人の参加では企業研修とは違い個々人に体験を通して、メリハリのある体験修行から行のあり方を、体験して貰うものと聞き予約を入れ、申し込みました。

    期間は三泊四日を希望して、週末と有給休暇で確保できました。都心から3時間はかかりましたが、奥多摩にある山里深い天光寺に到着して、受付を済ませ修行申し込みを済ませ、外界と離れ参加しました。参加に当たって、先に来ていた方や申し込みをした後に来られた方と挨拶して、早々に修行衣に着替え修行が開始されました。

    はじめは自己紹介や挨拶の仕方や発声法に始まり、午後には写経による心の表れ方を含んだ経文を行い、一枚二枚と般若心経を書き記し精神統一等も推し量るものでした。写経では体験者数人でありますが、私語を慎み書を進ませる体験をしました。

    体感では、お百度参りを行い無心になり滝行を行い、身を清め冷水で肢体も清め気合を入れ、真言や経、祝詞を唱えました。心なしか感じ入ることが湧き出してきて、神妙になりました。就寝では暗闇に広がる無音でしたが、自分を見直す時となりその後は朝まで何も分からず、熟睡してしまいました。

    修行は今まで経験の無いものでしたが、今後はリピーターとしても参加して、住職から発せられる人としての有り方など心の持ち方を、積極性あるものとして生甲斐にさえしたいと思いました。

     

     

    自分以外の方は幸せに見えて、自分は不幸のシンデレラと想ったりする、情緒不安定から天光寺の体験修行を教えられ、数日間ですが参加いたしました。

    数日間の体験修行には疑問もありましたが、これも縁と思い参加しました。参加するに、何人かの参加者が居ましたが、全て初めてお会いする方々ばかりで、初めは面識もなく会話もなく不安ばかりの参加でした。

    住職からは、人には多くの因縁があることや、生まれ持った因果が有ることなどを聞かされ、驚いてばかりいました。体験修行では、普段は出来ない声の出し方や初めて朗読するお経に、右往左往しながら挑みました。自分の口がこんなにも動かないのか、お経は外国語だから仕方がないのかと思いつつ、何とか声に出すお経の経文に汗を流しました。

    別の日々には、写経や瞑想や写仏といわれる精神修行の基本を行い、外からは分からない自分の集中度の無さに赤面しました。朝も早く就寝も早かった体験修行ですが、素直な気持ちで起き無理せずに寝入ることが出来ました。

    滝行では、お百度参りを初めに行い気持ちを集中してから、入水を気合と集中力で諸共受けました。身体に感じ入る冷水に、ただただ朦朧となりましたが、行が済んだ後には爽快になりました。滝行はたんに冷水に入るだけではない、行としての積極的で精神統一を突き詰めた行であり、簡単なものではない教えがあることを学んだ。

     

     

    職場環境になれないこともあってか、上司に相談したことで若いうちの悩みは、自己確立ではないかと意見され、天光寺での体験就業に入りました。こちらの寺は、人里離れたところにあり生活環境はお世辞にもいいところではありませんが、それだけに外界から離れたところでしか感じ得ない感動と刺激がありました。

    自分は決して強い人間ではないことは知っていましたが、弱い人間でも何らかの才能か知恵で、生きて行かねばならない現実は知っていましたが、どうすれば好いのかは分かりませんでした。

    天光寺での体験では、私のような者でも分かるように丁寧に何度も何度も、手を差し伸べて頂けたことで嬉しくも目が覚めました。

    余計な力を入れず、嫌味や嫉妬を持たず、自分を愛することを公言できる人生の主人公に成ることを、知らされました。

    自分一人ではない会社で、独りではない団体行動をする喜びを感じ業務に勤しみを見いだす、基本の考え方を知らしめて頂いたことに、感動ものでした。修行では、自分を見つめ直すことから始まり、発声や朗読での向上心ある積極性を養うなど、有益でした。

    数日間の中には、お百度参りをした後の滝行で精神を統一する精神修行もあり、私の今まででの人生では体験し得なかった、感動と衝撃までありました。そして、一皮向けたような自分に、誇らしくも思えました。人生半ばの私ですが、これからのこともあり天光寺での体験修行は、素晴らしい経験になりました。ありがとうございました。

    思い余って体験修行に参加したわけではありませんが、何かしらを得られる機会ができる体感になればと思い参加申し込みをしました。

    地方から都会に出てきて数年ではなく数十年経つ私は、いつの間にか故郷も忘れ帰省もせずに都会の片隅で過ごしていました。風化された日常で、職場以外では誰からも話しかけられず、帰宅した部屋では勝手にテレビだけが放送報道とかドラマの音声を流していて、孤独を紛らわしてくれると言う歪な毎日でした。

    偶の休みでも声をかけてくれていた知人は既に家庭を持って忙しく暮らしているし、私の入り込み余地の無い単位になっていました。さりとて、仕事以外では只都会に住んでいると言う地方出身の四十路の婦人になってしまいました。都会なら生きていけますが、田舎では生きていけない年齢になってしまっていたのです。

    仕事が面白くなり、キャリア・アップして過ごしていた毎日がこんなにも部屋に帰宅すると、隙間風が心に吹き込むような部屋になっていたかと思うと、言い訳ばかりが優先してしまいました。会社の組織では生きていけるが、日常生活での自分はお隣さんがどのような方かも分からない、孤立無援の女でしかないと言われても反論できないものでした。

    そんな中行きつけの喫茶店で、女性誌を読み漁っていると記事で、現代女性の生き方に関する特集が在り、目を奪われました。その中にあったのが、精神修行をすることで女性度をアップすると言うものでした。様々ありましたが、写経や写仏や般若心経の朗読で、身を清める特集でした。

    普段の情報に飢えていたのか、記事に夢中になり入り込んでしまいました。体験修行はその中では、オーソドックスでありポピラーな修行として紹介されていて、参加しやすいものでした。参加する日を指折り数えて参加して驚いたのは、現実とのギャッでした。

    寺院には数人の参加者が既に研修を開始しており、所作等々でお世話になりましたが、振り返ると全てにおいて我が身を奮い立たせなければならないといけないものばかりでした。感謝があり感激があり、時には落ち込みましたが、参加した者だけに与えられる有益な体験でした。

    体験修行では外界との別離があり、社会の情報に振り回されずに心安らかに修行できると聞き、申し込み参加しました。都会の中で日々生活している私は、どうしても多くの情報(要らない物が多い)に左右され、落ち着くことも許されず流されていました。

    そんな私が、体験修行して何か変われることができようとは思いませんでしたが、初めは話の種と軽はずみな考えから体験することになりました。日時は、有給休暇もあり行く宛てもないのですが、四泊五日を申し込んでの体験でした。交際相手もいなく、独り部屋で過ごすことが多い私は、ささやかな希望を胸に秘めての修行でした。

    修行先では、一泊二日や二泊三日や一週間と様々ですが、多くの方々体験修行に参加されていました。年齢的には、中高学生もいれば大学生もいれば、主婦や成人の若者や同年代の方々や、先輩の方々を千差万別でした。みなさん、体験修行で何かしらを得ようとしている方々ばかりでした。

    私のような不埒な思いで、体験修行に参加されている方はいないような雰囲気に、私は恥ずかしくなりました。旅先で受け入れられる体験修行などがあるとは聞いていましたが、多摩にある天光寺での体験修行は、厳粛な中にも荘厳な格調あふれるものであり、生唾を飲み込んだのを覚えています。起床から就寝の間に繰り広がれる、精神修行と肉体修行にただただ驚きの連続でした。

    お経を教えられ読めば良いと言うものではなく、写経に至っては心の現われが露見してしまい、滝行や三禮では身体の冷却に凍えたり筋肉痛との葛藤に苛まれました。観光気分もすっかり消え伏せ、寺院内外での修行では軽はずみなことは出来ないと言う、修行本来の環境でした。

    御宝号や般若心経や光明真言を初め、その他お経の腹から出す声を震わして体験を過ごしました。されど、修行ばかりでなく、寺院で出される食事には精進料理ですが、日々の楽しみなりましたし、同じ修行を体験している方とは交流できたことでの、楽しさと嬉しさが出来た副産物がありました。

    瞑想や法話では、意味深い感じ入ることばかりで、お香が芳しい中での一時であり自分見直しでした。ありがとうございました。

    反省すべき点が多い自分ですが、ここに来てからいろいろと人として大切なことを教わりました。
    今まで自分は、困難に直面するとすぐにそこから逃げる癖がありましたが、ここに来て住職さんの法話を聞いて、『困難とは、神様が一人一人の人間に与えた試練であり、神様はその人に乗り越えられるよう一人一人の人間に困難を与えている』ということを知ることができました。この話は自分にとってかなりプラスになりました。

    それと、正座でお経を読むのはかなり苦しいですが、今までよりも忍耐強くなれると自分自身感じております。
    今回ここに来て、自分にとって以前の自分よりもかなり成長できたんじゃないかと感じております。つらい毎日ですが、頑張っていきたいと思います。

    滝修行をさせていただきました。その節は大変お世話になりました。

    あの時お話したように、「日々の喧騒を忘れたくて、非日常的なことを…」と思い体験させていただいたわけですが、「ただ単に滝にうたれる」ことを想像していた私は「入滝、出滝」の儀式に痛く感動いたしました。
    挨拶、お清め、感謝などなど、日常軽んじていたことが荘厳に感じられ、本当に心の垢まで落ちた気分です。

    滝行後の精進料理、大変美味しく頂きました。ありがとうございました。

    会社を通じて天光寺を紹介されました。 ある日突然社長から修行でもして「気持ちを入れ替えてこい」と言われ、天光寺に来ることになりました。

    初日は、水行・川行・滝行を見学し、夜はヒーリングを受けました。
    水行を見学中、ある方が川に入ったとたん何かにとり憑かれたかのように動き、ビックリしました。そのときは、何が起きたのかわかりません。後で、高尾住職の話を聞いてなんとなく理解ができました。

    初めてヒーリングを受けたときは、何にも感じなかったのですが、二回目の日、ヒーリングを受けたときは、赤、緑、青、黄、紫などのいろいろな光を見ました。

    また、以前より腰痛のために、通院をしていましたが、ヒーリングの後、痛みが軽くなり、心と体が癒されました。天光寺には、多くの悩みを抱えた方が尋ねてきます。気持ちが落ち込んでいる方、病気の方、霊障の方、いろいろな方が来ます。

    高尾先生の力で皆、元気になり笑顔で帰って行く姿を見て、自分自身もやる気が出て、日々元気になっていくのが実感できます。これからは何があっても負けない強い心を持つことが出来ました。本当に感謝しております。

    暦の上では秋といえ、日中の暑さはまだまだ厳しい日々が続いております。いかがお過ごしでしょうか。
    先日のお便り有難うございました。さてこのたび、健康判定診断の第一段階である主治医の復職承諾が得られたことをご報告いたします。

    主治医の先生からは「それだけしっかりと話すことができれば大丈夫でしょう。」とのお言葉をいだきました。
    修行体験を受けさせていだいてから、顔つきや雰囲気が変わったのか、今まで避けられていた低中学年子どもたちから「一緒に遊ぼう」と誘われることが多くなりました。大きな声を出したり、感情にまかせて怒ることや威圧することもありません。

    そして、周りの目ばかり気にして、自己中心的な自分と向き合うこともでき、反省し懺悔することもできました。今回第一段階を通過できたことは、校長をはじめとする多くの方々のご協力のおかげで成り立ったものであると感謝しております。

    高尾住職の仰るとおり、顔つきが変わっていたようです。その中でも今回の修業体験という貴重な場を提供してくださった高尾先生に感謝申し上げます。
    水行、お百度参りなどで弱い自分自身と向き合うだけでなく、自分自身にとってずっと重荷になっていた「父親に対する復讐心」を捨て去ることができ、とても感謝しております。今「許す」ことの大切さひしひしと感じております。

    そして、前向きに自分の人生を生きていくことの大切さ、ありがたさ、楽しさを、かみしめながら毎日を過ごしております。以前までの私は「生きていてもしかたない」、「生きていて申し訳ない」、「はやく死にたい」と考えていました。

    今は「生きているのではなく、生かされているのだ」、「今日も生かされていることがありがたい」と思えます。今まで面倒なことや苦しいと思ったことも、自分を育てくれる機会だと受け入れることが、できるようになりました。

    現在は、体験修行で習った般若心経を唱えたり、呼吸法や声を出し、瞑想など自分自身できることを行ないながら、自分を見つめ、一日の始まりには、活を入れ、終わりにはリラックスする時間を設けています。私の一日の中で、もっとも貴重な時間となっています。
    焦らずしっかりと訓練を実行し、適度な自身を持って精進して参りたいと思います。

    毎日お忙しいことと思いますが、どうぞご自愛くださいますようお祈り申し上げます。

    ぼくは、学校の先生からも、家庭でも「落ちつきがない、あきっぽい」と言われていました。 「4月からは中学生なのだから、この冬休みはお寺に行ってこい」と父に言われたときには、どう言う意味なのか、解りませんでした。父にしかられたあとだったので、「はい」と返事をしてしまいましたが、クリスマスの日に母から「修行に行くんだ」と聞かされた時には、とてもいやでした。

    父の車に乗せられてお寺につくと、大学生の人と、父の年齢くらいの人が2人いました。 ぼくが荷物を片づけていると、お百度参りがはじまりました。お寺の人に言われてそばで見ることになりました。おしょうさんから明日は君もやるからよく見ておいてと言われたので、きんちょうして見ていました。

    次の日、予定通りお百度参りをしました、冬なのに汗がでる位あたたかさを感じ、はじめ氷のように冷たかった足もいつのまにか、あたたかくなっていました。終わったあと、45分間もはしったり南無大師へんじょうこんごうも600回も言っていたんだと思ったとき、ぼくにもできるんだと自分が大きくなった感じがしました。

    ぼくが修行のなかで一番うれしかったのは声を出すことです。長いときには2時間以上もあぐらをして背中をまっすぐ伸ばしたまま集中することができました。同じことを2時間以上も続けてできたなんて本当にうれしかったです。

    4月からは中学校で部活に入って、勉強もがんばれると思います。おしょうさん、そしてお寺の人たちには、ありがとうございました。
    夏休みにはまたお寺にきたいと思います。その時には滝行をしてみたいです。今回は滝行は見るだけでしたが、夏になればぼくにもできそうです。その時はまたよろしくお願します。

    雪が降りそうな空を眺めつつ、武蔵五日市駅からバスに乗りました。これからどんな処で、どんなことが始まるのかな、と不安が一杯でしたが、バス停まで優しいお兄さんが迎にきてくださり、山道を歩きながら歩いている内に、寒かった心が暖かくなりました。

    お寺に到着後、すぐに払沢の滝に連れて行って頂き、荘厳な景色を見ながら大自然のエネルギーを沢山頂き心洗われるおもいでした。午後のお経の時間におばあさんが一緒に来ていて、頑張らなくいいとおっしゃっていますよと言われ、なぜか方の力が抜け、不思議と心が軽くなっていく自分がありました。
    夜のヒーリングの時間では、花や蝶になって宇宙を舞っている気分で、心と身体がますます軽くなり、心も身体の悪いものが皆でて行く感じでした。

    次の日のお百度参り・水行体験では「お大師様」導きとエネルギーを感じ取ることが出来、何とか百度参り、水行が達成することが出来、生きる自信になりました。冬の水行はお勧めです。

    御住職様を始め、天光寺の皆様方が一人ひとりに対して、とても丁重に心を込めて対応してくださる姿に触れ、心暖まる2日間を過ごさせていただきました。ありがとう御座いました。緑がきれいな頃に、また伺いたいと思います。
    多くの学びをありがとうございます。

    自分が天光寺を初めて知ったのは、知人の紹介です。
    今は普通ですが、会社で仕事をしていると、震えや自分が今何をしているのか分からなくなる事が頻繁にありました。このままでは不味いと思い、体験修行に参加させていただきました。天光寺に来て、何か切っ掛けがあればと思いました。

    初日は写経の練習をしましたが、習字を書いたのは小学校以来なので、懐かしさをかんじました。次に滝行の見学をさせてもらい、寒い中体験修行の方々が滝に打たれている様子見た時、最初は皆ガチガチに震えていました。次第に震えが収まっておりました。皆さんの身体の中で何かが起きたと思います。私も滝行を体験したいと思います。ただ出来るか心配です。

    滝行からお寺に戻り、住職のお経が始まり、だんだん自分の身体が軽くなり、今にでもどこかに飛んでいきそうな不思議な体験をしました。お経が終わり住職のお話を聞かせていただきました。
    一番印象に残っていることは人の縁です。人の縁がなければ自分は天光寺を知らずに落ち込んでいたと思います。これからは縁を大切にして、感謝を忘れないようにしていきます。明日もよろしくお願いします。

    この度は、滝行のご指導ありがとうございました。 以前除霊・浄霊をして頂いた際に、滝行・お百度参りの話をお聞ききしていましたが、まさか自分が行うとは夢にも思っていませんでした。

    きっかけは、妻の一言、「IT企業に勤めていると色々な邪念や霊が憑きやすいから、一緒に滝に打たれて悪いものをとってみては?」、1人で行ってくればとと思った反面、ちょうとインターネットTVGyaoで放映されていた丁半コロコロさんの体験修行を見て、お笑い芸人でさえ、こんなに変わるんだと不思議に思っていました。

    修行の日、まずは、腹式呼吸の練習からはじまり、御法号を唱えながらの練習をしている中、体の中の悪いものは痰等になって口から出てきますとの説明をうけ、弘法大師様の御法号である南無大師遍照金剛(ナムダイシヘンジョウコンゴウ)を数え切れないくらい唱えたころ、本当に痰のようなものが沢山でてきました。これは、体の中にある悪いものがでてきているから、決して飲み込まないようにとの説明。やはり、妻の指摘通り、悪いものがたまっていたのかと思ったのと同時に、この腹式呼吸+御法号は、滝行の前に必ず行わなければならない行為だと感じました。

    昼食をご馳走になり、行衣に着替えました。(本格的な行衣を着ると神聖な感じがします。)先生の運転する車に乗り、15分ほどすぎたころに、滝行の場所”龍神の滝”に着きました。TVでみる風景と同じです。 滝の前についた後、儀式がありました。これは、滝そのものに対して行われるもの(水の神、山の神様に対してのご挨拶)、滝行を行う者それぞれに対して行われるもの。このとき、インターネットで滝行を宣伝している様々なサイトのことを思い出しました。おそらく企業秘密のようなものだと思いますが、滝に入る前に儀式というものを行わないと効果がないのだろうと直感しました。天光寺さんではきちんとしたものを入念に行っていたので、非常に安心感を覚えました。(何も行わず入ると土地の神に祟られたり、ひどいときには、木々の枝や石のようなものが降ってきて大変危険だという記事を読んでいたので)

    この日は、全部で5人。自分は最後です。妻は最初の方に終わってます。私の方に来て、小声で滝に打たれる前が本当につらかったと耳打ちしてきます。私の番になり、先生が気を合わせてくれます。恥ずかしながら、私は、妻にもできて、あのお笑い芸人にもできたものだから、簡単にできるだろうという気持ちがこころの隅にありました。いざ、滝に入ったあと(はじめの滝の手前で気の調節して頂いた箇所)、すぐに丁半コロコロさんのことが頭をよぎりました。「もう、無理」何が何だか分からないけど、「つらい」「すぐに出たい・出よう」と思った直後、「南無大師遍照金剛(ナムダイジヘンジョウコンゴウ)」と、先生からの御法号が聞こえました。そのときに、高尾住職がおっしゃっていた「滝と同調しなければ、滝にはいれない」という言葉を思い出しました。必死に呼吸を整え、滝と一心同体になるように呼吸をしていると、足下から体が温かくなってき、ついには(5分くらい経過したころ)、滝と同化してるような感覚になりました。とにかくとても不思議な感覚でした。

    先生の「はい、もういいです」という言葉を聞いたとき、”もう少し、入っていたいな”という気持ちで、滝に入る前の”場違いなところにきてしまったな”という気持ちは一切なくなっていました。実は、滝に打たれている最中(後半)、2回くらい背中から”ボコっ”と何かが出て行くような感触があり、(実際、終わったあとも背中の中心がその日のうちは痛いくらいでした。)、後で理由をお聞きすると、滝のエネルギーにより、自分自身の不必要なエネルギー体が浄化したとの説明をうけました。

    滝行体験直後には、もう2度と滝に打たれることはないだろうと思っていましたが、一晩たってからは、この仕事を行っていると定期的に龍神様(水、滝の神様)のお力をお借りして不要なものを浄化しなければと思うようになりました。また、季節が変わったらお邪魔したいと思いますので、そのときはご指導よろしくお願いいたします。

    私がこちらに来させていただくきっかけになったのは、対人関係がうまくいかずに抑うつ症で悩んでいたことです。 1年前から薬を服用し、仕事も2度変わりました。2度目の仕事も1ヶ月前に辞め、自宅で悲壮感に悩まされ、生活のバランスをも崩しています、毎日食べて、寝て起きてのくり返しです。このままではいけないと感じ、インターネットを通じて、天光寺の修行体験の存在を知り、本来の自分を取り戻そうと思いこちらにきました。

    お寺の修行は基本の挨拶、腹式呼吸、発声法の練習を行いました。特に発生の練習と百度参りで「南無大師遍照金剛」と声を出すごとに気持ちが軽くなっていくのを感じました。滝行でも大きな水の流れに身をまかせることで、自然の力一体になる事ができました。

    天光寺での2泊3日の時間を通して、人としての生きる力を再び得る事が出来たように感じられます。 今回の修行で学んだことを忘れずに頑張りたいと思います。生きることに悩んだらまた修行に来させて頂きます。本当にありがとうございます。

    この度三日間の行では、大変お世話になり、深く感謝しております。多くの事を学び感じとることができました。忘れないうちにノートに書きだしております。特に「感謝すること」を身体で感じ取る事が出来ました。帰宅後の翌日、家の掃除をいたしました。 恥ずかしながら、今までに感じたことのない気持よさでした。結果をすぐ求めなくても、心の持ち方を実践していれば、とても楽になります。

    家族、まわりの人を大切にし、いずれは社会に貢献できることを見っけていきたいと思います。本当にありがとうございます。
    皆様方のご健康のほど、お祈りいたしております。また、多くの修業生の方々が多くのことを感じとられることもお祈りいたしております。

    天光寺様で行をさせて頂いたことは、私にとって大変意味のあるものとなりました。自分でも自覚していなかったストレスの原因をみごとに言い当てられ、現実に直面させられました。私自身、今まで現実とはっきり向き合うことを避けていたのだと感じました。

    しかし「逃げていては問題は少しも解決しない」住職の厳しくも温かい教え、メッセージを受け「変わりたい」と強く思い修行に取り組むことができたと思っています。

    川行を行い、少しではありますが自分が自然に生かされているということを感じることができました。
    教えて頂いた「心の持ち方」まだまだ十分とは言えませんが、自然と心がそう動けるよう、日常の生活でも自分なりの「修行」の日々の送りたいと思っております。

    天光寺様にお世話になり、前向きに心穏やかに生きて生きたいと思えるようになりました。
    一つ一つ、その時その時を一生懸命過ごし、周りに感謝して生きていきます。天光寺様で行をさせて頂いたことを、決して忘れません。本当にありがとうございます。

    皆様の益々のご健勝を心よりお祈りいたしております。

    私は今回自分がかかえる心の病を直すべき天光寺の体験修行に参加させていただきました。 自分が考え、行動をおこしての参加ではなく、友人の勧めで半強制的な感じでの参加でしたので、行が始まるまでは不安と不満を感じながら、でも友人が私を思ってくれたうえでの行動である事を感謝しながら複雑の気持ちでいっぱいでした。友人と天光寺へ二人で訪れて、住職先生のお話を伺い私の抱える心の病「ギャンブル症候群」が単なる精神的な病気とばかり言えず、何か、目に見えない力に影響しこのような病気になる場合もあると聞きました。私にはそんな事があるのだろうかと思う反面、どうしてもこの病気を克服したい。しなければいけないので、この修行で精神的に強い自分になりたいと思いますし、前世、霊等の影響を受けてやっている行動ならば、自分の中からはきだしてこの先を進んでいきたいと思いました。先生のお話の中に今の時期では大変厳しい滝行があると伺いましたが、その行を受ける事で、私の中に溜まっている悪いものを洗い流しくれるのであれば、進んで行を受けたいと思いました。

    十二月十六日から始まった、私の修行ですが、今日まで様々な体験をさせて頂きました。川行、滝行は大変厳しくつらいと感じることも正直ありましたが、この季節ですから寒いということを除けば、川に入った後、滝に打たれた後は、意外に何かがスッキリするという気持ちになったのが大変不思議でした。

    それも川行を二回、滝行を二回受けさせて頂いたのですが、一回目よりも二回目が、一回目のつらさを覚えている分倍のつらさを感じるのかと思っていましたが、こういうのも慣れというものができるのか、案外受けた後の寒さつらさが少なかったのにも驚きました。何かの機会があれば、他の人へどんどんすすめてみたいと思った位です。また、私が今回の修行で一番感じたことは、お寺の修行という事で、厳しい修行が待っているのだろうなあと参加していたのですが(友人は、私が逃げ出す事を心配していたくらいです。)自分自身と向き合う時間が大変多いという事で特に就寝前の瞑想の時間が、私にとって大変お気に入りの時間となっています。

    また、腹式呼吸と声出しの練習として設けられる午前中の時間が、太陽の光を浴びながら瞑想状態で腹式呼吸の練習をし、声出しの練習もする、この時間がまたお気に入りです。なぜお気に入りかと言いますと、瞑想の時間は、CDに収録されていた曲を聞きながら過ごす単純な時間のようなのですが、それこそ、学校の音楽の時間等は寝て過ごしていたような私ですが、眠ることなく、曲を聞きながら今まで過ごしてきた事、あった事、自分の子供の頃、学生の頃、結婚した頃、子供が生まれてきてからの事など、様々な昔の事が頭の中に浮かんできて、子供たちの顔が出てきた時は思わず涙が流れてきてしまった程、入り込んでしまった自分がいる事にびっくりしてしまった位でした。そして改めて、自分のしてきた事の過ちを反省し、これからの生活に生かしていきたいと思います。

    また、午前中の腹式呼吸の練習が好きなのは、太陽の光を浴びながらやるこの練習は、十二月で寒いはずの外での練習なのに、太陽のエネルギーを受けてポカポカと暖かく、瞑想状態と同じようになれる事が最高に気持ちが良かった。

    私は、この修行に参加できて、本当に良い経験をさせて頂いたと思います。厳しいだけの修行であれば、こうは思わなかったと思います。自分自身と向き合う時間が、自分を反省させ、次への糧となり、自分の中にできたモヤモヤを滝行、川行によってスッキリさせる。この二つがあったからこそ、私は参加させて頂いて本当に良かったと思います。

    そして私は、こちらで学ばせて頂いたことをこれからの生活に生かし、償うべきものは償い、一日でも早く失った家族を取り戻せるよう頑張りたいと思います。

    天光寺は、インターネットで調べて母の奨めもありますが、私も修行体験したいと思い、行きました。
    住職さんの御教えを聞いたら、自分はマイナス思考なので、プラス思考になると思いました。修行体験に来られている方に話を聞いたら、色々様々な方がいらっしゃるんだと思いました。

    2日目の修行は、辛かったですが、耐えた事により、後が楽になりました。
    自然の中での腹式呼吸は、良い空気が体を浄化されて生き返った感じがしましたし、喉は枯れましたが声が大きく出るようになりお腹の気が感じられました。お百度参りは、走りながらの南無大師遍照金剛は辛かったです。滝修行と川修行は、夏時でも水温の冷たさや水圧で、冬時の寒さに耐えられる感じがしましたし、水音に負けないくらい声を出しますので、良い発声練習になりました。

    写経は、集中力精神を鍛えて字の練習になりました。写経は書く事により、その人の精神が見えてくると言いますので良い機会になりました。瞑想は、過去を見つめ直したりストレスも無くなり心がスッキリしました。 ここに来てから、体内時計が規則正しい日常になり、自然の中での修行は、体内が浄化して精神的にも肉体的にも健康になりました。帰宅したら、親孝行をしたいと思いましたし、色々な事に挑戦したいと思いました。

    私は8月4日(火)から修行に来て早々3週間が過ぎました。不安を持ちながら修行に来たのを今でも覚えております。家族に勧めれれて、自分自身が真人間になって欲しいという事で、自分も真人間になりたい思い、決意しました。

    その間にいろいろな人間との出会いがありました。他の人は一泊や二泊で帰ってしまうため、寂しさも感じました。
    一日一日が早く終わったり、短く終わったり感じました。初めての体験となった滝行、川行。滝に初めて入った時は、初めての事もあり、声がつまり、息ができませんでした。滝や川は初めて入った時は冷たく感じましたが、慣れてくる内にあたたかくなり、気持ち良くなりました。

    新聞やテレビが無い為、今、世間がどうなっているか分からず、断っていました。一緒に修行している仲間に話の種として「世間がどうなっている?」などと聞いていたりしていました。食事は、肉や魚が出ないのが寂しいですが、これも修行の一つとして、おいしく頂いております。

    一日のスケジュールは朝六時に起床して六時半から約2時間掃除をします。掃除をしていると、気持ちも良くなるし、自分の中の悪い部分を掃除した気持ちになり、いいと思います。

    その後、朝食。後は声出しの練習、滝、川行。
    この3週間で自分自身が落ち着いてきたかなって思います。今までの自分は、何も出来ずに、なまっていました。時には帰ってしまいたいという気持ちもありましたが、そんな事を思っているようでは、人間にはなれないと言い聞かせて今も頑張っています。毎日、声出しをしているせいか、声が枯れて出ない時があります。喉から出すのではなく、腹から出すみたいです。修行中も、時々家族の事を考える時があります。皆、今どうしてるかなとか、頑張ってるかな等、時々さびしくなる時があります。

    修行初日に、先生に合掌してもらいました。約2時間くらい話を聞いて修行しました。3日に一回位、先生の法話があります。約1時間位ですが、話を聞いていると自分の為になる事ばかりです。時々、眠くなる時がありますが、修行の一つとして頑張っています。この文章を書いている今も、自分自身が何が足りないか、どうすれば真人間になるかを考えています。自分で言うのも何だが、この3週間で、少しずつ集中力がついてきたと思います。

    残り約2週間残っています。トータルすると一カ月少々です。他の修行に来ている人からも「一か月以上もいるなんて素晴らしいですね」と励ましの言葉を頂きます。嬉しくなり、良かったなと思う時があります。一日でも早く真面目になり、帰ってから家族などに自分自身が成長した姿を見せてあげたいです。初めて東京に来たという事もあり、別の意味でいい経験になったと思います。

    あと、約二週間、もう少し、精一杯頑張っていきたいと思います。

    先日は体験修行をさせていただき、有難うございます。わずか二泊三日の体験修行でしたが、私はたくさんのことを得られました。
    元々私自身、とても頭で考えてしまう人で、他人の顔色を見ながら自分の本能を押し殺して生きてきました。両親はやりたいことをやらせて下さるのですが、それが逆に拘束になっていたりして、夢もなく、ただ先の見えない未来へ迷走を繰り返していました。

    それでも中学時代はそれなりに勉強ができたため困らなかったのですが、高校時代は進学校ということもあり成績は中の下か下の上に加え、部活動では故障やスランプとそれによって躁鬱病気味になっていました。個人的にはスポーメンタルを学んでいたものの、故障時に最後まで自分を信じることができず、懸けていた部活では最終的には満足のいく結果を出せませんでした。そんな中で今回体験修行に参加させていただいたのですが、非常にたくさんのことを学びました。もっとも感じたことが、あるつもりでなっかたもの、たとえば根性や行動力などは自分ではあるつもりでも実は全然ありませんでしたし、自信過剰だなと思うこともたくさんありました。

    スポーツメンタルで「すべてを認めろ」と言われて、その意味を自分でも理解していたつもりでしたが、自分の弱いところや非があるところは認めない節もあって、結局そういうところが部活動での負けにつながったのかなと今となっては思います。でも、こちらに戻ってきて忘れかけていたものも思い出しました。夢や自分の原動力、好きなことを思い出せることができました。

    本当に感謝しています。また時間があればお伺いさせて頂きたいと思います。本当に有難うございました。

    3週間という長い間、滝に入ったり、川に入ったり、お百度参りをしたり…いっぱい寒い思いをしました。最初私より早く滝に入って行く人たちを見て、「よく生きてられるな」と思っていました。実際に滝に入った時は、もうバケツの中の水に手を入れた瞬間「こりゃヤバイ、死んじゃう」と思って滝の中に入るのがめちゃめちゃ嫌でした。
    でも、いざ入ってみると少しポカポカと体が温まってきて「寒い」よりもしだいに「痛い」に変わり足もマヒして何も感じなくなり、このまま意識が飛んでいきそうでした。滝から出た頃にはもう歩いている気がしなくて頭がぼんやりして着替えるのが大変でした。川は、滝の後に行ったので「死にそう」とは思いませんでしたが、時間帯が遅くて真っ暗だったのでめちゃめちゃ怖かったです。肩まで入る時は寒くてしかたがありませんでした。けっこう流れそうで大変でしたが滝よりも長く入る事ができて良かったです。

    滝や川以外にもお経を唱えまくったり、大声出したり、写経をしたり、普段の生活では体験できない事ができて良かったです。最初お経が全然読めなくて周りにおいつくのが大変でしたがいつのまにか「般若心経」や「光明真言」「御宝号」を覚え、仏前勤行集を見なくても唱えられるようになりました。お経を2時間ずっと唱える行は、すごくつらくて、頭がボンヤリして酸欠状態にもなりました。でもその次からのお経の行は苦にならなかったので、行の成果かなと思いました。「声出し」はなかなかお腹から声が出せなくてのどが痛くなったりして大変でした。「写経」は1年ぶりに筆を持ち、初めて自ら墨を作りました。「般若心経」は漢字が難しくて、見た事のない字もあり少しあせりましたが、長時間の正座にもなんとかたえながら書く事ができました。

    「写経」に込めた願い事が叶えばいいなと思っています。「写仏」はすごく楽しく取り組める事ができました。書いているうちに足のしびれを忘れ、おもいっきり集中する事ができて良かったです。でも、もう「曼荼羅」の写仏はしたくないなと思いました。細かすぎて目が点になるかと思いました。でも、なんとか完成させる事ができて良かったです。

    修行は決して楽しいものではなかったものの一緒に行をした仲間達や温かくて優しくて楽しいスタッフさん達、おいしいごはんのおかげで3週間を乗り越える事ができ、とても感謝しています。行をした仲間の方々からも、おもいがけないプレゼントをもらったり、応援の言葉をもらい、ここまで頑張ることができて良かったです。 天光寺での修行で得たものを糧に、これからの人生頑張ろうと思います。 3週間ありがとうございました。

    天光寺さんに来るまでは、かなり不安があり、自分で本当に寺の修行など無理だと決めつけており、落ちつかない気分が大半でした。 自分のこの不安な気持ちを和らげるのと最初から何事もやる前から自分の心の決め付けを直していく。そして自分を強くしていくと言うのが今回の修行に参加することになった根本でもあります。

    まだ一日過ぎたばかりなので、まだわからない点が多いですが、一日目に行ったあいさつの作法から基本を学び、お百度参りは最初とても足が冷たく、体も寒かったのですが、行を実際にしている時は、足の冷たかったことも忘れ、体がかなり温まっていることを終了した際に実感しました。

    滝行ですが、これを実体験するまで、自分にはこの寒い季節に水の中に入ることはとてもできないんじゃないかと思っていましたが、他の行生の方を見ていく中で、自分もがんばらねばという思いが出て来て、何とか滝の中に入ることが出来ました。これも他の行生や先生方の力を借りて滝に入ることができたと思いました。
    実際に生きていく中で、一人では生きていけないということはわかっていましたが、改めて仲間意識とか家族の大切さを認識しました。

    まだ期間も残されていますので、残された期間自分の中にない部分を十分吸収し、自分を見つめ直し、自分の目的達成に向け着実に力を他の行生、先生方からも吸収し確実に自分のものにしていきたいと思います。 これから生活をしていく上でも、つらい時や楽しい時もあると思います。つらい時ほど、その事実から逃げたくなるのが本音ですが、つらい時には、天光寺さんで体験修行をさせて頂いたことを思い出し、実体験を乗り切りたいと思います。こういうことも全部含めて、自分の気持ちの切り替え、成長を確実にしたいと思います。

    初めにここに来ようと思った時は8月の初め頃でした。その頃6年付き合っていた彼女と別れて、生まれて初めて心の苦しさを感じました。
    ご飯も食べれず、寝る事もほとんどできない状態が2ヶ月ほど続いて、体重も10kgほど落ちてしまいました。その時、心の苦しさからここの寺修行を探したのですが、もう少し自分の力で乗り越えてみようと思った事と、夏より真冬、そして年末年始で来ようと思い、今日に至ります。

    ここに来た目的は、今まで生きてきた中で苦しめてしまったり、悲しませてしまった人達への懺悔です。ここに来る前に過去を振り返って考えていたら本当にどれだけの人達を苦しませて悲しませてきたか、生きる資格ないんじゃないかとさえ思ってしまいました。その事で親や友人、知人にまた迷惑や心配をかけて自分がどんどん嫌いになっていきました。なので全てを仕切り直し、前に進むために修行をしに来ました。

    修行を終えて今思う事は、まずこのタイミングでここに来れた事への感謝の気持ちです。そして今でなければ出逢えなかった人達への感謝です。本当にいろんな方がいて、いろんなパワーを頂きました。中でも一番印象に残ったのは1月1日に行った滝行でした。まだ一日しか経っていませんが、今まで生きてきた人生を大きく変える程の出来事になりました。自分が悩んでる事がどれだけちっぽけな事で、自分がどれだけちっぽけな人間だったか、思い知らされました。想像も付かない心の苦しみを持っておられる方を目の前に心からそう思いました。必死でお経を唱えている二人を見てお経を唱えながら涙が止まりませんでした。二人が命をかけて戦っている様に見え、自分がどれだけ無力な人間か、悔しくて涙が止まりませんでした。自分がお経を唱えている時、少しでも、ほんの少しでもいいから二人の力になりたいと心の底から思い、寒さも痛みも忘れてただただお経を唱えていました。真剣に命懸けでやる事で、人の気持ちをこうも動かせるのかと感じる事が出来ました。見栄や格好、口先の言葉では人は動かないと確信しました。本当にありがとうございました。

    今回3泊4日の修行を終えて、これからの心の持ち方、行動は、自分のことより相手のこと、人を思いやる気持ち、苦しんでいる人の手助け、嫌な事、めんどくさい事を率先してやる。言葉遣い、座る姿勢、常に全てに置いて感謝の気持ちを忘れない、日々修行。以上です。 最後にここに導いてくれた神様に感謝します。住職、スタッフの方、ここで出会った方々に感謝します。ありがとうございました。

    今回この修行に来た目的は、己の弱い気持ちや、会社の役員としての自覚の無さを正す事を目的と致しました。
    冬の寒さの中、滝に打たれることや、自然の中、規則正しい生活をする環境におかれる事により、自分自身が変われるのではないかと思いました。普段ならお酒を飲んで、子供と遊んでいるはずが、一日一日に修行に行く事の意味を深く考え、自分が変わり、良い方向に事が進めば、会社も家族も良くなると思いました。

    天光寺に来られる方々は、それぞれの考え、目的や目標、苦しみなどを持っており、自分の苦しみや悩みが、いかにちっぽけな事かと思いました。
    また、自分の気持ち次第で、良くも悪くも考えられ、人それぞれの計り方の違いを感じることが出来たと思います。毎日毎日、仕事のことや、明日の予定、一週間、一ヶ月後、三ヶ月ごと、先先の事を考え、売り上げや経理、社員の事、家族と、頭がパンクするのではと思いました。電話も使えない、お客様の事も考えない、何も考えないで、今の自分だけを見ている様で、無の世界にいる感じも致しました。
    この体験は、自分でしか解らないことで、人に伝えようとしても伝えられない様な気がします。次回は興味のある社員と一緒に来たいと思います。

    一泊二日の修行でしたが、滝に打たれている時、フワっとした感じがして、水しぶき一滴一滴が体に当たっているのが解りました。その時は、体の感覚もなく、「あれは何?」と変な気持ちになりました。また、女性の方が先に滝に打たれている時の苦しみが凄く印象に残っており、カルチャーショックを感じました。この経験を生かし、自分に厳しく、他人にやさしくなれる様努力していきたいです。一人では生きられない、助け合っていきます。 有り難うございました。

    まずはこういう機会を天から与えられたことに心から感謝致します。日ごろ中々経験できないことを出来た喜びもさることながら、行のみに精進出来る環境の中、己を見つめ直す時間を持てたことが大変有意義でした。 息子の正確改善、前に出ようとせず、埋もれることで満足している為、自分を律して前進することが出来ない点を何とかしたく、HPで天光寺を知りました。当初は息子を入れることしか考えていませんでしたが、妻に「あなたも入って来たら?」と言われ、「正月をひとりぼっちで迎えるのも寂しいだろうから」という建前で入山することにしましたが、内心では自分を変える一つのきっかけになれば、と考えていた事も事実です。

    昨年、人事異動があり、慣れない職場に転属、しかも時期リーダーにならなければならない状況は、自分の中では大きなプレッシャーでした。
    元々一つのことを極めなければ人の上に立つことは出来ないと考え、以前の職場で自己修練に励んできたのですが、今回は年齢と立場で上に立つことになった訳です。下にはより有能で、人脈の広い部下がいる現実、元来、人に言われた事を気にしがちの自分にとっては、自分をどう演じ、どう振る舞うべきなのか、少々迷いがちでした。

    そんな中での今回の修行は改めて、自分にとって価値あるものとなりました。住職のおっしゃる「自分の人生の主人公は自分である」という言霊は、まさに自分の信じるところを遠慮することなく突き進めと言われている様に感じました。

    今から二十年も前のことになりますが、テレビのディレクターとして、お昼のワイドショーの「人生相談」のコーナーを担当していたことがあります。
    離婚、暴力夫等、悩みを抱えている視聴者からの依頼に、弁護士と共に解決法を探るものでしたが、この時に色々な例に触れさせて頂き、「人との関係を修復、改善するには、まず自分が変わらなければいけない」ことを学びました。相手を変えようとすることが甘えに過ぎない、自分が変わる事は自体を好転させたいからであって「敗北」ではない…十分理解していたつもりでしたが、自分の人生を振り返ると、自分を律することをおざなりにし、相手に対する不安や愚痴を重ねてきたような気がします。

    昨日の滝行で御宝号を唱えて水をかぶった時の爽快感、そして、今朝大日如来の前で手を合わせている時に感じた目の前が開けていくような感覚、いずれも今後人生を生きていく上で生き方を変えられるひとつの「期待感」を掴めたように思います。
    その「期待感」はまだ曖昧な物で、こうすればたちどころに解決すると行った明確な輪郭を伴ったものではありません。 しかし迷った際に、仏前勤行集を開けばいつでもそこに戻れる「スタート地点」を確保することはできました。

    今まで十数年テレビドラマの仕事に関わり、数々の「舞台」と数々の「主人公」を構築してきました。しかし未だ自分の「舞台」と自分が「主人公」である物語の起承転結を考えたことはありませんでした。今回の修行はある意味で「転」となるものですし、またそうするべく日々前進していきたいと存じます。
    改めて皆様との出会いを感謝いたします。

    貴重な体験、充実した時間をいただき、本当にありがとうございました。
    申し込み当初は、昨年末から身近における諸事情によって、色々と考える事が多かったこと、自分自身と向き合う時間が無かったこと、自分の今後について具体的に考える時間を設けなかったことなどから、以前より興味のあった冬の滝行やその他の行を通して、何か変わるきっかけを見付けられたら…という思いでした。

    ただ、一日目の瞑想・お百度参り・川行。二日目の写経・お百度参り・滝行と通じて「あっ、自分ってこういうところがあるな」「今までの自分はこうだったな」と気づけた瞬間があって、行を進めていくうちに、何となく穏やかに温かい気持ちになっていきました。この感情は「嬉しい」に近い感覚でした。

    そういう漠然とした気持ちが確信に変わったのは、住職さんの「法話」を聞かせて頂いた時でした。自分はこういう話に出会いたかったんだ、聞きたかったんだと分かった時、本当に幸せ(という感覚に近い)な気持ちになりました。 自分の『今後』を探しに行った時間だったのに、自分の中の自分と向き合って、自分の弱い部分を見付けたり、自分でも気付かなかった自分と出会えた時間になり、充実したものとなったと思っています。

    ただ残念だったのは、住職先生とあまりお話ができなかったことです。というのも、先生にオーラというか、威厳を感じてしまって萎縮してしまったのです。今思うと、もっと積極的にぶつかって行けば良かったと思っています。
    「積極的に生きるか、消極的に生きるかで、運や人生が変わる」のですから…。

    スタッフの方々、行生の仲間達にはとても親切にしていただきました。正直2泊3日という期間が不安だったのですが、楽しくあっという間で足りないくらいでした。(川行・滝行・正座は辛かったですが…)

    長々と書きましたが、この2泊3日は、自分を高めていく為の第一歩として、大切な時間になったと思っております。
    幸い、自分の周りにも、自分を戒めて下さる方もいらっしゃいますし、ハッと気付かされる瞬間が多く転がっています。少なくとも、その瞬間を見逃すことなく自分を高めていけるようにアンテナを広げて感受性の高い人間でいたいと思います。

    そしてそれでも何かに行き詰まり、滝に打たれたくなりましたら、また、住職の法話を聞きたくなりましたら、すぐにでも連絡させてください。宜しくお願い致します。

    私は滝行、川行、その他にお百度参り、写経、写仏、先生の法話を聞かせて頂きました。明日にて終わりますが、大変短い間でしたが貴重な経験をさせて頂きました。帰りましても、ここでの経験を基に家族を大切に、実直な生活をして、妻を安心させたいと思います。

    私は躁鬱病を患い、9年という年月が経ちますが、その間に双子(男女)の子が生まれました。
    今回の修行で「今までで一番嬉しかったことを思い出して下さい」と問われた時に、仕事中何度も病院に行き、出産に立ち会い、10時間近くかかって、女児と男児が生まれたときの事を思い出しました。
    明日7才の誕生日を迎えますが、あの時の喜びを忘れず、妻に感謝の心を忘れずに、残された子供への義務を第一の喜びにしようと思います。今回の川行と滝行でなにか今までと違い、シャキッとした感覚が持てました。9年間苦しんできたなにかがなくなった感覚です。本当に有り難うございます。

    話は飛びますが、そもそも病気のきっかけは仕事だと感じていましたが、今はそれはどうでも良くなりました。過去は変えられないが、未来は変えられる。自分ももっと強くなれば、病気は克服できると思いました。

    今回の体験は、大変貴重で、だれでも出来るわけではないし自分でやろうとしても無理なものばかりでした。
    特に川行と滝行は非常にエキサイティングなものでした。
    川は非常に冷たく流れに打たれて自分自身の感覚が麻痺し、一種の解脱状態になります。滝行は滝に行くまでの登り道で息が切れてしまい不安でしたが、川とは違った自然の力を貰った様な気がしました。どちらが良かったかというと、私は川の流れでの感覚が一番残っています。又機会があればぜひ伺いたいと思います。

    最後になりますが、指導して下さった先生の皆様、ご住職に御礼申し上げます。本当にありがとうございました。 明日と言わず今から前に向かって前進していこうと思います。

    ぼくは、いじめにあってから不登校になり、一年間家にいました。あるときお母さんが、天光寺のホームページを見付けて、ぼくはいくことにしました。それで天光寺に来ました。

    最初は、大きな声を出したり、しゃべったりできませんでした。
    でも、川行や水行などいろいろしていくうちに自分が変わってきたようなかんじになりました。
    スタッフさんと話したり、同じ行をしている人たちと話したりすることができるようになりました。
    大声出したりできるようになりました。
    がんばるといろんなことができてうれしかったです。

    川行や水行はつめたくてがまんできなかったけれど何度もやっていくうちにすこしずつがまんできるようになりました。
    天光寺で学んだことは、今年中学生になるので、いじめにあったり不登校にならないように学んだことを忘れずこれからいかしていきたいです。天光寺にきてほんとうによかったです。ありがとうございます。

    今回、私がこの体験道場(修行)に参加させて頂いた目的は、自分自身の心の弱さの克服であります。デフレ進行下、価格破壊が進み、価値観のズレを中々埋め合わすことができない世の中になって参りました。そんな中、商売上、中々上手く行かないことが多く、ストレスが溜まり、家族には相当の迷惑をかけていたかと思います。ふと我に返ると自分自身のことしか考えていない自分がそこには居りました。

    長い間、家族旅行にも行っておらず、夕食も暗い感じになっておりました。このままでは、家の家族はダメになってしまうのではないかと思い、まず自分自身をもう一度再確認する為、そして自分が家族に対して何が出来るかを考える為、自分が大黒柱として、立派にみんなを明るく出来る様に、自分自身が変わらなければならないと思い、自分を磨く意味合いを込めて、やって参りました。

    修行一日目、二日目と進むに連れて、普通に生活出来ている「尊さ」「ありがたさ」を痛感致しました。家では全て、女房まかせにしている自分を腹立たしく思うと共に、感謝の気持ちでいっぱいになってきました。そう私には人を気遣い、思う気持ち、そしてやさしさが足りなかったのです。天光寺のご住職、そしてスタッフの方々と接してみて、特にそう感じました。

    人間はひとりでは生きていけない。皆さん、そして家族、友人、知人、恩人、ありとあらゆる方々の御力をお借りしなければ生きていけないのです。
    今後とも難しい局面は多々あると思います。
    そんな時には、ご住職の仰った不撓不屈の精神で無理難題に、情熱的に取り組んで参りたいと思います。決して後々を振り向かず、前を見て、陽転思考で、積極的に、明るく取り組んでいきたいと思います。と、同時にやさしい慈悲の心を常に持ち合わせていたいと思います。

    今回天光寺さんを訪れた目的は、日ごろついダメと分かっていても楽な方を選択してしまう自分の甘さ、弱さを正すために、転職によってもらった長期休暇を利用して渇を入れることです。
    気合いを入れて、次の仕事はもちろん、私生活もより充実して過ごせる様にしたいと思いました。

    自分で言うのもなんですが、私はとても幸せな環境で生きていると思っています。両親、妻、友達、同僚、上司、出会う人皆、素晴らしい人ばかりで、みんな自分に優しくしてくれて、想ってくれて、何不自由なく生きてきたと思っています。

    でも普段、その幸せになれてしまって、幸せを幸せと感じなくなっている時がある事に気付きました。こんなにも幸せにもかかわらず、だらだらとゲームをして過ごしてしまうことがよくありました。生活を充実して過ごすことで改めて幸せを感じる事ができるようにと思いました。

    初日、お百度参りと川行をして、生きていることがどんなに素晴らしいことか、切に感じることができました。お経を唱えている間も、ほぼ無のような感覚になり、とても安らぎを感じました。
    初日に行を行ったことによるものなのか分からないのですが、2日目の午前に瞑想をした時に今まで出会ってきた人達を思い浮かべて、みんなに感謝した時にあふれるほどの涙が止まらなくなってしまいました。今まで、どれだけ自分が幸せだったのか、心からみんなに感謝の気持ちが湧いてきて感じる事ができました。
    今までは感謝はしていてもこんな気持ちになることはなかったのでとても不思議でした。

    2日目の滝行で身を清め、心がとてもきれいな落ち着いた状態になっているのが分かります。
    瞑想をしている時に浮かんだ感謝の気持ちを忘れずに、明日からお世話になったみんなにちょっとずつ恩返しをしていこうかと思います。ちょっとした事で精神を乱されずに、人の事を考えながら充実した日々を送りたいと思います。

    私が今回、修行体験をしようと思ったのは、日常に流されている中で、一度自分を見つめ直すと共に、違う環境・空間に身を置いてみたいと思ったからです。
    よく座禅をするとか瞑想をするとかを耳にするけれども、どうしたら心がすっきりするのだろうと思っていました。

    ここへ来て、作業の間に必ず休憩があることで、日々時間に追われ、常に頭を回転させ、体を動かしているリズムになれていた事に気付かされましたが、一息つく事は大切なんだなと改めて実感しています。
    忙しい中にも、ほっと一息つくことで、余裕が生まれることは、心と体を楽にしてくれるなと思いました。

    また、普段何も意識していない呼吸ですが、腹式呼吸や声出しをした時に、喉だけで出していると(表面的なもの)お経を唱えるのにもとても苦しくなってしまいますが、お腹から声を出す様にすると、肩などに力も入りにくく、体もあたたかくなってくる感じがあり、呼吸も大切なんだなと感じました。
    同じ動作で動かずにずっと同じ事を繰り返すのは、とてもエネルギーがいることだと感じましたが、繰り返すことで、知らず知らずに体が慣れ、集中できる事も感じられました。
    日常を流されているととらえるのか、日々繰り返していくことが大切であると捉えるのか、自分自身の捉え方で変わるのだと感じました。

    この修行体験で何も音のない、情報が入らない時間と環境を作ることは大切であるという事を学べました。

    天光寺でお世話になった三日間、色々な方と触れ、色々な話をして頂き、私の悩みを丁寧に聞いて下さったことを心より感謝致します。

    私は、人一倍マイペースで、人一倍頭が悪く、人一倍焦りやすく、何をやっても失敗ばかり。毎日失敗続きで、どうしようもない自分を責め続けることしか出来ず、泣いてばかりの自分でした。途方に暮れた時に、インターネットで『相談・寺修行』の文字を拝見し、この今の自分を何とかしたいと思う一心で、ダメ元で前夜に電話しました。 こちらに来てから、信じる事、念ずる事、仏様や宗の事について深く知る事が出来ました。

    座禅を組んで、お経を唱え続けた2時間、雪の中、足を冷たくして走り続けたお百度参り、滝、自然を一体となり行を終える事が出来た事、ここで教えて頂いた全てが私の自信となりました。
    自分に出来る事がある、達成する事が出来る。負けそうな時には、ここでの日々を思い出して、自分を奮い立たせていきます。

    最後に、ここまで来れたのも、今自分自身を強く持っていられるのも、ここで出会えた、支えて下さった皆様のお陰と思います。本当に感謝致します。

    僕は天光寺の体験修行をやって思った事がいくつかありました。

    一つ目は集中力です。写経やお経を唱えたりとかして、けっこう集中力とかがついたんじゃないかと思いました。

    二つ目は滝行や水行はすごく大変な事が分かりました。0度の水の時もあるので、すごくさむかったです。それに滝行や水行の前にやるお百度参りも百往復したりするのもいやになってくるけれど、それのおかげで結構我慢強くなれたなと思いました。

    そして三つ目は天光寺の人達に礼儀が悪かったら悪かったと注意したりしてくれて、礼儀とか寺での作法などがすごく分かったので良かったです。お寺では祭壇に足を向けて寝たり、祭壇に向けて足を伸ばして座ってはいけないというのも天光寺に来て初めて知りました。

    そして僕がここに来て思った事は、色々便利なものがなくて、いろいろな事に困ったりしました。だけれどここで暮らしていたらそういうのが昔だったら当たり前なんだろうなと思って感謝する事とかを出来たので来て良かったと思いました。

    体験修行に行こうと思ったのは、転職の合間に何か自分を成長出来る事ができれば良いなと安易な気持ちでした。しかしながら本当は来るべきして来たのだと感じました。自分の事、自分が考えている事、自分自身を見失っていたのだと分かりました。

    体験修行を通して何が変わったか、また何が成長できたのかは言葉に表現できません。一つ言えるとすれば、少しだけ自身が大きくなったと感じています。厳しい修行の一つ一つを乗り越える度に大変大きな満足感と達成感を感じました。修行中、何度も諦めそうになりました。『ここで諦めたら今までの自分と何も変わらない』の一心でふんばりました。ここぞという時の良い意味での開き直りと『俺は死んでも鯛だ!』と言う根性が自分にも有るのだと言う事に気付き、本当に嬉しく思いました。

    これからもまた、生活していく上で様々な壁や問題にぶつかると思います。その時はこの体験修行を思い出し、集中すれば必ず乗り越える事が出来ると思っております。
    最後にこれからも自分に正直に厳しくまっすぐに、そして真っ当に生きて行きたいと思います。

    何かあるとすぐにマイナスに考え、弱音を吐いてしまう自分の悪い癖、弱い根性を叩き直す為に今回修行に参加する事を決心しました。 今までも何度も変えようと試みていましたが、結局何も変わらずここまで来てしまいました。

    たった3日修行を受けるだけで変わる事なんて出来るのだろうか、変われなくてもせめて少しでも変わる切欠になればそれで良い、そんな思いを抱いていましたが、3日間の修行を終えた今、自分の中で何かが大きく変化している事に驚きでいっぱいです。

    こんなにも自分自身と素直に向き合えた事は今まで一度もありませんでした。向き合おうとしても結局言い訳ばかりで、これが私なんだから仕方無いと逃げていました。そんな自分が大嫌いでした。
    行はどれも精神的にも肉体的にもきついものばかりでしたが、辛い、辛いと思えば思う程強くなりたいと言う思いも強くなりました。今は、絶対に強くなってやる!と思っています。何事にも前向きに積極的に生きて、もっともっと自分を愛せる、そして人を愛せる人間になりたいです。どんな事にも負けない強い心を持った優しい人間になりたいです。

    ここに一人で来て、弱音を吐かずに行を受けられた自分の力をもう少し信じてみようと思います。
    負けそうになったら、ここでの事を思い出して頑張ります。先生達から頂いたお言葉、絶対に忘れません。今の気持ち、絶対に忘れません。ありがとうございました。

    天光寺に来て三日目。まもなく修行も終わります。

    私がここへ来たのは、色んな気持ちを抱えていたからです。今の自分の状態を変えたくて、どこか切羽詰まっていた矢先でした。自己啓発など様々な本を読みあさっている時、こちらのお寺の事をホームページで知りました。見た瞬間、あ、これだと思ったんです。修行体験はまさに私が求めていることそのものでした。自分を変えたい、強くなりたい、ネガティブな自分を少しでも前向きにしたい、自信を持ちたかったからです。非常に不安ではありましたが、今の私はその不安よりも、現状を変えたい気持ちの方が強く、勇気を出し、天光寺へ行く事を決めました。

    修行の初日は、慣れない環境と日頃経験しないことが辛く、正直無事二泊三日を乗り切れるだろうかと不安しか感じる事が出来ませんでした。

    そして二日目、一番怖いと感じて滝行はとても辛かったです。最初は息が出来ず、このままやめてしまいたいと本気で考えたけれど、ここで逃げたら何も変わらない、と自分に言い聞かせてやりきりました。終わった後、生きている事をとても実感して、普段の生活がいかにありがたいか本気で考えさせられました。滝行の後から、よし、残り今日と明日、最後まで頑張ろうとやっと思えるようになりました。最終日、今日の瞑想の最中で涙がこみ上げて来るような感じになりました。

    今まではあまり感じる事のできなかった感情が自然と湧いてきたのです。以前は憎い気持ちや、やるせない思いを持つ事もあったけど、ここまで育ててくれた両親に感謝の気持ちや色々な気持ちが出て来ました。普段生活していると、仕事や日々の生活に追われ、なかなか自分と向き合う時間が持てなかったと思います。もう少しで三日間の修行体験も終わります。今は心からここへ来て良かったと思います。ここへ勇気を出して来た自分の事も少し、認めてあげようと思えました。

    法話を聞いて前向きに生きる大事さをとても知ったので、このお寺を出た後から今より前を見て、進んでいきたいです。人を憎んだり、起こったりするより、今ある事に感謝して、人に優しい、そんな自分でいつもありたいです。本当にお世話になりました。ありがとうございました。この経験は忘れません。

    現在大学三年生で、体育会の部活動に所属しております。自分が天光寺に体験修行に来た理由は、部活動で壁にぶつかり、その壁に負けかけている弱い自分を心の面で変わりたいと思ったからです。また、自分は精神面で弱く、些細なことを引きずったりとてもネガティブで、色々と嫌な事を溜め込んでいたので少しでもそれが張れればいいなと思っていました。

    いざ、体験修行に来て初日、挨拶の面で自分はまだまだだと実感しました。声があまり出なく辛かったですが、何回も練習していく内にだんだん出るようになって来ました。その後、お経を読み、お昼御飯を頂き、初めてのお百度参りと川行を行いました。
    お百度参りは裸足で行い、疲れたと同時に足の裏にマメがたくさん出来て、とても辛かったです。そして川行ですが、とても冷たくきつかったです。でも、だんだん気持ち良くなり、日頃の生活で溜まっていたストレスや嫌な事が全て洗い流されていく感じがしました。
    夕食の後、法話を聞きました。その中で、先生がおっしゃっていた、思考が自分を作ると言う言葉には深く考えさせられました。自分はマイナスのことばかり考えたり溜め込んでいたので、これからは前向きに物事を考え、えっ曲的に生きて行こうと思いました。

    二日目、朝六時に起き、朝食まで掃除をしました。家の中が終わると外の道を竹ぼうきで掃きます。長時間ほうきで掃くのは辛かったですが、周りには自然がいっぱいで気持ち良く、掃除が終わった後の道を見ると、こんなにきれいになったんだと感動しました。朝食の後、二時間光明真言を唱えました。酸欠になり、おしりも痛くとてもつらかったですが、終わった後の達成感は凄かったです。
    その後、三禮を百回やりました。物凄く辛かったです。でもこれをやりきった事は凄く自信になりました。その後、お百度参りと滝行を行いました。滝行は想像よりも遙かに過酷でした。痛い、冷たい、息ができない、本当にきつかったです。でも滝行が終わった後、凄くすっきりしましたし、滝からエネルギーを貰いました。

    三日目、朝起きると体中が筋肉痛におかされていました。特に腿、お尻は酷く、座るのが痛かったです。それでも、掃除と朝食のあと、また光明真言を二時間唱えました。凄い辛かったです。考えてみると普段なら絶対に出来ない事だなと思いましたが、それを二回やりきった事、それは本当に自信になったし、集中力がついたのかなと思いました。
    午後には写経とヒーリングを行いました。写経では久しぶりに筆を使ったので、あまり上手に書けませんでしたが、自然と凄く集中しました。またヒーリングでは途中からぼーっとしてきて、眩しい光のような物が見えました。何か見えない力を感じました。終わった後はとてもすっきりして、肩が軽くなった感じがしました。

    そして最終日、掃除をして、朝食を済ませ、お経を唱え、今この文章を書いています。
    振り返ると三泊四日はとても短い物でしたが、とても辛く、とても考えさせられ、また、とてもすっきりした充実した時間でした。色々な辛い事をやり遂げたからこそ、自分がこれから頑張っていく自信にも繋がりましたし、これからは前向きに積極的に毎日を少し、自分の壁を乗り越えたいと思います。
    『思考が人生を作る』これを忘れずにこれからも人間的に成長していきたいと思います。ありがとうございました。

    私はこれまでの会社生活の中で、自分でも知らず知らずのうちに自分の中に蓄えてしまった垢(ストレスや凝り固まった考え方等)を洗い落とし、自分自身を一度リセットしたいと考え、今回体験修行に参加致しました。また、そうする事で、今後の仕事だけでなく人生全体にプラスになると考えました。

    実際に体験修行に参加してみると、自分が考えていたよりもハードなものでした。川行・滝行では、水温は低く、特に初めての滝行では、これまでに経験した事のない寒さ・冷たさを前進に感じ、心から修行の厳しさを実感しました。しかしそれと同時に厳しいからこそ、自分の垢が取れる、新しい一歩を踏み出す力になる!と信じ一生懸命に修行に取り組みました。不思議な物で、二回目の川行・滝行では水の流れや岩との一体感を感じ、寒さ、冷たさを感じながらも平常心を保つことが出来、また徐々に自分の中の垢が水の流れと共に洗い流されていくような気持ちになることができました。

    また川行・滝行だけでなく、毎日の掃除、食事の準備や後片付けなど全ての事が非常に尊い修行であったように思えてなりません。汚れ一つ、落ち葉一枚が全て自分の中の垢であるように感じ、一つ一つの作業にも手を抜くことなく取り組むことができたと思っています。

    更に今回の体験修行では、自分でも思いがけない『気付き』を得る事が出来ました。座禅を組み、瞑想して、過去の自分の行い、出会った人達の事を思い返す時間を頂いた際に、過去の失敗や後悔が、全て自分の中の消極的な部分が引き起こしていた事を本当によく理解出来ました。それはまさに天光寺で教わった通りだったのです。またこれまで自分がいかに周りの方々に支えられてきたか、いかに恵まれていたかという事もよく分かりました。家族のことを思った時、自分でも驚いた事に自然と涙が出て来て止まりませんでした。

    天光寺での体験修行を通じて、当初の目的である『自分のリセット』だけでなく、本当に多くのことを得る事が出来ました。厳しい修行を乗り越える事で、自分にも自信が付いたと思っています。今後はここで得た気付き、感謝の気持ち、自信をわすれることなく、更に一生を通じて自分を高める努力を続けて行きたいと考えています。そうすることが、自分の人生を豊かにし、これまで支えて下さった全ての方々の恩に報いることだと信じています。仕事に関しても、私の仕事は世界的に非常に競争の厳しい業界ですが、ここで学んだ事を活かし、一生懸命に精進することで、必ず世界中の人に慶んで頂ける商品を作りたいと思います。

    最後になりますが、沢山ご指導頂いた天光寺の皆様、一緒に修行した皆様、六日間の短い期間でしたが、本当に貴重な経験と楽しい時間をありがとうございました。

    結婚して私自身の自分への甘さや考え方の違いなどから喧嘩が絶えず、お寺で修行することを勧めて貰いました。私も数年前から自分が弱くなり何に対しても逃げ腰になっているのを感じていたので、自分でも一度修行してみようと思ったこともあり、こちらで一週間修行させて頂きました。

    バス停から歩いて寺の入り口の坂の所まで来た時、ちょうど通りがかったこちらの肩に大きな声で丁寧に挨拶して頂き、背筋を正される気持ちになりましたそれをはじめに、声の出し方、挨拶の仕方、心の持ち方などを指導頂きました。滝行などの修行ももちろんですが、私にとってその挨拶や心の持ち方のお話はとてもためになりました。お陰で体力的や精神的に辛い数々の修行において、自分の弱さをまず認識し、そこから全力で精一杯、行を行い、やり遂げることで段々自分に自信を取り戻せる様に成り、自分が強くなっていくのを感じました。また、初日などは子供達がさぼっていたりすると、自分が一生懸命やっているのに…などと腹を立てていたのですが、私は自分自身の為に修行しているのだ、と思ったり、誰にでも自身に甘えたい時や疲れている時、辛い時があるんだと思いやれる余裕と優しさを段々と持てる様になったことで、人に優しくなれ、自分の修行にも集中出来る様になりました。

    また、毎日の掃除、食事の準備や後片付け、洗濯も家ではどこか、心の中でやらされているような気持ちでやっていたのも否定できませんでしたが、こちらでは、修行させて頂いていると思えば本当に心から自ら動いて、進んで出来、そこでも甘えていた自分と、出来る自分に気付くことが出来ました。掃除などをしているといっても私達がしていた事はほんの一部で、毎日毎日食事の準備や身の回りの世話を頂いた先生方、本当にありがとうございました。人に食事を作って頂くありがたさ、食べる物があるありがたさを「食前の言葉」を唱える事によってもとても痛感しました。 また夕食が終わった後にリビングで先生方や他の修行されている方にいろんな話を聞かせて頂いたり、相談を聞いてご意見を頂いた事も私にとってとても大きな財産となりました。

    こちらでの修行は一週間という限られた時間でしたが、人生は一生、毎日毎日一瞬一瞬が自分の為の楽しい修行だと思います。自分を磨くことでかけがえのない物を得る事が出来るのです。私はその事をいつの間にか忘れかけていました。また、自分がいい加減な生き方をして自分に自信がなくなっていたことで、自分の大切な笑顔を忘れかけていました。こちらで精一杯修行を行う事で自分に自信をもって笑顔でいることが出来ました。先生方に、いつもにこにこ笑顔だねって褒めて頂けた事も嬉しかったし自信になりました。私の、私はこれだ!と言える物は「笑顔」だと言えるようになりました。笑顔は周囲の人を幸せにします。元気にさせます。これからも私はまず自分自身が強く優しくあって間笑いの人々に元気を与えられる人を目指します。

    皆様本当にお世話になりました。ありがとうございました。

    私が修行に参加したいと思った切欠は、28歳になり、このまま今の仕事を続けていて良いのか、自分の進みたい道はどこなのか前が見えなくなってしまい、このままだと流されてしまうと思ったからです。
    今の生活が不満と言う訳ではありません。仕事も更なるステップアップの場を与えて頂き、有難いと思っています。ですが、新しい仕事の量と内容を考えると、どうしてもマイナスな事を思ってしまいます。
    頑張るしかないのは分かっているのですが、頑張ってもお給料が上がるわけでもなく、自分が本当にやりたい事なのか分からなくただ流されているのでは?と考えてしまいます。

    「このままでは自分がダメになる」と思いました。こんな事をふつふつと思っている時、たまたま見ていたインターネットでプチ修行と言う書き込みを見ました。そこから色々調べこちらの天光寺体験修行のホームページを見付け、自分と見つめ合う為参加しようと思いました。

    二泊三日と短い期間でしたので、何か変わるきっかけが作れれば良いなと言う位の気持ちでした。
    ですが実際二泊三日を終え、得た物はとても大きなものでした。滝行では、堪え忍ぶことと気持ちをしっかり持つと言う事、禅は心の平常心を保つこと、写経は丁寧さと集中心。その他にも声出しやお経、お百度参り等、普段の生活からでは経験できない事が出来、普段の生活に活用できる事が沢山ありました。

    修行をしたからと言って、私の仕事がうまくいく訳ではありません。保障もありません。ですが、根本的な考え方が変わり、仕事を行う際の気持ちの持ち方が大切なんだと気付きました。

    出来ないかも…と考えるのではなく、前向きに立ち向かう心が大切です。千回を唱える時に感じたのですが、どんなに先が長く辛くても、必ず成し遂げることが出来ます。下手でも息が続かなくても、必ず終えることが出来ます。終えた時は最後まで頑張って良かったと、心から思う事が出来ました。気をしっかり持ち、目の前のことを少しずつでも良いから行えば、結果はちゃんと付いてくるのだと思います。

    修行は大変で楽ではありませんでしたが、私はとても楽しかったです。同じように何かを得たくて修行をしに来た方々とお話出来、皆同じように何かしら悩みがあるんだと知りました。

    お寺の作法も修行の行い方も全く分からない素人の私に優しく一から教えて頂きお寺の皆様にも感謝しております。 自分らしく生きる事は簡単ではないけれど、自分に負けず生きる事は出来るのではないかと自信が付きました。

    流されるのも良いと思います。そこにちゃんと「自分」があれば流れ着く先は自分で決める事が出来るのだと思います。二泊三日の修行体験ありがとうございました。

    私が今回天光寺の体験修行に参加した目的は「動じない強い精神力を身につける事」でした。昔から心配性で非常に細かいことで悩んだり、自分を追い込むことが良くあり、特にここ数ヶ月間は自分自身の知性、能力に自信が持てず、将来について本当にくよくよと悩んでいました。また、他人と衝突した場合などにおいても、その人からどう思われているか、今後どう接していったら良いかなど、長期にわたって悩み引きずり、精神的に疲れることが多々有ります。そんな気にしすぎ、心配性な性格を少しでも改善し、強く明るく前向きな心に少しでも近付けたらとの思いで体験修行に参加させて頂きました。

    体験修行を通じて、自分なりに学び、感じた事を綴ります。

    修行初日、まずはあいさつの仕方から始まりました。はじめに先生のお手本を見せて頂いた際、普段と変わらないあいさつ言葉ですが、いかにこれまで自分が挨拶に気持ちと力を入れていなかったかに気付かされました。「おはようございます」「ありがとうございました」これまでは、ただ何となくそれらの言葉を発するだけでしたが、今後は、腹の底から言葉を発声し、気持ちと力を込めて挨拶出来る様、少しずつ改善をしていきたいと思います。

    三禮を百連続で続けた時の事、五十回を過ぎた頃から、膝も腕も赤く腫れ上がり、精神的にも相当キツくなった時「足の痛みも限界だし、ここで諦めてしまおうか」と何度も思ってしまいました。しかし、せっかくの修行の機会ですし、形が崩れても、途中腰を上げられなくなっても最後まで続けようと思い、結果最後まで続ける事が出来ました。通常の生活でもこの様な苦しい場面はたくさんあります。常に人生における修行なのだと心に留め、最後までやり抜く癖を付けたいと思います。

    修行中は、他の方との共同生活ですし、一日の流れ、食事、就寝時間も決められたものだった為、いかに普段の生活が自由でありがたいものなのか改めて考えさせられました。今後は一日一日の有り難みを感じ、時間を有効的に使っていきたいと思います。

    リーマン・ショック以後の就職氷河期と言われる中、就職活動を経て、私は社会人一年目を迎えました。これだけ辛い思いをして会社に入ったのだから、きっと充実し希望に満ちた日が過ごせるのだろうと思っておりました。しかしながら今感じるのは、日々の業務に追われる忙しさと、仕事しかしていない毎日に対する虚無感でした。つらいことしか無いという訳ではありませんが、自分の心持ちや言動に「余裕の無さ」が現れる様になっていることに気付きました。そこで夏期休暇のこの機会に心をフラットにし、余裕ある心持ちを取り戻そうと思い立ち、天光寺の体験修行を申し込みました。

    私が行を通じて学んだことは「無心で物事に取り組むこと」「心の拠り所を持つこと」の大切さです。
    読経、写経、写仏などの行においてはただ無心で一点集中し、取り組む訓練をさせて頂きました。それらの行は単純なものであるが故に手を抜こうと思えばいくらでも楽をすることができるものでありました。しかしそれを手を抜かず真剣にやり遂げることが精神力を鍛えるのだと感じました。これは人生そのものと同じで、いくらでも手を抜けるが真剣にやるからこそ意義があるのだと思います。仕事に置いてもあれこれ考えて妥協しないよう、まず目前の物事に無心で全力であたる精神力を持とうと思います。

    来週から仕事に戻りますが、今の自分の環境を悲観するのではなく、まず目前のことに妥協せず、全力であたり、何事にも真剣であることを心懸けようと思います。この二泊三日で学ばせて頂いた事を大切にして参ります。ありがとうございました。

    僕はお父さんに対する態度が悪かったり、嘘をついたり、話を聞かなかったり、お父さんの財布からお金をとったり、お父さんの部屋に入ってパソコンを勝手にやったり、没収されたゲームを探してみつけて夜中にやってみつかって怒られたり、怒られて「どうして」と聞かれると、黙ってしまってまた怒られてしまいます。それで「お寺に入って反省してこい」と言われてこのお寺に来る事になりました。最初はどんな人がいてどんな修行をするのかと思って、とにかく泣きじゃくりました。その時やっと、やってしまったことの重大さが分かりました。そして、行くと決まってからやっと反省しました。もうさすがに懲りました。

    僕はお寺に来た時とても不安でしたが、ここならちゃんと反省ができそうだと思いました。周りの皆さんが優しくしてくれて、「どこから来たの?」とか「今何年生ですが?」とか聞いてくれて、大人の方たちとも仲よく過ごせました。

    でも修行の時はみんな集中して取り組む事が出来ました。ごはんのときは肉とか魚とかが無いと聞いて、本当に食べないと知りました。でも味噌汁とか朝はおかゆとかがおいしかったので全然平気でした。 僕はこれから何をすべきか、どうしたらいいか分かったような気がします。

    このお寺に来て良かったことは、人との交流が多くにぎやかで、修行に行くときはピシッと切り替わるのでメリハリのつくいい生活ができました。早起きもできうようになったのでとてもうれしかったです。 僕はこの感想文を書くと言われていやだと思ってました。が、書いてるうちになぜかちょっとだけまじめに取り組めた気がします。文を書くのは得意じゃないけれど、書いてるうちにもうちょっと書こうという気持ちになれました。もしかしたらこのお寺でちょっと変わる事ができたかもしれません。
    このお寺にこなかったらいつまでも変わらずぐーたら過ごして悪いことして怒られてまた悪いことして怒られての繰り返しだったかもしれません。このお寺に入れてくれたお父さんに逆に感謝しきれないほど感謝じゃあらわせないほど感謝しています。

    これからの生活、いつもいつも感謝して怒られたり、悪いことしたり、困らせたり、めいわくかけたりしないように、人として、一人の人間として生きていきたいです。

    私が天光寺に来た理由はこの先の人生を考えた上で、今の自分には、自信を見つめなおす時間が必要である、自分を変えたいと思ったことがきっかけです。修行をして、自分を変えたいと、単純な気持ちで来ました。話が聞いても、考えるだけで変られるとは思いません。私自身も、どうしたら変わることができるのか分かりませんでした。今は自分が私の生活に戻り、変われる事に気付くことができました。気付くことできたのは、住職先生の教えであります。先生が何度もいわれている“反省”“感謝”“ざんげ”をしなさいと言われて、今まで一度も考えたり思ったりすることがなかったので深く考えました。

    想ったりすることがなかったので深く考えました。この普通の事、考えればわかることを考えてこれなかったことによって人の想いを気付くことができなかった想い返すこともなかっただから人を傷つけて裏切ってうまく付き合っていくことができなかったのだと思う。

    「愛にひそむ独占欲」の言葉は、先生とお会いした時に始めて言われた言葉であり、自分に一番気付かなくてはいけない所だと思います。彼女に対する言葉態度を改めて考え思い出さされました。これからは自分が認めて支えてあげようと思います。

    今まで忙しさを理由に自分の身の周りの事ができなくなってしまっていたのも、変えなくてはいけない事であってここに来てゆとりの時間が必要だったことも気付かされました。
    考える時間、何にも考えずにここを休める時間がないと人はすべてにうまくいかなくなってしまう。行をしたことによって、お経一つにも気持ちを入れてすることによって忍耐力をつけることができ、終わった後の達成感を味わえる例えば次に写経をして集中力を高めて達成感を感じる、一つひとつのメリハリも大事だけれど、仕事に置き換えても自分の気持ち一つで自分はいくらでも変わることができる。辛い時の自分に意識で勝つことができればその気持をこの先の自分にしっかり付けていきたい。「挑む相手を自分の中に見つけた時」道が開ける。

    天光寺で教わった事“教育”大人じゃなくて子供に対する教育大人には仕事での教育は完璧ではないがすることができるこれから自分が人の親になることになればしていかなきゃいけないこと、子供は素直だからダメなとこをすぐ出してくれるでも常に言ってあげないとすぐ忘れるなんで言われるのかをしっかりと伝えて理解した上でしてあげないと、甘えて泣くだけ、ここに来る子供たちの多くは親の甘えだと思う。かわいいからとはいえ甘えは人をダメにする。甘えさせれば、それは許されることだと認識していつしか甘えさせられることになれてしまって感謝の気持ちも分からない大人になってしまう、まさに自分の事を言っているようだ。子供に叱っている言葉が自分に返って来る時が何度もあった。子供の教育にも甘えさせるのではなく、良し悪しの区別をしっかりさせてあげて、最後はしっかりとほめてあげることが必要だと教育に対して考えさせられ勉強になった。

    相手を想う気持ちが強い程、感情が高くなり、泣いたり怒ったりするそれがいつしか心に残って何かに気付かさせるきっかけになったりする、想える、想ってくれる最後は話し会える相手だから情が生まれる。互いに認め合えば、切っても切れない関係になる。

    この先、そうなれる相手を探していきながらいろいろな人とのコミニュケーションとネットワークを取っていきたいと思う。人と人は支えあい情でつながる。人と人とのつながりを大切にして人生を歩んでいきたい。 天光寺のスタッフのみなさん一ヶ月という短い間でしたが親切にして頂き、本当にありがとうございました。住職先生、毎日ご多忙の中、親兄弟身内の相談まで聞いて下さり大変お世話になりました。ここで教わったことを何度も読み返し意識的に自分自身が成功できるよう毎日、懸命に努めていく所存でございます。

    ほんとうにありがとうございました。

    ぼくがこの天光寺に来た当初は、頭が混乱していました。母に連れてこられて、いきなり「修行をする」と言われたからです。それで、ぼくはここで修行をすることになりました。
    最初は、「なんで俺が修行なんてしなきゃ」と思っていました。けれどもすぐに「ここに来た以上は修行をしなきゃな」と頭を切り替えました。もう十六歳になる男が嫌だ嫌だだなんて言ってられないので、とりあえずがんばってみることにしました。

    朝起きてから、掃除と言われて、掃除をしていましたら、いろいろと教えてくださるお兄さんに怒られました。「なんで怒られなきゃいけないんだよ」と思いましたが、聞いてみると自分ができていなかったことへの注意でした。他にも多々怒られましたが、全部自分が至らなかった点ばかりでした。

    例えば、外を掃除する際にゴミを残さないようにしろと言われました。他の人が見逃したゴミでも、自分は見逃さないように、自分が見えたゴミはひとつ残らずはく、隙間に挟まっているゴミも見逃すな、などのことも言われました。ぼくは「何の意味があるんだよ」と思いましたが、こういう風なことを言われました。
    「落ちているゴミを全部ひとつ残らずはくことは自分に負けない心を作る。」

    そこで、ぼくは今までの自分のことを考えました。自分は今まで自分に勝ったことがあるかということを考えました。最近は、自分の欲望ばから優先させて、本当にすべきことをしていませんでした、ぼくは今、高校1年生です。つまり、学生ということです、学生とは、学ぶじかんが 与えられている人と住職さんが言っていましたが、高校に入ってからのぼくは全く勉強をしていませんでした、勉強をしないで、スマフォをいじったりパソコンで遊んでたり、テレビを寝ながら見ていたりしてました。それら全ては自分の勉強をしたくないというただのわがままでした、ただ単に学業から逃避をしていただけでした。勉強をしたくないという自分に負けた結果、学校の成績はよろしくない結果に終わりました。
    だから、自分に負けない自分を作ることがここに来た目的の一つであるとぼくは考えます。

    自分に負けない自分を作ることができたかと思うと、ぼくはできたのではないかと思います。今、本当にやるべきことをきちんと考えて、自分がしたいことは抑えていきます。それが自分に負けないことだと考えます。 そのお兄さんの話を聞いてて考えたことですが、ぼくは両親のいうことを全て聞いていませんでした。「勉強しろ」とよく言われていましたが、先に述べたとおり、全く勉強をしていませんでした。ウォークマンを聞いていて、母の言うことを無視するということもよくありました。ここに来てから頂いた紙に書いてありましたが、「親のいうことは絶対である」そうです。
    「なんで聞かないといけないだ」と思っていましたが、ここにいる人たちの話を聞いていく中で理由がわかりました、親が言ってくれることの全てが自分を思ってくれて、言ってくれているからです。

    今まで自分が親から与えられていたものは自分を喜ばせるためのものであったと感じています、それを当然と思っていた時のぼくはとても恥ずかしいです、友だちが持っているからと言って、自分も持つのが当然と思っていた自分も恥ずかしいです、与えてくれたことに、感謝をしなければならないということもここで学びました、食事もそうですし、衣服や娯楽なども与えられていました。
    しかし、ここでは食事はメニューが決まっていますし、衣服も今持っているものしかありませんし、娯楽はないですのでよく分かりました。親もそうですしいなくなってから気付くそのものの重要さですね。
    食べたいものを言えば、作ってくれますし、着ているもの全て買ってくれたものでした。両親への感謝の気持ちを少しは分かったと思います。今生きていけるのは全て両親のおかげでした。ぼく一人では、何もできません、父、母がいてこそ、ぼくが生きられますから、両親に感謝の気持ちを持っていないといけません、ぼくは持ち続けられるようにします。感謝の気持ちが重要ということを考えさせられました。

    自分がここに来て、ここで修行をして、学んだことが多いですが、大きな二つが、今述べた、〈自分に負けない心〉と〈感謝の気持ち〉です。自分に足りないものが少しでも、学べたと思います。

    思えば、ここ天光寺に来てからの修業は、正直とてもつらかったです。
    まず、声出しです。思いっきり声を出すのですが、ぼくは声をあまり出さないので、最初はほとんど出ませんでした。今は昔よりも出せますが、それでも小さいです。

    瞑想は、ゆっくりと〈反省〉〈感謝〉〈ざんげ〉について考えることができました。第三の目は、うまく開くことができませんでした。

    読経は、とてもしんどかったです。スタッフの方もおっしゃっていましたが、いくらでも楽できるので、弱い自分に負けないようにがんばれました。声が小さくなったりする時もありましたが、気合を入れてがんばりました、呼吸の仕方も腹式呼吸を使うので、慣れてなかったぼくはとまどいました。弱かったぼくは楽な呼吸法で途中までしていましたが、注意されて気付きました。楽なことばかりやってても、自分は強くなれないと分かってからは、つらくてもがんばりました、高校生なのに、あまり声が出ないと、よく言われました。それでも僕は大きな声をだせたと思っています。
    お今日も大体は覚えることができました、最初、〈般若心経〉なんて覚えられないと思っていましたが、今では教本なしに唱えることができるようになりました。覚えられた時には達成感がありました。暗記できても、声が小さいと怒られたりもしました。声を出せる限り出すことは、疲れましたが良い修行になったと思っています。

    滝行は、初回は正直とても恐怖を感じました。一回滝に入った後に、あまりのきつさに出てきてしまいました。けれども、自分に負けてはいけないと自分を引き締めて滝に戻りました。
    痛かったけれども、耐えきれました、終わった後は、頭がフラフラしていましたが、大丈夫でした。耐え切れたという達成感もありました。二回目も少し恐怖がありましたが、普通に入れました。慣れというものなのか分かりませんが、案外落ち着くことができました。
    ただ、もっと昔から修行をしていた人に言われましたが、冬は滝が凍っていたり、春はもっと勢いが強く、冷たいそうです。今の時期は一番楽な時期と言われました。それでも、ぼくにとっては今の時期もきつかったです。

    川行も今の時期は楽だそうです。川は滝よりもきつくはなかったですが、それでは駄目とお兄さんに注意されました。ですので、二回目の川行は自分を追い込むために頭から水には入っていきました。
    頭から水を浴びると、呼吸が全くできずにとても苦しかったです。呼吸ができなかったんですけど、お経を唱えて気合を入れました。終わったあとは清々しい気持ちになれました。

    滝行・川行の前に行うお百度参りは、体力に自信のないぼくでしたが、走り切ることができました。けがをしたりしました。声も大きく出せませんでした。でも、良い汗が流せました。

    写経・写仏は、先が細かったので神経を使いましたが、ゆっくりじっくりと書けました。書道は得意ではないのですが、好きですので楽しんで写すことができました。書き終えると、やはり達成感がありました。正座をするのは足が痺れて少し痛かったです。

    そして、一番つらかったのが三禮です。初回はとても苦しく挫折しそうになりましたが、ここで負けてはいけないと気合を入れ、がんばりました。汗も半端ないほど出ていました。それでも、自分に負けないように最後までやり遂げました。終了した後は、頭がくらくらしていて、ひざの皮が剥けていました。
    終了した後は、頭が今にも倒れそうでしたが、何とか保ちました。二回目にやったときは、二回目というだけあって一回目よりも声が出せたと思います。正座して、立ち上がって、正座してを繰り返している動作ですが、けっこうきつく、つらかったです。けれども、がんばれました。修行はどれ一つ楽なものはありませんですが、我ながらよくがんばれたと思っています。厳しい修行の中で得られるものもありました。特に重要なのが、感謝であるとぼくは思います。

    正直、〈感謝〉という気持ちについてはよく理解はできませんでした。
    けれども、ここで修行をし、修行しに来ている人たちの話を聞いているうちに理解ができたと思います。ぼくは親に感謝をしてないと言われましたが、今はそのことが恥だとわかっています。今、着ている服は親がぼくに買ってくれたものです。それに対して、ありがたいという気持ちを持たなくてはいけません。服を買ってもらえない人だっているかもしれないのに、僕は買ってもらえる、そんなことを当たり前と考えた自分が本当に何様だったのかと感じています。
    でも、今の自分にはそれがどれだけ幸せなことなのか分かります。両親が仕事をして、お金を稼いでいるからこそ、こんな生活ができているので、ぼくが恵まれているということを深く感じました。それなのにぼくは、仕事をして帰って来て疲れている母に、何も思っていませんでした。それでも、食事を作ったり、家事をしている母を少しでもいいから手伝いをしたり、声をかけたりするべきでした。今手がそうできなかったのでこれからそうします。

    これからのぼくは、感謝の気持ちを忘れず、親のいうことをきちんと聞き、自分に甘えず、自分に負けないように来ていきます。ここでいろいろな方とお話をして気付いたことも大事に胸にしまっておき、すぐに引き出して思い返せるようにします。今までの弱い自分とは決別をして、少しでも自分に強い人間になれるようにします。努力をしてもっとより良い人間になれるようにしていきます。ここで教わったことを忘れず、ここに連れて来てくれた母、ここお世話になった方々に感謝をしてこれからもがんばっていきます。

    私が一ヶ月天光寺に修行に来た目的は、今までの人生で、私に携わって頂いた人達、私の暇までの行動、人に対する態度、接し方など、大変迷惑をかけ、私は就職が決まっていた前夜に人間としてしてはいけない行動をしてしまい、妻、子供達には本当に夢や希望を一瞬のうちになくしてしまい、子供達が楽しみにしていた事まで、自分の行動で悲しませ、失望、傷付けてしまった事に罪を償う為の反省修行と自分自身、年々経ってもやる気なし、自信なし、消極的で我慢、辛抱なしの性格を変える、考え方、一青の関わり、心を強く前向きな人生になる為の人生向上の修行に来ました。

    修行は毎日朝6時に起きて、掃除からはじまりです。他の修行者と協力して掃除の分担です。掃除機、風呂掃除、トイレ掃除、玄関の掃除など行います。修行を通して今まで家庭でいかに何もせずに協力出来無かった事が、情けなく痛感されました。外に出て、竹ぼうきで寺から1km先にあるバス停までの掃除では、落ち葉が道いっぱいにある時は、竹ぼうきでひたすら集めて、何十分経ち、道がきれいになった時は、今でも心がスーっとなった気分を覚えています。

    お寺での食事では、本当に今までいただきます、ごちそうさま、と感謝の挨拶をする事がなく、ただ好き嫌い、贅沢をしてきて、作ってもらった人の思いも感謝、真心の挨拶も何もなくしてきた事を思うと、本当にありがとうの言葉でいっぱいになりました。食事のときの食器は、他の修行者と協力して洗う事をここでは勉強になりました。

    私が天光寺に修行に来て、もしこの天光寺を知らないまま、もし先生に相談に来て居なければ、決して、この様な考える力がないと思いました。この修行で学んだ挨拶の作法、お客様への挨拶、朝の挨拶、お客様への挨拶、行の挨拶、食事の挨拶などでした。また心の持ち方。感謝のこころを持って、毎日積極的に生きていく、人生、社会にとって、色々な人生の道の正しい生き方を考えさせてくれました。本当にありがとうございました。

    これから下山してからは、一日も早く就職先を見付けて、妻には本当に12年間、苦労のかけっぱなしで、生活の面でも、食事の片付けや、洗濯、何もしなかったです。本当に協力できず、すみませんでした。12年間、妻が私に仕事の時、朝弁当を作ってくれたり、いつの日か、スーパーの駐車場まで弁当を持ってきてくれた事がありましたね。本当だったらありがとう、いつも忙しい中、お弁当を作ってくれて本当にありがとうの言葉もなく、今思うと、妻に対する想いがなく情けなく反省しています。

    私は一日も早く仕事を見付けて社会復帰をして、妻が12年間苦労・負担をかけた分、これから妻の分まで働いて、家野事でも協力してあげたいです。本当に妻には安定した生活をさせ安心させてあげたいです。
    あと何年、何十年経つか分からないけど、早く妻と子供と一緒に生活がしたい、妻と子供達のにぎやかな生活がしたいです。そして妻の手料理が食べたいです。本当に先生、スタッフの人には大変お世話になりました。一ヶ月間お世話になりました。ありがとうございました。

    長い間うつに悩み、仕事を失い、家族に対しても、自分自身の中でも、自身の存在価値が分からなくなり、生きて行く道を失いかけていた。そんな時、天光寺との出逢いのきっかけを与えてくれたのは、友人だった。

    「寺に修行でも行ってみたら」

    その一言を受けて、修行が出来る場所を探し、自らの目的と合うと想えたのが、この天光寺だ。この選択は間違っていなかった、と今は自信を持って言える。
    何気なく過ごしていた日常の中で、恵まれている自分の環境や、支えてくれる人がいる幸せに感謝することを忘れている、と最初に気付かせて頂いた。食前にもお経を唱え、感謝の言葉を口にする。一つ一つの作法に大きな意味があり、言葉を口にすることで、心の奥の方まで感謝の気持ちが広がっていくようになった。今まで、本来の「食べる歓び」や「食べられる幸せ」を噛み締めて食事をしたことはなかったように思うが、これからは自分自身だけでなく、子供達にもこのような感謝の気持ちを大切にするよう改めて教えていきたい。
    食だけではなく、今がある。この今を与えて貰っていることに感謝する気持ちを忘れることなく、そして常に自然に「ありがとうと思えるように成長していきたい。

    私は、ついつい自分だけの事で精一杯になってしまい、周囲への気遣いや心配りを忘れてしまいがちである。また、力の入れ加減の調整が下手くそで、思い切りアクセルを踏み込んでしまうか、完全にアクセルから足を離してしまうかのどちらかしかできない。姿勢はしっかり保ちながら両肩をリラックスさせる、こういう身体への力の入れ方も上手くコントロールできず、力みすぎたり、ゆるめすぎたりしてしまう。「良い加減」で物事に臨み、余力を持ち、心にも余裕を持って視野を広げて生活することで、自分の限界を無限に伸ばしていくことができる可能性が生まれることを学んだ。

    思い返せば、仕事がうまくいかなくなっていたのは、いつも全力で飛ばした後、息切れをおこし、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れたようになってしまった時だ。次に仕事を得られたら、この学びを活かし、余力を持って職務を全うしたい。

    また、私は人に弱い所を見せるのが苦手で、悩みを相談したり、しんどい状態をさとられたりすることに抵抗を感じてしまうところがある。でも、それは結局ストレスを引き起こし「病気」につながってしまいかねない。また、自分の弱みを人に見せることで上手くいく人間関係があるということも学べた。相手と心からのコミュニケーションが取れる、たくさんの人と心を開いて友人になれる人間になるためにも、自分で張り巡らせてしまっている壁を少しずつでも打ち砕いていきたい。世の中はまだまだ広く、様々な人がいる。そんな中では私の悩みなど、ちっぽけなものに過ぎない。しかし、そんなちっぽけな事で悩んでしまう自分の情けなさを勇気を持ってさらけ出して、他人にも伝える事ができるようになりたい。当然、そこから悩みを乗り越え、自分に負けないようにしたい。

    私の人生の主人公は私自身であり、舞台と役を演じなければならず、そのためには「自分に負けない」強さ、強い気を持っていなければならない。折れない、負けない、強くなりたい。今までの日常生活の中でもそういう思いを抱くことはあったが、今回の修行を通じて「強い」の意味や「負けない」意味や相手について、改めて思い直すことができたと思う。その意味は、まだまだ広く、今の時点で理解出来ているのは氷山の一角に過ぎないし、弱い私には、身に付けるべき「強さ」はたくさんあるが。

    十日間だけで自分を大きく変えることはできないが、しかし、十日間で学べたことは数多く、書ききることができないくらいある。
    日常に戻って、今回の修行で得たものを活かして、自分自身の中でしっかりと育てていきたい。そして一回り強くなって、また初心に戻るべく、ここに来たいと思う。

    自分は今までは嫌なことや苦手なことから、楽な方に逃げて、自分の好きなことや楽しいことばかりしていました。そのせいで、学校にも行かずにほとんど家にこもりがちな生活を毎日していました。
    でも天光寺に来て、規則正しい生活をして、辛い行をするうちに、いくつか大切なことを教えてもらったり、知ることが出来ました。

    一つは親への感謝です。
    天光寺に来て、一番つらかったのは、お父さんとお母さんに会えないことでした。毎日不安でさびしくて、会いたくて仕方ありませんでした。そこで、親には育ててもらっているだけでなく、心の支えにもなって貰っているんだと気付きました。 次に教えて貰ったのが、嫌な事や苦手なことに一歩踏み出して挑戦することです。

    自分は滝行の水が冷たくて苦手でした。毎回自分でブレーキをかけてしまって、滝のかなり手前で終わっていました。けれど、最後の滝行の日に座ってからだけど、気合いを入れて後ろに下がって、少し耐えることができました。それが終わった時の達成感はものすごく大きかったです。

    他にも、自分から積極的に動くことも学びました。
    自分は天光寺に来たはじめのころは、食事の後片付けの皿洗いなども他の人にまかせて、部屋のすみの方で、ただ立って終わるのを待っていました。でもしばらく過ぎたころから、自分から皿洗いなどの後片付けをやるようになりました。自分からやると、とてもすがすがしい気分になりました。それから、食事のありがたさも知ることができました。
    たけのこ狩りに行った時も、はじめての経験だったので、たけのこを見付けるのでさえ一苦労でした。更にまわりの土を掘って、切り取るのも大変で、とったたけのこを持ち帰るのも重くて苦労しました。

    そのようなことをしていくうちに、普段食べているごはんの食材の一つ一つに人々の苦労がかかっているんだと思いました。
    その他にも人とのコミュニケーションの大切さなど、さまざまなことを学ぶ事ができました。
    だからこれからは、天光寺で学んだことを活かして、性格が明るく、自分から積極的に動く、人をひきつけるような人になりたいです。

    また、親に心配をかけさせたり、悲しませたりするのではなく、逆に喜ばせられるようになりたいです。 天光寺から家に帰って、学校に行けるかどうかは自分でもまだわかりません。でも行ける勇気を持った時は、滝行でやったように、一歩ふみだして行きたいと思います。

    ここに来た理由は、親に迷惑をかけたからで、具体的には、友達関係、法に触れること、家に帰らなかったりもした。だからつれてこられた。
    でも、親は自分によくなってほしいからつれてきたっていうのに気づいた。こんなに迷惑をかけたのに、大事に思ってくれていたんだと思う。

    ここに来て、行をやって、親に迷惑をかけたってこともようやく気づいた。本当に気づいていたら、こんな事できなかったと思う。そして、こんな自分を育ててくれた親、大事にしてくれる親に感謝しなくてはならないと思った。ここに来て電話があった。寒くなったけどいるものある?家にいても、自分のことを心配、気づかってくれていた。そんな親に迷惑をかけて自分は、バカだった。
    だから、親に感謝の気持ちと、反省の気持ちを態度と行動で表したいと思う。

    そして、もう一つの問題は、高校に進学するかどうか。ここに来て住職さんやお坊さんと話をして、進学することに決めた。どんなに勉強が遅れていても本気になればすぐとりもどせるっていうのを聞いた。だから、とりあえず高校はどこの高校でもいいから行きたい。そして高校で勉強に集中して、悪い方方向に流れない。今、頑張って大人になってから、良い人生を送るようにしたい。

    やっぱりこの年は未成年ということもあって、家族の支え、周りの人の支えがないと生きていけない。だからこれからは反省と感謝を忘れずに、今までとは違う人生をおくってく。

    自分自身の弱さ、甘さが原因で十四年間勤めた仕事を辞職するに至りました。次のステップのスタートを切るためには精紳面を鍛えること、自分自身と向き合い、生活面から全て変わる必要があると思い、天光寺にて精紳修行することを決断しました。

    相当厳しい修行になると覚悟して臨んで初日は川行からスタートしました。
    十二月も半ばが過ぎ、気温も低い中、行着に下着一枚、素足の格好でお百度参りからスタートし、全速力でダッシュし、ひたすら無心「御宝号」を唱え、無我夢中で終えた時には、疲れよりもすがすがしさを感じました。川へ移動し、行った川行は、スタッフの方の教えである「水とケンカせず、一体となる」を意識しながら、入水しました。水も冷たくとても辛かったけれど、雑念を冷水に流される様で、終えた時には自然の強さ、偉大さを感じさせられました。初日の緊張と肉体的な疲れから、初日の夜は、午後七時半に就寝しました。

    天光寺での修行の一日のサイクルは、起床六時、声出し、瞑想、読経千回、昼食後、荒行を行い、写仏または写経を行い、夕食後、入浴し十時の就寝消灯まで自由時間となります。どの行を行っても当然楽ではありませんが、集中して行うことにより、自分自身と向き合い、過去の反省、自分が今後行うべきこと、進むべき道が少しずつ見えて来るようになりました。

    荒行の中でも、滝行はとても厳しい行でありましたが、これほど体と心を清めてくれるものは他に無いのではないかというくらい素晴らしい行でした。明らかに入水前と入水後では表情も変わり、スタッフの方の「体の悪いものを流してくれる」という言葉には、いつわりはありませんでした。

    私は二週間という短い体験修行ではありましたが、日常生活に帰ってからが、本当の修行だと感じています。結局のところ体験修行を一ヶ月行おうが、一年行おうが、自分で気付かなければ全く意味がないと思います。体験修行にて感じたこと、反省したこと、見えた事を常に念頭において生活していくことで、今までの自分を変えて行けると強く感じています。

    最後に住職をはじめスタッフの皆様、修行を行う上で最高のサポートをしていただき、本当にありがとうございました。メリハリのきいた対応、安心して修行を行うことができました。次回、天光寺に伺う時には、以前の自分としてではなくパワーをもらいに短期で伺います。本当にお世話になりました。水(人生)の流れに逆らわず、自分が主役であるにはどうすべきかを常に自問自答し、生活していきます。

    僕は不登校を半年ぐらい続けて、親がここへ連れてきました。正直、最初に住職の話を聞いた時は、この人何言ってる人だろうと思ってました。ここで、どれだけ過ごしにどころで学校なんて行きたくないと思ってました。最初の方はやる気はなかったです。でも行をしていくうちに、だんだんやる気が出てきました。

    四日目で初めて川行をやりました。このときは、まだお百度参りを超めんどくさい茶番程度にしか思っていませんでした。そして、川行も正直余裕でしょ!くらいに思っていました。でも、いざ川に入ると想像を絶する冷たさにびっくりしました。本当「死んちゃうんじゃないの」というくらい冷たかったです。僕はすぐに出ました。出たら、さっきまで冷たかったはずの外がすごく暖かくて、ビックリしました。僕はこのとき「生きているんだな」と感じました。それでなぜか、すっきりした気分でとても不思議な感覚でした。

    五日目は滝行でした。滝を初めて見た時予想よりはるかに少ない水量で「何だチョロイじゃん」と思いました。しかし、入ると昨日のような冷たさに加え、滝のしぶきが体全体に当たり、すごく痛かったです。何が何だか分かりませんでした。でもまた滝から出るとすごく暖かくて「生きてる」とまだ、感じました。
    それとやはり数秒までは痛くてつらかったはずなのにすごく心がスッキリしている自分がいてビックリしました。

    学校へ行こうとしっかり考えたのは七日目の土曜日です。それまで、色々な行やって色んな人と話して、今僕がおかれているこの時代がどれだけ大切なのかが分かってきました。僕はここに来る前学校というものの価値観、そして僕がしている事への危機感が全くに等しいほどありませんでした。でも今は、前に比べれば、分かってきた気がします。今は学校で勉強することよりも、学校に行こうという行為そのものが一番重要な気がします。それは同世代の人と話ができるからです。ここに来た大人の人達によく言われたのが、「大人になってあんな上下関係なしに話ができるところはない」です。そう言われると学校に行って友達としゃべってるだけでも人生においては相当な財産かなと思えるようになってきました。それで、どのような人も「中学の勉強はそれから先の基礎だから、しっかりやっておいた方が絶対にいい」と言われて、勉強が遅れている事に関しての危機感も覚えました。なので今は学校に行きたいです。

    そして、学校の事以外にも色々な事を学びました。まず、仲間や友達など、周りにいる人の存在です。
    今まで意識した事はありませんでしたが、どんな時も常に周りに同じ事をしている人がいました。ここでも、最初の一週間はそうでした。いつもAさんがいてくれました。しかし、いざAさんや短期の人がいなくなり、自分一人になると、すごくさびしいです。今までは行が終わって言われた「おつかれ」や「キツかった」などの一言がないからです。何かを共有する仲間がいないのはこんなに寂しいかと思いました。ここに来て、あたりまえが、あたりまえじゃないことに気付き、周りの人への感謝も覚えました。その周りの人の中でもやはり、家族への感謝が特に強いです。ここに来て自分が変われたのも家族がここを見つけてくれて連れて来てくれたからだし、家族が働いてお金を出してくれているからこそ、僕はここにいます。それに正直いつでも会えた家族にこんな長い間会えないのは寂しいです。だから、僕は家族がいる事への感謝、その存在の大切さがよく分かりました。それと、生きていることへの感謝も分かりました。今までに「生きていることに感謝しろ」と言われても訳が分かりませんでした。でも今なら分かる気がします。川や滝から出た後のスッキリ感や、暖かさや、中に入ったいるときの冷たさ、痛さ、も生きているからこそ分かることです。

    それに、生きているからこそ、僕は今こうやって人生をやり直そうとしています。生きているというのは普通に考えたらあくまで大前提しかないですが、今こういう経験をすると、すごく大切なことなんだと思います。それに自分が自分を超える嬉しさも分かりました。今まで「自分を超えろ」と言われてもサッパリでした。しかし、今ではよく分かります。なぜなら、川行や滝行での目標が高くなっている自分がいるからです。最初はずっと最低ノルマでいいやとか思っていましたが、今ではタイムを伸ばすことを楽しみにしている自分がいます。チャレンジ精神ってこういうことかと思います。これから学校でも前に進み続けていきたいです。

    僕は、天光寺にこれで本当によかったです。これからは周りへの感謝を忘れずに学校に少しずつでも行きたいです。ありがとうございました。

    僕がこの天光寺に来た理由は自分自身を変える為に修行をしに来ました。最初、寺に行って修行をして来いと、家を出したのがじいちゃんでした。ここに来る前の僕は本当にどうしようもなく、ただただ自由に生きているだけの毎日でした。「面倒見切れない」という言葉をさんざん言われ続けて来て、正直どうでもいい生活をおくってきました。姉もその僕を見て「もう家にいないで」など色々言われて来ました。そんな中じいちゃんが「お前は変わらないとだめだ」と言い、親にむりやり連れて来られたのがこの天光寺でした。一番最初は不安でいっぱいで修行なんていやだって思っていました。

    まず、修行と言われ感じた事は「18で修行ってあり得ない」「何で俺がそんなお坊さんみたいな事をしなきゃいけない」と色々思いながらここに来ました。
    いやいやでこの場所に来たはずの僕が一ヶ月の修行をほぼ経えて今だからこそ言える言葉があります。
    「この天光寺に来て本当に良かった」そう思えるでき事がこの一ヶ月間に沢山ありました。一日目はやっぱり不安だけでいっぱいだったので、何をすればいいのか分からないままでした。最初、受付を済まし、いきなり訳の分からない所に連れられ気付いたら、目の前でお経を唱えていたり、何だこれという事がありました。不安な気持ちから修行に入るというのは、ちょっと僕にとっては厳しい事で、いやになった時もありました。友達とも離れて生活するわけだし、どことなく寂しかった時もありました。中に入ったら、知り合いはもちろん一人もいないし、僕は親から一ヶ月間修行いってこいと言われ最初、だらだらやってたけど、ここでやっていく内に思ったことがあります。「一ヶ月やるなら、逃げずにきちんとやり切ろう」そう思う気持ちが徐々に出て来て修行に励む形になりました。

    まず、ここに来たら、一人でやっていこうと思った事、だれとも仲良くせずに修行一日終える事、この目標を立てて僕は修行に励むつもりでした。でも、この天光寺に修行しに来ている人達は僕の思う想像以上に優しい人達ばかりでした。ここに初めて来たのが1月26日、その日の人数は僕も合わせて7人いて自分はずっと一人行動でした。でも一緒に修行を行う事によって人と絶対しゃべらないというのは難しい事で、昼飯の時に向こうの方から話しかけてくれた事がちょっとうれしかったです。自分には一緒に行をしている仲間がいる。この場所に自分一人で立っているわけではない、という事を、行をしているときにあらためて感じました。

    この一ヶ月で学んだ事はいくつかあります。色々なありがたみとか、色々な感謝とか、今まで出来てなかった事が天光寺に来てようやく出来るようになった気がします。僕はこの場所に来て感謝と礼儀正しさを覚えました。今までそういう事をしてこなかった時もありました。今までも俺の為にしてくれた人にも、あまり深くは感謝した事はあまりなかったし、これといった良い人生もあまりおくれてない時もありました。でも、ここに来てただ覚えるだけではなく、生活も大幅に変わりました。朝起きる時間6時、寝るのは10時いった規則正しい生活を続けていく上で見に付いてくるもの、こういったことも普段の生活とは違うので最初は全く慣れなかったです。天光寺では決まり事もきちんとあるし予定もきちんと立てているし、ここに来ると今までおくってきた生活もきちんと直していこうという気持ちにもなりました。人生をもう一度見直すところまではいかないけどある程度自分の中では、少しは見直せたと思います。自分が変わったか、どうかは自分ではあまり分らないが、他人から「お前変わったよ」と言われたら、すごくすっきりした気持ちになります。仲間がいれば修行もすごく楽しくなるし、コミュニケーションも取れやすくなって確実にいい方向に進んでいると今はおもっています。前まで、だらだらした人生が一気で変わったのがすぐに分かって水行が終わった後は生きている事が素晴らしく感じました。毎日生きて来て一日一日普通にだらだら過ごして来た天光寺に来る前の自分とこの一ヶ月間修行を終えた後の自分を思い出し見比べてみると自分でさえも変わったというのが分かります。この寺で過ごした時間は最初は遅い遅い思っていたけど、今思うと何だかんだ言って早く感じました。

    僕はこの修行を終え、家に帰ったら、まず、やることが沢山あります。その中の一つに仕事が含まれていて、今やっている仕事をやめて、新しい仕事先を探そうと思っています。その時でもいいし、仕事している最中でもいいから、この天光寺で修行した事を全部思い出して、一からやり直し、生活態度も変えようと思っています。これでもまだ生きていく上で道を路み外してしまったら、また、あの時、あの時を、思い出し、やっていければいいと思っています。そして、それでもだめだったら、この天光寺に足を入れて修行を行えたら、もう一度してみたいです。ここで出会った行の仲間との思い出、辛かった修行、僕が変われたのも天光寺の皆のおかげだと思っています。

    もう一度、出来る所からやり直してきちんとした生活もおくれたら良いと思っていますし、感謝の気持ちも忘れたくないのでこれからも、修行を終えてからも親にあまり迷惑かけずに頑張っていきたいです。

    僕は、お寺に来て家族へ今までしてきたことがどれだけ情けないことなのかを理解しました。

    また、何故自分がお寺に連れてこられたのか分かっていませんでした。僕は理由があるから連れて来られました。例えば、親に暴力や暴言を発することや、妹と仲良くしなかった事、お母さんのしている家事や仕事をバカにしていました。
    本当に今では情けないです。何の理由があろうとも暴力や暴言は決して良くないですし、家族とは仲良くするもので、しかも、育ててくれているお母さんをバカにするなど本当にあり得ないことだという事にお寺の辛い修行を行ってきて深く感じました。そして、僕は家族を大切にしなかったから連れて来られたのだとしみじみ理解しました。それから、家族はいつでも仲良く大切にし合うものだという事も理解できました。

    最近では、家に帰ってから、家族と幸せに暮らすにはどうしたら良いのかを考えながら生活しています。例えば、家に帰ったらお母さんの洗濯物の手伝いをしたり、食事の準備の手伝いをしたり、挨拶を毎日したり、妹の勉強を教えたりしようといろいろと考えながら、生活しています。そして、早く家に帰るにはめそめそするのではなく、今を頑張ることが一番だと言う事も理解できました。

    お寺に来て何よりも人は変われるものだという事を学びました。だらしなかった僕が今ではきちんとした生活を出来るようになったことなど。このことがお寺で一番の収穫だと僕は思います。

    本日はお世話になりました。短い時間ではありましたが、行に触れる事ができて良かったと思っています。

    今回の目的としては十分には目的を果たせていません。そもそも、日帰りでは、滝行体験でおわってしまうのかもしれません。最初に作法を教えて頂いたことは、良かったと思っています。普段から自分は出来ているつもりになっていたのですが、きちってした型、作法を持って行う事で、心すっきりとした気になれました。

    食事に関しては、精進料理なのでしょうか?私は図体の割には、和食が好きで今回のメニューはとても美味しく頂きました。

    お百度参り。人生初です。私はそもそもお寺、法事、お葬式などに参加しない、そういう環境で育っていましたので、経験がございませんがテレビでみたことはあります。走る事を、今日知りました。本日の時間の関係で100周は無理でしたが、良い経験になりました。

    滝行につきましては、呼吸ができませんが、背中が強い圧力を感じ、体の中の邪念が外に出ているような気持ちになれました。

    最初に目的は果たせなかったと書きましたが、日帰りでも体験する、まずは行動する事はとても重要だとおもいました。参加者方からも様々な話、考え方があり、それを聞くこと、スタッフの皆様の考え方はとても新鮮でした。自分にはない考え方を、聞き、それを素直に受け止める器を手に入れなければと思います。

    文末となりますが本日はご指導頂きまして誠にありがとうございました。

    ここ天光寺において、2泊3日の研修の中、とても貴重な体験をさせていただくことができました。この3日間の中で、仏教については、まだ正直ピンと来るものがありません、けれど、あいさつの仕方、声の出し方など、一般でも有用していけることも教わり、再確認することが出来ました。更に三禮、滝行、お百度参りなど、なかなか体験出来ないことをさせていただくことが出来ました。

    特に滝行は、自分が想像していた以上に過酷で、そして素晴らしいものでした。入る前は、冷たさへの恐怖がありましたが入ってみると冷たさ以上に、痛みの方が大きいことに気付きます。首、頭、背中、両肩、耳の裏等に、まるで砂袋で叩き付けられるように水が襲い掛かってくるのです。これはかなりこたえました。正直滝から逃げ出そうとも考えました。けれどここで逃げ出すのもくやしいので、耐えることを選びました。そしてあぐらをかくころ、不思議なことに、叩き付けてくる滝の痛みが、体にまとわりついて、一体化するような感覚になりました。むしろ心地良いものに変わっていました。正直ずっとあたっていられると思ったくらいです。住職の弟子の方に出るように言われたので出てみれば、体の芯から熱を発し、頭の中がスッキリしている自分がいました。底知れぬ解放感が自分にありました。自分はあまり精神論のようなものは信じていませんが、この滝行には、何かあると思いました。

    自分は、今の会社に入社して3ヶ月、まだまだ新参者で、先輩や上司には怒られながら、呆れられながらの毎日です。新人ですので仕方がないこととはいえ、やはり逃げ出したくなる時や、辞めたいなと思う時があります。これからもそういったことがくることだろうと思いますが、これからは、そのような辛いこと悲しいこと腹立たしいことがあった時、ここでやって来た修行、そして住職から頂いた誓いの言葉を胸に刻み、思い出しながら、これからの仕事、私生活,対人関係に一層励んでいきます。この3日間ありがとうございました。

    私はここに来てから今までの自分自身を見つめ直す事ができました。
    まず、今まで人と助け合うということを知りませんでした。しかし、ここに来てからいろんな人と接するうちに助け合う大切さを知りました。

    もう一つは、家族の大切さを改めて知ることができました。
    以前までの私は、親が身の回りの事は何でもやってくれると考えていました。ここに来てから、食事の配膳や洗濯物の整頓など、自分でやってみて今までこんなに大変な事を毎日親がやってくれていたんだと、初めて親の苦労を知ることができました。
    しかし、まだ自分には改善すべき点がたくさんあると思いました。

    まず、分け隔てなくたくさんの人と会話できる様に努力しないといけないと思いました。それに、挨拶も人と接する上で今の自分に必要だと感じました。
    反省すべき点が多い自分ですが、ここに来てからいろいろと人として大切なことを教わりました。

    今まで自分は、困難に直面するとすぐにそこから逃げる癖がありましたが、ここに来て住職さんの法話を聞いて、『困難とは、神様が一人一人の人間に与えた試練であり、神様はその人に乗り越えられるよう一人一人の人間に困難を与えている』ということを知ることができました。この話は自分にとってかなりプラスになりました。
    それと、正座でお経を読むのはかなり苦しいですが、今までよりも忍耐強くなれると自分自身感じております。

    今回ここに来て、自分にとって以前の自分よりもかなり成長できたんじゃないかと感じております。つらい毎日ですが、頑張っていきたいと思います。

    自分がここに来た理由は、勉強もせず親に迷惑を掛けて悲しませていたからです。
    まず、自分は野球部に居て朝練がだるく学校にも行かなくなって親の仕事にも迷惑を掛けて引っ越すことになりました。
    その先でも上手くいかず、また同じ事をしてまた親を悲しませていました。
    毎日を同じように過ごして外にも出ず、学校からの電話が前の学校の時と同じように親の仕事に迷惑をかけていました。また仕事が出来なくなったら自分は食べていけなくなるのに危機感を持たず怠けて過ごしていて、そんな自分を生活させてくれる親を傷つけていました。
    塾にも通っていて個人指導なのでそこまで難しくもないのに行かなくなり、塾のお金もムダにしてしまいました。
    家でも勉強をしていないのでどんどんついていけなくなります。
    親も困り同僚の方から紹介された天光寺に行く事になりました。その時はそんな所もあるんだなと思いました。
    その後、その話も忘れてまた、同じように毎日を過ごしていました。
    天光寺に来る前日になって急に嫌になって暴れて、親を悲しませました。
    ここに来るまで、正座を全くしていなかったので痛くて動いてしまいます。
    一緒に来た親も帰ってしまい自分一人だけで集団の中に居ることに驚きました。
    正座であいさつの練習をした時に泣いてしまってとても情けなかったです。
    自分は掃除を親に任せっきりだったので自分でするのは疲れました。
    トイレの掃除は汚いと感じてすみずみまでまでやる気がなかなか起きませんでした。
    親にどれだけ迷惑をかけていたか分かってきました。もっと早く気付くべきでした。
    今までの生活がどれだけ怠けていたのかを考ええると何をしていたんだという気持ちです。
    自分はここでの生活が終った時にしっかりとした自分を見せたいです。早く帰りたいと思ってしまう自分に負けないよう頑張りたいです。
    正座も出来るだけ我慢して長時間じっとしていられるようになりたいです。
    猫背は親によく指摘されていたので体がしっかり一本の線のようになった自分を見せたいです。
    ここでの生活が終わるまでに自分のよくなかったところを直して親に良かったと思われたいです。
    汗をかいて、あんな家にずっと居る生活よりずっといいと思い、運動もできるようになればいいなと思います。
    自分は、なぜここに来たのか考えてみて自分のよくないことがどんどん分かっていきます。
    前の生活に戻りたくないです。ここでの生活が終わった時にまた前の生活の戻るかは自分がどんな風のするかなのでその時にしっかりとした事ができればいいと思います。

    ここに来てもう1週間たちました。長いようでみじかかったこの一週間。この1週間を改めてふりかえるとあんがい楽しかったようなきがします。
    ぶっちゃけ、本当は四泊五日で土曜日に帰る予定だったけど、母親が迎えに来て車に向かう途中、母親が「やっぱり、あと三日、ここでがんばれば?」と言われ、最初は「はぁ? ふざけんな」などと反対しました。しかし結局、また三日ここでがんばることになりました。
    本音を言うと、嫌でした。ご飯は美味しいけど、大好きな肉や魚が出ないし、食器洗いや洗濯は自分達でやらなくてはいけませんでした。それに、ほぼ毎日お経をとなえなければいけませんでした。
    生まれて初めて見る滝はやっぱり迫力がありました。滝に入る前に体を清めるために塩と日本酒をなめさせられ、そのあとにしたのが滝の水をバケツに入れて自分にかけることでした。めちゃくちゃに冷たくて凍るかと思いました。いざ滝の中に入ると凍るどころか滝の水になるぐらい冷たかったです。しかも、滝に入って約二分後に座れと言われました。頭のすぐ上が滝の水で、回りの音が全然聞こえませんでした。
    滝に打たれていると死ねるぐらい冷たくて、滝から出た時は体がキンキンでした。
    滝行が終った後は自分の邪念がなくなったように思います。
    体験修行に来ていた、色々な人達と話せたことはとても勉強になりました。

    僕が天光寺に来て、三週間と一日になりました。
    僕は天光寺で変えていきたい事があります。
    一つ目は、すぐに逃げるという事です。
    今までは、嫌なことがあると、すぐに逃げてしまいました。天光寺に来てから、三週間で、その気持ちも変わってきました。お百度参りや三禮など、つらいことは沢山ありますが、逃げずにしっかりとやることが出来ています。あと何日居るかは分かりませんが、もっと変えていけるようにしていきます。
    二つ目は、すぐにサボるという事です。誰かに何か頼みごとをされても、行わずにサボったりしていました。天光寺に来てからは、周りの人たちに頼みごとをされたら、すぐに行動してサボらないように心掛けることが出来るようになりました。今までは、面倒くさいとか、色々と思って、サボったりしてきました。でも、天光寺では面倒くさいと思わずにすぐに行動することが出来ました。これからはもっともっと出来るように心掛けていきたいです。
    三つ目は、自分で考えて行動できるようになりました。いつもは、分からないことがあればすぐに周りの人に聞いて、一度行ったことのあることでも面倒くさがって、すぐ周りの人に聞いたりしていました。でも、天光寺では、一度教えてもらった事は、しっかりと覚えて、次からは自分で考えて行動が出来るようになりました。あと、以前は一つの事が終われば、次の事を頼まれるまでぼーっとしていましたが、一つの事が終われば、次の指示を待つのではなく、自分から聞くことが出来るようになりました。
    これからは、もっと自分で考えて行動出来るようにしていきたいです。
    四つ目は、積極的に行動するという事です。以前は誰か他の人やってくれるから大丈夫、とか、別に僕がやらなくても誰かがやるから大丈夫だと思っていました。ですが、天光寺に来て自分から積極的に行動できるようになりました。誰かがやるからいいやではなく、自分から進んで行うことが出来るようになりました。
    これからは、もっと周りを見て積極的に行動出来るように心掛けていきたいです。
    五つ目は、根性です。天光寺に来る前は、すぐに諦めたり、やめたりしていました。天光寺に来た初めに行った滝行でも、途中で諦めてすぐに出てきていました。でも、三週間で滝も以前よりはものすごく入れるようになりました。だからもっと、根性をつけて自分の弱い心に負けないようにしていきます。

    僕が学校に行けなくなったのは、小学校6年生の頃にいじめに遭っていましたので、学校に行くのが怖くなってしまい行けなくなってしまいました。いじめられた理由は、一人の友達だと思っていた人と喧嘩をしたら、周りの友達だと思っていた人が全員喧嘩した相手側について、集団で無視されたり体操着の袋で後ろから殴られたりして、突然みんなに裏切られて、人を信じるのが怖くなってしまい、誰を信じていいのか、よく分からなくなり誰にも相談せずに一人で色々と悩んで、何もかも嫌になり家に引き籠ってしまい、なかなか学校に行けませんでした。  学校なんて行かなくてもいいやとか、どうなってしまってもいいやとかなどマイナスなことしか考えなくなってしまいました。お父さんや友達に将来の為、とか言われてもよく分からず楽な方、楽な方という考えでした。嫌なことからすぐに逃げればいいという考えでした。今までは、先生が家まで来てくれたり、友達が家に様子を見に来てくれたり、お父さんが学校に行けるように色々してくれていたことに感謝の気持ちなど持たずに煩わしいというような気持ちしか持っていませんでした。
    でも天光寺に来て、一か月居て考え方がガラリと変わりました。一番変わったのは、色々なことに感謝の気持ちを持つことが出来るようになった所です。
    今までは当たり前だと思っていたことも天光寺に来て当たり前ではないという事に気付けるようになりました。お父さんには、特に迷惑を掛けてきたので、申し訳なさと、感謝の気持ちを持つことが出来ました。あとは、大変な事を避けても最後にはもっと大変な事があるという事に気付くことも出来ました。あと、一歩を踏み出す勇気を持つことが出来るようになりました。天光寺を出てからもこのことを忘れずに、学校に行き、今までもらった恩を一つでも多く返せるようにしていきます。

    私の中で特に印象に残っているものをランキングで書かせていただきます。

    第三位は食事です。一言で表すと「すごく美味しかった」です。食材が高級なものというわけではありません。とても自然なものばかりでシンプルなのですが、とても美味しく感謝の気持ちも芽生えました。

    第二位は、滝行です。私が思っていた以上に水が冷たく感じました。実際に滝に打たれてみると勢いがすごく、最初は痛いと感じました。ですが、座ってみて力を抜いてみると先程までの痛みを感じなくなり何かこう一体化したような気になりました。その感覚が今でも残っていて、力を抜くコツが分かった気がします。

    第一位は三禮です。今、こうして書いている間も筋肉痛の状態です。これも一言で表すと「限界を超える」です。体中の筋肉を使いましたが、本当に己との闘いでした。ですが、やはり一緒に三禮した仲間がいたからこそ達成できたと思います。

    他にも、この修行を通じて学んだことが多々ありますが、何より「思考、考え方」が大切というのも最後に教えて頂きました。 この修行に参加させて頂いた、○○株式会社と天光寺の皆様に感謝です。