臼杵山 真言宗 天光寺

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体験修行の感想文・体験談

私は、競技かるたに行き詰まったときに、精神面を鍛えたいと考えていて、滝行を思いついた。

何故精神を鍛えようと思ってすぐ滝行が浮かんだのかは分からないが、寒いであろう水の中で耐え抜くこと、心を無にすることは精神を強くすることにつながるのではないかと考えた。

一月下旬の競技かるたの大会で負けた後、一緒に行こうと言ってくれ、すぐに予約を取ってくれた同行の二人には、感謝してもしきれない。

滝行以外の修行もしてみたいということで一泊二日の予定としたが、その中で競技かるたにつながる一番の発見は、集中することの難しさと意義、である。

競技かるたにはどこに集中をおくか、どれだけ集中できるかが非常に重要な競技だ。

今回の修行の中で、最初に行なったお百度参りでは、声を出し願を請うことに集中しようとしたが、足が痛くなったり喉が枯れてきたりする方に意識が向きがちだった。

滝行でも足が冷たいことに意識が向いて、結局一分も保たずに出てきてしまった。

お風呂に入りながら、これでは何も得られないと思い気合を入れなおして臨んだのが写経である。

墨をすり、最後の文字を書き終えるまでひたすらその文字を丁寧に書くことに注意した。すると、少しだけ、文字を書く意識すら消えて、脳内が真っ白になる瞬間があった。

法話のビデオの中で聞いた言葉を用いれば、無意識になった瞬間だったのだろうと思う。

また、二日目の瞑想では、数字を数えながら呼吸をすることで、空気や床と、自分の境界線が曖昧になる時間があった。

雑念であふれている中で集中することは難しいが、集中していることすら気付かない集中は、頭の中を空にし、人間としての自分と向きあえる意味のある時間だった。

特に数字を数えて、呼吸を調える方法は性に合っていたので、続けたい。

競技かるたからはずれて、自分が生きていく上でとてもためになる話だったと感じたのは、法話のビデオの中の積極的に生きること、自分を愛すること、という言葉である。

私は、自分のことがあまり好きではない。自分の良いところはなかなか思いつかないが、悪いところはたくさん思いつく。

今まで、自分で自分の悪いところだと思っている部分に対して、どうにかしなければと焦ったり、なぜ変われないのかと自分に怒ったりすることばかりだった。

しかし、ビデオを見て、悪い部分も自分であるのだとまず認めてあげることも大切なのではないかと思うようになった。

ひたすら否定して、否定しまくっていたらそもそも何が悪いのかすら分かっていないことと同義ではないだろうか。

まず認めてあげて、受け入れて、今まで積み上げてこなかった自分以外の価値観や考え方も受け入れて、すぐに愛することは難しくても少しずつ自分を好きになっていきたい。

また、私は競技や勉強など人と競うことには負けず嫌いを発揮し、積極的になるが、

どうしても一人のときや、特に誰かと競わないとき、楽な方へ流れてしまうことが多い。

しかし、今自分が意識している生の中で、自分らしさを見つけられず、なあなあになってしまうのはとても勿体ないことだと思った。

たくさん様々なことを見聞きし、経験して、本当に自分のやりたいことを見つけられるように、そしてそれを達成できるように、日々過ごしていきたい。