臼杵山 真言宗 天光寺

東京都西多摩郡檜原村にある天光寺では「企業研修」「社員研修」を行っております。「除霊」「お祓い」や「水子供養」「先祖供養」「護摩焚き(供養)」のご相談はもちろん、「ヒーリング」「体験修行」「滝行」「写経」「瞑想」といった半日体験修行ができます。

感想文・体験談

体験修行の感想文・体験談

25歳になり、生まれて初めて修行と宿坊体験をして、短い期間ではありましたが、なんだか生まれ変わったように心と身が軽く、清められた気分になりました。最初はとてもドキドキしながら来ました。五日市自体訪れるのは初めてで、そこからまた長くバスで揺られて辿り着いたのが天光寺、イメージしていた感じの静かな佇まいで身が引き締まる感じでした。中に入り、所作やあいさつ、いろいろと学び食事や行動を共にしていく内に、同じ体験の方と交流でき仲良くなれてお坊様とも会話がリラックスして楽しく出来るようになり色々なお話を聴けたのが嬉しかったです。メインの滝行は、私の持病から少し緩やかにしていただきましたが無事体験できて本当に良かったです。滝に打たれるなんて滅多に出来はしないのでとても貴重で人生の良い思い出になりました。友人や家族にも話、興味を持ってくれたら今度は誰かを連れてまた来てみたいなと思います。もう夏ではないので水は冷たくて勇気が入り、頭から受けると骨折してしまう危険もあると聞いた時は帰りたくもなり、正直、山登りの時点からきつくて運動やハイキングをあまりしたことがない私はギブアップしたい気にもなりました。けれど、いざやりきるとスッキリし達成感があり2日目もやる気になりました。残念ながら体調が優れず写仏をしながら待っていましたが、五体の仏様を写すことができ、こちらもまたかなり達成感を得られ、集中力が磨かれたと思います。集中力はわりとあるほうなのですが、趣味で競技カルタをしているため更なる集中力をみにつけなくてはならなくて、その目的も理由の一つとしてきました。本格的に活動をしていて、全日協の所属会を通じて正月には武道館の大会に出場したり、連覇をかけた和装試合等も毎年あり、来月も控えています。同じ真言宗のお寺でも以前カルタイベントや貸し切り試合でよくお世話になっていました。真言宗とはそこからもご縁があったのではと思います。

我が家は、先祖から代々、天台宗の檀家でそのお寺のご住職は幼稚園も経営されていて、私はそこに通っていました。幼いころ、私は今よりずっと病弱で通うことが本当にできず、友達も少ない大人しい子でした。けれど、その和尚様が先生であり友達でもあり遊んでくれたり、友人との輪を広げて機会も設けてくれたり私に大切なことを教えてくれました。

人生の糸が強く太く、カラフルに結ばれた感じに思えました。それからも、私は短大に入学するまではずっと休みがちの学生生活でしたが、友人は多くなり、沢山の人に支えられてきました。大学、社会人になってようやく体力がつき治療も経過観察だけになり自由に何かを忘れたように出来るようになりました。思い立ったらすぐ行動で今までの反動からか大分アクティブになりました。その分家族はよく心配させてしまい申し訳ないのですがたまにうっとうしくなり仕事で疲れ持病から人より疲れ方やエネルギー消費が酷いので誰が悪いわけでもないのにあたってしまいがちになったり、自分の経験から病院の仕事に就いたので、時間に追われる内容ばかりでせかせかしてしまったり家でもろくに話をせず生返事、聞かれても答えずにさっさと支度をして家を出ることが多くなりがちでした。何のせいでもなく私の心の持ち方だと分かったのですが、ここでは、時間で動くけれど、あまり時計がないため、解放感と共に少し心配もありました。携帯も同じです。便利だけれど、時には面倒。連絡を溜め込むと返すのが大変になり相手もいることですから一つの人間関係手の中に納まるネットワークです。しかし、預けたことにより、ないなりには過ごせましたが、やはり物足りなさがあり、依存気味だったのだと分かりました。明日からは、いつもいじるばかりではなく家族とも話、いじるときは有難く使い、優しい気持ちにで、またコミュニティーを再開しようと思います。それから、時間を大切に、でき自分の心のゆとりとコントロールも忘れずに、いつどんな時も、と思います。家族だからこそ何でも言ってしまうことがありますが、この体験に来てから私には珍しく家族がちょっと恋しくなりました。全く連絡も取らないのは初めてだからかもしれません。ホームシックなんて子供の頃からなく柄でもなく

どこかへ出かけたり宿泊をしてもこんな気分にはなりませんでした。私は、いつも頼ってばかいで甘やかされてワガママだったかもしれません。感謝と反省の気持ちです。帰ったら口できちんと沢山話したい。伝えたいことが改めてあります。仕事も引き続き好きで選び多分今が板につき一番楽しいので気を抜かずやっていこうと胸躍る気持ちになりました。生と死の現場、目まぐるしいですが。そして、私の病は父からの遺伝で完治はないですがまだ救われている点がたくさんあります。仏教を改めて学ぶきっかけは、かるた繋がりの他に、幼稚園の先生と父のがんが重なり切ない気持ちになり、ふと友人から誘われた寺カフェに行き、そこから癒され、更に求めイベントや色々なものに参加し、修行と宿坊もしてみたくなりました。一発でこちらが検索したら目に飛び込み、巡り巡って本当に縁を感じました。来れてよかったです。ありがとうございました。