臼杵山 真言宗 天光寺

〒190-0204 東京都西多摩郡檜原村小沢4040-1
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企業研修の感想文・体験談

  • 寺では、お世話になったことがあります。まず、自分は挨拶が出来なかったり、勉強に集中できなかったり、と様々な駄目なところが、ありました。寺では、光明真言など南無大師遍照金剛などで挨拶などが鍛えられました。集中力などは写経などをして、長く集中できるようになりました。滝行などもツラかったけど努力して我慢できるようになりました。はじめは、親に、無理やり連れて来られましたが、出来ないところを、しっかり学べて良かったです。素直に帰りたいという気持ちもありますが、これて良かったです。滝行では、毎回、山を走ったりで、足が痛くなったりもしましたが、ある程度、その所にも強くなりました。家に帰る時は、勉強中でも、普段の生活でも、寺で習った事を生活に活かしていきたいとです。また、今までも自分はひどかったので、改めて生活していきたいです。

    先日は息子が、二泊三日でこちらに大変お世話になりました。家庭だけでの子育てに限界を感じ、色々調べたところ、こちらを知ることになりました。
    ネットやニュースで色々出ていましたが、私はその内容を見て天光寺さんは大変な思いをされたのだと悲しく思いました。私のような悩める母からすれば手に負えない子を親にかわり、不動明王様のように愛情を持って接したことは大変有り難いことだと思います。また、その後の対応については大変悩まれ悲しく苦しい決断だったと思うのですが、しかるべき対応を取ることはとても立派だと思いますし、その辺も踏まえて私は今回息子を天光寺さんに体験修行させることに決めました。
    体験修行から帰った息子は、数日経ちますがお寺で経験したことを朝晩話してています。決しておしゃべりではない息子ですが、おしゃべりが止まりません。
    また、挨拶がまともにできなかった息子ですが、帰宅してから大きな声で笑って挨拶をするようになり、これが一番嬉しかったです。
    お寺の方には温かく接していただき、大変感謝しています。体験修行を終え、すっきりした顔の我が子の顔を見たとき、母はこれだけで色々なことを感じとることができました。
    天光寺さんの体験修行がとても良かったので、またしばらくしたら、娘も連れて天光寺さんに体験修行に行きたいと思います。宜しくお願い致します。

    僕は、天光寺に来て、ちょっと楽しいなと思いました。お経を読んだり、走ったり、滝の水にあたったり、仏の絵を写したり、般若心経を写したりしました。その中で、滝の水にあたったのが、一番楽しかったです。最初は、寒いし、痛いし、冷たかったけど、2回目からは、寒くないし、痛くないし、そんなに冷たく感じませんでした。一番苦しかったのは、お百度参りで走ったことです。百往復も走って疲れましたし、苦しかったです。でも、それは修行だから、頑張りました。修行は1回して、写仏は4回しました。鉛筆で書いたから、隅から隅まで、書けました。結構、写仏は楽しかったです。でも、一日が終わって、寝る時に、布団が気持ちよかったです。ご飯も美味しかったし、天光寺に来てよかったと思いました。少しは苦しかったけれど、楽しかったです。

     

    天光寺に来て学べたことがあります。家のありがたさを学べました。帰ったら「おかえり」と言ってくれる家族がいるし、おいしくて温かいお母さんのご飯が食べさせてもらえることがどんなにありがたかった事なのかを実感し、学べました。

    自分は親に反抗してばかりでしたが、天光寺に来て親のありがたさを知った今、反抗していた事を後悔しています。

    天光寺に来てなかったら、親のありがたさを実感することはできなかったし、自分を知ることも出来なかったと思うので、天光寺に連れて来てくれた親には感謝しています。

    今後、天光寺で学んだ事を忘れないようにして日々の生活を送っていきたいです。また、感謝の言葉を伝えるのは恥ずかしいので手伝いをしたりするようにします。

    僕は今までめんどうくさいことはやらない、辛いことはやらないなどという風な考えをしていて,楽な方へと流されていました。その結果自分をコントロールできず、楽なことだけやるなどというような状況にになっていました。ですがこの寺にきて、嫌なことでも我慢してやることの大切さが完全ではなくても、自分なりに分かった気がします。

    朝のそうじ、服のアイロンがけやたたむ作業、お百度参り、滝行、風呂そうじや食事の準備など、辛いことやめんどうくさいことはいくつもありました。ですが、終わった後の達成感はとてもすばらしいものでした。

    滝行も始めの方はただ辛くて出たいと思い、それこそ10~15秒しか入れませんでした。しかし、やっていく内に「どうせやるならできるだけ長く入ってみよう」そんな考えができました。

    他のことも「どうせやるならがんばってはやく終わらせよう」という考えができるようになり、一時の我慢の大切さを感じました。滝行の場合は最初の方は冷たい、でも次第に身体がなれていって滝の水も気持ちよく感じられるようになる、さらに毎回入る時間が増えていくことで自分も嬉しくなる。そんないいことがありました。

    他のことでも、やっているときは辛いでも、終わった後に達成感を味わえるし、はやくちゃんとやれば、その分自分が休んだりすることのできる時間が増える。こちらもいいことがありました。

    今まで僕は勉強や生活において、しっかりと我慢をしてやったことがありませんでした。

    しかし今回、我慢の大切さを知ったので、それを実践してみようと思います。

    勉強も良く考えれれば、我慢して短時間でやればテストでいい点がとれ、さらには終わらせた後、自分が好きなことをすることができる時間を作ることができます。

    このことに気がつかせてくれたこの寺、そしてこの寺の方々に感謝しています。僕はこれからしっかり我慢をして、自分をコントロールできるようになろうと思っています。

    本当にありがとうございました。

    僕は天光寺が、すごくよい場所だと思いました。ネットでは、来てもいない人が悪いことを言ったり、ニュースでも悪いことばかりで、ふしぎに思いました。

    食事はみんなで、机をふいたり食べたものを運んだりしていて、食事の前には食べ物に感謝をこめていたので、すごく良い事だとだと思いました。

    そうじもろうかやトイレ、本どうなどもすみずみまできれいにしていて、すごくよいと思いました。

    なのに、ネットなどでは行ってもいない人が、悪いことを書いたりしていてそういう人たちは、なぜ天光寺を悪く言うのかふしぎに思いました。正直むかついてしまいました。

    住職さんにはいろいろな事をおしえていただき、この五日間ですごくよい意味で変れたのではないかなと思いました。

    滝行は、できなかったのですが、写経・写仏がすごくできて、本来の目的でもある集中力アップが自分の中ではすごくできたと思うので、良かったです。

    般若心経がどうしても覚えられなかったので、覚えられるようにしたいです。光明真言は覚えられたので良かったです。

     

     

    短大を卒業して一度就職しましたが、数年で退社して親元で家事手伝いと言い訳言いながら、毎日を過ごしています。朝は起きないで昼近くに起きて、昼食が朝食でその後にシャワーを浴びてから動き出すという生活をしていました。反対に夜は深夜まで起きていて、テレビを観たり本を読んだり、何もしないでベットに横たわって過ごしていました。

    いままで将来の夢はありましたが、今は無いといったほうが正直なところです。自分には何ができるのかできないのかも分からず、仕事をしない事への危機感も感じず過ごしていました。父親からは早く嫁にに行ってしまえと言われ、母親からは私のよな女は嫁にもらってくれる人は居ないと言われ、兄弟姉妹からはお荷物といわれる毎日でした。

    天光寺に来ることになったのは、気分を変えるのには寺院での体験修行をして、引き篭もりなどで社会に受け入れられていない人は、修行することで人格の変化が得られるといった週刊誌の記事を読み、どこかで体験修行して引き篭もりを改善してくれそうな寺があるのかなと、興味本位で探していて見つけた所が天光寺でした。

    初めは観光体験的な考えでしたが、聞くと観ると来ると修行開始では内容が違い過ぎていて、すぐにでも帰宅したくなったという情けなさでした。朝は早いし夜も早いし、テレビもラジオも携帯電話も通じない山奥なので、世間の事情と情報が分からない先での修行になりました。

    父親や母親からは、帰ってこなくても良いと送り出され、兄弟姉妹からは尼僧にでもなってしまえと捨て台詞を言われました。行くところが無くなってしまったような私は、半分諦めで天光寺に入山しました。私以外に数人の修行をされている方がいましたが、みなさん真面目で瞳が輝いていました。年齢も中年女になり、異性もいないし仕事も無いし住む家も無いでは、最悪でした。

    天光寺には色々な悩みや何かをやり遂げたいとか、中には不登校やイジメや私のような引き篭りがいて、スタッフに助けられながら日々過ごしていました。修行では参加した者でなければ分からない、上手く言えませんが多くの修行があり慣れ知るまでには数日かかりました。

    天光寺には一ヶ月も居ればおおよその日々の過ごし方や、修行の進め方はわかりますが内容が深いので、中には数年滞在している方もいるほどでした。今帰宅して、家の荷物と言われたくないので、いままでの私はやめて新しい私になります。危ないときは、また天光寺で修行したいと思っています。

     

     

    僕はいつも一人で、友達がいない生活を続けていました。でも、天光寺で聞いた話しでは、待つのではなく自分から入っていく積極性を持つことで、友達もでき楽しい生活が感じられると聞きました。

    初めのうちは登校していた学校ですが、中ほどから授業も面白くなくなり、何を話しているのか分からないとこなどもあって、一段と学校に行きたくなくなりました。

    親には、学校に行くと言って家から離れた公園や河原で時間を過ごしたり、腹がすけば弁当を食べて家に帰るといった生活をしていましたが、すぐに学校から自宅に先生が来て学校に行ってないことが、両親に分かってしまいました。父親からも母親からも怒られ、学校の先生からも怒られました。怒られると学校に行きたくなくなり、おばあさんの家に逃げ込んだこともありました。

    天光寺に入れられたのは、学校の先生からの両親へのアドバイスから、両親が決めた不登校児の僕を家庭でない寺で修行することで、立ち直られると言ったことからと住職から聞きました。お寺には、テレビもラジオも新聞もマンガもゲームも無く、携帯電話やゲームは取り上げられ、甘いお菓子やチョコレートも食べれない所でした。

    街中でなく、人が住んでいない山奥のお寺なので、夜は真っ暗でけものの声しか聞こえてこないところだったので、初めのころはなかなか寝れませんでした。食事も葉っぱばかりのおかずにご飯とスープだけで、肉や魚などは食べられない料理ばかりで、お腹が毎日空きました。学校に行かないだけで、山奥の寺で修行という泊り込みを4週間続けました。

    修行先では、僕と同じような生徒や児童もいて、大人でも何人もの年長の人がいました。みんなそれぞれに修行していましたが、同じことを一緒にしたりもしました。お経や写経や瞑想や法話では、難しいことがいっぱいあり大変でした。滝行では、初めのお百度参りで疲れ、滝の冷水では死んでしまうのかと初めての経験をしました。

    僕は学校より何かの仕事をしたいので、住職からは仕事をする前に勉強しないと仕事ができませんと言われ、少し悩みましたが住職の話を聞いていると、そうなのかと分かりました。

    早く仕事をしたいので、学校に行ってがんばりたいです。

     

     

    コンプレックスを持っていた私が、天光寺での修行をしているうちに、コンプレックスという小さなことに慄いていたと分かり、今では信じられない自分になったと自覚しています。私のコンプレックスとは、人前で話せないとか何事にも自信が持てないとか、誰にも在りがちなことと言われていましたが、それが私にとっては大きな問題だったのでした。表現も下手であるし、まとまったことも言えない自分に、自分の性格なのだと諦めていたのです。

    天光寺での修行では住職からの法話を聞き、瞑想で自分の内面を心静かに思い、冷水の滝行で身を清め邪念を捨て去り、生活環境の一変した施設で、自分を試して見ました。

    何事にも臆病な私でしたが、他人への思いやりのないことを知らされたり、嫌なことでは逃げさるといった消極的なことを克服するために、お経の朗読だけでない自分の身体の筋肉を使った、活動的な作業や所作を行ったことで目から鱗でした。今ままでの私の短い人生で、これから先の長い人生を考えさせられた、厳しくも温かい指導で修行最終日まで、導いて頂きました。

    今回の修行では、私以外にも多くの修行者が、天光寺で日夜与えられた修行を黙々とこなしていました。修行は全て修行者個々人のためになるものなので、全員は真剣に修行を進め片時も時間のあるがままに、写経や写仏や瞑想を続けながら日々を過ごしていました。

    今回の私の体験できた修行では、コンプレックスと言う些細なことから脱皮した自分を発見できたという、ありがたい修行でした。他の修行者では短期も長期もいますが、皆さん心して自己スケジュールを全うされていて素晴らしかったです。

     

     

    私は体型的に子供の時から、背が低く肥っていて美人でもないので、学校でも職場でもイジメに遭ってきました。人前に出るのも好きなほうでなく、好きな男性がいても遠くから覘いているだけの臆病な女です。ただ、いつかは自分を変えたいと思う気持ちがありましたが、どうすれば良いかも分からずに悩んでいることの多い、女でもありました。これと言って特技もなく、人からも羨ましがられることもなく、このまま死んで行くのかと思ったこともありました。

    姉妹で姉はいるのですが、姉は家族の旦那さんと子供のことで、私の相談も聞き入れて貰えませんでした。両親とは一緒に生活しているのですが、何気なくいつものように結婚しないのかとか、付き合っている男はいないのかと聞いてきたり、頭の痛いことばかりでした。

    天光寺を知ったのは、一人寂しく部屋に閉じこもって、パソコンで検索をしていたときに偶々知りえたことからです。ホームページの中には宗教的な修行もありましたが、イジメを克服する修行も有りそうなことから、積極的な人格形成を導く教えもあるとのことで、申し込み参加しました。

    私の身体的なことは別にして、自分を精神に強くする為のきっかけを、天光寺は明確に指導してくれました。私の仕事は契約社員なので、中長期の休暇はとり易いので修行に参加しました。

    期間は一ヶ月の休暇をとり、人生を変えるための修行として、外界とはなれた修行を女一人でできる限界として、天光寺での精神修行に参加しました。初日は挨拶に始まり、お経の朗読と言ったことや修行生活の案内で終わりましたが、翌日には早朝6時に起きて夜は10時には消灯で、朝は洗顔掃除に始まり朝食後は瞑想と、限りなく修行が始まり動と静で曜日も分からなくなるほど、厳格な修行を修行参加者数人で連日行いました。

    修行も一週間も過ぎてくると、後から参加してくる修行者を手助けすしたり、時には簡単な指導をするようになり、充実感が感じられてきました。誰かのために、作業や案内することの喜びなども体感し、今ままでのイジメられていた自分からイジメに対する、積極的なイジメに対処できる自分の変化が感じられたりもしました。

    またの機会に天光寺の修行に参加して、未来をつかむ成長できる自分を見つけに来たいです。

     

     

    私は学校に行こうとすると、どういう訳か頭が痛くなります。時にはお腹が痛くなり、布団の中に入ってしまっていました。お父さんやお母さんから何度も学校に行くように言われも、最後にはお父さんやお母さんをののしって、自分の部屋の布団に入り込んでいました。

    天光寺に来たのは、おばあちゃんからの東京にあるお寺で勉強しないかという誘いでした。学校に行かないでも、勉強ができるならと天光寺に来ました。天光寺には、3週間お世話になりました。

    天光寺では、朝早く起きて掃除をしたり静かな部屋で音楽を聴きながら、自分のことを考えたりしました。今までの生活と違い、何人かの方との共同生活を始め、お寺の修行でお経を読んだりしました。

    お寺の外では、お百度参りをしてから滝行や川行をして、自分の気持ちを精神統一し気合を入れて、滝の冷水を全身に受けました。冷たかったけど、今思うと気持ちよかったです。滝行は、合計5回入りました。一緒に修行していた人の中には、7回も滝行に入った人がいて驚きました。

    天光寺では、1ヵ月とか2箇月とか長期で修行している人も居て,みなさんまじめに修行しているのを見て、わたしもこれからは家でも学校でも、がんばる気持ちになりました。はじめてのことが多かったですが、学校で習うよりも頭に入ってくる勉強がたくさんあって、大変でしたが大切なことばかりだったので、がんばっておぼえました。

    来週からは、学校に行くために早起きして、お父さんお母さんにほめられるようになりたいです。3週間はきびしかったけど、良い体験になりました。

     

     

    僕は1ヵ月前までは、仕事もせずに家の隣にある親父が作った小屋で、寝泊りしながらゲームばかりしていました。学校を卒業しましたが、就職で失敗して家でゴロゴロしていたら、自分でも驚きましたが30歳になっていました。風呂も時々しか入らなかったせいか、母親からは臭い臭いと言われていました。昼間は寝ていて、夕方から起きて深夜までゲームをしていました。

    友達も尋ねてこないので、外出もせず薄暗い小屋の中で音楽を聞き名から、一日が過ぎていました。天光寺に来るきっかけは、親父が市役所の民生委員に相談したところ、その人の友人が天光寺を知っていて、僕が天光寺に来ることになりました。

    初めは、一週間という話でしたが、実際は4ヵ月間天光寺で修行を継続しました。修行では、挨拶に始まり挨拶に終わる生活や、お経を覚えるための朗読を100回200回と・・・毎日声を出して頑張りました。お経以外には、お経を書きとめる写経を書いたり仏様を書く写仏を書いたり、お寺の外ではお百度参りをした後に滝行で、精神統一を行いました。滝行は、10回以上入りました。食事は全て精進料理でしたが、美味しく食べました。只、好き嫌いとか食べ残しは許されず、感謝して食べることを住職から指導されました。

    布団も自分で出して自分で片付けたり、朝は6時に起きて夜は10時に寝る規則正しい生活をすると、今までの生活と違うので初めは驚きましたが、今ではお寺さんの生活に慣れて当たり前になりました。来月には仕事探しをしたり、ゲームをしないようにゲームを処分することを、両親に誓いました。お母さんは、涙を流して喜んでくれました。

    僕は、いつも家で弟と喧嘩をしたり物事にもチャレンジせずに、だらけた生活をしていました。

    天光寺に来て何かが変わってきた様に感じました。

    同じ年くらいの子供達が多く、初めは馴染めなかったけど、勇気を出して食器の後片付けを率先してやってみたら、周りから『良く手伝ってくれるから助かるよ』と言われて、その日から手伝う事が楽しくなった。

    滝修行は辛かったけど、必死に頑張りました。終わった時には、すごくさっぱりして気持ちよかったです。

    僕は天光寺に来て物事にチャレンジする力と、辛い事に耐える力を身につけました。

    家族の大切さもです。帰ったら弟にも優しく接し、お母さんが疲れていたら食器洗いも手伝おうと思います。

    私はどうして天光寺に連れてこられたかと言うと、自分が悪い事をしたのに家族に八つ当たりしたり、学校の先生に注意されても反抗して迷惑をかけていたからです。

    学校では停学になり、お寺に来ても皆に迷惑をかけてやろうと、廊下を走り回ったり、洗濯機にいたずらしたり、周りの人に嫌な思いをさせてしまいました。

    そんな私だったけど、2週間が過ぎて我慢出来ることに気付きました。

    今まで自分勝手だったけど、お寺でいろんな人とお話したりして、自分が嫌な人間だと解ったからです。毎日滝に行ったり、洗濯のお手伝いをしたり、すごく疲れるけど、お母さんの気持ちが解りました。

    家に帰ったら、友達と楽しく遊びたいです。家族や、学校の先生の言う事も聞いて、少しずつ我慢できる様になれたらいいと思います。

    滝修行も大人の人に負けない様に、何回も入りました。褒められて嬉しかったです。

    少しはお姉さんになって帰りたいと思います。

    僕は今寺に来て最悪です。毎朝6時に起きて掃除とか色々手伝わされて、こんな所に来て何が変わるんだ?と思っていました。

    2週間経って、嫌な思いをしているのは僕だけじゃないと解ってきました。

    前にお母さんが調子悪いときに怒らせてしまった時に言われた言葉がすごく残ってって、その日からお母さんが嫌いになりました。だから言われた事も聞きたくなかったし、家にも居たくなかったです。

    今は自分のしてきた事が家族全員に嫌な思いをさせていたと思ってます。

    家に帰ってもお母さんとの距離を近くしていきたいと思ってます。

    僕はお母さんが好きです。今まで、ごめんなさい。

    初日は最悪な気分でした。親に突然『東京の寺に行くぞ』と言われ、更に寺に着くなり、ここで暫く生活する様に言われ、『ふざけるな!』と思いました。

    毎朝6時起床だったので慣れるまできつかったです。
    毎日起きたら掃除や洗濯をしながら、滝に打たれました。同じ事の繰り返しが、すごく辛かったです。

    でも、毎日当然の様に炊事、洗濯をしている母親の気持ちが解る気がしました。
    家に帰ったら、たまには手伝いをしてあげようと思いました。

    学校にも行かなくなり親に迷惑かけたけど、親の居ない生活がこんなにキツイとは思わなかったです。
    天光寺に来て3週間経ちますが、家で甘えていた自分を知る良い時間になりました。

    帰ったら、親にも心配かけないように学校に行こうと思います。