臼杵山 真言宗 天光寺

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体験修行の感想文・体験談

  • 私は今回夏休みを利用して天光寺の滝行に参加しました。

    私が滝行に来た理由は、受験に打ち勝つためです。

    よく、夏を制すものは受験を制すと言いますが、そうなるように、まず夏期講習が始まる前に滝行に来ました。

    私にはどうしても入りたい高校があり、そのためには死に物狂いになって勉強しなければいけないので、気合を入れるために滝行をしました。

    まず、般若心経を唱えることですごく集中力が高まったと思います。

    もしこれから、集中力がなくなった時には、一度心を落ち着かせて般若心経を唱えてみたいと思います。

    お百度参りは、私は運動が苦手なので結構きつかったです。でも、繰り返し最後までやり遂げるということに意味があるんだなということがわかりました。

    滝行は、最初に、一緒に滝に行った大人の人が入ったのですが、それを見る限り、楽にできそうな気がしましたが、全然そうではなくて、水の冷たさに息ができなくて腰が抜けそうになりました。

    何度も出たくなりましたが、それではここに来た意味がないと思い耐えました。

    水圧も強く、何度も倒れそうになりましたが、その肩にあたる水圧こそが、気合を注入してもらってるように思いました。

    どれもすごくいい経験でした。

    気持ちがスッキリして、いろいろ頑張れる気がします。これから嫌なこともいっぱいあるかもしれないけど、この修行を思い出して打ち勝っていきたいと思います。

    受験合格したら、また来ます。

    今回、会社の年間行事に「修行」とだけ書かれており、初めてのことですし、緊張と不安でドキドキしていましたが、皆様のおかげで修行に集中することができました。ありがとうございました。

     

    “お寺”自体は、幼稚園がお寺だったこともあって、少し懐かしい気持ちもありました。

    お百度参りは、写真で見るより過酷な環境で、正直なところ始まる前まで「辛そうだ・・・」と言う意識でいっぱいだったのですが、いざ始めてみると不思議と辛くなかったです。

    とは言え、辛かったのですが、この修行の目的、意味を考えると耐えることができました。

    後半、足の裏が痛みましたが、頑張って走り、大きな声で唱え、伝わるように、伝わるようにと思いを込めました。

    外に出た時曇っていたのに、始めの挨拶をした直後に晴れたことが「みて下さっている!」といる気がして感動しました。

     

    滝行は、水の冷たさに息が出来ず、御宝号も口に出てこず、一瞬どうしようと思いました。

    しかし、滝にあたり続けると逆に落ち着いた気持ちになり、気付いたら五分経過していました。

    滝の流れはこんなにも激しいのに、滝つぼの水は優しく、途中暖かさを感じた気がします。

    終わってから、気持ちの変化が顔にも出ていたようで、周りからも言われました。

    確かに滝行前と後では、世界が百八十度変わったような(言いすぎでしょうか?)何とも言えない清々しさと、これからの日々を力強く生きていけそうなパワーをもらいました。

    時間があれば、二日目もまた入りたかったです。今度はどんな気持ちになるのか・・・。

     

    写経。これはとても良い経験でした。一文字一文字に集中し、ゆっくりと時が流れていく感覚です。書いている間、不思議と何も考えずに、まさに無でした。

    最後に仰っていた「魂がこもっている」と言うのは、こういうことかと納得でした。

     

    ご住職様のお話では、明日より生きる力をもらいました。と、同時に、色々な意味で「良い人」になろうと思いました。

    忙しい、忙しいと毎日駆け回って周りが見えていなかったなと思います。

    人を思いやり、穏やかな心で過ごしていきたいと思いました。

    そしてご住職様のように、優しくも厳しくもある(更に、お料理が上手い)そんな人間になります。

    神様も見ていてくれるのでしょうか?

     

    二日目、スッキリと目が覚めました。

    瞑想をしていると、何も意識していないのにサーカスのようなにぎやかな人々がたくさんいるような絵が頭に浮かび、それが段々と真っ白な絵に変わっていき、最後にはガラスのような澄んだ無色の絵になり、とても落ち着いた気分になりました。とても不思議でした。

    そして特別に読経もさせて下さりありがとうございました。

     

    二日間、お世話になりました。きっと一泊二日では入門中の入門なのでしょうけれど、とても貴重な二日間でした。

    また来ます。ありがとうございました。

    この二日間、これまでに経験したことのない修行生活を送り、昨日の自分よりも少し成長したように感じる。

    特に印象に残ったことが二つある。

     

    一つ目は、お百度参りだ。声の大きさと歩く速さが神様への敬意、気持ちの強さを表すとのことであったため、自分なりに全力で行った。

    何度かお参りするうちに、頭の中にあった雑念が消えていくように感じた。

    その中で、今自分が何を願い、何を必要としているかがはっきりとしてきたため、きっと願いは叶うのではと思われる。

    また、私が趣味で行うマラソンにおいて、長時間一つの物事に集中して取り組むという部分で共通点があると思った。

    今後、一回のマラソンごとに目標を決め、それに向け集中して取り組むことで今まで以上の結果を出していきたい。

     

    二つ目は、滝行だ。身を清め、無心で滝に打たれることで、日常で抱えていた雑念が消え去ったように感じた。

    滝に入った瞬間は冷たいと感じていた水も、時間の経過と共に清々しく思えた。

    何事も慣れが重要になってくるのだろう。

    日々の生活の中で少々辛いと思うことがあっても、今後は踏ん張ることで乗り越えていきたいと思う。

     

    以上のことから、日々精進して生きることが大切だと気付かされた二日間だった。

    しかしながら、私のような凡人は時々怠けてしまうこともあるため、俗世があっていると言える。

     

    太陽の光や山の緑、川を流れる水など、天から与えられたものに感謝しながら、私は自分の生き方を探し続けたい。

    正座は修行を行う上で欠かせない座り方であるが、なぜあの座り方なのか。

    空海様は、幼少のころから神童と呼ばれていたと教えていただいたが、どの分野(漢文、数学、理科)において優秀だったのか。

    修行を続けるとどうなるのか?など、疑問に思うことが多々あり、今後本を読むなどして勉強しようと思った。

    東京にもこんなにも自然豊かで、川や緑がキレイな場所があることを知れた点、お百度参りを体験できた点、滝行を体験できた点、写経を体験できた点、里芋の根っこを使用したおかずとスープが美味しかった点、友達の良いところ、尊敬できるところを再確認できた点、以上六つの点が今回、この二日間の体験に参加して良かった点である。

    今回二日間の体験を通して、何事も体験、経験してどのようなものなのか知ることが大切だと改めて実感した。

    これからも多くのことに挑戦して、自分が好きなことやモノをたくさん見つけたいと思った。

    私は大学入学と共に上京し、勉強、サークル活動、バイトなどで、なんとなく多忙な毎日を送っていました。さらに3年生になると就活が始まり、目まぐるしい日々になり、「あれ、私このままでいいのかな?」と漠然とした焦りや、不安に襲われるようになりました。

    そんな中、ふと雑誌で目にした”滝行“…。その二文字にビビっときて、友人を誘って天光寺さんで半日滝修行をさせていただくことにしました。

     

    ただ最初は何となく、滝に打たれたら、身も心も洗われてなにか変われるんじゃないかという気持ちでしたが、私たちの想像を超える体験をさせてもらいました。

     

    まず白装束の行衣に着替え、基本の指導を受けて、その後にお百度参りをしました。

    熱いコンクリートの上をとにかく走り、途中何度も辛い!熱い!足が痛い!と思いましたが、不思議とやめたいとは思いませんでした。

     

    その後、滝までのかなか険しい山道を歩き、滝行に向かいます。いよいよか…と段々不安が募ってきましたが、滝を見た時のド迫力は凄かったです。

    滝に入る前に、桶で水をかぶりましたがそれだけで、息が止まりそうなぐらい冷たくて・・・

    ついに滝の真下に入った時には、もう、冷たいより痛い!

    とにかくすべての煩悩を流してください!と心の中で強く思いながら、「南無大師遍照金剛」と唱えるのに必死でした。

    不思議と体が冷たさに慣れてきているのか、それとも新たな境地に立つことが出来たのか?体の力がふっと抜けたような、心がまっさらになったような感覚にとらわれました。

    本当に身も心もスッキリ!というのはこういうことを言うんだと改めて思いました。

     

    友人と一緒ということもあり、最初は少し安易な気持ちで臨みましたが、この修行を終えた後の達成感は言い表しようがないです。

     

    すごく自信がつきましたし前向きな気持ちになれました。私のような悩める学生さんにも本当にお勧めしたいです。

     

    また社会人になり、困難に遭遇した時は是非お世話になりたいと思います。

    ありがとうございました。

    私は30代後半の女性です。滝行に参加しようと思ったきっかけは、職場の人間関係に悩んだからです。人と接するのが怖くなり、人の顔もまともに見ることが出来なくなったことで、このままではマズい、もっと強くならなければと思い、己と向き合い強靭な精神を養うために天光寺さんでの滝行に参加させてもらいました。

    今は若い子たちの中でも人気なようですが、私にとっては藁にも縋る思いで臨みました。

    滝を目の当たりにしたときは、思っていたよりも迫力がすごく、周りの空気も一気にひんやりとし、とても神秘的で後光がさしているように見えました。

    その時点で私には何の迷いもなく、自ら滝に進んで入ることが出来ました。

    きっとこの滝が私を変えてくれる!と思い、冷たい、痛いなどと感じることは不思議となかったです。無心になり、滝に打たれながら「南無太師遍照金剛」と唱えていたら、この滝が今までの私の悩みをすべて流してくれたのではないかと思うぐらい、気持ちが軽くなりました。

    終わった後のすっきりさ、まっさらな晴れ晴れとした気持ちは本当に生まれて初めてでした。

    悪霊を取っていただいたわけでもないのに、滝行だけで人ってこんなに変われるんだなと思いました。私のように人間関係で悩んでる人とか、なにかうまくいかないとか、気持ちを切り替えたい人は是非体験してほしいと思います。これ体験した人しかわからない素晴らしさがあると思うし、絶対にやってよかったと思うと思います。

    私をもう一度やり直すきっかけをくれてありがとうございました。

    私が今回体験修行に参加した理由は、友人からの誘いでした。

    この頃、疲れが溜まってきて些細なミスが増えてきていたのでリフレッシュにちょうどいいと思い申し込みました。

    お百度参りという走りながらお経を唱えるということを108回行う修行では、私はもともと運動が出来る方ではなく普段もどちらかというとインドア派なのでとても疲れました。

    終わった後はすごい汗をかいていました。なんだか汗で身体の悪い成分が抜けていくような感じがしました。

    その後の滝行は、想像を超える辛さでした。漫画などで描写されているそのままでした。

    入ると、火照っていた身体が一気に冷やされビックリしました。

    体感時間では30秒ほど入っていたつもりでしたが、5秒も入っていなかったそうです。

    死ぬかと思いましたが、爽快感を味わうことが出来ました。

    写経は、文字を書くというより絵を描くという感覚でやっていました。絵は昔から好きだったのでとても楽しかったです。あっという間に終わりました。自分でも驚くほど集中していました。周りが静かなのもあるけど、些細な音も一切聞こえないほど集中していました。

    1日体験修行は、とても充実していました。とても濃い一日であっという間でした。

    家に帰るとぐっすり眠れました。

    仕事もミスが減りうまくいくようになってきました。やはり、人間こうしてリフレッシュすべきだなと思いました。

    住職さん、スタッフの皆さん

     

    ありがとうございました。

     

    仕事で上手くいかないことが続き、上司に勧められ一日修行に参加しました。修行体験をさせてもらった今思うことは、あらゆる問題を人のせいにしている自分や嫌なことから勝手に逃げている自分がいたということです。

    住職の法話のなかで「人間力」のお話を聞き、自分に今一番足りないものだと感じました。いつからかマイナス思考になり、何事も後ろ向きに考えていました。そして仕事で思うような成績や結果が出せなかった時には周りのせいにして自分を正当化し守っていたように感じます。すべては自分が傷つきたくなかったからだと気づきました。

    お寺での修行はどれも自分自身を見つめる時間になりました。自分の頑張りだけで結果が見えるお百度参りも滝行も、今の自分にはとても厳しいものでした。逃げようという気持ちを抱いてしまう自分にショックを受けました。それでもお寺の方や周りの方の姿を見て、自分だけ逃げるのは嫌だと思い最後までなんとかやり遂げることができました。

    今の自分には積極性や自分を信じる力が足りないと教えられたように感じます。

    一日という短い時間ではありましたが、自分が知らない自分に出会えたように感じとても感謝しております。とても美味しい精進料理もありがとうございました。

    今後、部下に私と同じような子が現れた時には、この修行体験を必ず勧めたいと思います。

    また自分も参加できればと思います。ありがとうございました。

     

    今回、一泊二日の体験修行に参加させていただきました。住職、お寺のスタッフの皆様、ありがとうございました。

    テレビで芸能人の方が滝行を体験されているところを拝見して、興味を持ち天光寺についてインターネットで検索しました。その際に滝行だけではなく体験修行が出来ると知り、せっかくの機会なので参加してみようと思い申し込みました。

    泊まり込みの体験修行に女一人で参加するのはとても緊張しましたが、他にも女性の方がいらしてお寺に着いてからは無駄な心配をすることなく修行に専念することができました。

    最初、様々な仏法関連のお話を聞きました。興味はあるものの知識がなかった私には難しい言葉が多く、一つ一つの単語をすべて理解することはできませんでした。もっと知識を増やしていきたいです。

    その後の精進料理は、肉や魚の無い料理を食べることが日常でないので、味気なくないのかと不安でしたが、野菜のうまみを堪能でき、とても美味しく全て戴きました。

    お百度参りは普段事務作業しかしていない私にとって、最もキツイ修行でした。他の方に付いていかなきゃと考えれば考えるほど足が重たく感じました。しかし他の方の必死な姿を見て、辛いのは自分だけじゃないと感じそこからは集中してひたすらに修行に打ち込むことが出来ました。

    その後の滝行は、お百度参りをやりきれた気持ちから強気で挑むことが出来ました。滝に打たれた瞬間はグッと体にかかる水の勢いの強さから体の力が抜けそうになりましたが、必死で立ち続けました。本当に気持ちがよく、リフレッシュできました。

    写経は、普段パソコンばかり使っていてペンを持たないことも相まって、思った以上に筆で書くことが難しかったです。それでも、一日の疲労もある中、想像以上に集中することができました。

    二日間はとても短く感じました。いつもの生活の中では体験することができないたくさん貴重なことばかりでした。今回修行を体験できたことをとても感謝しています。

    次は、友人を誘ってぜひ参加したいです。

    本当にありがとうございました。

     

    私は幼い頃から人間関係に悩み続けていました。苦手な人や関わりたくないと思うとすぐに逃げてきていました。しかし来年から社会人になるので、少しでも自分自身を変えたいと思い、天光寺での修行を決意しました。

     

    天光寺での修行は挨拶や作法を学ぶところから始まりました。仏法に対して何の知識もないので不安もありましたが、丁寧に御指導くださり、私も全力で挑もうと思えました。

    お百度参りはゴールが見えず無限に続くような感覚にもなり、始まってすぐにくじけそうにもなりました。しかし、ここで逃げたら今までの自分と何も変わらないぞと自分に言い聞かせ続けました。途中からは辛さを感じなくなり、とても集中して無心になれました。

    その後の滝行は、もう春を迎えた4月とはいえ水温はとても冷たかったです。見た目の想像以上に水の勢いが強く、必死に立って呼吸をしないといけませんでした。自分の体感的にはとても長い時間に感じましたが、実際は短かったのだと思います。それでも必死に滝に打たれた後は身体と、心が、軽くなったというか要らないものが水と流されたような感覚になりました。

     

    貴重な経験をさせて頂き、とても感謝しております。ありがとうございました。

    私は滝行に興味があり、雑誌で見かけたことのある天光寺さんで体験修行することに決めました。初めての修行体験にドキドキしながら参加したのですが、高尾住職やお坊さん方も親切で、他の参加者の方たちともお話する機会があり、とても有意義な時間を過ごせました。みなさんそれぞれ思うところがあって参加されているからか、真剣に修行体験に向き合っていました。

    お百度参りは走って行うもので、5往復したあたりから、すでにしんどかったです。あと何往復あるのだろうという思いが、ちらちら頭をよぎりました。しかしできるかぎり目前のことに集中して、先を考えないように、とにかく遅れないように頑張りました。かなり疲れましたが、走り終えたときは爽快な気分で、自然と笑顔になれました。

    楽しみにしていた滝行は、滝を見た瞬間、水圧が強烈そうでタジタジしてしまいました。この滝の中に入るのかと思いながら、住職の説明を聞いていました。滝に入ると、水の衝撃が強くて、流されるのでは?と思うほどでした。水の冷たさや水圧もすごかったですが、息がしづらかったです!これほどまでとは思っていませんでした。たぶん1分くらい入っていたと思いますが、1分入り続けるだけでも、生半可な気持ちではできないと思います。

    滝から出た後はさっぱりし、ものすごく達成感を感じました。わたしは普段は事務仕事をしているので、仕事での達成感というものが感じられません。それに趣味もないので、何かに挑戦するということもありません。たまには自分を追い込む、こういった非日常の場もいいものだなと思いました。一度体験するとクセになる人も多いと思います。住職とお坊さん方には、とてもお世話になりました。体験修行をさせていただき、ありがとうございました。

     

    10年前にうつ病を発症しました。
    原因は離婚後に発覚した、元旦那の子供への虐待。
    酒吞みで、私や物を壊すことは度々ありましたが、
    子供には暴力は振わないと思っていたので、この事実を知った時は
    心が一気に叩き潰されました。
    その当時は、仕事をしない元旦那に代わり3つ仕事を掛け持ちしていて
    どうしても、子供を元旦那に預けるしかなかったのです。
    今思えば、子供たちの為にと、良くなるはずも無い元旦那に「いつかは。。。」と改心
    してくれること願いながら生活しましたが、どんどん生活が困窮していき
    元旦那との結婚生活に終止符を打ちました。
    資格を取り、その資格で就職が決まり子供たちと3人で新しい生活をスタートして
    間もない頃。。二番目の行動に異変があり気になっていきました。
    仕事で、偶然に「子供支援センター」に立ち寄る機会があり掲示板を眺めていると
    職員の方から声をかけてもらいました。世間話、離婚の事。子供の気になる事を
    話したら「一度つれておいで。」と言われたのが発覚するきっかけになっていきました。
    事実を知って心が裂けたのを感じながら、頑張って仕事を続けましたが、膀胱炎で一ヶ月
    寝てしまい、そのままうつ病が重くなりました。
    当時子供は6歳と7歳子供を守らなければ。育てなければ。と思えば思うほど悪くなり
    何故、気づかなかったのかと自分を責め、最後は死んでしまおうかという言葉がよぎる
    そんな生活を10年していました。
    ある日、友人から滝行が出来るお寺があるよ。と教えてもらったのが天光寺でした。
    気持ちが向くまで中々申し込めずにいましたが,意を決し申し込みました。
    当日は気持ちが追いつかず嫌々きました。ご住職が沢山お話してくれました。
    自分の心を強く持ちなさい。といわれました。初めは、それが出来たら苦労は無い!と
    腹の中で思いましたが、この思いは帰りには無くなる事になりました。
    話すのも嫌なのに発声法や挨拶を教わりました。
    滝行は全身が縮むどと冷たく痛かった。でも、自然に囲まれ清らかな水に入り
    清清しく感じました。
    そして、写経。何年ぶりにこんなに文字を書いただろうか。
    住職の手料理も戴きました。
    ふと、こんな美味しい手料理を私はいつ頃子供に食べさせていたのだろうか?
    こんな穏やかな気持ちになったのは何年ぶりだろうか?色々な感情がどんどん出てくる。
    広いお部屋で就寝。とっても静かでした。
    翌日は、瞑想。住職の「心を強く持ちなさい。」と言われたのが過ぎりました。
    その時に、私の心は弱いのか?私は病気に負けているのか?
    病気にしているのは自分なのか?と自問自答していました。
    傷ついているのは私ではなく子供たちだ。と気づきました。
    そんな、単純な事に気がつかなかったのです。
    先に、書いたとおりこれまでの私は何かというと「そんな事が出来ていたら。」と
    言い訳をしていた事にも気づかされました。
    本当に、来て良かった。
    まだまだ完治は先ですが、自分の心を強くもって行ける様に努力していきます。
    教えてくれた友人。
    ご住職、スタッフの皆さん。本当にありがとうございました。

    友人に誘われて一泊二日で体験修行の参加しました。

    私と友人は、外国で仕事をしていて長期休暇が取れたので参加しました。

    私は、一番大変だったのがお百度参りでした。

    足は上がらなくなるし、息は上がるし、数が分からなくなったりと
    肉体的に大変でした。大人になってからこんなに走る事はありませんでした。
    ですが、終わってみると達成感で清清しい気持ちになったのです。

    心地良い筋肉の疲れもありその後の滝行は今度は最高の体験になりました。

    入水時間は滝の水が冷たくてすぐに出てしまいましたが、一瞬のうちの
    疲労した筋肉を落ち着かせてくれました。
    その瞬間、心の疲労も取れる感覚がありました。

    滝に打たれるって思いましたが癖になりそうです。

    食事は住職が出汁から取って作る本格的で大変美味しかったです。
    貴重な体験をさせて頂きました。
    また、日本に帰ってきましたら是非参加したいです。

    ありがとうございました。

    一泊二日で友人と二人で修行体験しました。
    私たちは日本人ですが、仕事先は他国になります。
    長期休暇を使い参加しました。

    やはり、他国での仕事や人間関係はとても難しく心が疲れて来てしまっていた所に
    こちらのホームページで滝行があることを知りました。
    お経を唱えるのは初めてで、恥ずかしくて中々大きい声が出せず、、、
    二日目にはちゃんと声を出せました。
    お百度参りでは日々の運動不足もありへとへとになりました。
    滝行は、水の冷たさに身も心も引き締められ、すっきりした気持ちになりました。

    ご住職のお話も大変面白く為になりました。

    お食事もとてもシンプルですが美味しかったです。
    ご住職が一人でお作りになっているそうです。
    お料理の勉強をなさったそうです。

    また、是非参加したいと思います。
    ご住職さまとスタッフの皆様大変お世話になりました。
    ありがとうございました。

    私は、五泊六日体験修行で天光寺に滞在させて頂きました。
    気持ちの弱い自分が嫌になり、無気力の状態を脱するため意を決して申し込みを
    したはずでしたが、天光寺に向かうまでの道中も「行きたくない」「失敗したらどうしよう」
    そんなことで頭がいっぱいでした。
    いざ修行が始まっても、一日目と二日目は初めてのお経がさっぱり覚えられず大苦戦。
    正座では足は痛いし、滝行も寒さと痛さにすぐギブアップ・・・
    情けなくて落ち込み、六日間もつのだろうかと不安でいっぱいでした。
    気持ちが徐々に変り始めたのは三日目からでした。
    全く覚えられる気のしなかった御鷹号や光明真言がなんとなくですが自分の中に
    なじんできて、唱えることに前向きになってきました。
    また修行それぞれの中に気持ちがすっきりする。これ好きだなあ。といった所を
    見つけられるようになってきました。私が特に好きになれたのが写経と滝行です。
    写経は墨をする所から気持ちが落ち着き、書き写している最中の集中し無になる
    感覚がとても心地よかったです。滝行では、お百度参りで声を張り上げ全力で走る
    滝に打たれて身を清める。そんな日常ではあまりしない体験ができとても達成感が
    ありました。
    また、お寺の掃除や食事等の後片付けを手伝わせてもらったのも気持ちが変化した要因
    の一つではないかと振り返ってみて感じます。
    毎朝一時間半ほどかけてお寺のお掃除をしたり、ご飯の準備、洗い物等をさせて
    もらったことで、何事も誰かの時間と労力があって始めて成り立っているのだなと
    分かっているはずだけど、ふと忘れてしまいがちなことを身に染みて思い出しました。
    そのおかげで以前よりも様々なことに感謝の気持ちが湧いたように感じます。
    五泊六日という滞在時間は自分の中でも勇気のいるものでしたが、この長さにした
    おかげでたくさんの日帰り修行の方ともお会いする事ができました。
    初めての体験で目を輝かせている人。何度も通われているベテランさん
    除霊の延長として身を清める目的で来ている人・・・たくさん良い刺激を頂ました。
    自分の気持ちを強くするという意味ではまだまだ修行は足りていないと思います。
    ただ、日常では絶対にできないかけがえない経験をさせてもらい今はとても気持ちが
    すっきりしています。
    お忙しい中、衣食住の世話をして頂いた先生、スタッフの皆様
    本当にありがとうございました。いつも優しく接して頂きありがとうございました。

     

     

    以前フェイスブックの知人の投稿を見かけて、初めて天光寺の滝行について知りました。そのときは、こんな体験ができるお寺もあるんだなぐらいに思い、気にとめていませんでした。むしろ知人のことを物好きだと思っていました。

    しかし最近仕事がうまくいっていないこともあり、自分の将来について悩むことが多くなりました。自分を変えたいという思いがあり、自己啓発本を読んだりもしましたが、何かしっくりとしません。本に書いてある内容は、読んでいるときはなるほどと思えるのですが、読み終えるとすぐに忘れたり実践できなかったりします。そこで、何か少しでもこれから先の考え方や、生き方のヒントになればという思いで、天光寺の修行に参加させていただくことにしました。

    私はとくに滝行を楽しみにしていたのですが、あまりの水の冷たさと勢いの激しさに、最初はすぐに出てきてしまいました。しかし滝行目当てで来たのに、これではもったいなくて帰れないと思い直し、再度挑戦しました。同じ体験修行の参加者の方たちが、声を上げて応援してくれていたことで勇気をもらえました。そのおかげで2回目は数分程度だと思いますが、念願の滝行を行うことができました。

    滝行では悩み事や、体の中の悪いものを、滝が一緒に流してくれたかのように感じました。滝から出た後は、不思議と空気が暖かく感じられました。気持ちが良い疲労感と達成感に包まれ、修行の疲れもあって、朝までぐっすりと眠れました。

    1泊2日ですごく変われたかはわかりませんが、少なくとも自己啓発本よりかはずっとためになりました。自分で行動して体験として得るものは、やはり重みが違います。高尾住職の法話もとても興味深く、これまでの自分を見つめ直す良い機会になりました。

    翌日の朝食のおかゆはとても美味しく、普段あまり自炊しない私にとっては、体に良いものが食べられてうれしかったです。1泊2日という短い体験修行でしたが、今度はもう少し時間を取って参加したいです。住職を始め、天光寺の方々には本当に感謝しています。貴重な体験をありがとうございました。

     

     

    私は以前から仏教の体験修行に興味があり、一度参加してみたいと思っていました。ネットで調べたところ、天光寺なら本格的な体験修行ができると知り、思いきって参加してみることに。

     

    最初は会社の有給を利用して3、4泊の修行にしようと考えていました。でも自分の体力に自信がなく根性もないので、軽い気持ちで行くと途中でリタイアすることになるかも…と不安になり、日帰りコースに申しこみました。

     

    体験修行はどれも、思った以上に密度が濃かったです。とくに走りながら往復する、お百度参りが一番辛かったです。途中から脇腹が痛くなり、正直リタイアしたくなりました。でも私よりかなり年配の方も一生懸命走っていて、私もがんばらないとという気持ちにさせられました。終わったときにはフラフラでしたが、なんとかみんなと一緒に走り終えることができた爽快感は忘れられません。滝行は夏だし気持ちがいいだろうと甘くみていたのですが、想像以上に水が冷たく、また水圧が強烈でした。

     

    普段小さなことでクヨクヨ悩んだり、過去にあった嫌なことを思い出しては腹を立てたりしている私ですが、修行中は苦しくてそんな雑念はちらりとも浮かびませんでした。仏教の「今ここに在る」という感覚を体感できたような気がします。

     

    心というものは常にあちこちに揺れ動くものです。好きにさせておくとすぐに腹を立てたり、悲しんだり、落ち込んだりとキリがありません。今回参加させていただいたことで、そんな心の持ちようを学ぶのが修行なのだと実感しました。常に目前のことに一心不乱に集中することで、心から怒りや悲しみ、迷いを消せるということを体感できました。

     

    1日の終わりにはホッとしたのと同時に、少し寂しさを覚えました。わりと軽い気持ちで参加しましたが、想像していた以上に学びがあったと感じています。今回の体験を、普段の心の持ちように少しでも活かしていきたいです。本当にありがとうございました。

     

    二泊三日でお世話になりました。

    過去のトラウマとうつ病で数年間悩んできましたが、今回は逃げずに人生に立ち向かって自分のためになんとかしたいと思った上で、

    天光寺の体験修行に参加することにしました。

    最初はとても不安で「本当に来てよかったかな」と思いながら天光寺に参りましたが、お寺の方々と会った瞬間に不安感がすぐになくなりました。

    最初からお寺の作法をしっかり教えて頂き、とても勉強になりました。私は外国人でクリスチャンの環境で育てられましたが、仏教と似ているところがあると思いました。お経を覚えるのがとても大変でしたが興味深い経験でした。

    滝行と川行もできて体も心もスッキリしました。私にとっては、滝行よりもお百度参りの方が大変でした。運動が苦手で体が弱くて、これは絶対できないと思っていましたが、チャレンジできて本当に良かったです。最後の日は体調が悪かったですが、痛みを超えて最後まで走れて最高の気分でした。「頑張ればできる」、「痛みというのは超えられる壁だ」と分かって自分が強くなった気がします。

    瞑想もとても大変でした。「無」になることも出来ず、考え過ぎてしまい、心がとても疲てしまって、落ち込んでいました。あの時は先生に密教ヒーリングをしていただき救われました。言葉で表現できないぐらい感謝の気持ちで心が溢れました。誠にありがとうございました。

    お寺の方々の優しさとご配慮にとても感動して、本当に色々助けていただきました。皆様のおかげで心も落ち着いて体験修行を無事に終わらせることが出来ました。食事の時間も片付けと掃除の時間も楽しく過ごせてたくさんの貴重なお話も聞くことが出来、心から感謝しております。また、食事は大変美味しかったです!毎日楽しみにしていました。

    この三日間自分にチャレンジしたという気分が強くて、できないと思っていたことがたくさん出来て、何よりも自分と向き合うことが出来て本当に良かったです。

    新しい自分を見つける準備もでき、学んだこととお寺の方々と修行の仲間にもらったものを宝物にして前向きに進みたいと思います。

    貴重な経験をさせて頂き、誠にありがとうございました。Merci beaucoup !

     

     

     

    お百度参りは、近くの人の声が耳に入って来てしまい、気にしないようにと思う程、気になり、これが普段からの集中力のなさなんだと思いました。その中でも途中、走って唱えるに集中でき、言葉もハッキリ言える場面もありました。日々、沢山の雑念があり、そこに引っ張られていることに気づきませんでした。滝行は、思ったより、水が冷たく、待っている間、そして、桶の水を頭からかぶった時には、震えるほどでしたが、滝に入ると寒さはなく、慣れてきたのもあると思いますが、滝に包まれて、あたたかさを感じました。何とも言えないエネルギーに涙がこみ上げられてきました。

    お経と写経は、まず正座を続けることがつらく、そこをクリアしないと次の段階にはいけない気がしました。しかし、どちらも精神統一が出来るものだと感じました。

    2日間の体験修行で、劇的に自分の変化があった訳ではないですが、日々の中で、この2日間のことが活かせるような気がしました。ごはんはとても美味しかったです。

    瞑想の時の音楽が少しメロディアスというか、ヒーリングミュージックぽすぎて、私には気になりました。

    出来れば、先生のお説法を生で聞いてみたかったです。とは言え、楽しい経験になりました。有り難うございました。

    最初は興味本位で滝行をしたら、今までの自分が生まれ変われるかなという軽い気持ちでした。お百度参り、滝行、瞑想に参加し、日々の時間を忘れて、何かに集中することで雑念が消えた気がします。日頃、仕事などで、上手くいかず落ち込んでしまったり、何かのせいにしてしまったり、誰かにこう思われているかもしれないと疑ってしまったりすることがあります。自分では良くないと思っていても思考を変えられず苦しいです。ですが心の持ち方で変えられる。自分もまず知ることが大切だと思いました。貴重な体験、お時間有難うございました。

     

    今回1泊2日で天光寺で体験修行をさせて頂き、普段は体験できないようなことを体験できて良かったです。学生の頃から滝行に興味があり、滝行すれば何が変わるかなと思っていました。実際に行ってみて正直なにかがすぐに変わったと感じられませんでしたが、とでもきちょうな体験ができて良かったです。仕事で上手くいかないなどですぐに悩んでネガティブになってしまうので、『心の持ち方』

    の言葉はとてもいいなと思いました。住職さんの法話でも「積極的に行く。自分を信じる」という言葉が心に響きました。自信がなくてくよくよしてしまうことが多いのでもう少し自身がもてるようになればいいなと思いました。もっと色々な感謝に気付けるようにしたいと思いました。今回の体験を忘れずに過ごしていきたいと思います。ありがとうございました。

    お百度参りはとても苦しかったので体力をつけようと頑張ります。

     

    読経は始めはテープの音に合わせていくことに精一杯で、足も痛く、のども痛くなっていき、お経を読むということがこんなにもつらいことだと思っていなかったので驚きました。法事の時にご住職方は動作も含めてなさっていることを思い出してすごいなと思います。

    なかなか覚えることは難しいのですが、ずっと読経をしているうちに歌を歌っているかのようにも思って、少しずつですが、お腹からも声が出せるようになり、スタッフの方から声を掛けられるまで集中して楽しくさせていただき、二時間があっという間でした。お経を読むことの楽しさが何となくわかって良かったです。

    お百度参りはホームページの動画を見て皆様頑張って走っているイメージでした。説明を聞くと全力疾走で百往復するというものでこれもつらいものだと思ってしまいました。今回は十三人の人でやったこともあり、自分がくじけそうになると他の人が頑張っている姿に勇気をもらって私も頑張れて良かったです。全力で精一杯、しかし、転んだら他の人に迷惑がかかるので転べない。

    回数を数えることさえわからず、精一杯がんばって走り抜けました。

    滝行はお百度参りとても温まった体を冷やせる夏場だから大丈夫だろうなと軽い気持ちでしたが、滝へ向かうまでの道のりの冷たさに驚きました。連日雨で水量も多くとても冷たい。滝の水圧の圧力の凄さに驚きの連続でした。とても痛くて冷たかったですが、終わった時の達成感はとても大きく自身が持てた気がします。

    法話ビデオでも多くのことを教えて頂きました。逃げるな!壁にぶつかっても乗り越えられないものは用意されていない。苦しくても絶対に乗り越えられる。その先にすごいプレゼントが待っているんだということがとても心に染み込みました。自信が持てない、心配症である私にどってとてもはげみになりました。積極的に生きて行こうと思います。人脈、ご縁も大切にすれば色々ことにつながっていくことも改めてわかりました。

    今回の体験で百聞は一見にしかずということが、経験しなければよさがわからないことを改めて学びました。とても有意養な時間をありがとうございました。

    企業研修とは新入社員が受ける研修とばかり思っていた、入社十数年目の私に受講することに成ろうとは思いませんでした。

    社内での企業研修は体験もしたことはありましたが、社外でしかもお寺での研修とあって、どの様な研修になるのかと内心不安でした。

    上司からは、選ばれた人材であることと、部門からの推薦を受けた者として、頑張って来いと言う指示で参加しました。はっきり言って自ら進んでの参加ではありませんでしたが、後になって気が付いたことは素晴らしい人材構築の基本が学べ、体得できたと言う感想です。

    研修の内容は、素晴らしく多岐に及んでおり、頭と声と身体を使うものであったり、心の感受性を感じるものであったり、多岐に及んでいました。

    研修を顧みて流れからの自己紹介ですが、きちんとした自己紹介が出来なければ、何度も繰り返し行い、その際の声の出し方も小声でなくハッキリしたもので無ければ繰り返しでした。本当のあいさつをするという事は、とても重要であるものの大変でもありました。

    初めて聞く、挨拶での腹式呼吸法や発声法には厳格な所作があり、驚きに始まりでした。

    つづく、お経の練習(般若心経・光明真言・御宝号・三禮)でも、常に集中して行い、遊びが無いものでした。食事においては精進料理であり、配膳・片付け・整理整頓を全員で協力して行い、積極的な心を育てるものでした。

    回数的なお経のものとしては、般若心経の連続50回,三禮の連続300回、御宝号の連続500回、光明真言の連続1000回と、すさまじい研修になり思い出だけでなく夢にも出てきそうな、研修で無く、修行として位置付けられたものでした。

    そのような天光寺での企業研修でしたが、中身が濃く充実していましたので、嫌になることはありませんでした。そして、次から次に行われる修行の研修ですが、一番気に入ったものとしては、瞑想や写経でした。

    初めて知った般若心経ですが、以前から知っていた訳でもないのに、吸い込まれるようにお経通読も、お経書き込みもスムーズに行えました。感動的なものでした。

    最終日には、住職からの講和があり、意味深で迫力あるもので感動ものでした。

    企業研修を振り返り、天光寺様には感謝致します。

    有難う御座います。

     

    「体験修行を終えて」

     

    「滝行をしてみたいんだよね。」友人とそんな話をしており、今回こちらの天光寺の行に参加させて頂きました。

    私は修行というものに参加するのは初めてのことでしたので、少々緊張していたのですが、挨拶の作法から教えていただき、安心して参加することができました。

    行についてですが、お百度参り・滝行共に、自身で考えていたより数十倍の労を感じました。百聞は一見にしかずと言いますが、実際に経験してみないと語れないことは沢山あるのだと実感しました。

    特に滝行においては、私が最も苦手な蛙がおり、参加を辞退しようと思ったほどではあったのですが、スタッフに助けていただき、行を終えることができました。人はどこに居ても誰と居ても、支え支えられ生きているのだと思いました。

    さて、私が行に参加しようと思った本来の目的ですが、私は自分の人生を積極的に生きることができていないと、日々感じていたからです。人間関係においても、上辺をなでたような付き合いかたしかせず、明確な目標もなく生きてきました。しかし、住職先生の法話で、「人間力」のお話しをきき、もっと自分の人生を積極的に生きてみようと思うことができました。

    人生は我慢であり、苦痛もたくさん伴うものだけど人との繁がりを大切に、また、今回の経験を胸に留めて豊かな人生にして生きたいと思います。この度は、住職先生を始めスタッフの皆さんには。多大なる感謝を申し上げます。ありがとうございます。

     

     

    「体験修行を通して感じたこと」

     

    私が今回、体験修行に行こうと持った理由は、もともと滝行というものに興味があったからです。そして、せっかく滝行を体験させて頂けるのであれば、他の修行も行ってみたいと思い、一泊二日と言う日程にしました。

    挨拶の仕方から始まり、昼ご飯の準備・お百度参り・滝行・ヒーリング・夜ご飯の準備と、一日目は心身ともに心地良い、疲れで満たされました。

    お百度参り・滝行はとてもつらく、めげてしまいそうな瞬間もありましたが、修行の為と心を強く持ち最後までやり遂げることができました。これは行の挨拶をし、向かったからには途中で辞める訳にはいかないと言う、思いからでした。

    行をやり遂げたあとには、普段あまり感じることのできない達成感を味わうことができました。そして、心がとても明るく穏やかになったような、気がしました。行の他にも、住職先生とのお話やスタッフとの生活の中でもとても学ぶものは多く、また楽しい時間を過ごすことができました。

    体験修行が終了したあとも、今回の経験で学んだ人への感謝・思いやり・強い心を忘れず、日々に活かして生きたいと感じました。

    住職先生はじめ、スタッフの方々にはとても感謝しています。貴重な体験をさせていただき、本当に有難う御座いました。

     

    初めて滝行という修行を体験し、滝の水の冷たさや落ちてくる水の圧力に驚きました。

    普段は耳にしないカワセミの鳴き声や、雨露にぬれた森林の匂い霞がかった山の緑が、

    どれも新鮮に感じられて五感を通して触発されました。

    また、住職のお話に出てきました人が持つ潜在能力について、私の仕事柄無意識に働きかけることの大切さは、

    日々気をつけておりますが、こちらのお寺でも同じような話をされていましたので、

    「思考力の持つ力」とは自然の摂理なのだなと改めて思い知らされました。

    二日間の短い時間ではありましたが、こちらでした経験を実社会へ活かすことができるよう意識して行動したいと思います。

    お百度参りでのお願いが叶うことを信じて上を向いて歩いて行きます。

    ありがとうございました。

     

    今回私は、二泊三日でお世話になりました。

    初めての体験修行、それも女一人で滝行もある内容だったため、とても緊張していましたが、一緒に体験修行されていた方や、駐在されている皆さんのお陰でとても有意義に過ごさせて頂きました。

    私は千葉県在住で、結婚式場にて人材管理の仕事をしています。

    素敵な職場で、やりがいもありますが、やはり仕事である以上辛いことも多くあります。日々仕事ばかりで、「自分」と向き合って会話する時間が無く、いったい自分は何がしたくて、どんな将来を生きたいいか、そんな妄想をするばかりでした。

    そんな時に、宿泊修行が出来る天光寺さんの存在を知り、自分を見つめ直すきっかけと、自己成長のために、参加を決意しました。参加させて頂いた日程は、平日だったこともあり初日は私を含めて3人、二日目以降は私のみと、ゆっくりマイペースに過ごさせて頂きました。

    初対面の方とでも、お百度参りや滝行を通して打ち解け、達成感を分かち合い写経や瞑想では、ゆっくり自分自身と向き合い、精進料理で身体の中から栄養を頂きました。普段ばたばたと過ごしていると、気づけない風の音やヒグラシの声、人工的ではない山の冷たさや水の冷たさ、無理な調味料が加えられてない、身体を想った料理にすっかり心も身体も、デドックスされた気持ちです。

    駐在されていらっしゃる方々に、とても優しく、若いのに視野広く様子を見て下さる方や、ひょうきんな話で和ませて下さる方など、とても心温かく受け入れて下さいました。この三日間で、学ばせて頂いたことを忘れずに、日々の生活への感謝を持って過ごして参ります。

    日々に疲れ、温泉旅行を計画されている方がいましたら、身体だけでなく心も癒される、体験修行を強くお勧めいたします。本当にありがとうございました。

     

    修行体験を通じて、感じたことがあります。修行の流れから、私の感じた修行の様々なことを書きしるします。

    挨拶:食事の前に手を合わせて「いただきます」と言って、食事をしたのはいつだったか分かりません。天光寺の美味しくボリュームある食事をしながら、改めて感謝の気持ちを持って挨拶することの大切さを再確認しました。普段は、私は社会人生活の中で会社の先輩から、挨拶が暗いと言われます。今晩、天光寺で練習した挨拶の作法を思い出し、暗いと言われた挨拶を変えていこうと思います。

    行:滝行・お百度参り・写経・写仏・瞑想・・・全てを通じて、心を無にすることの大切さを学びました。そして同時に、その難しさを実感しました。

    滝行やお百度参りは、強制的に心を無にすることが出来ます。そのことより、行を終えた後の邪念が無くなり晴れやかな気分になりました。写経・写仏・瞑想などは、どうしても行中に色々な考えが頭の中を駆け巡ります。しかし、瞑想中に腹式呼吸を意識しながら一点を見つめ、頭の中を無にしようとした時間は、とても落ち着きました。

    今後の生活の中で、忙しくも時間を見つけて心や頭の中を無にする、時間を作って生きたいと思います。

    住職:法話を聞いて、住職が実業家であったことに驚きました。住職のお話を聞いていると、自由でいいなと言うように感じました。私が思ったのは、お寺なのに料理でキムチや春巻きが出て来たときにお寺の料理のイメージを裏切られました。しかし、住職の生い立ちを聞いているうちに韓国と親交が有ったことや、料理店を経営してたことを知り納得しました。

    お寺だからということに縛られず、積極的にある程度は自由にやっていくことが、気を病まない秘訣ではないかと思いました。もちろん、自由すぎるのはよくないかと思いますが、住職に習った積極的なマインドを持っていきたいです。

    短い間ですが、大変お世話になりました。ありがとうございました。

     

    人生初めての修行は、都内に住んでいる私にとってアクセツの便利さで選んだ天光寺だった。安易に予約したが、いざ訪問してみると線香の匂いと広間の真正面で静寂の中、存在感を放っている観音様に圧巻された。ここでようやく身の引き締まる思いと緊張感が出て来て、二泊三日乗り切れるか少し不安になった。

    だが、案内してくれるスタッフが気さくで、面白おかしく説明してくれたので、すぐに心配は打ち消された。受付用紙に名前や動機希望を記載後、さっそく修行がスタートした。まずは基本の挨拶から、叩き込んでもらった。とても大事なことで、日頃の多忙な生活ではついつい忘れがちである。

    私は今の職場に勤めて約一年が経つが、毎日の残業や上司の厳しい指導を受ける新人として、毎日を過ごしている。私はガムシャラにとりあえず仕事をこなすことだけが、精一杯だった。仕事の内容も特別やりがいの感じられるものではなく、ただただ会社に使われている機会人間のような気分でもあった。そんな私にも娯楽は必要であり、私の場合は飲酒であった。ここ一年、連休や平日や昼夜関係なく飲みに出ていた。

    仕事に遅刻したのは当たり前で、お金も無くなって行くし親しい人も離れていった。一年経った今、ふと去年の自分と比べると、いろいろ遣った年だった。小さなプラスになることを日々積み重ねて、大きな成長を成し遂げる人生を送りたいのに、このままでは真逆の道を歩むことになると気づき、今回の修行を決断したのだった。

    数ある修行体験のうち、最も印象に残ったのは「滝行」でした。一日目、負けないと覚悟を決め滝に入るも数秒でリタイアしてしまった。二日目は悔しかったので、腹式呼吸と「滝と一体化する」と言う、指導員のお言葉を胸に再チャレンジすると、宜しいと言われるまでずっと滝に入っていられた。このことが一番、自分で目に見えて分かった成長であり、嬉しかった。

    ケンカするぞと言う気持ちで滝に入ると、打ちのめされる様に人生もまた同じで、帰宅したら周りの人々をもう少し注意深く見つめ、同調する気持ちを大事にしてみようと思った。二泊三日、ありがとうございました。

     

    学校を中退して、実家の商店を手伝いながら通信制の高校に学んでいます。知り合いから、学校に行かなくとも大学が受けられる方法がいくつか有ると言うことで、通信制の高校とか大学受験検定とかで、大学進学を考えています。通信制はスクーリングがあり検定は受検するだけなのですが、実家に負担もかけさせたくないので、自分なりの方法で仕事と学業を平行させています。

    実家にいると、旧友が時々遊びにきますが、最近の旧友がやたら子供に見えたりする変化に、分からずも感じています。半分社会人になっているせいなのか、生徒として旧友は過ごしてばかりなので幼いのか、同じ歳のはずの旧友が別の空間にいるような感覚になりました。

    実家の仕事は思ったより忙しく、仕事時間の変化も多くあって、両親の忙しくしている姿に今までは想わなかった感謝する気持ちになりました。

    天光寺で体験修行することは、町内会で体験修行を経験した方から、昔と違い今では女でも確りした計画を持ち意識を固めるためには、学校ばかりでない寺院等での体験修行を通して、早く成長した方が良いと聞き、場所や連絡先や簡単な修行内容を聞き申し込みました。

    実家からは、電車とバスで4時間以上かかりますが、両親からも背中を押され参加しました。私の参加することには、両親も初めは驚いていましたが、賛成してくれました。

    寺院に到着して挨拶して申し込み受付をして、順次体験修行者数名での修行を開始しました。初めは作法挨拶から始め、お経の朗読に入りさらに光明真言に入り三禮と、進んでいきました。同じく体験をする方の中には、同年代だけでなく年長者もおり様々な方が来ているのだなと感心しました。翌日からは早朝から起床洗顔掃除と、続けざまに行を行い全てが修行であるとの教えから、食事も布団の片付けもと、全身全霊で短期の修行ですが、出来ることへの挑戦と思い頑張りました。

    写経では何枚か書き記した般若心経を持ち帰り、滝行では冷水の中で感じた無心を思い出し、法話や瞑想では思いもしなかった現実と安楽と苦悩を、教えを思い出しました。帰宅したら両親からは、なんと言われるのかを楽しみに体験修行を終了し、帰宅します。

     

    ノイローゼなのかと思い、天光寺に電話して住職と話をする機会を得て、その中で体験修行することで我が身を落ち着かせてはと助言され、体験修行に参加しました。

    体験修行では挨拶の所作から始まり、作法として挨拶や腹式呼吸発声法、お経の練習、三禮を行いました。

    中でもお経の般若心経では連続で100回唱え、南無大師遍照金剛の御宝号は500回も唱えました。実のところ翌日には、1000回唱えました。それ以外には、光明真言を1000回唱えて無心になることで、頭の中のもやもやが消えて行くような感覚になり、翌々日にはお百度参りをしてから滝行に打たれることで、気持ちもすっきりした状態に変っている自分に驚きました。

    初めは言われることだけを行う体験修行でしたが、徐々にお経のありがたさやお経を書き進める写経では、書いた字に心が表れると言われ神妙になり書き進めました。

    中でも光明真言は、発音したことのない発音なので初めは上手く発生できませんでしたが、習いながら始めると少しづつ光明真言の流れがつかめ、少しづつ連呼することが出来ました。連呼では、お経も御宝号も光明真言も、何かの効能があり伝わって来ているのか、不思議な感覚になり体験修行に参加したことに、医院への通院することなく解決できると確信できました。

    自分の将来も考えて、確りしないといけないと言う意識で、体験修行に参加して良かったとも電話で相談したときを思い出し、感謝しています。

     

     

    高校を卒業して、一度は生活してみたいと想っていた都会に、就職を理由にして来ました。私の故郷では、大きな建物もなく車も多く走っていませんし、街中でも人々の往来は少ないのに、都会は全てにおいて建物も車も人も多く、驚きの連続でした。

    昼間は会社で仕事をして、帰宅しては会社の独身寮で過ごす、典型的な地方出身者のお定まりでした。休日は同僚と買い物に行ったりもしましたが、慣れない日々の勤務から休みは寝て曜日になることが多いです。衣食住ですが、会社の制服に始まり社員食堂で栄養を取り、寝入る先は会社の独身寮と、全てが会社関連で便利にも、都会を感じさせないで過ごせる環境でした。

    就職して一年が経ち、少しの仕事先での余裕も出てきたかに思えた先月に、会社から新人の体験修行で選出された何名かが、天光寺で体験修行を体験し社会人として成長する機会を与えるとかで、参加することになりました。参加では、大人数の企業研修というものでなく少人数の体験修行と言うものでした。私たちは体験修行が、仕事の一環でもあると釘打ちされ、神妙な感覚を持ちながら参加しました。

    社内には先輩で体験修行された方もいましたので、天光寺で行われる体験修行の内容を聞き漁り、心の準備と予測できない環境の準備をしました。そして、大まかな体験修行経験者から聞いた内容は、お経朗読に滝行に法話と聞いていましたが、実際には多くの抜け落ちた修行があり、内容も濃厚でそれはそれは驚きの連続でした。

    般若心経の朗読は100回、御宝号の南無大師遍照金剛は100回から500回に1000回と、

    光明真言は1000回と腹式呼吸を利用しての声出しと、ハードな体験修行でした。就寝では全員が、吸い込まれるように寝入りましたが、早朝起床では、跳ね起こされました。

    滝行川行では、弘法大師像の前でお百度参りを行いすぐさま滝行に赴きましたが、冷水の滝行で

    今までに体験したことのない水圧とお経の連呼で、意識が少し薄らいだのを感じました。さらに修行は、食事も睡眠も清掃も体験修行とあって、聞くと体験するでは大きな違いが有ったと感じました。

    そうこうして体験修行は終了しましたが、終了後に感じた爽快感とお経朗読の余韻で、今回の体験修行に参加できたことに感謝して、体験で知りえた行を次回に結び付けたい感覚になりました。

    ありがとうございました。

     

     

     

     

    家の関係で進学できず中学を卒業してからは、昼間は工場で働き夜は定時制の高校に行って、仕事と勉強を一緒にしています。来年は何とか頑張った定時制の高校四年間を卒業して、社会人だけになります。社会人になってからは一つの夢があって夜間大学か通信制大学に進学して、初め家の関係で進学できなかったことで悩みましたが、将来は工場仕事から違った仕事で頑張りたいと想っています。

    今回の天光寺での体験修行は、現在勤めている工場で、工場長から何人かが推薦された一人として参加したものです。短期三泊四日間の体験修行で、社会人として生きていく上で大切なことが学べると案内されて、推薦を受け了解しました。

    体験修行では、午前中に天光寺に一同が参加集合して、早々に修行開始になりました。社会人として重要であり修行する上でも大切な、諸々の挨拶から始まり静寂の中に私達の声だけが響き渡り、緊張感も重なり気持ちも引き締まりでした。

    つづいては、腹式呼吸や発声法やお経の練習をして、さらに三禮を行いました。昼食後には、般若心経を連続で100回唱えたり、大きな声での挨拶を練習し、御宝号「南無大師遍照金剛」を500回唱えました。夕食では配膳し食事し食器洗い片付けを全員で行い、その後写経を私語厳禁で正座して行いました。就寝は午後10時で、速やかに寝入るものでした。

    翌日は午前中に光明真言1000回唱え、午後からはお百度参り後に滝行を行いました。お百度参りや滝行では、南無大師遍照金剛を常に唱え山の神滝の神への挨拶も行いました。夕食後には、写仏と言う仏様の絵を習字の筆を使い描きました。日々繰返させられる体験修行では、天光寺の住職から多くを教えられました。

    滝行以外に川行と言う行があり、川行も行いましたが滝行と違い川に入水して、ただただ自我を清める行でした。

    今回の体験修行では、多くを学び多くの行を行い多くのお経文を唱え、最後に「何のために生まれてきたのか、なぜ積極的に生きなければならないか、舞台と役者の演じ方、努力と知恵の使い方」の有難い法話を拝聴して、短期ではありましたが体験修行を終了しました。感想では、積極性と向学心を忘れず、常に前を見て頑張らなければならないと言う教えを受けました。

    ありがとうございました。

     

     

    中学生になって、小学生の時とは違い学園生活に面白みが感じられず、通学したり自宅にいたりしていて親からは不登校にならないように注意されたことで、天光寺での体験修行に参加して気持ちを引き締めるため数日間過ごしました。

    初めての自宅以外の場所で、食事したり寝たりするのは初めてでしたが、何人かの同じ体験をしている方などから話を聞いたり少し話したりで、今までは感じなかった知らなかった世の中と言う世界を感じ知りしました。

    体験修行では朝が早く、その後の寺院内掃除やゴミすてなど大変でしたが、頑張りました。朝飯を食べてからは、瞑想と言う静かな音楽が流れている薄暗い部屋で、静かに気持ちを落ち着かせ自分を見直す体験を全員でしました。

    瞑想が終わると大きな部屋に移り、写経と言う般若心経の書道の書き込みをして、同じように気持ちを落ち着かせる修行をしました。午後には、お百度参りしてからの滝行をして、冷たい水に入り手足の先が冷たくなりながらも、南無大師遍照金剛を何回も言いながら頑張りました。

    夕食後は、住職さんの法話を聞き人としての、色々あることを聞きました。寝る時間は午後10時でしたが、少し時間があり同じ体験修行をしているお姉さんやおばさんと話ができました。私だけでなく、何人もの人が来ている天光寺ですが、私のような子供から大人の人までいて、数日間一緒に生活しながら体験する修行では、家では感じないことが多くありました。

    親に言われていたことですが、何人もの他人の大人に聴いた話から、学校には行かないと後で苦労することになることなど教えられ、少しですが分かるようになりました。学校で教えてもらうことよりも、天光寺で教えてもらったことは大人になっても通用することなので、良い体験でした。

     

     

    体験修行は、自分の不登校から親が捜してきた心を改心するための、体験修行でした。私は、進学したものの進学希望する学校には行けず、進学するだけの学校と言うだけでの進学だったので、学校にも興味も持てず友達も出来ず、学業にも向学心が消えたような進学でした。

    朝になるとお腹が痛くなり、発熱などもあり学校に行くことを体が拒否している毎日でした。学校の先生の家庭訪問などもありましたが、話ばかりを聞いても思って居るような話にはなれず、先生が帰れば頭から布団に入り込むような、不登校生徒でした。

    天光寺での体験修行では、不登校の児童や生徒や学生が親に勧められて来ている人も、何人か居ることを自分が参加してから聞きました。ただしここは、旅行先や林間学校ではないということでした。自然多い天光寺では、早朝6時から起きて夜半の10時には寝るので、自宅の生活と違いテレビも新聞もスマホも観れず読めず使えない場所でした。体験中は世の中のことは分からず、体験を連日行うことで、住職からは積極性が出るように頑張りなさいと言われましたが、時間が過ぎて行くだけでした。

    今の学校は行きたかった学校ではないので、通学する気持ちが出ないんです。この頃では、学校よりも就職してから学校に行っても好いのではないかとさえ、思う時があります。ただ、体験修行では、学校では教えてもらえないお経や体験が出来たことは、嬉しかったです。

    修行内容は、写経に所作に挨拶の仕方や、お百度参りに滝行と自己責任で頑張りました。食事の時や寝入るときでも修行と聞いて、緊張しました。今は落ち着いています。

     

     

    進学で都会に、出て来ました。憧れの都会に出て来て、憧れの大学生活を過ごせる夢一杯で喜んでいました。ひとりで生活するのも初めてのことであるし、新しい友達との交流もワクワクする毎日と想い、キャンパス・ライフを過ごしていました。少しの五月病も有りましたが、友達と学業にサークルに楽しく忙しく過ごていました。

    天光寺での体験修行は、私の所属するサークルで行われた進入部員歓迎の、体験修行でした。今回の体験修行では、サークル内の融和と個々人の精神修行でした。親からも教えられたことのない、社会での挨拶や声出しや、修行なのでお経朗読や写経や瞑想をして、異空間での修行を体験しました。同じく体験した、サークル仲間とはこれから過ごす過程での、相談などもしました。

    天光寺での体験では、他者の参加者も大勢居て様々な意見交換もできました。始めて知る、学外の方々との交流も出来たことには、想いもよらないお土産になりました。

    滝行では初めにお百度参りをしてから、順番に滝に入りますが冷水と水圧の凄さに、竦んでしまった方も居て、自分の順番では確りしようと入りましたが、同じく竦んでしまいました。手足の冷たさで、温水シャワーを浴びるまでは生きた心地がしませんでした。滝行初体験では、滝を浴びた方全員が寒さで震えながらも、全員が爽快感で清められ感動しました。

    今回の体験修行では、社会に出てからの方が多いらしいと聞きましたが、中には私達のような大学生も居れば、中には小学生や中学生や高校生も居たり、定年後の第二人生を始める前の自己確立で、参加される方も居ると知って驚きました。

    ささやかな驚きでは、天光寺で出された食事なのですが、精進料理と聞いていましたので、想いの他期待していませんでしたが、美味しくお替りまでして完食しました。

    最後に、修行で般若心経や光明真言など教えられ、大人の仲間入りするきっかけを頂いたような気もしました。

     

     

    高校生です。両親の許可を取り、天光寺での体験修行を受けました。三泊四日の体験修行ですが、実家で過ごす日常とは違った体験で、進学問題とか交友問題とか生活習慣問題とか、親に心配をかけない成長する自分になるために体験しました。

    どちらかと言えば大人しいと言われる私ですが、両親から言うと私はわがままで言われたことが素直ではないと言うのです。親は友人に関しても、いい友だちと交際しなさいと言いますが、今の友だちは悪い友達はいないのですが、親は誰かと誰かとは良くないと言うのです。友だちには言えないけど、気になり顔に出るのではないかと不安です。

    体験修行では、心を落ち着かせたり滝行で私の中に有る邪念を祓うなど、初めての経験で驚きました。読めない漢字が多い、般若心経ですが写経ということをして、気持ちを落ち着かせる書道をしました。久しぶりの書道なので、指先が想うように動かなかったりしましたが、頑張りました。

    天光寺の住職の話された法話では、人としての有り方やものの考えなどを習いました。分からない話も有りましたが、後になってから分かるような話もあり良かったです。

    食事は全て精進料理でしたが、好き嫌いの多い私ですが全てきれいに残さず食べて、自分でも驚きでした。寝るときは数人のお姉さん達と同じ部屋で、睡眠して熟睡しました。

    朝は早朝6時に起こされて、普段なら起きれない時間でも起きてしまったことに、実家ではないことなのか緊張していたのか、不思議でした。

    起きた後には寺院の掃除をしてから、お粥を食べました。その後に、瞑想の部屋に数人で訪れ瞑想が始まり、静かな音楽の中で自分について考えたり、家族や友達のことを考えたりしました。体験修行の方は、私よりも若い中学生もいたし両親よりも年齢の上の方も居て、同じ修行を時には静かに時は声をできる限り大きく発生して、お経や御宝号を唱えました。これから帰宅しますが、また天光寺に来て自分のためだけでなく、家族のためにも精進したいです。

     

    天光寺さんの体験修行に申し込んだのは、誰かからの誘いや序ではありません。少しばかりの著書なども読みましたが、伝わってくるものがなくヤキモキした結果、行き着いたところが天光寺さんでした。

    何も知らない私ですが、数日間の体験ではなく一週間の休暇を貰い、体験修行に参加しました。案の定、初めは何も分からない異次元の話ばかり聞かされて、右往左往しました。当然なのでしょう、今まで信心も宗教心もない私には別世界の言語ばかりで、住職さんより易しく説明されなければ、外国語でしかありませんでした。

    多くの意味が有り教えがあるお経に驚き、お経の朗読には息が続かず、写経ではどうしても毛筆の動きが叶わなくなり、冷や汗ばかりの毎日でした。少しづつすこしづつ修行を進めるに、数日間過ぎて分かる安堵が出てきたことに、感動を感じたことを覚えています。

    けして優秀な体験修行者ではありませんが、自分では自分なりにささやかな喜びとして感じ取りました。体験修行では、さまざまな修行が項目されていますが、私の性格からは写経や写仏や瞑想で、心が洗われる思いでした。写経では心が表れるとされ、写仏では心の乱れが分かるとされ、瞑想では心情追求がなされるとお聞きました。

    修行では個々人の様々な心理作用が浄化され、還元され落ち着きをより戻すとされるなど、今回の体験修行では、感謝に耐えません。ありがとうございます。

     

     

    私は中国から結婚で、来日した者です。当初日本人の旦那さんとの生活も順調であり、これと言った問題も有りませんでしたが、2年3年と日本に滞在しながら結婚生活をしていると、どうしても国民性からか自分の培った習慣や常識が優先してしまい、旦那さんとの間に溝ができるようになりました。また、会話言葉の問題では短い会話はいいものの、家族以外の方との会話で上手く表現できず、勘違いされたこともありました。

    生活では料理の味付けに、旦那さんから意見が出て困り果てたこともあり、国際結婚の難しい現実を見ました。そんなことから半年前に旦那さんとは離婚し、今は独りで部屋を借りて生活しています。帰国も考えましたが、帰国しても面子のことなどがあり、中国の両親からも帰国しないでくれとまで言われ、日本での生活を続けています。

    仕事は、お定まりの夜の接客の仕事をして、夕刻から深夜まで仕事をしています。私の待ちでは、中国人お友達も居ないのでストレスがたまり、仕事先でも飲酒し過ぎて倒れたこともありました。店のオーナーからは、健康のことで友好的なことを言われますが、店を出れば他人のようです。相談する友人も居なく、お客さんに相談できることでもないので、体調も優れず生理がない月もありました。

    天光寺の体験修行は、お店に来ているお客さんの話の中に出て来たことから、内緒で申し込み参加しました。日本文化を知るには好いことでも有るし、仏教には親しみもあったので、参加しました。お経は漢字が多く意味は分かりましたので、発音は違いましたが受け入れることができました。

    参加している日本人からは、友好的な同じ参加者ということもあって、日本で初めての友人ができた思いでした。滝行では終始、驚きの連続でしたが、清められました。写経や瞑想では、帰国したことなど想い、少し涙が出てしまいました。住職の法話は難しいことが多く、直ぐに分かることが少なかったですが、法話の前後の話から幾分か雰囲気で感じとりました。

    今後は日本で生きていくことを決めているので、多くを知り学び体験して行きたいです。

    謝謝。

     

     

     

    四十路の女が体験修行するきっかけは、過去の離別とか現在の運気向上とか、これからのささやかな幸せをつかむための、お清めが多いらしい。私が体験修行に参加して、これ見よがしに言えることは年増の女と言われ中年の女と言われても、自分の内なる信念を見返りのない愛情と言われても、現世において楽しめれる生活ができれば感謝し喜べると想うのです。

    人は死んでしまえば、何も残さず消え去るだけと聞きました。寂しさも、有ったものではありません。世知がない人生であっても、今を楽しく生きることとして、体験修行して自分を見つめ直すことができればと、参加しました。

    私の10代は何も変化なくすごし、20代は仕事に流されてばかりで、30代は結婚しないキャリアウーマンと陰口を言われ、気が付けば40代半ばでした。同じマンションに住んで約20年経とうとしています。小奇麗なマンションですが、訪問者も居なく只帰宅して寝入るだけの箱部屋でしかなくなりました。

    都会には私のような女が多いと聞きますが、通勤で見る多くの同年代と思しき女性を観ても、何ら代わりがない様子ばかりでした。人生一歩先を歩きたい、そんな乙女チックも有ってか体験修行で、気持ち気分を高揚できるのであればと風変わりな申し込みでした。

    体験先には様々な方が居て、様々な思いで修行をされていましたが、私のような者は居ませんでした。しかしながら、体験修行を消化していくうちに、今ここに居る方々には一念があり一心不乱に取り組む姿勢に感動し、我を失くしました。

    写経であり写仏でありお経朗読で、わき目も振らず直視された経本に入魂していたのです。美しくも有り、感動さえ伝わってきた空間でした。修行では、お百度参りや滝行なども用意されており、精神統一には持って来いの経験になると確信しました。今私が、この実益感動を多くの方に知らしめて、精神修養できる天光寺での「所作」や「行」を体験して欲しいです。数日間でしたが、感謝に耐えません。

     

    意味も無く彷徨っている者は居ないことは分かっていても、もしかしたら自分がその彷徨っている者ではないかという、社会から突きつけられた課題なのではないかと想うようになっていた私に、天光寺の体験修行で学んだ所作等々で、「人は何故に修行をするのか」を教え込まれました。

    生育段階で学ぶ学校と違い、天光寺で行われる修行では、人間が生きる目的とか自身の浄化とか自分で作る因果力などを、法話やお経朗読の合間に住職より拝聴できたのは、ありがったです。

    糸が切れた蛸ではありませんが、行き先不明になりがちの昨今でしたが、体験修行を通して感じえた価値あるものでした。

    また、様々な老若男女の参加がおり、自分一人ではない環境での体験では協力し合う喜びも感じ、あっと言う間に短期の修行が終わってしまいました。体験者同士の懇談では、自分の知らない現実を聞いたり、なるほどと言う価値観のあり方を知り、自分には不平不満があり真の大人に成らなくてはいけないと反省することもありました。

    さらには、私から人々への発信力とでも言いましょうか、今までの自分には無かった勇気や喜びや失望させない、対人間での言動に責任を持つことなども知りえなました。

    女性はどうしても受け手になりがちですが、女性や異性に対してもはっきりした物事への勇気を持つことや、自分自身を愛し自分自身が変ることの重要性をも大切にしなければならないと、お互いに話し合えたことは有益でした。

    自分自身を救うのは、自分自身であると教えられたときは、大きなショックでした。

     

    海外に憧れ、或る外国で青春を過ごし帰国しました。私が海外に出たころと昨今では、国内事情もかなり変り海外よりも国内での生活や仕事を、優先する時代になっていました。海外での生活は多くの新鮮な刺激もありましたが、反対に個人主義の外国ならではの寂しさも感じ取れました。

    言葉や習慣や物の考え方の違いは知り得ていましたが、私の加齢からかなのか幾分か、考え方の変化を感じています。私は帰国子女では有りませんが、服装や化粧や雰囲気が周りの方からは異なものに感じられたのか、受けいられないことも多々ありました。

    初めに心に決めた志を最後まで貫き通すことが、海外生活ではよしとして生活していただけに、帰国後の違和感として私には感じられ苦痛になることもありました。このままではいけない心境から、天光寺での体験修行を受け心身を清める、修行参加となりました。

    修行では多くが知りえなかった所作や行で、数日間を過ごしました。数日間の中では、心身ともに教えをいただき、感心しました。写経では心の乱れを洗われ、滝行では肢体の感覚から自我を目覚めさせ、瞑想ではてひたすら思いにふけ入り現在過去未来など、物思いにもふけりました。

    自己自問では、答えは出ないものの精神修行になる、きっかけを味わいました。教えられた瞑想ですが、瞑想の神秘性を感じ法話で聞いたことなども思い出し、体験修行の醍醐味を感じました。

    体験修行では複数の体験者がおり、様々な方との懇談では知らない生活や環境や立場の世界にも触れました。実体験では、重みの有る修行であり体験でした。

     

    私の存在を私自身が分からなくなったといえば、何かに疲れた者として簡単に流されてしまう次代ですが、勢い錦を飾って故郷に帰る気持ちを持って出てきた私としては、今のままでは錦のことなど口に出せない現状に、頭を抱えていました。職場やサークルでの人との交流や遣り取りで、時として放り投げてしまいたいと言う感情に責めつけられ、ため息を付くことも多々ありました。

    天光寺での体験修行は、もっと自分を成長させたり体験の中で、感じ取れるものがあればと思い申し込みました。数日間の期間ですが、自分をさらけ出して無心になれるような体験ができればと、参加する前は少し甘えた心持でした。

    しかし、天光寺のインターホーンを押して中に入り、修行が進むにつれて私の甘い考えが消えうせ、規律と他の方との共同作業や基本所作で、初日が終わりました。起床は朝6時で、普段の私の時間と違いオロオロしましたが、その後の寺院内の掃除や自分が就寝に使用した布団の片付けなどもあり、緊張する早朝からのスタートでした。

    朝食後は瞑想の時間があり、個々人が瞑想して自分を見直す自分の存在を見詰める行を行い、異空間での真剣な思考でした。それから次々に決められた行が進み、書き読み写しを繰り返しました。体験修行は只の作業ではなく、自分の絶対的価値判断を浮かび上がらせることを知りました。今回の参加では、自分の可能性や多くの克服などを自分から積極的に向かわなくては、物事が開かない教えを頂戴することができて感動もありました。

     

     

     

    重たい女と言われ、異性との出会いがあっても長続きしません。天光寺で体験修行をして、自分お気持ちを整理して本当の縁ある異性との出会いを求めて、身を清めにきました。

    私にも夢や希望が有ったのですが、度重なる縁のなさや身の回りで起きる失敗で、ここの所落ち込んでいました。身を清め今までの生き方を改めて、修行を臨んだものです。数日間の体験修行で、すぐに変ったりすることでもないですが、何かのきっかけを掴み同じことを繰返さないため、縋るような体験でも有りました。

    早朝に起床し寺院内の掃除をして肢体に血液の流れを導き、朝食後には瞑想にして自我を顧みる体験もしました。その後にもさまざまな行があり、所作の挨拶を基本にお経の朗読や御宝号や光明真言の暗唱をかさねました。午後には、お百度周り後に滝行にて身を清めたりもしました。

    さらに、夕刻には食後の住職の法話を拝聴して、穏やかな気持ちになりました。そのような体験修行を数日間過ごし、私の中に芽生えた少ない変化を感じ就寝しました。

    今思うに、身勝手なわがままがあったことを指摘され、以前の行いを改める心境にもなりました。

    天光寺での体験修行では、今回全てを体得できませんでしたが、次回の参加を心に決めるきっかけにして、下山しました。ありがとうございました。

     

    人間不信から、天光寺で体験修行を行い、思い込みや自己否定を浄化し鍛錬したく、申し込みました。今回の体験修行で感想と言えば、今までの私の経験しなかったことばかりなので、初めは驚き馴染めませんでした。

    しかし、住職から言われた法話や同じく体験修行をしている修行者との会話などで、固まっていた心が少しづつ解ける糸のように、所作や修行内容に浸透することができました。心が表れる写経ではいみじくもお経であるものの深層心理までわかってしまうといわれ、書き進めながらオロオロしてしました。

    般若心経や光明真言では、朗読の中に感じた信仰の有難さを感じ、多くの挨拶を行うときの呼吸一つを上げても、一般社会でも通じる基本があると感じました。天光寺の体験修行に参加している多くの方は、何がしらの目標や思いを持って来ていますが、体験修行をすることで自我に目覚め明るい顔になり帰宅していく姿まで含め、問題の浄化が解消されたり薄らいだことでの感謝している会話に、心温かくなりました。

    人間不信とは、相手を受け入れることが出来ないことから始まると聞きましたが、不安を取り除くために自ら入り込んでいく積極性を育てることなど、心機一転しなければならないなども体験できて、思考も目覚めました。

     

    女ばかりの職場では、どうしてもいがみ合いが起こり、仲間はずれになった者は退職していく流れが多い現実です。私は高卒と共に看護学校に入り卒業して、地元では有名な大きな病院に就職することができ、将来を嘱望されて曜日も忘れる毎日を過ごしていました。勤務して9年経ったときには、看護班長にもなり新人教育も任される職責勤務になりました。そのような時、今のところは順風漫歩と想っていた矢先に、私の班長としての職責に何処からとなく陰口が入り始めました。

    時の総婦長に相談しましたが、これと言った解決策もなく提案もなく、同僚にも話を聞いてもらい解決策がないかと右往左往しました。私への陰口の発信元はわかりませんでしたが、初めての事でもあり体調が優れず寝込んでしまいました。数日間の休養を頂き、職場に復帰したのですがまだまだ体調が優れず、夜勤勤務では倒れてしまい他の職員を困らせてしまいました。

    総婦長から呼び出しが会ったのも、そんな時でした。多くを心配してか、私に向上心だけでなく人生の主人公になって欲しいことや、いい意味で開き直る勇気を持つことなどアドバイスを頂きました。いくつか話を頂いたアドバイスの中で、親戚で体験された修行があることをを促されました。

    東京は多摩の山村に、心身修行が受けられる寺院があり体験修行を受けることで、親戚がしっかりしたと言うのです。修行先では、さまざまな修行があるが「自己コントロール」「人との調和」「自身を癒す方法」など、体験できるとのことでした。

    わたしは数日間の休暇申請をして、体験修行の予約をいれ参加する運びになりました。四泊五日で、何か得られるものがあればいいと言う期待ではなく実益を考えました。寺院修行先には、数人の方が先に修行していたり、私の修行中にも新しく修行をする方が見えられ、年齢も性別も様々でしたが、一緒になって体験修行を学び教えられ体験できました。

    項目的には、お経朗読や御宝号の意味と発声、光明真言での有難さや仏様への感謝や写経や写仏や瞑想を寺院内で修行し、屋外ではお百度参りから滝行や川行を体験しました。仏門の体験だけに会得したものは少ないですが、少なからず体感して脳裏に納めたことがあり、喜びでした。

    住職からは「私には、絶対的な価値が自分の中にある」と積極的な自身の生命を大切にすることを教えられ、胸が熱くなりました。ありがとうございます。

     

     

    私は社交業でも、風俗の仕事をしています。社会的には夜の女としての仕事をして、生活させて頂いています。様々なお客さんが居る見返りの無い愛情を売る仕事です。時には開き直る現実もあり、想われている以上に精神的に経済的に充分ではない仕事です。

    日々変る仕事内容とお客様に合わせた仕事ですが、浮世に流されることもあり足を洗えば済むと思いつつ今の仕事にしがみ付いています。

    お姉(先輩)さんからは、早く今の仕事を卒業して、太陽の下で生きていける仕事や生活をするように言われていますが、年を重ねることに仕事から来る甘えなのか、踏み切れませんでした。

    風俗の仕事ではどうしてもお客さんとの駆け引きがあり、余計な力を入れてしまい嫌みや嫉妬を受けることがあります。さらに、未練や愚痴や価値のない事場に惑わされることがあり、一つとして同じことがありません。悩ましく精神疲労の多い、仕事なのです。

    職場にあった雑誌に、精神修行をして仕事にプライドを持ち、天職を全うする気合を見つけるための諸々の助言というものがあり、その中でお経の朗読とか滝行があると取材されてありました。

    特定の行き先や施設先は書いてありませんでしたが、仕事中にお客さんから幾つか参考になりそうな場所を聞き、奥多摩にある天光寺での精神修行・体験修行に参加することが出来ました。

    修行先では私を含め数人での体験開始でしたが、午前中に集合して寺院での所作や挨拶に始まり、昼食後には写経やお百度参りから滝行と、新鮮かつ初体験する行を初日から受けました。就寝も午後10時であり、今までの私の体内時計ではこれからと言う時間の就寝で寝付けず、翌日には睡眠不足にもなりました。つづけられる修行もあり、瞑想や写仏での落ち着きと外部からの刺激を排除した修行では、時間の忘れる集中が要求され最も厳しいものでした。

    しかしながら数日間が過ぎ、住職からの法話や修行者同志の意見交換などがあり、今までの自分とは体験で改まった、参加前には無かった感じたり考えられる思考を持てるようになりました。

    ありがとうございます。

     

     

    一人で卒業から、実家を出て憧れの都会に引っ越してきて、半年が過ぎたころでしょうか。如何にも判断できない、分からない落ち込みが目立つようになりました。

    職場での仕事も覚えたばかりでしたが、仕事に対しての不満もなくどちらかといえば楽しく、遣り甲斐さえ感じて来ているころでした。

    学生時代には感じられなかった、行き詰まりでもない体調不良に、社内の診療室でも問題無しでお墨付きをもらい、只の疲労なのかと自問自答していました。

    違いと言えば、好き勝手を行っていた学生時代と違い、規律正しくしなければならない社会人として、睡眠不足や通勤疲労で若干の疲労感はありましたが、私だけではないと言う現実からそのままにして置きました。疲れなので、栄養ドリンクを飲めばいいぐらいで、これと言った対処もせず数ヶ月過ぎました。

    物事原因があって結果があるはずなので、社外の医院にも行きましたが、結果は同じでした。これは何かの取り越し苦労なのか、自分で思考を改めなければならないと天光寺の体験修行に参加して、自分の有りのままを見詰めようと思いました。

    修行では、挨拶に始まり挨拶に終わるような、厳格で神妙な修行であり他には写経や写仏したり、お百度参りや滝行で精神統一したり本物の修行でした。教えの中には、積極的であり向学心を持ち決断力など、自分を成長させる意識変化を身を持って指導されました。

    さらに、不平不満を言わない消極的にならない、精神を鍛え精進することなども伝授されました。

    自分を信頼し自分を愛することができて、人生の主人公になれと力強い指導には、感動しました。

     

     

     

    初めての就職で、初めて知った社会の洗礼に会い右往左往していた私が、職場の先輩から聞かされた、先輩も体験して来た天光寺の体験修行に参加したのは、縁を感じたからでした。

    家族の居ない独りでの生活の始まりには、嬉しさもありましたが多くは不安でした。さらに仕事となれば、自分を押し殺さねばならないことも連続で、帰宅すればそのまま倒れこんだこともありました。

    先輩もそんな過去を持ち、経験者にしか分からないことなのでしょうか、休憩時間のときに私の変化が見えたのでしょうか近寄り言葉少なく心配して、相談にのってくれました。その相談のなかで、自分で人生の主人公になる楽しさと嬉しさと喜びを、お話下さいました。

    先輩はすでに何回かの体験修行されており、体験修行先の出来事や自分の変化や新しい刺激になったことなどを、教えて頂きました。初めは先輩と一緒に参加と希望していましたが、仕事の都合で私一人の参加になりました。見るもの聞くもの全てはじめてのことや物ばかりでしたが、三泊四日の体験修行を無事に終えることができました。

    先輩からも、私の頑張った賞賛を受け、感じ入るものが体験者でないと分からない実感として、分かち合えました。修行ではやはり鮮明に残るものとして、滝行で身震いしながらも頑張った実感があり、先輩共々見詰め合って感想を言い合いました。

    写経で書いた書は自宅に飾ってあるとか、瞑想時に感じた感想は何か今でも一念として残っているかとか、話がつきませんでした。次回は一緒に参加することを決め、今では私の右往左往も消え楽しく日々を送っています。

     

    天光寺を知るきっかけは、知人の企業で天光寺での企業研修をしたことを聞かされ、その中で団体で無い個人での参加ができっる体験修行を聞き入れたことです。体験修行は三泊四日行われ、早朝6時から夜半は10時には就寝する、かなりハードな体験修行とのことでしたが、個人の参加では企業研修とは違い個々人に体験を通して、メリハリのある体験修行から行のあり方を、体験して貰うものと聞き予約を入れ、申し込みました。

    期間は三泊四日を希望して、週末と有給休暇で確保できました。都心から3時間はかかりましたが、奥多摩にある山里深い天光寺に到着して、受付を済ませ修行申し込みを済ませ、外界と離れ参加しました。参加に当たって、先に来ていた方や申し込みをした後に来られた方と挨拶して、早々に修行衣に着替え修行が開始されました。

    はじめは自己紹介や挨拶の仕方や発声法に始まり、午後には写経による心の表れ方を含んだ経文を行い、一枚二枚と般若心経を書き記し精神統一等も推し量るものでした。写経では体験者数人でありますが、私語を慎み書を進ませる体験をしました。

    体感では、お百度参りを行い無心になり滝行を行い、身を清め冷水で肢体も清め気合を入れ、真言や経、祝詞を唱えました。心なしか感じ入ることが湧き出してきて、神妙になりました。就寝では暗闇に広がる無音でしたが、自分を見直す時となりその後は朝まで何も分からず、熟睡してしまいました。

    修行は今まで経験の無いものでしたが、今後はリピーターとしても参加して、住職から発せられる人としての有り方など心の持ち方を、積極性あるものとして生甲斐にさえしたいと思いました。

     

    雪が降りそうな空を眺めつつ、武蔵五日市駅からバスに乗りました。これからどんな処で、どんなことが始まるのかな、と不安が一杯でしたが、バス停まで優しいお兄さんが迎にきてくださり、山道を歩きながら歩いている内に、寒かった心が暖かくなりました。

    お寺に到着後、すぐに払沢の滝に連れて行って頂き、荘厳な景色を見ながら大自然のエネルギーを沢山頂き心洗われるおもいでした。午後のお経の時間におばあさんが一緒に来ていて、頑張らなくいいとおっしゃっていますよと言われ、なぜか方の力が抜け、不思議と心が軽くなっていく自分がありました。
    夜のヒーリングの時間では、花や蝶になって宇宙を舞っている気分で、心と身体がますます軽くなり、心も身体の悪いものが皆でて行く感じでした。

    次の日のお百度参り・水行体験では「お大師様」導きとエネルギーを感じ取ることが出来、何とか百度参り、水行が達成することが出来、生きる自信になりました。冬の水行はお勧めです。

    御住職様を始め、天光寺の皆様方が一人ひとりに対して、とても丁重に心を込めて対応してくださる姿に触れ、心暖まる2日間を過ごさせていただきました。ありがとう御座いました。緑がきれいな頃に、また伺いたいと思います。
    多くの学びをありがとうございます。

    私がこちらに来させていただくきっかけになったのは、対人関係がうまくいかずに抑うつ症で悩んでいたことです。 1年前から薬を服用し、仕事も2度変わりました。2度目の仕事も1ヶ月前に辞め、自宅で悲壮感に悩まされ、生活のバランスをも崩しています、毎日食べて、寝て起きてのくり返しです。このままではいけないと感じ、インターネットを通じて、天光寺の修行体験の存在を知り、本来の自分を取り戻そうと思いこちらにきました。

    お寺の修行は基本の挨拶、腹式呼吸、発声法の練習を行いました。特に発生の練習と百度参りで「南無大師遍照金剛」と声を出すごとに気持ちが軽くなっていくのを感じました。滝行でも大きな水の流れに身をまかせることで、自然の力一体になる事ができました。

    天光寺での2泊3日の時間を通して、人としての生きる力を再び得る事が出来たように感じられます。 今回の修行で学んだことを忘れずに頑張りたいと思います。生きることに悩んだらまた修行に来させて頂きます。本当にありがとうございます。

    3週間という長い間、滝に入ったり、川に入ったり、お百度参りをしたり…いっぱい寒い思いをしました。最初私より早く滝に入って行く人たちを見て、「よく生きてられるな」と思っていました。実際に滝に入った時は、もうバケツの中の水に手を入れた瞬間「こりゃヤバイ、死んじゃう」と思って滝の中に入るのがめちゃめちゃ嫌でした。
    でも、いざ入ってみると少しポカポカと体が温まってきて「寒い」よりもしだいに「痛い」に変わり足もマヒして何も感じなくなり、このまま意識が飛んでいきそうでした。滝から出た頃にはもう歩いている気がしなくて頭がぼんやりして着替えるのが大変でした。川は、滝の後に行ったので「死にそう」とは思いませんでしたが、時間帯が遅くて真っ暗だったのでめちゃめちゃ怖かったです。肩まで入る時は寒くてしかたがありませんでした。けっこう流れそうで大変でしたが滝よりも長く入る事ができて良かったです。

    滝や川以外にもお経を唱えまくったり、大声出したり、写経をしたり、普段の生活では体験できない事ができて良かったです。最初お経が全然読めなくて周りにおいつくのが大変でしたがいつのまにか「般若心経」や「光明真言」「御宝号」を覚え、仏前勤行集を見なくても唱えられるようになりました。お経を2時間ずっと唱える行は、すごくつらくて、頭がボンヤリして酸欠状態にもなりました。でもその次からのお経の行は苦にならなかったので、行の成果かなと思いました。「声出し」はなかなかお腹から声が出せなくてのどが痛くなったりして大変でした。「写経」は1年ぶりに筆を持ち、初めて自ら墨を作りました。「般若心経」は漢字が難しくて、見た事のない字もあり少しあせりましたが、長時間の正座にもなんとかたえながら書く事ができました。

    「写経」に込めた願い事が叶えばいいなと思っています。「写仏」はすごく楽しく取り組める事ができました。書いているうちに足のしびれを忘れ、おもいっきり集中する事ができて良かったです。でも、もう「曼荼羅」の写仏はしたくないなと思いました。細かすぎて目が点になるかと思いました。でも、なんとか完成させる事ができて良かったです。

    修行は決して楽しいものではなかったものの一緒に行をした仲間達や温かくて優しくて楽しいスタッフさん達、おいしいごはんのおかげで3週間を乗り越える事ができ、とても感謝しています。行をした仲間の方々からも、おもいがけないプレゼントをもらったり、応援の言葉をもらい、ここまで頑張ることができて良かったです。 天光寺での修行で得たものを糧に、これからの人生頑張ろうと思います。 3週間ありがとうございました。

    天光寺さんに来るまでは、かなり不安があり、自分で本当に寺の修行など無理だと決めつけており、落ちつかない気分が大半でした。 自分のこの不安な気持ちを和らげるのと最初から何事もやる前から自分の心の決め付けを直していく。そして自分を強くしていくと言うのが今回の修行に参加することになった根本でもあります。

    まだ一日過ぎたばかりなので、まだわからない点が多いですが、一日目に行ったあいさつの作法から基本を学び、お百度参りは最初とても足が冷たく、体も寒かったのですが、行を実際にしている時は、足の冷たかったことも忘れ、体がかなり温まっていることを終了した際に実感しました。

    滝行ですが、これを実体験するまで、自分にはこの寒い季節に水の中に入ることはとてもできないんじゃないかと思っていましたが、他の行生の方を見ていく中で、自分もがんばらねばという思いが出て来て、何とか滝の中に入ることが出来ました。これも他の行生や先生方の力を借りて滝に入ることができたと思いました。
    実際に生きていく中で、一人では生きていけないということはわかっていましたが、改めて仲間意識とか家族の大切さを認識しました。

    まだ期間も残されていますので、残された期間自分の中にない部分を十分吸収し、自分を見つめ直し、自分の目的達成に向け着実に力を他の行生、先生方からも吸収し確実に自分のものにしていきたいと思います。 これから生活をしていく上でも、つらい時や楽しい時もあると思います。つらい時ほど、その事実から逃げたくなるのが本音ですが、つらい時には、天光寺さんで体験修行をさせて頂いたことを思い出し、実体験を乗り切りたいと思います。こういうことも全部含めて、自分の気持ちの切り替え、成長を確実にしたいと思います。

    私が今回、修行体験をしようと思ったのは、日常に流されている中で、一度自分を見つめ直すと共に、違う環境・空間に身を置いてみたいと思ったからです。
    よく座禅をするとか瞑想をするとかを耳にするけれども、どうしたら心がすっきりするのだろうと思っていました。

    ここへ来て、作業の間に必ず休憩があることで、日々時間に追われ、常に頭を回転させ、体を動かしているリズムになれていた事に気付かされましたが、一息つく事は大切なんだなと改めて実感しています。
    忙しい中にも、ほっと一息つくことで、余裕が生まれることは、心と体を楽にしてくれるなと思いました。

    また、普段何も意識していない呼吸ですが、腹式呼吸や声出しをした時に、喉だけで出していると(表面的なもの)お経を唱えるのにもとても苦しくなってしまいますが、お腹から声を出す様にすると、肩などに力も入りにくく、体もあたたかくなってくる感じがあり、呼吸も大切なんだなと感じました。
    同じ動作で動かずにずっと同じ事を繰り返すのは、とてもエネルギーがいることだと感じましたが、繰り返すことで、知らず知らずに体が慣れ、集中できる事も感じられました。
    日常を流されているととらえるのか、日々繰り返していくことが大切であると捉えるのか、自分自身の捉え方で変わるのだと感じました。

    この修行体験で何も音のない、情報が入らない時間と環境を作ることは大切であるという事を学べました。

    天光寺でお世話になった三日間、色々な方と触れ、色々な話をして頂き、私の悩みを丁寧に聞いて下さったことを心より感謝致します。

    私は、人一倍マイペースで、人一倍頭が悪く、人一倍焦りやすく、何をやっても失敗ばかり。毎日失敗続きで、どうしようもない自分を責め続けることしか出来ず、泣いてばかりの自分でした。途方に暮れた時に、インターネットで『相談・寺修行』の文字を拝見し、この今の自分を何とかしたいと思う一心で、ダメ元で前夜に電話しました。 こちらに来てから、信じる事、念ずる事、仏様や宗の事について深く知る事が出来ました。

    座禅を組んで、お経を唱え続けた2時間、雪の中、足を冷たくして走り続けたお百度参り、滝、自然を一体となり行を終える事が出来た事、ここで教えて頂いた全てが私の自信となりました。
    自分に出来る事がある、達成する事が出来る。負けそうな時には、ここでの日々を思い出して、自分を奮い立たせていきます。

    最後に、ここまで来れたのも、今自分自身を強く持っていられるのも、ここで出会えた、支えて下さった皆様のお陰と思います。本当に感謝致します。

    何かあるとすぐにマイナスに考え、弱音を吐いてしまう自分の悪い癖、弱い根性を叩き直す為に今回修行に参加する事を決心しました。 今までも何度も変えようと試みていましたが、結局何も変わらずここまで来てしまいました。

    たった3日修行を受けるだけで変わる事なんて出来るのだろうか、変われなくてもせめて少しでも変わる切欠になればそれで良い、そんな思いを抱いていましたが、3日間の修行を終えた今、自分の中で何かが大きく変化している事に驚きでいっぱいです。

    こんなにも自分自身と素直に向き合えた事は今まで一度もありませんでした。向き合おうとしても結局言い訳ばかりで、これが私なんだから仕方無いと逃げていました。そんな自分が大嫌いでした。
    行はどれも精神的にも肉体的にもきついものばかりでしたが、辛い、辛いと思えば思う程強くなりたいと言う思いも強くなりました。今は、絶対に強くなってやる!と思っています。何事にも前向きに積極的に生きて、もっともっと自分を愛せる、そして人を愛せる人間になりたいです。どんな事にも負けない強い心を持った優しい人間になりたいです。

    ここに一人で来て、弱音を吐かずに行を受けられた自分の力をもう少し信じてみようと思います。
    負けそうになったら、ここでの事を思い出して頑張ります。先生達から頂いたお言葉、絶対に忘れません。今の気持ち、絶対に忘れません。ありがとうございました。

    天光寺に来て三日目。まもなく修行も終わります。

    私がここへ来たのは、色んな気持ちを抱えていたからです。今の自分の状態を変えたくて、どこか切羽詰まっていた矢先でした。自己啓発など様々な本を読みあさっている時、こちらのお寺の事をホームページで知りました。見た瞬間、あ、これだと思ったんです。修行体験はまさに私が求めていることそのものでした。自分を変えたい、強くなりたい、ネガティブな自分を少しでも前向きにしたい、自信を持ちたかったからです。非常に不安ではありましたが、今の私はその不安よりも、現状を変えたい気持ちの方が強く、勇気を出し、天光寺へ行く事を決めました。

    修行の初日は、慣れない環境と日頃経験しないことが辛く、正直無事二泊三日を乗り切れるだろうかと不安しか感じる事が出来ませんでした。

    そして二日目、一番怖いと感じて滝行はとても辛かったです。最初は息が出来ず、このままやめてしまいたいと本気で考えたけれど、ここで逃げたら何も変わらない、と自分に言い聞かせてやりきりました。終わった後、生きている事をとても実感して、普段の生活がいかにありがたいか本気で考えさせられました。滝行の後から、よし、残り今日と明日、最後まで頑張ろうとやっと思えるようになりました。最終日、今日の瞑想の最中で涙がこみ上げて来るような感じになりました。

    今まではあまり感じる事のできなかった感情が自然と湧いてきたのです。以前は憎い気持ちや、やるせない思いを持つ事もあったけど、ここまで育ててくれた両親に感謝の気持ちや色々な気持ちが出て来ました。普段生活していると、仕事や日々の生活に追われ、なかなか自分と向き合う時間が持てなかったと思います。もう少しで三日間の修行体験も終わります。今は心からここへ来て良かったと思います。ここへ勇気を出して来た自分の事も少し、認めてあげようと思えました。

    法話を聞いて前向きに生きる大事さをとても知ったので、このお寺を出た後から今より前を見て、進んでいきたいです。人を憎んだり、起こったりするより、今ある事に感謝して、人に優しい、そんな自分でいつもありたいです。本当にお世話になりました。ありがとうございました。この経験は忘れません。

    結婚して私自身の自分への甘さや考え方の違いなどから喧嘩が絶えず、お寺で修行することを勧めて貰いました。私も数年前から自分が弱くなり何に対しても逃げ腰になっているのを感じていたので、自分でも一度修行してみようと思ったこともあり、こちらで一週間修行させて頂きました。

    バス停から歩いて寺の入り口の坂の所まで来た時、ちょうど通りがかったこちらの肩に大きな声で丁寧に挨拶して頂き、背筋を正される気持ちになりましたそれをはじめに、声の出し方、挨拶の仕方、心の持ち方などを指導頂きました。滝行などの修行ももちろんですが、私にとってその挨拶や心の持ち方のお話はとてもためになりました。お陰で体力的や精神的に辛い数々の修行において、自分の弱さをまず認識し、そこから全力で精一杯、行を行い、やり遂げることで段々自分に自信を取り戻せる様に成り、自分が強くなっていくのを感じました。また、初日などは子供達がさぼっていたりすると、自分が一生懸命やっているのに…などと腹を立てていたのですが、私は自分自身の為に修行しているのだ、と思ったり、誰にでも自身に甘えたい時や疲れている時、辛い時があるんだと思いやれる余裕と優しさを段々と持てる様になったことで、人に優しくなれ、自分の修行にも集中出来る様になりました。

    また、毎日の掃除、食事の準備や後片付け、洗濯も家ではどこか、心の中でやらされているような気持ちでやっていたのも否定できませんでしたが、こちらでは、修行させて頂いていると思えば本当に心から自ら動いて、進んで出来、そこでも甘えていた自分と、出来る自分に気付くことが出来ました。掃除などをしているといっても私達がしていた事はほんの一部で、毎日毎日食事の準備や身の回りの世話を頂いた先生方、本当にありがとうございました。人に食事を作って頂くありがたさ、食べる物があるありがたさを「食前の言葉」を唱える事によってもとても痛感しました。 また夕食が終わった後にリビングで先生方や他の修行されている方にいろんな話を聞かせて頂いたり、相談を聞いてご意見を頂いた事も私にとってとても大きな財産となりました。

    こちらでの修行は一週間という限られた時間でしたが、人生は一生、毎日毎日一瞬一瞬が自分の為の楽しい修行だと思います。自分を磨くことでかけがえのない物を得る事が出来るのです。私はその事をいつの間にか忘れかけていました。また、自分がいい加減な生き方をして自分に自信がなくなっていたことで、自分の大切な笑顔を忘れかけていました。こちらで精一杯修行を行う事で自分に自信をもって笑顔でいることが出来ました。先生方に、いつもにこにこ笑顔だねって褒めて頂けた事も嬉しかったし自信になりました。私の、私はこれだ!と言える物は「笑顔」だと言えるようになりました。笑顔は周囲の人を幸せにします。元気にさせます。これからも私はまず自分自身が強く優しくあって間笑いの人々に元気を与えられる人を目指します。

    皆様本当にお世話になりました。ありがとうございました。

    私が修行に参加したいと思った切欠は、28歳になり、このまま今の仕事を続けていて良いのか、自分の進みたい道はどこなのか前が見えなくなってしまい、このままだと流されてしまうと思ったからです。
    今の生活が不満と言う訳ではありません。仕事も更なるステップアップの場を与えて頂き、有難いと思っています。ですが、新しい仕事の量と内容を考えると、どうしてもマイナスな事を思ってしまいます。
    頑張るしかないのは分かっているのですが、頑張ってもお給料が上がるわけでもなく、自分が本当にやりたい事なのか分からなくただ流されているのでは?と考えてしまいます。

    「このままでは自分がダメになる」と思いました。こんな事をふつふつと思っている時、たまたま見ていたインターネットでプチ修行と言う書き込みを見ました。そこから色々調べこちらの天光寺体験修行のホームページを見付け、自分と見つめ合う為参加しようと思いました。

    二泊三日と短い期間でしたので、何か変わるきっかけが作れれば良いなと言う位の気持ちでした。
    ですが実際二泊三日を終え、得た物はとても大きなものでした。滝行では、堪え忍ぶことと気持ちをしっかり持つと言う事、禅は心の平常心を保つこと、写経は丁寧さと集中心。その他にも声出しやお経、お百度参り等、普段の生活からでは経験できない事が出来、普段の生活に活用できる事が沢山ありました。

    修行をしたからと言って、私の仕事がうまくいく訳ではありません。保障もありません。ですが、根本的な考え方が変わり、仕事を行う際の気持ちの持ち方が大切なんだと気付きました。

    出来ないかも…と考えるのではなく、前向きに立ち向かう心が大切です。千回を唱える時に感じたのですが、どんなに先が長く辛くても、必ず成し遂げることが出来ます。下手でも息が続かなくても、必ず終えることが出来ます。終えた時は最後まで頑張って良かったと、心から思う事が出来ました。気をしっかり持ち、目の前のことを少しずつでも良いから行えば、結果はちゃんと付いてくるのだと思います。

    修行は大変で楽ではありませんでしたが、私はとても楽しかったです。同じように何かを得たくて修行をしに来た方々とお話出来、皆同じように何かしら悩みがあるんだと知りました。

    お寺の作法も修行の行い方も全く分からない素人の私に優しく一から教えて頂きお寺の皆様にも感謝しております。 自分らしく生きる事は簡単ではないけれど、自分に負けず生きる事は出来るのではないかと自信が付きました。

    流されるのも良いと思います。そこにちゃんと「自分」があれば流れ着く先は自分で決める事が出来るのだと思います。二泊三日の修行体験ありがとうございました。