臼杵山 真言宗 天光寺

〒190-0204 東京都西多摩郡檜原村小沢4040-1
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体験修行の感想文・体験談

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    去年まで自衛隊で勤務していて、就職紹介で就職しましたが、高校を卒業して直ぐに自衛隊に入り、今では紹介された企業で勤務しています。自衛隊と違い民間の企業は、利益優先なので中々馴染めず、悩んだりすることもありますが緊張しながら頑張っています。

    天光寺での体験修行は、勤め先から新入社員のための企業外研修との意味合いもあり、参加しました。総勢6名での体験修行でしたが、初めは寺院での研修と聞いていたので、何をするのかが分かりませんでしたが、修行をしていく過程で社会人としての基本を教え込まれました。自衛隊との違いは、民間なので大らかな修行体験ですが、節度ある体験修行でした。

    内容は、挨拶に始まり所作に続き、お経の朗読や写経による心身の落ち着きを養うことや、瞑想による感情の落ち着きをも養い、お百度周りで足腰を使った走りこみの後の滝行で、全身を清める修行で体験した。

    今回は体験修行と言われましたが、奥が深い修行であり中身は広い修行でもあると感じ、何か引き込まれる体験修行に、参加して良かったと思うばかりでした。出された食事も美味しくいただき、想像していた食事と違い微笑ました。

     

     

    私は中国から結婚で、来日した者です。当初日本人の旦那さんとの生活も順調であり、これと言った問題も有りませんでしたが、2年3年と日本に滞在しながら結婚生活をしていると、どうしても国民性からか自分の培った習慣や常識が優先してしまい、旦那さんとの間に溝ができるようになりました。また、会話言葉の問題では短い会話はいいものの、家族以外の方との会話で上手く表現できず、勘違いされたこともありました。

    生活では料理の味付けに、旦那さんから意見が出て困り果てたこともあり、国際結婚の難しい現実を見ました。そんなことから半年前に旦那さんとは離婚し、今は独りで部屋を借りて生活しています。帰国も考えましたが、帰国しても面子のことなどがあり、中国の両親からも帰国しないでくれとまで言われ、日本での生活を続けています。

    仕事は、お定まりの夜の接客の仕事をして、夕刻から深夜まで仕事をしています。私の待ちでは、中国人お友達も居ないのでストレスがたまり、仕事先でも飲酒し過ぎて倒れたこともありました。店のオーナーからは、健康のことで友好的なことを言われますが、店を出れば他人のようです。相談する友人も居なく、お客さんに相談できることでもないので、体調も優れず生理がない月もありました。

    天光寺の体験修行は、お店に来ているお客さんの話の中に出て来たことから、内緒で申し込み参加しました。日本文化を知るには好いことでも有るし、仏教には親しみもあったので、参加しました。お経は漢字が多く意味は分かりましたので、発音は違いましたが受け入れることができました。

    参加している日本人からは、友好的な同じ参加者ということもあって、日本で初めての友人ができた思いでした。滝行では終始、驚きの連続でしたが、清められました。写経や瞑想では、帰国したことなど想い、少し涙が出てしまいました。住職の法話は難しいことが多く、直ぐに分かることが少なかったですが、法話の前後の話から幾分か雰囲気で感じとりました。

    今後は日本で生きていくことを決めているので、多くを知り学び体験して行きたいです。

    謝謝。

     

     

    海外に憧れ、或る外国で青春を過ごし帰国しました。私が海外に出たころと昨今では、国内事情もかなり変り海外よりも国内での生活や仕事を、優先する時代になっていました。海外での生活は多くの新鮮な刺激もありましたが、反対に個人主義の外国ならではの寂しさも感じ取れました。

    言葉や習慣や物の考え方の違いは知り得ていましたが、私の加齢からかなのか幾分か、考え方の変化を感じています。私は帰国子女では有りませんが、服装や化粧や雰囲気が周りの方からは異なものに感じられたのか、受けいられないことも多々ありました。

    初めに心に決めた志を最後まで貫き通すことが、海外生活ではよしとして生活していただけに、帰国後の違和感として私には感じられ苦痛になることもありました。このままではいけない心境から、天光寺での体験修行を受け心身を清める、修行参加となりました。

    修行では多くが知りえなかった所作や行で、数日間を過ごしました。数日間の中では、心身ともに教えをいただき、感心しました。写経では心の乱れを洗われ、滝行では肢体の感覚から自我を目覚めさせ、瞑想ではてひたすら思いにふけ入り現在過去未来など、物思いにもふけりました。

    自己自問では、答えは出ないものの精神修行になる、きっかけを味わいました。教えられた瞑想ですが、瞑想の神秘性を感じ法話で聞いたことなども思い出し、体験修行の醍醐味を感じました。

    体験修行では複数の体験者がおり、様々な方との懇談では知らない生活や環境や立場の世界にも触れました。実体験では、重みの有る修行であり体験でした。

     

    俺は家族や子供達と別れ故郷も離れて、都会に独り上京して来た者です。都会では知り合いもいないので、できる仕事を何ヶ所か探し回り今の仕事に転職生活しています。都会に出てきた理由は、私個人のこともありますが、大きな原因としては災害(地震)に見舞われた田舎での生活を諦めたことで、家族内で言い争いになってしまったからです。

    震災の復旧のめども立たず、呆然とした毎日に絶望感もあり、新天地を思いあまっての言葉から言い争いになり、むしゃくしゃした私は独りの決断で都会に出てきたのです。なれない土地と水で体調を壊したりもしましたが、今は生活に慣れるための頑張っています。

    上京して既に約三年経つも、心の中に開いた風穴ではありませんが、無性に寂しさも感じたりしもたので、強い精神力を付けたいためにも体験修行に身を置きました。修行では、宗教的なお経の朗読だけと考えていましたが、実際には滝行や写経や法話や瞑想で、心身を修行で洗われました。

    行では今までに知らないことばかりでしたが、こんなに素晴らしい教えがあったのかと感心し、今では何冊かの著書も読み、人としての歩みを考えたりもしています。家族や子供達との再会も、今では心なしか考えたりもしています。どのような結果になるかわかりませんが、私の人生内の出来事として、修行での教えを守り学んで行きたいです。

    天光寺での体験修行は、頭(頭脳)だけでなく身体に教え込むような教えがあり、新鮮さもあり感動もしました。今後は心眼を開かせる、修行にも参加したいと想っています。

     

     

     

    重たい女と言われ、異性との出会いがあっても長続きしません。天光寺で体験修行をして、自分お気持ちを整理して本当の縁ある異性との出会いを求めて、身を清めにきました。

    私にも夢や希望が有ったのですが、度重なる縁のなさや身の回りで起きる失敗で、ここの所落ち込んでいました。身を清め今までの生き方を改めて、修行を臨んだものです。数日間の体験修行で、すぐに変ったりすることでもないですが、何かのきっかけを掴み同じことを繰返さないため、縋るような体験でも有りました。

    早朝に起床し寺院内の掃除をして肢体に血液の流れを導き、朝食後には瞑想にして自我を顧みる体験もしました。その後にもさまざまな行があり、所作の挨拶を基本にお経の朗読や御宝号や光明真言の暗唱をかさねました。午後には、お百度周り後に滝行にて身を清めたりもしました。

    さらに、夕刻には食後の住職の法話を拝聴して、穏やかな気持ちになりました。そのような体験修行を数日間過ごし、私の中に芽生えた少ない変化を感じ就寝しました。

    今思うに、身勝手なわがままがあったことを指摘され、以前の行いを改める心境にもなりました。

    天光寺での体験修行では、今回全てを体得できませんでしたが、次回の参加を心に決めるきっかけにして、下山しました。ありがとうございました。

     

    人間不信から、天光寺で体験修行を行い、思い込みや自己否定を浄化し鍛錬したく、申し込みました。今回の体験修行で感想と言えば、今までの私の経験しなかったことばかりなので、初めは驚き馴染めませんでした。

    しかし、住職から言われた法話や同じく体験修行をしている修行者との会話などで、固まっていた心が少しづつ解ける糸のように、所作や修行内容に浸透することができました。心が表れる写経ではいみじくもお経であるものの深層心理までわかってしまうといわれ、書き進めながらオロオロしてしました。

    般若心経や光明真言では、朗読の中に感じた信仰の有難さを感じ、多くの挨拶を行うときの呼吸一つを上げても、一般社会でも通じる基本があると感じました。天光寺の体験修行に参加している多くの方は、何がしらの目標や思いを持って来ていますが、体験修行をすることで自我に目覚め明るい顔になり帰宅していく姿まで含め、問題の浄化が解消されたり薄らいだことでの感謝している会話に、心温かくなりました。

    人間不信とは、相手を受け入れることが出来ないことから始まると聞きましたが、不安を取り除くために自ら入り込んでいく積極性を育てることなど、心機一転しなければならないなども体験できて、思考も目覚めました。

     

     

    企業に入り中堅社員になるも、部下からの意見調整と上司からの圧力で、ここの所サービス残業も多く帰宅が深夜になることもあります。時には出張などもあり、気の休まる日にちが少ない毎日でもありました。

    惰性に流される仕事先で、いまひとつ気持ちの整理を思い、今回体験修行を思い立ち予約することにしました。上司には精神修行充実で、今後の部下教育になりうると業務参加を打診して、了解を得ました。

    業務参加であるため、体験修行の日程や修行内容の項目を体験後に提出しなければなりませんが、今回の参加では私費でなく業務参加なので、費用の面では助かりました。ただ、提出があり事後報告と今後の社内教育に使用できるかの、判断基準になるのかまで求められそうなので、無意識に仕事であることが露見してしまいました。

    スケジュール的には、三泊四日であり項目的には所作や写経・写仏や瞑想と法話からなり、屋外での修行体験では、お百度参りからの滝行や川行が用意されておりました。さらに規則正しい時間の進み方から、積極性のある修行体験で観光ではありませんでした。

    何のために修行体験するかなど、住職からの法話では気持ちの整理や平常心の自己改革もありましたが、主要なものは精神力の思考が重要であることなどが述べられました。

    職場の人生も、戦う相手を求めるのではなく、挑む相手を自分の中に見つけたときに成長するといった価値判断なども挙げられました。仕事先では、体験修行で感じた意見した報告書で、企業研修も受けられことを発表し、社内研修にも有益ということを付け加えました。

    今後お世話になる機会も考えて、私の体験修行は充実したものとして天光寺さんには、ご報告いたします。ありがとうございました。

     

     

    私は社交業でも、風俗の仕事をしています。社会的には夜の女としての仕事をして、生活させて頂いています。様々なお客さんが居る見返りの無い愛情を売る仕事です。時には開き直る現実もあり、想われている以上に精神的に経済的に充分ではない仕事です。

    日々変る仕事内容とお客様に合わせた仕事ですが、浮世に流されることもあり足を洗えば済むと思いつつ今の仕事にしがみ付いています。

    お姉(先輩)さんからは、早く今の仕事を卒業して、太陽の下で生きていける仕事や生活をするように言われていますが、年を重ねることに仕事から来る甘えなのか、踏み切れませんでした。

    風俗の仕事ではどうしてもお客さんとの駆け引きがあり、余計な力を入れてしまい嫌みや嫉妬を受けることがあります。さらに、未練や愚痴や価値のない事場に惑わされることがあり、一つとして同じことがありません。悩ましく精神疲労の多い、仕事なのです。

    職場にあった雑誌に、精神修行をして仕事にプライドを持ち、天職を全うする気合を見つけるための諸々の助言というものがあり、その中でお経の朗読とか滝行があると取材されてありました。

    特定の行き先や施設先は書いてありませんでしたが、仕事中にお客さんから幾つか参考になりそうな場所を聞き、奥多摩にある天光寺での精神修行・体験修行に参加することが出来ました。

    修行先では私を含め数人での体験開始でしたが、午前中に集合して寺院での所作や挨拶に始まり、昼食後には写経やお百度参りから滝行と、新鮮かつ初体験する行を初日から受けました。就寝も午後10時であり、今までの私の体内時計ではこれからと言う時間の就寝で寝付けず、翌日には睡眠不足にもなりました。つづけられる修行もあり、瞑想や写仏での落ち着きと外部からの刺激を排除した修行では、時間の忘れる集中が要求され最も厳しいものでした。

    しかしながら数日間が過ぎ、住職からの法話や修行者同志の意見交換などがあり、今までの自分とは体験で改まった、参加前には無かった感じたり考えられる思考を持てるようになりました。

    ありがとうございます。

     

     

     

    私は集団での仕事に違和感を感じて、一人での仕事と決めタクシードライバーをして数年経ちます。お客様を乗車から降車までの、ひと時だけの業務の繰り返しだけで、それ以外の業務は存在しないことから転職組みですが、現在の私の仕事なのです。

    お客様は、午前や午後や夜間や深夜では様変わりしますが、なるほどと感心しながら対処しています。中には、お客様らしからぬ方もいますが、短時間の我慢で済みますのでしこりも無く受け流しています。

    そんな私ですが、将来は法人タクシーでなく個人タクシーを希望していて、諸先輩からもお客様あしらいを学ばなくてはならないと、助言されました。助言の内容の中には、個人としてお客様に合わさねばならない注意点や対処が多くあり、今の自分には出来かねるのではないかと思い悩むような助言もありました。

    このまま法人タクシーのドライバーとして、生きて行くことも出来ますが、夢は夢として個人タクシーのオーナーとしての夢もあることから、今は夢追い人の一人としてハンドルを握っています。

    タクシードライバーには個人主義の方が多いですが、個人タクシーになると責任や営業に対して、決断力や不満なども抑えねばなりません。ここ一番と言うときに、個人事業主としての遣り甲斐だけでない判断が要求されます。

    学校では教えてもらえない、人としての社会で生きていく手法を天光寺で、絶対的な価値がある自分を仕事に反映出来るように、体験を通して知りえたこと体感できたことに感謝します。

    写経や写仏では何度も助言を頂き、冷水の川行ではしった激励をもらい、今では体験できた喜びに嬉しさを感じています。

     

     

    一人で卒業から、実家を出て憧れの都会に引っ越してきて、半年が過ぎたころでしょうか。如何にも判断できない、分からない落ち込みが目立つようになりました。

    職場での仕事も覚えたばかりでしたが、仕事に対しての不満もなくどちらかといえば楽しく、遣り甲斐さえ感じて来ているころでした。

    学生時代には感じられなかった、行き詰まりでもない体調不良に、社内の診療室でも問題無しでお墨付きをもらい、只の疲労なのかと自問自答していました。

    違いと言えば、好き勝手を行っていた学生時代と違い、規律正しくしなければならない社会人として、睡眠不足や通勤疲労で若干の疲労感はありましたが、私だけではないと言う現実からそのままにして置きました。疲れなので、栄養ドリンクを飲めばいいぐらいで、これと言った対処もせず数ヶ月過ぎました。

    物事原因があって結果があるはずなので、社外の医院にも行きましたが、結果は同じでした。これは何かの取り越し苦労なのか、自分で思考を改めなければならないと天光寺の体験修行に参加して、自分の有りのままを見詰めようと思いました。

    修行では、挨拶に始まり挨拶に終わるような、厳格で神妙な修行であり他には写経や写仏したり、お百度参りや滝行で精神統一したり本物の修行でした。教えの中には、積極的であり向学心を持ち決断力など、自分を成長させる意識変化を身を持って指導されました。

    さらに、不平不満を言わない消極的にならない、精神を鍛え精進することなども伝授されました。

    自分を信頼し自分を愛することができて、人生の主人公になれと力強い指導には、感動しました。

     

     

     

    初めての就職で、初めて知った社会の洗礼に会い右往左往していた私が、職場の先輩から聞かされた、先輩も体験して来た天光寺の体験修行に参加したのは、縁を感じたからでした。

    家族の居ない独りでの生活の始まりには、嬉しさもありましたが多くは不安でした。さらに仕事となれば、自分を押し殺さねばならないことも連続で、帰宅すればそのまま倒れこんだこともありました。

    先輩もそんな過去を持ち、経験者にしか分からないことなのでしょうか、休憩時間のときに私の変化が見えたのでしょうか近寄り言葉少なく心配して、相談にのってくれました。その相談のなかで、自分で人生の主人公になる楽しさと嬉しさと喜びを、お話下さいました。

    先輩はすでに何回かの体験修行されており、体験修行先の出来事や自分の変化や新しい刺激になったことなどを、教えて頂きました。初めは先輩と一緒に参加と希望していましたが、仕事の都合で私一人の参加になりました。見るもの聞くもの全てはじめてのことや物ばかりでしたが、三泊四日の体験修行を無事に終えることができました。

    先輩からも、私の頑張った賞賛を受け、感じ入るものが体験者でないと分からない実感として、分かち合えました。修行ではやはり鮮明に残るものとして、滝行で身震いしながらも頑張った実感があり、先輩共々見詰め合って感想を言い合いました。

    写経で書いた書は自宅に飾ってあるとか、瞑想時に感じた感想は何か今でも一念として残っているかとか、話がつきませんでした。次回は一緒に参加することを決め、今では私の右往左往も消え楽しく日々を送っています。

    今回、私がこの体験道場(修行)に参加させて頂いた目的は、自分自身の心の弱さの克服であります。デフレ進行下、価格破壊が進み、価値観のズレを中々埋め合わすことができない世の中になって参りました。そんな中、商売上、中々上手く行かないことが多く、ストレスが溜まり、家族には相当の迷惑をかけていたかと思います。ふと我に返ると自分自身のことしか考えていない自分がそこには居りました。

    長い間、家族旅行にも行っておらず、夕食も暗い感じになっておりました。このままでは、家の家族はダメになってしまうのではないかと思い、まず自分自身をもう一度再確認する為、そして自分が家族に対して何が出来るかを考える為、自分が大黒柱として、立派にみんなを明るく出来る様に、自分自身が変わらなければならないと思い、自分を磨く意味合いを込めて、やって参りました。

    修行一日目、二日目と進むに連れて、普通に生活出来ている「尊さ」「ありがたさ」を痛感致しました。家では全て、女房まかせにしている自分を腹立たしく思うと共に、感謝の気持ちでいっぱいになってきました。そう私には人を気遣い、思う気持ち、そしてやさしさが足りなかったのです。天光寺のご住職、そしてスタッフの方々と接してみて、特にそう感じました。

    人間はひとりでは生きていけない。皆さん、そして家族、友人、知人、恩人、ありとあらゆる方々の御力をお借りしなければ生きていけないのです。
    今後とも難しい局面は多々あると思います。
    そんな時には、ご住職の仰った不撓不屈の精神で無理難題に、情熱的に取り組んで参りたいと思います。決して後々を振り向かず、前を見て、陽転思考で、積極的に、明るく取り組んでいきたいと思います。と、同時にやさしい慈悲の心を常に持ち合わせていたいと思います。

    今回天光寺さんを訪れた目的は、日ごろついダメと分かっていても楽な方を選択してしまう自分の甘さ、弱さを正すために、転職によってもらった長期休暇を利用して渇を入れることです。
    気合いを入れて、次の仕事はもちろん、私生活もより充実して過ごせる様にしたいと思いました。

    自分で言うのもなんですが、私はとても幸せな環境で生きていると思っています。両親、妻、友達、同僚、上司、出会う人皆、素晴らしい人ばかりで、みんな自分に優しくしてくれて、想ってくれて、何不自由なく生きてきたと思っています。

    でも普段、その幸せになれてしまって、幸せを幸せと感じなくなっている時がある事に気付きました。こんなにも幸せにもかかわらず、だらだらとゲームをして過ごしてしまうことがよくありました。生活を充実して過ごすことで改めて幸せを感じる事ができるようにと思いました。

    初日、お百度参りと川行をして、生きていることがどんなに素晴らしいことか、切に感じることができました。お経を唱えている間も、ほぼ無のような感覚になり、とても安らぎを感じました。
    初日に行を行ったことによるものなのか分からないのですが、2日目の午前に瞑想をした時に今まで出会ってきた人達を思い浮かべて、みんなに感謝した時にあふれるほどの涙が止まらなくなってしまいました。今まで、どれだけ自分が幸せだったのか、心からみんなに感謝の気持ちが湧いてきて感じる事ができました。
    今までは感謝はしていてもこんな気持ちになることはなかったのでとても不思議でした。

    2日目の滝行で身を清め、心がとてもきれいな落ち着いた状態になっているのが分かります。
    瞑想をしている時に浮かんだ感謝の気持ちを忘れずに、明日からお世話になったみんなにちょっとずつ恩返しをしていこうかと思います。ちょっとした事で精神を乱されずに、人の事を考えながら充実した日々を送りたいと思います。

    天光寺でお世話になった三日間、色々な方と触れ、色々な話をして頂き、私の悩みを丁寧に聞いて下さったことを心より感謝致します。

    私は、人一倍マイペースで、人一倍頭が悪く、人一倍焦りやすく、何をやっても失敗ばかり。毎日失敗続きで、どうしようもない自分を責め続けることしか出来ず、泣いてばかりの自分でした。途方に暮れた時に、インターネットで『相談・寺修行』の文字を拝見し、この今の自分を何とかしたいと思う一心で、ダメ元で前夜に電話しました。 こちらに来てから、信じる事、念ずる事、仏様や宗の事について深く知る事が出来ました。

    座禅を組んで、お経を唱え続けた2時間、雪の中、足を冷たくして走り続けたお百度参り、滝、自然を一体となり行を終える事が出来た事、ここで教えて頂いた全てが私の自信となりました。
    自分に出来る事がある、達成する事が出来る。負けそうな時には、ここでの日々を思い出して、自分を奮い立たせていきます。

    最後に、ここまで来れたのも、今自分自身を強く持っていられるのも、ここで出会えた、支えて下さった皆様のお陰と思います。本当に感謝致します。

    体験修行に行こうと思ったのは、転職の合間に何か自分を成長出来る事ができれば良いなと安易な気持ちでした。しかしながら本当は来るべきして来たのだと感じました。自分の事、自分が考えている事、自分自身を見失っていたのだと分かりました。

    体験修行を通して何が変わったか、また何が成長できたのかは言葉に表現できません。一つ言えるとすれば、少しだけ自身が大きくなったと感じています。厳しい修行の一つ一つを乗り越える度に大変大きな満足感と達成感を感じました。修行中、何度も諦めそうになりました。『ここで諦めたら今までの自分と何も変わらない』の一心でふんばりました。ここぞという時の良い意味での開き直りと『俺は死んでも鯛だ!』と言う根性が自分にも有るのだと言う事に気付き、本当に嬉しく思いました。

    これからもまた、生活していく上で様々な壁や問題にぶつかると思います。その時はこの体験修行を思い出し、集中すれば必ず乗り越える事が出来ると思っております。
    最後にこれからも自分に正直に厳しくまっすぐに、そして真っ当に生きて行きたいと思います。

    何かあるとすぐにマイナスに考え、弱音を吐いてしまう自分の悪い癖、弱い根性を叩き直す為に今回修行に参加する事を決心しました。 今までも何度も変えようと試みていましたが、結局何も変わらずここまで来てしまいました。

    たった3日修行を受けるだけで変わる事なんて出来るのだろうか、変われなくてもせめて少しでも変わる切欠になればそれで良い、そんな思いを抱いていましたが、3日間の修行を終えた今、自分の中で何かが大きく変化している事に驚きでいっぱいです。

    こんなにも自分自身と素直に向き合えた事は今まで一度もありませんでした。向き合おうとしても結局言い訳ばかりで、これが私なんだから仕方無いと逃げていました。そんな自分が大嫌いでした。
    行はどれも精神的にも肉体的にもきついものばかりでしたが、辛い、辛いと思えば思う程強くなりたいと言う思いも強くなりました。今は、絶対に強くなってやる!と思っています。何事にも前向きに積極的に生きて、もっともっと自分を愛せる、そして人を愛せる人間になりたいです。どんな事にも負けない強い心を持った優しい人間になりたいです。

    ここに一人で来て、弱音を吐かずに行を受けられた自分の力をもう少し信じてみようと思います。
    負けそうになったら、ここでの事を思い出して頑張ります。先生達から頂いたお言葉、絶対に忘れません。今の気持ち、絶対に忘れません。ありがとうございました。

    天光寺に来て三日目。まもなく修行も終わります。

    私がここへ来たのは、色んな気持ちを抱えていたからです。今の自分の状態を変えたくて、どこか切羽詰まっていた矢先でした。自己啓発など様々な本を読みあさっている時、こちらのお寺の事をホームページで知りました。見た瞬間、あ、これだと思ったんです。修行体験はまさに私が求めていることそのものでした。自分を変えたい、強くなりたい、ネガティブな自分を少しでも前向きにしたい、自信を持ちたかったからです。非常に不安ではありましたが、今の私はその不安よりも、現状を変えたい気持ちの方が強く、勇気を出し、天光寺へ行く事を決めました。

    修行の初日は、慣れない環境と日頃経験しないことが辛く、正直無事二泊三日を乗り切れるだろうかと不安しか感じる事が出来ませんでした。

    そして二日目、一番怖いと感じて滝行はとても辛かったです。最初は息が出来ず、このままやめてしまいたいと本気で考えたけれど、ここで逃げたら何も変わらない、と自分に言い聞かせてやりきりました。終わった後、生きている事をとても実感して、普段の生活がいかにありがたいか本気で考えさせられました。滝行の後から、よし、残り今日と明日、最後まで頑張ろうとやっと思えるようになりました。最終日、今日の瞑想の最中で涙がこみ上げて来るような感じになりました。

    今まではあまり感じる事のできなかった感情が自然と湧いてきたのです。以前は憎い気持ちや、やるせない思いを持つ事もあったけど、ここまで育ててくれた両親に感謝の気持ちや色々な気持ちが出て来ました。普段生活していると、仕事や日々の生活に追われ、なかなか自分と向き合う時間が持てなかったと思います。もう少しで三日間の修行体験も終わります。今は心からここへ来て良かったと思います。ここへ勇気を出して来た自分の事も少し、認めてあげようと思えました。

    法話を聞いて前向きに生きる大事さをとても知ったので、このお寺を出た後から今より前を見て、進んでいきたいです。人を憎んだり、起こったりするより、今ある事に感謝して、人に優しい、そんな自分でいつもありたいです。本当にお世話になりました。ありがとうございました。この経験は忘れません。

    現在大学三年生で、体育会の部活動に所属しております。自分が天光寺に体験修行に来た理由は、部活動で壁にぶつかり、その壁に負けかけている弱い自分を心の面で変わりたいと思ったからです。また、自分は精神面で弱く、些細なことを引きずったりとてもネガティブで、色々と嫌な事を溜め込んでいたので少しでもそれが張れればいいなと思っていました。

    いざ、体験修行に来て初日、挨拶の面で自分はまだまだだと実感しました。声があまり出なく辛かったですが、何回も練習していく内にだんだん出るようになって来ました。その後、お経を読み、お昼御飯を頂き、初めてのお百度参りと川行を行いました。
    お百度参りは裸足で行い、疲れたと同時に足の裏にマメがたくさん出来て、とても辛かったです。そして川行ですが、とても冷たくきつかったです。でも、だんだん気持ち良くなり、日頃の生活で溜まっていたストレスや嫌な事が全て洗い流されていく感じがしました。
    夕食の後、法話を聞きました。その中で、先生がおっしゃっていた、思考が自分を作ると言う言葉には深く考えさせられました。自分はマイナスのことばかり考えたり溜め込んでいたので、これからは前向きに物事を考え、えっ曲的に生きて行こうと思いました。

    二日目、朝六時に起き、朝食まで掃除をしました。家の中が終わると外の道を竹ぼうきで掃きます。長時間ほうきで掃くのは辛かったですが、周りには自然がいっぱいで気持ち良く、掃除が終わった後の道を見ると、こんなにきれいになったんだと感動しました。朝食の後、二時間光明真言を唱えました。酸欠になり、おしりも痛くとてもつらかったですが、終わった後の達成感は凄かったです。
    その後、三禮を百回やりました。物凄く辛かったです。でもこれをやりきった事は凄く自信になりました。その後、お百度参りと滝行を行いました。滝行は想像よりも遙かに過酷でした。痛い、冷たい、息ができない、本当にきつかったです。でも滝行が終わった後、凄くすっきりしましたし、滝からエネルギーを貰いました。

    三日目、朝起きると体中が筋肉痛におかされていました。特に腿、お尻は酷く、座るのが痛かったです。それでも、掃除と朝食のあと、また光明真言を二時間唱えました。凄い辛かったです。考えてみると普段なら絶対に出来ない事だなと思いましたが、それを二回やりきった事、それは本当に自信になったし、集中力がついたのかなと思いました。
    午後には写経とヒーリングを行いました。写経では久しぶりに筆を使ったので、あまり上手に書けませんでしたが、自然と凄く集中しました。またヒーリングでは途中からぼーっとしてきて、眩しい光のような物が見えました。何か見えない力を感じました。終わった後はとてもすっきりして、肩が軽くなった感じがしました。

    そして最終日、掃除をして、朝食を済ませ、お経を唱え、今この文章を書いています。
    振り返ると三泊四日はとても短い物でしたが、とても辛く、とても考えさせられ、また、とてもすっきりした充実した時間でした。色々な辛い事をやり遂げたからこそ、自分がこれから頑張っていく自信にも繋がりましたし、これからは前向きに積極的に毎日を少し、自分の壁を乗り越えたいと思います。
    『思考が人生を作る』これを忘れずにこれからも人間的に成長していきたいと思います。ありがとうございました。

    私が修行に参加したいと思った切欠は、28歳になり、このまま今の仕事を続けていて良いのか、自分の進みたい道はどこなのか前が見えなくなってしまい、このままだと流されてしまうと思ったからです。
    今の生活が不満と言う訳ではありません。仕事も更なるステップアップの場を与えて頂き、有難いと思っています。ですが、新しい仕事の量と内容を考えると、どうしてもマイナスな事を思ってしまいます。
    頑張るしかないのは分かっているのですが、頑張ってもお給料が上がるわけでもなく、自分が本当にやりたい事なのか分からなくただ流されているのでは?と考えてしまいます。

    「このままでは自分がダメになる」と思いました。こんな事をふつふつと思っている時、たまたま見ていたインターネットでプチ修行と言う書き込みを見ました。そこから色々調べこちらの天光寺体験修行のホームページを見付け、自分と見つめ合う為参加しようと思いました。

    二泊三日と短い期間でしたので、何か変わるきっかけが作れれば良いなと言う位の気持ちでした。
    ですが実際二泊三日を終え、得た物はとても大きなものでした。滝行では、堪え忍ぶことと気持ちをしっかり持つと言う事、禅は心の平常心を保つこと、写経は丁寧さと集中心。その他にも声出しやお経、お百度参り等、普段の生活からでは経験できない事が出来、普段の生活に活用できる事が沢山ありました。

    修行をしたからと言って、私の仕事がうまくいく訳ではありません。保障もありません。ですが、根本的な考え方が変わり、仕事を行う際の気持ちの持ち方が大切なんだと気付きました。

    出来ないかも…と考えるのではなく、前向きに立ち向かう心が大切です。千回を唱える時に感じたのですが、どんなに先が長く辛くても、必ず成し遂げることが出来ます。下手でも息が続かなくても、必ず終えることが出来ます。終えた時は最後まで頑張って良かったと、心から思う事が出来ました。気をしっかり持ち、目の前のことを少しずつでも良いから行えば、結果はちゃんと付いてくるのだと思います。

    修行は大変で楽ではありませんでしたが、私はとても楽しかったです。同じように何かを得たくて修行をしに来た方々とお話出来、皆同じように何かしら悩みがあるんだと知りました。

    お寺の作法も修行の行い方も全く分からない素人の私に優しく一から教えて頂きお寺の皆様にも感謝しております。 自分らしく生きる事は簡単ではないけれど、自分に負けず生きる事は出来るのではないかと自信が付きました。

    流されるのも良いと思います。そこにちゃんと「自分」があれば流れ着く先は自分で決める事が出来るのだと思います。二泊三日の修行体験ありがとうございました。

    私が今回天光寺の体験修行に参加した目的は「動じない強い精神力を身につける事」でした。昔から心配性で非常に細かいことで悩んだり、自分を追い込むことが良くあり、特にここ数ヶ月間は自分自身の知性、能力に自信が持てず、将来について本当にくよくよと悩んでいました。また、他人と衝突した場合などにおいても、その人からどう思われているか、今後どう接していったら良いかなど、長期にわたって悩み引きずり、精神的に疲れることが多々有ります。そんな気にしすぎ、心配性な性格を少しでも改善し、強く明るく前向きな心に少しでも近付けたらとの思いで体験修行に参加させて頂きました。

    体験修行を通じて、自分なりに学び、感じた事を綴ります。

    修行初日、まずはあいさつの仕方から始まりました。はじめに先生のお手本を見せて頂いた際、普段と変わらないあいさつ言葉ですが、いかにこれまで自分が挨拶に気持ちと力を入れていなかったかに気付かされました。「おはようございます」「ありがとうございました」これまでは、ただ何となくそれらの言葉を発するだけでしたが、今後は、腹の底から言葉を発声し、気持ちと力を込めて挨拶出来る様、少しずつ改善をしていきたいと思います。

    三禮を百連続で続けた時の事、五十回を過ぎた頃から、膝も腕も赤く腫れ上がり、精神的にも相当キツくなった時「足の痛みも限界だし、ここで諦めてしまおうか」と何度も思ってしまいました。しかし、せっかくの修行の機会ですし、形が崩れても、途中腰を上げられなくなっても最後まで続けようと思い、結果最後まで続ける事が出来ました。通常の生活でもこの様な苦しい場面はたくさんあります。常に人生における修行なのだと心に留め、最後までやり抜く癖を付けたいと思います。

    修行中は、他の方との共同生活ですし、一日の流れ、食事、就寝時間も決められたものだった為、いかに普段の生活が自由でありがたいものなのか改めて考えさせられました。今後は一日一日の有り難みを感じ、時間を有効的に使っていきたいと思います。

    リーマン・ショック以後の就職氷河期と言われる中、就職活動を経て、私は社会人一年目を迎えました。これだけ辛い思いをして会社に入ったのだから、きっと充実し希望に満ちた日が過ごせるのだろうと思っておりました。しかしながら今感じるのは、日々の業務に追われる忙しさと、仕事しかしていない毎日に対する虚無感でした。つらいことしか無いという訳ではありませんが、自分の心持ちや言動に「余裕の無さ」が現れる様になっていることに気付きました。そこで夏期休暇のこの機会に心をフラットにし、余裕ある心持ちを取り戻そうと思い立ち、天光寺の体験修行を申し込みました。

    私が行を通じて学んだことは「無心で物事に取り組むこと」「心の拠り所を持つこと」の大切さです。
    読経、写経、写仏などの行においてはただ無心で一点集中し、取り組む訓練をさせて頂きました。それらの行は単純なものであるが故に手を抜こうと思えばいくらでも楽をすることができるものでありました。しかしそれを手を抜かず真剣にやり遂げることが精神力を鍛えるのだと感じました。これは人生そのものと同じで、いくらでも手を抜けるが真剣にやるからこそ意義があるのだと思います。仕事に置いてもあれこれ考えて妥協しないよう、まず目前の物事に無心で全力であたる精神力を持とうと思います。

    来週から仕事に戻りますが、今の自分の環境を悲観するのではなく、まず目前のことに妥協せず、全力であたり、何事にも真剣であることを心懸けようと思います。この二泊三日で学ばせて頂いた事を大切にして参ります。ありがとうございました。

    ここ天光寺において、2泊3日の研修の中、とても貴重な体験をさせていただくことができました。この3日間の中で、仏教については、まだ正直ピンと来るものがありません、けれど、あいさつの仕方、声の出し方など、一般でも有用していけることも教わり、再確認することが出来ました。更に三禮、滝行、お百度参りなど、なかなか体験出来ないことをさせていただくことが出来ました。

    特に滝行は、自分が想像していた以上に過酷で、そして素晴らしいものでした。入る前は、冷たさへの恐怖がありましたが入ってみると冷たさ以上に、痛みの方が大きいことに気付きます。首、頭、背中、両肩、耳の裏等に、まるで砂袋で叩き付けられるように水が襲い掛かってくるのです。これはかなりこたえました。正直滝から逃げ出そうとも考えました。けれどここで逃げ出すのもくやしいので、耐えることを選びました。そしてあぐらをかくころ、不思議なことに、叩き付けてくる滝の痛みが、体にまとわりついて、一体化するような感覚になりました。むしろ心地良いものに変わっていました。正直ずっとあたっていられると思ったくらいです。住職の弟子の方に出るように言われたので出てみれば、体の芯から熱を発し、頭の中がスッキリしている自分がいました。底知れぬ解放感が自分にありました。自分はあまり精神論のようなものは信じていませんが、この滝行には、何かあると思いました。

    自分は、今の会社に入社して3ヶ月、まだまだ新参者で、先輩や上司には怒られながら、呆れられながらの毎日です。新人ですので仕方がないこととはいえ、やはり逃げ出したくなる時や、辞めたいなと思う時があります。これからもそういったことがくることだろうと思いますが、これからは、そのような辛いこと悲しいこと腹立たしいことがあった時、ここでやって来た修行、そして住職から頂いた誓いの言葉を胸に刻み、思い出しながら、これからの仕事、私生活,対人関係に一層励んでいきます。この3日間ありがとうございました。

    私の中で特に印象に残っているものをランキングで書かせていただきます。

    第三位は食事です。一言で表すと「すごく美味しかった」です。食材が高級なものというわけではありません。とても自然なものばかりでシンプルなのですが、とても美味しく感謝の気持ちも芽生えました。

    第二位は、滝行です。私が思っていた以上に水が冷たく感じました。実際に滝に打たれてみると勢いがすごく、最初は痛いと感じました。ですが、座ってみて力を抜いてみると先程までの痛みを感じなくなり何かこう一体化したような気になりました。その感覚が今でも残っていて、力を抜くコツが分かった気がします。

    第一位は三禮です。今、こうして書いている間も筋肉痛の状態です。これも一言で表すと「限界を超える」です。体中の筋肉を使いましたが、本当に己との闘いでした。ですが、やはり一緒に三禮した仲間がいたからこそ達成できたと思います。

    他にも、この修行を通じて学んだことが多々ありますが、何より「思考、考え方」が大切というのも最後に教えて頂きました。 この修行に参加させて頂いた、○○株式会社と天光寺の皆様に感謝です。