臼杵山 真言宗 天光寺

〒190-0204 東京都西多摩郡檜原村小沢4040-1
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体験修行の感想文・体験談

  • 1泊2日で修行をさせて頂きました。目的は積極的に行動することで、より自分自身を高めたいと思い参加させていただきました。

    正座は普段は慣れていないのですぐにしびれてしまう上に背中や腰も痛くなりました。

    また腹式呼吸での発声は汗をかくほど熱くなります。光明真言や般若心経は発声すればするほど心地よく感じました。

    滝行は以前は私は違う場所で1度経験しておりましたが天光寺の滝はとても重たく強く感じました。打たれた後のたとえようのない解放感は最高でした。写経や写仏も集中力が養われました。これもやればやるほどより、自分を高められると思いました。

    何と言っても、1番印象に残っているのは先生が自ら作っている食事はとても美味しかったです。

    また機会があったら天光寺に来たいと思います。その時はより大きくなった自分になって功を積みたいと思います。次回はお百度参りを108回挑戦したいと思います。

    1泊2日と短い期間でしたがとても勉強になりました。本当に有難うございました。

    今回体験修行に応募したきっかけは、三十代になる前に今しかできない事、やりたい事をやっておきたいということが一番の理由でした。結果的に、一泊二日の中で、自分の悩み、不安、目標についてじっくりと考えられる、貴重な時間を過ごすことができました。念願の滝行は勿論ですが、発声、挨拶、写経、先生の法話、お経の唱和、瞑想、写仏と、すべての行から気付きを得ることができました。

    今年に入り、占いでは「十二年に一度の絶好調期」と言われ、とても期待していたのですが、終わりの見えない仕事がどんどん降ってくる、恋人には「結婚できない」と言われる、妹の離婚、先輩からの八つ当たりと、あまりよくない事ばかりが続き、毎日後悔と不安で頭がいっぱいでした。とにかく一人になると悪い方にばかり考えてしまい、なんとなく自分の口から出てくる言葉も負のオーラをまとったものが多く感じていました。行を体験させて頂いたこの二日間、大自然の中で生活し、仏様と一緒に過ごしたことで、後悔と不安をいつまでも考える事は無駄であり、それならばそれらと向き合って、今を大事に生きていこうと思えるようになりました。過去と未来ではなく、現代のことを一番に考えていきたいです。

    いつもの生活に戻ったら、また負のオーラに負けてしまいそうになるかもしれません。その時はまた、修行に来たいです。一つの事に集中して過ごした後のご飯、とても美味しかったです。いつもよりヘルシーメニューなのに、食べ終わると満腹でした。あれなら毎日でも食べられます。食事中の何気ない会話も面白かったです。また色々お聴きしたいです。

    貴重な機会をいただきまして有難うございました。人間力を磨いて、絶対幸福になります。

    今回、私は未だ経験したことのないGW十連休を利用して、二泊三日でこの体験修行に申し込みました。

    それというのも、私はアルコール依存症であり、お酒を飲めなくなる薬(抗酒薬)を服用しているものの、やはり一人になると薬を調整して、この連休に大酒を飲んでしまうといった恐怖から、どこかでお酒を飲めない空間に身を置きたいといった気持ちでこのような運びとなりました。

    正直私は宿坊といった存在を知りませんでした。知るきっかけとなったのは、今年の二月末地元の友人達(私がアルコール依存症であることを知っている友人)にGWをどうやって過ごすか不安である旨を伝えたところ、だったら宿坊に行けばいいといったアドバイスから知る事になりました。そこで、その場で早速みんなで調べ天光寺のHPに辿り着きました。

    私は無神論者で初詣や旅行先でお寺や神社に行くものの、そこまで「神」や「霊」といったものを強く信じてはいませんでした。しかし、都合のいいもので溺れる者は藁をも掴むや困った時の神頼み的な考えで、その場からすぐに天光寺にお電話をしました。

    お酒を避けるだけなら、実家に帰ったり、短期間だけアルコール依存症専門の病院に入院するといった手段もあったかもしれません。しかし、それではお酒から逃げるだけといった、今までの自分と何も変わりなく、体験でこそあるものの修業をする事で少しでも自分を変えられる“気づき”になれればと思い決断しました。今、振り返ればこれも何かのご縁ではあったのではないかと思います。いえ、自分にそう信じきかせたいです。

    実際天光寺に来てからは驚きの連続でした。まずは、挨拶や所作といった基本姿勢から教えて頂き、最近流行りになっている宿坊とは全く違うといった印象を受けました。何より一緒に体験修業する仲間の真剣さが伝わってきました。中には興味本位といった方もいたのかもしれませんが、仕事や心に何か悩みを抱えている方が多く、一緒に頑張ろうといった気持ちが強くなりました。

    前述のように、今まで私は「神」や「霊」といったものをあまり信じておりませんでしたが、少しずつそういった存在、科学では説明できないものがこの世には存在するのではと思うようになっていきました。

    かといって、私も突然何かに覚醒した訳ではありません。正直、瞑想を通じて俯瞰的に自分を見られたりだの、滝行を通じて邪気が抜けていったといった実感が残念ながらありません。しかし、全てが初めてであるこの修行を通じて、アルコール依存症から脱却する「何か」を見るつけるきっかけになったのは間違いないと信じています。

    今までは狭い視野で、自分の視点でしか見ていなかったものが「神」や大自然に触れて、こういった物の見方があるんだ。自分は小さい世界に囚われていたんだと感じました。

    私は六年前に離婚し、そこから飲み方がおかしくなり、考え方も将来を考える事もなく、その日その日を過ごせればいいといった考え方になっていき、この病気へとなっていきました。恐らく色々な事から逃げたい、現実を見つめたくない、といった気持ちから生きるための積極性を欠いていったのだと思います。しかし、まだ四十一歳、この先に希望の光は必ずあると思いますし、この体験を通じて再度認識しました。

    病気や将来の恐怖を少しでも振り払う機会となった修行や、お言葉を頂戴し本当に感謝しております。

    この先積極性を持ち、自分を愛し、自分を変えていきたいと思います。

    今回一泊二日の修行体験を終了して思う事は、今このような経験ができてとても良かったという事です。

    滝行は、テレビで見た事しかなく、また番組内では罰ゲームとして演者が滝に打たれていました。実際に滝行を体験して感じた事はとても神聖な行であることです。滝行を受けるまでに様々な事を学ばせて頂きました。空海様の話、お百度参り、滝までの移動、とても良い経験となりました。

    私は今回滝行をメインとして参加させて頂きました。

    私は病院に勤めて6年経ちますが、自分の言動、感情の表現の仕方、行動を思い返すともっと改善できる点がたくさんあることに気付かされました。意識的に行ってきたことも、また無意識に行ってきた行動も正直怖いです。「今目の前にいる人はいつか仏となる存在。」と考えるだけで、考え方が大きく変わりますし、結果自分自身が大きく変われる気がします。

    職場では積極的に仕事をしてきたと思っていましたが、住職の話を聞いてまだまだ足りないと感じ、今から仕事に対する熱い気持ちが溢れてきそうです。今まで考えたことが無い感覚があり、明日への活力、今を大切に生きる事の大切さが分かった気がします。

    食事の挨拶をとっても、ここまで深い言葉であることは知りませんでした。食べる事の喜び、感謝の気持ちを改めて考えられました。

    霊障の話はとても驚きました。病院では「鬱病」と診断されている方の中には霊障の方がいる事を知りませんでした。また、世界にそのような症状で苦しんでいる方がどれほどいるのかとても気になります。それだけとてもとても重要な職種であると感じました。

    また、スマートフォン等の電子機器の無い生活を経験して、自分が依存していたことも分かりました。話を聞いて、分からない言葉をすぐ検索していたと思いますし、無いからこそ仲間と「どういう感じなんだろうね?」という会話をし、頭の刺激になりました。時間も気にせずスマートフォンを向き合っていた時間を考えるととても悲しく勿体ない事をしてきたと強く思います。

    これからは、スマートフォンやPCではなく。人ともっとコミュニケーションをとって大きな人間になりたいと思います。

    今回この体験の機会をくれた先輩、天光寺の皆さんに本当に感謝しています。もっともっとこれからの人生前向きに明るく積極的に生きていきたいと思います。本当にありがとうございました。

    息子は中学校にいけなくなりました。

    朝も起きられなくなりました。

    息子は学校に行っても何にも面白くなく、勉強もわからないし、友達もいないのです。

    特にいじめとか、そういうことではないのですが、特に仲の良い友達はいません。

     

    このままでは、社会に出れなくなる不安でいっぱいでした。

    ご近所の目も気にする日々で、なんとか息子に当たり前の生活ができるようになるように、

    そして何でもいい小さな事でいいので、自分なりの目標に向かって努力できるようになって欲しい、、、、と願うばかりでした。

     

    天光寺様に修行を申込み、私達も、息子自身も最後のチャンスとばかりにお邪魔させて頂きました。

     

    息子は、はじめはなれなかったようですが、だんだんに挨拶も大きな声で出来るようになってきた様子で、ときどき天光寺様から送ってきてくださる息子の感想文を読むとそのような事が書かれており、私達はとても嬉しく涙が出る思いでした。

     

    ひと月ぶりに会った息子は、寝てばかりいた時とちがって、心なしかたくましくなり、きちんとした正坐でおりました。

     

    私達も、息子に甘く、親として毅然とした態度、失敗をおそれてチャレンジすることを諦めていたところがありました。

     

    このたびは、高尾住職様、天光寺のお世話になりました皆様、本当に本当にありがとうございました。

     

     

    今回私は自らの過ちと妻を深く深く傷つけてしまったことを反省しに生まれて初めてお寺にみそぎにやってきました。まず初めに寺に入った時の不動明王様の力(心中をつかまれている)感じ目を合わすことが出来なかった事を鮮明に覚えています。初日は寺の作法や挨拶を教えて頂き、お百度参りと滝行を行いました。お百度参りは「南無大師遍照金剛」ととなえ強く自分の願いを想いながら裸足で道を往復するというものでした。大きな声と思いの強さが届くとのことで「夫婦和合」を強く願って走りとなえました。妻への謝罪の想いと自分が犯した過去の過ちが苦しくさせました。そして次に山を登り滝行を行いました。岩場の間から現れた滝は山王大神様と竜王大神様がお守りする滝で力強くとても冷たい滝でした。一人三分頭から浴びるということでしたが初めの30秒で頭と体が急激に冷え「お経を唱えながら入ることは不可能」と思いギブアップしそうになりましたがそこで強く妻の顔を想い出し、夫婦もう一度やり直したいという想いと子供との幸せな暮らしをつくるぞという強い想いで入っているとなんだか体と魂がふーっと分かれたような感覚で体は痛いのに心がすーっと水の冷たさが気持ちよくなってきました。3分経って出た時耳がぼーっと聞こえなかったですがとてもすがすがしく今まで出会ったことの無い感覚でした。生まれ変わったというか体の中の汚れを全て持って行ってくれたというか・・・。山王大神様と竜王大神様には深く深く感謝いたします。また夕方には初めて写経を行いました。ひたすら写すというものですが一文字一文字思いを込めて書こうとしても途中で手を抜いてしまう自分が居ることに気づかされました。初日の最後髪をすべて切る決断をし感覚を研ぎすまさせたい想いとかっこつける自分にわかれをするために、人生初の坊主になりました。また夜の寝る前まで仏や人間の欲の事など教えて頂きました。自分の欲との向き合い方など教わりました。2日目は朝のお勤めの後住職の先生より「特別なヒーリングをしていただきました。本来自分の気と宇宙の気をつないでいただき鳥となり風となり空を飛び最後は宇宙まで行くことが出来ました。背骨に一本大きな気を入れて頂きました。ありがとうございました。そして先生は「君は遊ぶ活動もいいけど苦しんでいる子、精神病の子などをヒーリングする事をした方が良い。」と言っていただき自分でも漠然としていたことをズバリ言われました今後の人生の大きなヒントをもらいました。午後は得度といわれるお弟子さんの儀に参加させていただきました。貴重な体験が出来感謝します。その日の夜もブッタのお話も教えて頂きました。自分の心との向き合い方、自分のカルマを改めて考えさせていただきました。ありがとうございます。3日目は朝のお勤め、声出し、瞑想を行い、自分の内観する時間を沢山いただき、最後は不動明王様の絵を見させていただきました。初日に怖くて見るのもできなかった不動明王様でしたが今は逆に一番近くにいて頂きたく想うようになりました。強い心と勇気をくれて自分に負けない人になれる気がします。このような人生の体験をさせていただいた天光寺様には本当に感謝しております。ありがとうございました。

    一泊二日の短い時間でしたが多くのことを教えて頂き誠に有難うございました。

    また四月に希有の降雪という機会を活かし厳しい修行ができたことも大変有意義でした。

    より多くの関わりのある人たちとこのような時間を過ごすことができれば絆が強まるはずなので、次回はチームと共にお世話になります。チーム皆が学び各々が変革の必要性を感じとり、修行後には昨日の自分とは異なる、という意気込みをもって組織全体で前に進むことができるよう私が推進役になります。

    まずは私自身が学んだことを実行に移します。

    また次回お会いする際には前回と異なる姿を見せることができるよう努力致しますので、今後ともご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。

    今回私がここに滝行に来た理由は、会社で課長という人をまとめるという立場になったということで気を引き締めるためにやってきました。

    お寺に着いてまず受付、説明指導、着替えを行いました。

    次に、お百度参りを行いました。

    普段から運動をしない私にとって100回も往復するのはとてもきつくなんども途中で諦めようか迷いましたが最後までやり遂げました。きっと今までの私ならば諦めていたと思いますが今回はそんな自分を鍛え直すという意味で来たのでここで諦めてはいけないと思って最後までやり遂げました。やり遂げた後はとても気持ち良かったです。

    こんな気持ちになったのは久しぶりでした。最近は毎日同じことの繰り返しで心身共に疲れ切っていました。

    そして、ついに念願の滝行です。滝をあんなに近くで見たのは初めてでした。とても力強く水が落ちている音とは思えない音がなっていました。

    入るのにとても躊躇いました。ですが、ここで諦めてしまってはわざわざここまで来た意味がないと思い勇気をだして滝の中に入っていきました。中に入ってみると外で見るよりも迫力がすごかったです。呼吸するもの困難で実際に入っていたのは短い時間だったのですけどとても長い時間入っていたかのような感覚でした。

    今回、滝行やお百度参りを体験してまた一回り人として成長できたのではないかと思いました。ありがとうございました。

    先日スピリチュアルカウンセラーの先生が書いた本を読んで感銘をうけ、そういったスピリチュアルな体験がしたいと思って参加今回こちらの寺院の体験修行に参加させていただきました。

    本に書かれていたことは、『龍を下ろす』など、一見まるでファンタジーの世界のようで、友人に話したら笑われてしまいそうなのですが、本を読み進めていくと、私たち人間は、もともとは野生生物だったのだから、祖先が経験だけでなく、カンを頼りに生きていたこと、その“カン”こそ“魂”そのもの、スピリットってことなんだということが書かれていました。

    これには深く納得が行きました。現代人がストレス社会を生き、ウツなどで苦しんでいるのは、“スピリット”で生きていないからなのだと気付きました。

    滝行をやっていて、まず感じたのは、『龍を下す』と書いた本に影響されたこともあるかもしれませんが、本当に山の神様の声が聞こえた気がして、とても寒い日だったのですが『あ、私いま、守られている。あ、私は大丈夫なんだ』と不思議と思えたのです。

    そして滝に打たれている間、まるで宇宙空間にでもいるような感覚でいました。時間はあっという間におわり、本当に不思議な体験をさせていただきました。

    桧原村の自然いっぱいの中で貴重な体験をさせていただき、心がスッキリと整理されました。また、参加したいと思います。ありがとうございました。

    午前中に到着し、作法・真言などを始めに教わりました。随分前にも滝行は経験していたので、正直似た様なものかと思っていましたが、全然違い、初めて教わる事ばかりでした。
    私は今回の体験修行を通じて、精神力を鍛えたいと思って申し込みをしました。そして実際に経験をして感じた事は、自分の甘さを痛感したという事です。
    まず、お百度参りでは寒さに負けそうになりました。それでも続けていくうちに寒さを忘れ、無になるはいかないまでも、いつも心の中にある雑念は少し消えていた気がしました。その後はついに私が経験したかった滝行です。正直、滝を見たときは案外大丈夫かもと思いました。ですが、実際に入ってみたら想像以上の冷たさに、すでに声を出す事が出来なくなっていました。出せても声は震え、まともに発生・発語する事が出来ない状態。滝に打たれた途端に、耐える事が出来なかったです。なのであっという間に滝から出てしまい、自分としては不本意な結果になりました。
    本当は自分の意識を手放すような感覚を得たいと思っていたので、自分の甘さに負けたせいでその感覚を得る事が出来なかったのはとても残念でなりませんでした。
    また滝行をする際には、もっと長く滝に打たれる様に頑張りたいと思います。

    今回初めてお世話になり、ありがとうございました。
    滝行は御岳山の滝で10年程前よりお世話になっておりましたが、今回の滝は初めてですので、貴重な機会をいただけましたことに、感謝しております。
    滝の水量もほど良く、寒くはありましたが、大変気持ちが良く素晴らしい体験でした。
    お百度参りの始めはコンクリートが冷たく、走るのも大変だろうと思ったのですが、途中からはコンクリートの冷たさも気にならなくなり、全力で走ることがと「南無大師遍照金剛」と大きな声でお唱えすることが、大変すがすがしく体験できたことに感謝いたします。

    日々いろいろな出来事があり、良いと思えることだけではなく、辛い事や大変と思えることもありますが、あらがえず全ての出来事のプラスの面を見出し、恐れることなく全ての体験に感謝し、今後も精進していこうと改めて決意出来た素晴らしい行でした。
    写経、写仏はなかなか上手に書けず、時間もかかり、苦労いたしまた。
    筆使いが難しく、細く書けたと思ったら、その後太くなってしまったり、かすれてしまったりと大変でした。
    六波羅蜜の中で、個人的に一番「忍辱」が難しいと感じている私にとって、大変感じるものがあった行でした。
    人生思うようにいかないことも多くあり、ままならないものですが、そういう時に、どうでも良いとすぐあきらめてしまうような思いが出て、短気になってしまいがちなところがありますが、写経、写仏の行をさせていただくことで、改めてこそ自身の弱いところを反省出来ました。短気を起こさず、思うようにならないことや困難にぶつかったとしても冷静に自分の出来ることの最善を尽くし、しっかり自分を信じ人生を歩んでいきたいと思います。
    ままならないことにこそ一番多く学べる機会であると感謝してまいります。
    夜、拝聴させていただいたDVDのご講話は大変興味深く、勉強になりました。
    中村天風さんはヨガを日本に持ってこられた思想家と認識しておりましたが、お医者様であり、がんを治される為にインドに行かれたなど、詳しいお話は知らず勉強になりました。
    真言密教は言葉、言魂を大切にされており、とにかく発する言葉に気を付けなくてはいけないと、中村天風さんのお話を通し伝えてくださり、とても印象に残りました。
    日頃より気をつけてはおりましたが、言うは易し行うは難しで、知識としてはあっても常に行えるようになるには、まだまだ未熟者ですので、日々今後も精進していこうと改めて強く決意出来、心より感謝いたします。今後は自分にたくさん使い、マイナスの言葉を発言しないよう、より気を付けてまいります。
    ご講話の最後の誓いの言葉たくさん発し、自分はもとより、周りの人達も今世での使命を全うし、光り輝く存在とし生きていけるよう尽くしていく所存です。
    「燈照隅万燈照国」の言葉を胸にとにかく継続してまいります。
    瞑想はどれも素晴らしかったです。
    声出しは初めてで、とても気に入りました。家でもやってみたいと思います。
    今回は断食もさせていただき、一番の目的である体重を落すこともできました。
    2kgほどですが、家に帰っても少し様子を見ながら継続したいと思います。
    成田山の断食修行は何度もお世話になっており断食は人気が出てきておりますので、今後取り入れていただくこともご検討いただけたらと存じます。
    行があるので、野菜ジュース断食等で体力を落とさず出来るものも良いかと存じます。
    最後になりましたが、2泊3日いろいろお世話とご指導いただきました荒井さんに心より感謝申し上げます。
    挨拶のご指導等大変ためになりました。
    この素晴らしいスケジュールを作られ、一般の方々に修業出来る場を用意してくださった天光寺の皆様に心より感謝申し上げます。
    これからますます寒くなりますがどうぞご自愛下さいませ。良いお年を。

    前回一度滝行を受けさせて頂くために天光寺さんに訪れたことがあるのですが今回は、写経写仏を受けさせて頂くために訪れました。

    前回の修行後は、メリハリがつきすべてのことが順調に進んでいました。

    ですが、最近多忙からか体調を崩すことが多くなってきていて心を休めるためにもまた受けたいなと思っていたのですが季節的にも滝行をやるのは辛いし、体力がないのでお百度参りをやるのもなんかなと思っていたところ写経写仏をやる修行があることを知りすぐに申し込みました。

    改めて天光寺さんを訪れてみて思ったのは自然のパワーを感じるところだなと思いました。

    前回同様受付を済ませ、まずは礼儀作法です。前回受けているので大まかな流れは分かっていたのでスムーズに出来ました。

    次はいよいよ本題の写仏写経です。前回の修行の時にも体験したのですがその時に一番楽しかったのは写仏写経でした。元々、幼い時に習字を習っていたので筆を使うのは得意だったのでうまくできてうれしかったのも今回受けようと思った理由の一つです。前回の修行の時から筆を使って書く機会はなかったので久しぶりに筆を持ったので上手く出来るか不安だったのですが自分的には満足のいく出来で良かったです。筆で字を書いていると心がとても落ち着きます。日々の疲れを忘れて目の前の文字だけに集中できるからかも知れません。後半のほうになってくると、頭で考えずとも手が勝手に動くようになり集中力が極限まで高まっているような気がしました。自分でも集中力は高いとは思っていましたがここまで集中できるとは思っていませんでした。多分環境も大きく関係していると思います。自分が思っているよりも早く終了の時間が来てしまいました。あっという間でした。

    終わった後は、疲れ切った心はいつもどころかいつも以上に元気になっていました。

    また、来ようと思えるいい時間でした。

    今回、会社の年間行事に「修行」とだけ書かれており、初めてのことですし、緊張と不安でドキドキしていましたが、皆様のおかげで修行に集中することができました。ありがとうございました。

     

    “お寺”自体は、幼稚園がお寺だったこともあって、少し懐かしい気持ちもありました。

    お百度参りは、写真で見るより過酷な環境で、正直なところ始まる前まで「辛そうだ・・・」と言う意識でいっぱいだったのですが、いざ始めてみると不思議と辛くなかったです。

    とは言え、辛かったのですが、この修行の目的、意味を考えると耐えることができました。

    後半、足の裏が痛みましたが、頑張って走り、大きな声で唱え、伝わるように、伝わるようにと思いを込めました。

    外に出た時曇っていたのに、始めの挨拶をした直後に晴れたことが「みて下さっている!」といる気がして感動しました。

     

    滝行は、水の冷たさに息が出来ず、御宝号も口に出てこず、一瞬どうしようと思いました。

    しかし、滝にあたり続けると逆に落ち着いた気持ちになり、気付いたら五分経過していました。

    滝の流れはこんなにも激しいのに、滝つぼの水は優しく、途中暖かさを感じた気がします。

    終わってから、気持ちの変化が顔にも出ていたようで、周りからも言われました。

    確かに滝行前と後では、世界が百八十度変わったような(言いすぎでしょうか?)何とも言えない清々しさと、これからの日々を力強く生きていけそうなパワーをもらいました。

    時間があれば、二日目もまた入りたかったです。今度はどんな気持ちになるのか・・・。

     

    写経。これはとても良い経験でした。一文字一文字に集中し、ゆっくりと時が流れていく感覚です。書いている間、不思議と何も考えずに、まさに無でした。

    最後に仰っていた「魂がこもっている」と言うのは、こういうことかと納得でした。

     

    ご住職様のお話では、明日より生きる力をもらいました。と、同時に、色々な意味で「良い人」になろうと思いました。

    忙しい、忙しいと毎日駆け回って周りが見えていなかったなと思います。

    人を思いやり、穏やかな心で過ごしていきたいと思いました。

    そしてご住職様のように、優しくも厳しくもある(更に、お料理が上手い)そんな人間になります。

    神様も見ていてくれるのでしょうか?

     

    二日目、スッキリと目が覚めました。

    瞑想をしていると、何も意識していないのにサーカスのようなにぎやかな人々がたくさんいるような絵が頭に浮かび、それが段々と真っ白な絵に変わっていき、最後にはガラスのような澄んだ無色の絵になり、とても落ち着いた気分になりました。とても不思議でした。

    そして特別に読経もさせて下さりありがとうございました。

     

    二日間、お世話になりました。きっと一泊二日では入門中の入門なのでしょうけれど、とても貴重な二日間でした。

    また来ます。ありがとうございました。

    この二日間、これまでに経験したことのない修行生活を送り、昨日の自分よりも少し成長したように感じる。

    特に印象に残ったことが二つある。

     

    一つ目は、お百度参りだ。声の大きさと歩く速さが神様への敬意、気持ちの強さを表すとのことであったため、自分なりに全力で行った。

    何度かお参りするうちに、頭の中にあった雑念が消えていくように感じた。

    その中で、今自分が何を願い、何を必要としているかがはっきりとしてきたため、きっと願いは叶うのではと思われる。

    また、私が趣味で行うマラソンにおいて、長時間一つの物事に集中して取り組むという部分で共通点があると思った。

    今後、一回のマラソンごとに目標を決め、それに向け集中して取り組むことで今まで以上の結果を出していきたい。

     

    二つ目は、滝行だ。身を清め、無心で滝に打たれることで、日常で抱えていた雑念が消え去ったように感じた。

    滝に入った瞬間は冷たいと感じていた水も、時間の経過と共に清々しく思えた。

    何事も慣れが重要になってくるのだろう。

    日々の生活の中で少々辛いと思うことがあっても、今後は踏ん張ることで乗り越えていきたいと思う。

     

    以上のことから、日々精進して生きることが大切だと気付かされた二日間だった。

    しかしながら、私のような凡人は時々怠けてしまうこともあるため、俗世があっていると言える。

     

    太陽の光や山の緑、川を流れる水など、天から与えられたものに感謝しながら、私は自分の生き方を探し続けたい。

    感想文

     

    埼玉県川口市より参りました。

    この度七月十四~十五日)は一泊二日の修行ということで大変お世話になりましてありがとうございました。当初は会社行事として私が企画し、従業員全員(約三十五名)でお邪魔させていただく予定でしたが、仕事(現場多数のため)にてほとんどの従業員が不参加となってしまい、泣く泣く仕事の軽めでした三名のみ先発隊ということで参加させていただくことになりました。

    ここから先は会社としてではなく、私個人の感想として書かせていただきます。

    今回体験させていただきました修行の内容としましては、お百度参り、滝行、写経、写仏、座禅、瞑想とそれほど多く体験できたわけではありませんが、普段どれだけ忍耐やがまんすることから避けた人生を送っているか?どれだけ集中することを怠っているのか?改めて感じざるを得ませんでした。

    一泊二日では、日常のだらしない生活から離れて、少し辛い思いをしただけで、その辛さ…忍耐や苦業の先にあるものまではもちろんながら身に付けたり、体験することができませんでしたので、次回時間が許す限り長く、可能であれば二週間~一ヶ月連泊でお邪魔させていただき、その先のある”何か“を体験、体得したいです。

    それを体得出来た時にこそ、人間として、自分自身が本当に変われるときなのかなと感じております。

    次回以降は、また別の従業員を連れてお邪魔致しますが、修行もそうなのですが、まずは何でも人にやってもらうような生活をしている人間たちに、何でも自分でやること、その中で相手を思いやり行動すること、自分がどれだけ恵まれた生活を送っているのかを宿泊、修行の中で学ばせたいです。

     

    この度は二日間という短い時間でしたが、誠にありがとうございました。また伺える日を楽しみにするとともに、明日からの生活にこの二日間で学んだ事を活かします。

    まだはっきり言って、半日では感想はでません。ただ滝行をさせて頂いて、神様のエネルギーをもらい、ありがたく思いました。

     

    私はあまり人にじまんできる生き方をしなかったので、としも40になり、やりたい事はたくさんあっても、なっとくのいく人生プランもしっかりありません。

     

    そこで、以前霊ばいや祖先くようのきっかけで、天光寺の住職にお世話になり、たびたび行をしさせていただき、とく度をとりなさいというお話しなり、こんかい相談させて頂きということになり、来させていただきました。

    また、自分が大けがにあったのにも関わらず、無理して来てのも良くなかったのかと思い、ちゃんと完治して行に参加し、もう一度、住職と今まで密教がなんなのかわからず、いろんなお寺へ行き行や法話など聞きながら、勉強とは言えませんが、やはり最初に思い浮かび今回来た次第であります。

    まだまだいろんな事で悩んでいるので、ケガも完治し、天光寺の行で住職と出会えるご縁を作らせていただきたいと思います。

     

    また、天光寺との出会いにも感謝しています。

    今後のご指導の方もよろしくお願いいたします。

     

    10年前にうつ病を発症しました。
    原因は離婚後に発覚した、元旦那の子供への虐待。
    酒吞みで、私や物を壊すことは度々ありましたが、
    子供には暴力は振わないと思っていたので、この事実を知った時は
    心が一気に叩き潰されました。
    その当時は、仕事をしない元旦那に代わり3つ仕事を掛け持ちしていて
    どうしても、子供を元旦那に預けるしかなかったのです。
    今思えば、子供たちの為にと、良くなるはずも無い元旦那に「いつかは。。。」と改心
    してくれること願いながら生活しましたが、どんどん生活が困窮していき
    元旦那との結婚生活に終止符を打ちました。
    資格を取り、その資格で就職が決まり子供たちと3人で新しい生活をスタートして
    間もない頃。。二番目の行動に異変があり気になっていきました。
    仕事で、偶然に「子供支援センター」に立ち寄る機会があり掲示板を眺めていると
    職員の方から声をかけてもらいました。世間話、離婚の事。子供の気になる事を
    話したら「一度つれておいで。」と言われたのが発覚するきっかけになっていきました。
    事実を知って心が裂けたのを感じながら、頑張って仕事を続けましたが、膀胱炎で一ヶ月
    寝てしまい、そのままうつ病が重くなりました。
    当時子供は6歳と7歳子供を守らなければ。育てなければ。と思えば思うほど悪くなり
    何故、気づかなかったのかと自分を責め、最後は死んでしまおうかという言葉がよぎる
    そんな生活を10年していました。
    ある日、友人から滝行が出来るお寺があるよ。と教えてもらったのが天光寺でした。
    気持ちが向くまで中々申し込めずにいましたが,意を決し申し込みました。
    当日は気持ちが追いつかず嫌々きました。ご住職が沢山お話してくれました。
    自分の心を強く持ちなさい。といわれました。初めは、それが出来たら苦労は無い!と
    腹の中で思いましたが、この思いは帰りには無くなる事になりました。
    話すのも嫌なのに発声法や挨拶を教わりました。
    滝行は全身が縮むどと冷たく痛かった。でも、自然に囲まれ清らかな水に入り
    清清しく感じました。
    そして、写経。何年ぶりにこんなに文字を書いただろうか。
    住職の手料理も戴きました。
    ふと、こんな美味しい手料理を私はいつ頃子供に食べさせていたのだろうか?
    こんな穏やかな気持ちになったのは何年ぶりだろうか?色々な感情がどんどん出てくる。
    広いお部屋で就寝。とっても静かでした。
    翌日は、瞑想。住職の「心を強く持ちなさい。」と言われたのが過ぎりました。
    その時に、私の心は弱いのか?私は病気に負けているのか?
    病気にしているのは自分なのか?と自問自答していました。
    傷ついているのは私ではなく子供たちだ。と気づきました。
    そんな、単純な事に気がつかなかったのです。
    先に、書いたとおりこれまでの私は何かというと「そんな事が出来ていたら。」と
    言い訳をしていた事にも気づかされました。
    本当に、来て良かった。
    まだまだ完治は先ですが、自分の心を強くもって行ける様に努力していきます。
    教えてくれた友人。
    ご住職、スタッフの皆さん。本当にありがとうございました。

     

    お百度参りは、近くの人の声が耳に入って来てしまい、気にしないようにと思う程、気になり、これが普段からの集中力のなさなんだと思いました。その中でも途中、走って唱えるに集中でき、言葉もハッキリ言える場面もありました。日々、沢山の雑念があり、そこに引っ張られていることに気づきませんでした。滝行は、思ったより、水が冷たく、待っている間、そして、桶の水を頭からかぶった時には、震えるほどでしたが、滝に入ると寒さはなく、慣れてきたのもあると思いますが、滝に包まれて、あたたかさを感じました。何とも言えないエネルギーに涙がこみ上げられてきました。

    お経と写経は、まず正座を続けることがつらく、そこをクリアしないと次の段階にはいけない気がしました。しかし、どちらも精神統一が出来るものだと感じました。

    2日間の体験修行で、劇的に自分の変化があった訳ではないですが、日々の中で、この2日間のことが活かせるような気がしました。ごはんはとても美味しかったです。

    瞑想の時の音楽が少しメロディアスというか、ヒーリングミュージックぽすぎて、私には気になりました。

    出来れば、先生のお説法を生で聞いてみたかったです。とは言え、楽しい経験になりました。有り難うございました。

     

    初めて滝行という修行を体験し、滝の水の冷たさや落ちてくる水の圧力に驚きました。

    普段は耳にしないカワセミの鳴き声や、雨露にぬれた森林の匂い霞がかった山の緑が、

    どれも新鮮に感じられて五感を通して触発されました。

    また、住職のお話に出てきました人が持つ潜在能力について、私の仕事柄無意識に働きかけることの大切さは、

    日々気をつけておりますが、こちらのお寺でも同じような話をされていましたので、

    「思考力の持つ力」とは自然の摂理なのだなと改めて思い知らされました。

    二日間の短い時間ではありましたが、こちらでした経験を実社会へ活かすことができるよう意識して行動したいと思います。

    お百度参りでのお願いが叶うことを信じて上を向いて歩いて行きます。

    ありがとうございました。

     

     

    都会に行くと人が変ると言われましたが、都会に夢を見たわたしは学校を卒業すると、実家を後に都会に出てきました。都会で過ごす楽しさや、都会で知り合える人々とは多くの刺激や交流で、あっと言う間の経年が過ぎていきました。

    私は今、三十路半ばになり振り返ることを知り、都会に出てきたころを振り返り当時の写真などを、アルバムの中から多くの思いを感じて感じ取っています。職場をいくつか変えたことも有るのですが、都会には都会人でなく地方の方の集まるところが都会という事を知り、真の都会人は少なく多くの地方出身者が蠢いている所が都会と言うのだと言う現実も分かりました。

    心境の変化なのでしょうか、ふと田舎を思い出したり珍しく電話したり、今までのはないことをし始めました。三十路で独りからなのか以前違い、交流できる友人や知人も少なくなって来ていることや、鏡に映る自分の素顔を見るたび想う微妙な老いが出てきていることに、驚かされました。

    ある著書で、人は外見でなく中身であると言うことを読んだ記憶から、以前であれば何も感じない心の中に芽生えた言葉を思い出したのも、体験修行を申し込む理由になりました。中身となれば、人間としての勝負と言われます。自分では果たしてどれだけの者なのかを知りためにも、体験を果たしました。体験は三泊四日でしたが、天光寺での体験では充実した教えや体験を通して、実のあるものでした。

    今まで感じたこともなかった、決断力を積極性を五感を活用することなど、目から鱗でした。自分を信じることや、相手への思いでは見返りのない愛情から自分自身を癒すことなど、得るものがありました。またの参加を思いつつ、感じ入った体験修行でした。

     

    今回私はこの体験修行を、夫婦で体験参加させて頂きました。結婚して6年経ちますが、今以上の結婚生活を維持するためには、何が足りないかを学んだり体験したりすることで、夫婦関係を見直す機会にしたく参加しました。

    修行では声の出し方から始まり、挨拶の仕方と基本の所作をお教え頂きました。教え頂いたことで、今まで知り得なかった夫婦でも相手に感謝することや、明確な言葉の伝達でお互いを認め合うことなどを知りました。

    私たちはお互いに仕事を持つ、共稼ぎ夫婦のため時差や行き違いがどうしても多くなる家庭でした。実のところ、住居のローンや今しか出来ない貯金等を考えた結婚生活なのですが、このままでは煮え切らないものがありましたので、天光寺の体験修行に参加した経緯があったのです。

    妻とは友人の紹介で知り合い一年後の結婚しましたが、どうしてもまだまだ遠慮がある生活をしています。よく言えば新婚生活みたいですが、子供も居ない夫婦二人の生活で潤滑油ではありませんが、実質的に他人から夫婦としての在り方を考える時期と判断しての参加でした。

    週末を利用した、わずか二泊三日の体験修行でしたが、初めて知るお互いの所作や行動に関心しました。妻も私の所作や行動や行いに興味を持ったのか、自然な笑顔を見せてくれました。他人同士が夫婦になるという事は、紆余曲折がありますが今にしてみれば体験修行で、分かり合えた様々から夫婦生活や家族生活に、頑張れるようなものになりました。

     

    天光寺さんの体験修行に申し込んだのは、誰かからの誘いや序ではありません。少しばかりの著書なども読みましたが、伝わってくるものがなくヤキモキした結果、行き着いたところが天光寺さんでした。

    何も知らない私ですが、数日間の体験ではなく一週間の休暇を貰い、体験修行に参加しました。案の定、初めは何も分からない異次元の話ばかり聞かされて、右往左往しました。当然なのでしょう、今まで信心も宗教心もない私には別世界の言語ばかりで、住職さんより易しく説明されなければ、外国語でしかありませんでした。

    多くの意味が有り教えがあるお経に驚き、お経の朗読には息が続かず、写経ではどうしても毛筆の動きが叶わなくなり、冷や汗ばかりの毎日でした。少しづつすこしづつ修行を進めるに、数日間過ぎて分かる安堵が出てきたことに、感動を感じたことを覚えています。

    けして優秀な体験修行者ではありませんが、自分では自分なりにささやかな喜びとして感じ取りました。体験修行では、さまざまな修行が項目されていますが、私の性格からは写経や写仏や瞑想で、心が洗われる思いでした。写経では心が表れるとされ、写仏では心の乱れが分かるとされ、瞑想では心情追求がなされるとお聞きました。

    修行では個々人の様々な心理作用が浄化され、還元され落ち着きをより戻すとされるなど、今回の体験修行では、感謝に耐えません。ありがとうございます。

     

     

    四十路の女が体験修行するきっかけは、過去の離別とか現在の運気向上とか、これからのささやかな幸せをつかむための、お清めが多いらしい。私が体験修行に参加して、これ見よがしに言えることは年増の女と言われ中年の女と言われても、自分の内なる信念を見返りのない愛情と言われても、現世において楽しめれる生活ができれば感謝し喜べると想うのです。

    人は死んでしまえば、何も残さず消え去るだけと聞きました。寂しさも、有ったものではありません。世知がない人生であっても、今を楽しく生きることとして、体験修行して自分を見つめ直すことができればと、参加しました。

    私の10代は何も変化なくすごし、20代は仕事に流されてばかりで、30代は結婚しないキャリアウーマンと陰口を言われ、気が付けば40代半ばでした。同じマンションに住んで約20年経とうとしています。小奇麗なマンションですが、訪問者も居なく只帰宅して寝入るだけの箱部屋でしかなくなりました。

    都会には私のような女が多いと聞きますが、通勤で見る多くの同年代と思しき女性を観ても、何ら代わりがない様子ばかりでした。人生一歩先を歩きたい、そんな乙女チックも有ってか体験修行で、気持ち気分を高揚できるのであればと風変わりな申し込みでした。

    体験先には様々な方が居て、様々な思いで修行をされていましたが、私のような者は居ませんでした。しかしながら、体験修行を消化していくうちに、今ここに居る方々には一念があり一心不乱に取り組む姿勢に感動し、我を失くしました。

    写経であり写仏でありお経朗読で、わき目も振らず直視された経本に入魂していたのです。美しくも有り、感動さえ伝わってきた空間でした。修行では、お百度参りや滝行なども用意されており、精神統一には持って来いの経験になると確信しました。今私が、この実益感動を多くの方に知らしめて、精神修養できる天光寺での「所作」や「行」を体験して欲しいです。数日間でしたが、感謝に耐えません。

     

     

    自分の不始末から、家庭崩壊し嫁や子供達と別れ数年立ちます。初めのうちは勢いがありましたが、10年近く日にちが経ち社会環境が変ってきていると感じたとき、ふと過去のことなど思いだりして殺風景な変化のない部屋の中を眺めていました。

    仕事先も何社かかわり、身に付いた仕事先でのこともなく、人生流され組の一人といえました。

    どうにもならないし勢いもない、孤独ではないと想っても話し相手がいない現実に、ため息ばかりが耳に吐きます。

    今の仕事先は何かと面倒を見ていただける上司にめぐり合えたのか、業務環境も穏やかに過ごしていましたが、社内の打ち合わせで意識開拓する人材育成に、他社からもたらされた企画ですが誰か寺院で体験修行をしてはと、私に白羽の矢が立ちました。

    今の職場も五年目になり、新人達に何かと先輩風を吹かして話をする機会があったせいか、指名されました。自分自身も仕事と言うより、自身を鍛えらるのかと言う気持ちがあり臨みました。ここは多摩の奥深い村にある、天光寺と言う寺院です。体験修行に毎年数千人が訪れる寺院で、厳格な体験修行では定評があり、有名な寺院でもあると聞きました。

    どのような修行がなされるのかは、申し込み時に電話で幾つか聞き入れましたが、実際参加して体験した経験では、説明以上の感動がありました。挨拶に始まりお経の読経へ進み、初日から翌日に入るとお百度参りしてから滝行で冷水に打たれ、心機一転すべく静粛な本堂での写経で心の乱れを押し込みました。脈打つ自身の血液が分かるほど、写経では集中して文字を一字一字書き進めました。人生では初めての経験でしたが、これもまた派遣されたと想っていた自身の考えと違い、勤め先への感謝に変っていました。

    修行先で知り合いになった方からも、新鮮な意見を拝聴できて、今までには感じたことない感動がありました。色々な方々が体験修行には参加されており、様々な一念を持っていることも知りえた体験修行でした。

     

    女ばかりの職場では、どうしてもいがみ合いが起こり、仲間はずれになった者は退職していく流れが多い現実です。私は高卒と共に看護学校に入り卒業して、地元では有名な大きな病院に就職することができ、将来を嘱望されて曜日も忘れる毎日を過ごしていました。勤務して9年経ったときには、看護班長にもなり新人教育も任される職責勤務になりました。そのような時、今のところは順風漫歩と想っていた矢先に、私の班長としての職責に何処からとなく陰口が入り始めました。

    時の総婦長に相談しましたが、これと言った解決策もなく提案もなく、同僚にも話を聞いてもらい解決策がないかと右往左往しました。私への陰口の発信元はわかりませんでしたが、初めての事でもあり体調が優れず寝込んでしまいました。数日間の休養を頂き、職場に復帰したのですがまだまだ体調が優れず、夜勤勤務では倒れてしまい他の職員を困らせてしまいました。

    総婦長から呼び出しが会ったのも、そんな時でした。多くを心配してか、私に向上心だけでなく人生の主人公になって欲しいことや、いい意味で開き直る勇気を持つことなどアドバイスを頂きました。いくつか話を頂いたアドバイスの中で、親戚で体験された修行があることをを促されました。

    東京は多摩の山村に、心身修行が受けられる寺院があり体験修行を受けることで、親戚がしっかりしたと言うのです。修行先では、さまざまな修行があるが「自己コントロール」「人との調和」「自身を癒す方法」など、体験できるとのことでした。

    わたしは数日間の休暇申請をして、体験修行の予約をいれ参加する運びになりました。四泊五日で、何か得られるものがあればいいと言う期待ではなく実益を考えました。寺院修行先には、数人の方が先に修行していたり、私の修行中にも新しく修行をする方が見えられ、年齢も性別も様々でしたが、一緒になって体験修行を学び教えられ体験できました。

    項目的には、お経朗読や御宝号の意味と発声、光明真言での有難さや仏様への感謝や写経や写仏や瞑想を寺院内で修行し、屋外ではお百度参りから滝行や川行を体験しました。仏門の体験だけに会得したものは少ないですが、少なからず体感して脳裏に納めたことがあり、喜びでした。

    住職からは「私には、絶対的な価値が自分の中にある」と積極的な自身の生命を大切にすることを教えられ、胸が熱くなりました。ありがとうございます。

     

    転職して数年が立ちますが、いまひとつ先の職場と現在の職場での格差に、身勝手であるのですが悩んでいます。気持ちが一つにまとまらないと言えばよいのでしょうか、過去の執着なのでしょうか今の仕事に集中できませんでした。

    体験修行は、帰宅時に入った居酒屋で隣で飲食をしていた方の話が、小耳に入ったのがきっかけです。気分と言うか日々の仕事にメリハリを就ける為にも、何かしたいと前々から考えていただけに、「奥多摩にある天光寺」と話されていた寺を頼りに探しました。検索したらすぐに場所や連絡先が分かり、早々に相談と申し込みが出きるのかを聞き、今の職場でのスケジュールを照らし合わせてから再度連絡する旨を伝えました。

    体験修行は、運よくすんなり決まり三泊四日の日程で参加できることになり、修行の内容も知らないまま期待一杯でした。当日が来て、心浮き浮きして参加しましたが自分が想っていた研修様子とは違うし、自分の甘さに恥ずかしさを覚えました。

    修行は挨拶の所作から始まり、次々に研修内容がはじまりすぐに午後になりました。めまぐるしく行われる修行に、ついて行くのがやっとで外界とも離れた寺での修行では時刻もはっきりしないままに1日目が終わりました。体験修行をされている方は私を含め7名でしたが、皆さん真剣に住職の話を聞き指導にも従順に従っていました。

    私の知りうる学校でも体験したことない環境と雰囲気に吞まれ、般若心経や御宝号や光明真言と、続けざまに声を大きくはっきりと発音するよう注意を受けながら、何回となく読経しました。二日目には、お百度参りから滝行入水と修行の醍醐味を味わい、共に参加している方と気持ちを一つにして修行できました。修行は続き、写経・写仏・瞑想・法話と進み、自分の意識の中に何か積極的に行わなくてはならないと言う、意識変化が出てきました。鍛え精進するまでには、まだまだですが入り口に立ったことは体感できました。体験修行で得られたことは、次回の参加を心に決め感謝で終わりました。

    思い余って体験修行に参加したわけではありませんが、何かしらを得られる機会ができる体感になればと思い参加申し込みをしました。

    地方から都会に出てきて数年ではなく数十年経つ私は、いつの間にか故郷も忘れ帰省もせずに都会の片隅で過ごしていました。風化された日常で、職場以外では誰からも話しかけられず、帰宅した部屋では勝手にテレビだけが放送報道とかドラマの音声を流していて、孤独を紛らわしてくれると言う歪な毎日でした。

    偶の休みでも声をかけてくれていた知人は既に家庭を持って忙しく暮らしているし、私の入り込み余地の無い単位になっていました。さりとて、仕事以外では只都会に住んでいると言う地方出身の四十路の婦人になってしまいました。都会なら生きていけますが、田舎では生きていけない年齢になってしまっていたのです。

    仕事が面白くなり、キャリア・アップして過ごしていた毎日がこんなにも部屋に帰宅すると、隙間風が心に吹き込むような部屋になっていたかと思うと、言い訳ばかりが優先してしまいました。会社の組織では生きていけるが、日常生活での自分はお隣さんがどのような方かも分からない、孤立無援の女でしかないと言われても反論できないものでした。

    そんな中行きつけの喫茶店で、女性誌を読み漁っていると記事で、現代女性の生き方に関する特集が在り、目を奪われました。その中にあったのが、精神修行をすることで女性度をアップすると言うものでした。様々ありましたが、写経や写仏や般若心経の朗読で、身を清める特集でした。

    普段の情報に飢えていたのか、記事に夢中になり入り込んでしまいました。体験修行はその中では、オーソドックスでありポピラーな修行として紹介されていて、参加しやすいものでした。参加する日を指折り数えて参加して驚いたのは、現実とのギャッでした。

    寺院には数人の参加者が既に研修を開始しており、所作等々でお世話になりましたが、振り返ると全てにおいて我が身を奮い立たせなければならないといけないものばかりでした。感謝があり感激があり、時には落ち込みましたが、参加した者だけに与えられる有益な体験でした。

    体験修行では外界との別離があり、社会の情報に振り回されずに心安らかに修行できると聞き、申し込み参加しました。都会の中で日々生活している私は、どうしても多くの情報(要らない物が多い)に左右され、落ち着くことも許されず流されていました。

    そんな私が、体験修行して何か変われることができようとは思いませんでしたが、初めは話の種と軽はずみな考えから体験することになりました。日時は、有給休暇もあり行く宛てもないのですが、四泊五日を申し込んでの体験でした。交際相手もいなく、独り部屋で過ごすことが多い私は、ささやかな希望を胸に秘めての修行でした。

    修行先では、一泊二日や二泊三日や一週間と様々ですが、多くの方々体験修行に参加されていました。年齢的には、中高学生もいれば大学生もいれば、主婦や成人の若者や同年代の方々や、先輩の方々を千差万別でした。みなさん、体験修行で何かしらを得ようとしている方々ばかりでした。

    私のような不埒な思いで、体験修行に参加されている方はいないような雰囲気に、私は恥ずかしくなりました。旅先で受け入れられる体験修行などがあるとは聞いていましたが、多摩にある天光寺での体験修行は、厳粛な中にも荘厳な格調あふれるものであり、生唾を飲み込んだのを覚えています。起床から就寝の間に繰り広がれる、精神修行と肉体修行にただただ驚きの連続でした。

    お経を教えられ読めば良いと言うものではなく、写経に至っては心の現われが露見してしまい、滝行や三禮では身体の冷却に凍えたり筋肉痛との葛藤に苛まれました。観光気分もすっかり消え伏せ、寺院内外での修行では軽はずみなことは出来ないと言う、修行本来の環境でした。

    御宝号や般若心経や光明真言を初め、その他お経の腹から出す声を震わして体験を過ごしました。されど、修行ばかりでなく、寺院で出される食事には精進料理ですが、日々の楽しみなりましたし、同じ修行を体験している方とは交流できたことでの、楽しさと嬉しさが出来た副産物がありました。

    瞑想や法話では、意味深い感じ入ることばかりで、お香が芳しい中での一時であり自分見直しでした。ありがとうございました。

    滝修行をさせていただきました。その節は大変お世話になりました。

    あの時お話したように、「日々の喧騒を忘れたくて、非日常的なことを…」と思い体験させていただいたわけですが、「ただ単に滝にうたれる」ことを想像していた私は「入滝、出滝」の儀式に痛く感動いたしました。
    挨拶、お清め、感謝などなど、日常軽んじていたことが荘厳に感じられ、本当に心の垢まで落ちた気分です。

    滝行後の精進料理、大変美味しく頂きました。ありがとうございました。

    会社を通じて天光寺を紹介されました。 ある日突然社長から修行でもして「気持ちを入れ替えてこい」と言われ、天光寺に来ることになりました。

    初日は、水行・川行・滝行を見学し、夜はヒーリングを受けました。
    水行を見学中、ある方が川に入ったとたん何かにとり憑かれたかのように動き、ビックリしました。そのときは、何が起きたのかわかりません。後で、高尾住職の話を聞いてなんとなく理解ができました。

    初めてヒーリングを受けたときは、何にも感じなかったのですが、二回目の日、ヒーリングを受けたときは、赤、緑、青、黄、紫などのいろいろな光を見ました。

    また、以前より腰痛のために、通院をしていましたが、ヒーリングの後、痛みが軽くなり、心と体が癒されました。天光寺には、多くの悩みを抱えた方が尋ねてきます。気持ちが落ち込んでいる方、病気の方、霊障の方、いろいろな方が来ます。

    高尾先生の力で皆、元気になり笑顔で帰って行く姿を見て、自分自身もやる気が出て、日々元気になっていくのが実感できます。これからは何があっても負けない強い心を持つことが出来ました。本当に感謝しております。

    天光寺さんに来るまでは、かなり不安があり、自分で本当に寺の修行など無理だと決めつけており、落ちつかない気分が大半でした。 自分のこの不安な気持ちを和らげるのと最初から何事もやる前から自分の心の決め付けを直していく。そして自分を強くしていくと言うのが今回の修行に参加することになった根本でもあります。

    まだ一日過ぎたばかりなので、まだわからない点が多いですが、一日目に行ったあいさつの作法から基本を学び、お百度参りは最初とても足が冷たく、体も寒かったのですが、行を実際にしている時は、足の冷たかったことも忘れ、体がかなり温まっていることを終了した際に実感しました。

    滝行ですが、これを実体験するまで、自分にはこの寒い季節に水の中に入ることはとてもできないんじゃないかと思っていましたが、他の行生の方を見ていく中で、自分もがんばらねばという思いが出て来て、何とか滝の中に入ることが出来ました。これも他の行生や先生方の力を借りて滝に入ることができたと思いました。
    実際に生きていく中で、一人では生きていけないということはわかっていましたが、改めて仲間意識とか家族の大切さを認識しました。

    まだ期間も残されていますので、残された期間自分の中にない部分を十分吸収し、自分を見つめ直し、自分の目的達成に向け着実に力を他の行生、先生方からも吸収し確実に自分のものにしていきたいと思います。 これから生活をしていく上でも、つらい時や楽しい時もあると思います。つらい時ほど、その事実から逃げたくなるのが本音ですが、つらい時には、天光寺さんで体験修行をさせて頂いたことを思い出し、実体験を乗り切りたいと思います。こういうことも全部含めて、自分の気持ちの切り替え、成長を確実にしたいと思います。

    まずはこういう機会を天から与えられたことに心から感謝致します。日ごろ中々経験できないことを出来た喜びもさることながら、行のみに精進出来る環境の中、己を見つめ直す時間を持てたことが大変有意義でした。 息子の正確改善、前に出ようとせず、埋もれることで満足している為、自分を律して前進することが出来ない点を何とかしたく、HPで天光寺を知りました。当初は息子を入れることしか考えていませんでしたが、妻に「あなたも入って来たら?」と言われ、「正月をひとりぼっちで迎えるのも寂しいだろうから」という建前で入山することにしましたが、内心では自分を変える一つのきっかけになれば、と考えていた事も事実です。

    昨年、人事異動があり、慣れない職場に転属、しかも時期リーダーにならなければならない状況は、自分の中では大きなプレッシャーでした。
    元々一つのことを極めなければ人の上に立つことは出来ないと考え、以前の職場で自己修練に励んできたのですが、今回は年齢と立場で上に立つことになった訳です。下にはより有能で、人脈の広い部下がいる現実、元来、人に言われた事を気にしがちの自分にとっては、自分をどう演じ、どう振る舞うべきなのか、少々迷いがちでした。

    そんな中での今回の修行は改めて、自分にとって価値あるものとなりました。住職のおっしゃる「自分の人生の主人公は自分である」という言霊は、まさに自分の信じるところを遠慮することなく突き進めと言われている様に感じました。

    今から二十年も前のことになりますが、テレビのディレクターとして、お昼のワイドショーの「人生相談」のコーナーを担当していたことがあります。
    離婚、暴力夫等、悩みを抱えている視聴者からの依頼に、弁護士と共に解決法を探るものでしたが、この時に色々な例に触れさせて頂き、「人との関係を修復、改善するには、まず自分が変わらなければいけない」ことを学びました。相手を変えようとすることが甘えに過ぎない、自分が変わる事は自体を好転させたいからであって「敗北」ではない…十分理解していたつもりでしたが、自分の人生を振り返ると、自分を律することをおざなりにし、相手に対する不安や愚痴を重ねてきたような気がします。

    昨日の滝行で御宝号を唱えて水をかぶった時の爽快感、そして、今朝大日如来の前で手を合わせている時に感じた目の前が開けていくような感覚、いずれも今後人生を生きていく上で生き方を変えられるひとつの「期待感」を掴めたように思います。
    その「期待感」はまだ曖昧な物で、こうすればたちどころに解決すると行った明確な輪郭を伴ったものではありません。 しかし迷った際に、仏前勤行集を開けばいつでもそこに戻れる「スタート地点」を確保することはできました。

    今まで十数年テレビドラマの仕事に関わり、数々の「舞台」と数々の「主人公」を構築してきました。しかし未だ自分の「舞台」と自分が「主人公」である物語の起承転結を考えたことはありませんでした。今回の修行はある意味で「転」となるものですし、またそうするべく日々前進していきたいと存じます。
    改めて皆様との出会いを感謝いたします。

    私が今回、修行体験をしようと思ったのは、日常に流されている中で、一度自分を見つめ直すと共に、違う環境・空間に身を置いてみたいと思ったからです。
    よく座禅をするとか瞑想をするとかを耳にするけれども、どうしたら心がすっきりするのだろうと思っていました。

    ここへ来て、作業の間に必ず休憩があることで、日々時間に追われ、常に頭を回転させ、体を動かしているリズムになれていた事に気付かされましたが、一息つく事は大切なんだなと改めて実感しています。
    忙しい中にも、ほっと一息つくことで、余裕が生まれることは、心と体を楽にしてくれるなと思いました。

    また、普段何も意識していない呼吸ですが、腹式呼吸や声出しをした時に、喉だけで出していると(表面的なもの)お経を唱えるのにもとても苦しくなってしまいますが、お腹から声を出す様にすると、肩などに力も入りにくく、体もあたたかくなってくる感じがあり、呼吸も大切なんだなと感じました。
    同じ動作で動かずにずっと同じ事を繰り返すのは、とてもエネルギーがいることだと感じましたが、繰り返すことで、知らず知らずに体が慣れ、集中できる事も感じられました。
    日常を流されているととらえるのか、日々繰り返していくことが大切であると捉えるのか、自分自身の捉え方で変わるのだと感じました。

    この修行体験で何も音のない、情報が入らない時間と環境を作ることは大切であるという事を学べました。